上 下
115 / 118
第四章 三つの世界の謎

物語の終わり

しおりを挟む
「覚えてるの? 京ちゃん……ドラゴンシティの事……」
「ああ、何から何まで覚えてる。本当は忘れてしまいたいけどな。俺、へたれだったし」
 照れたようにそう言うと、京は再び唇を重ねた。技巧に長けた、濃厚な口づけ。愛しげに背中を摩りながら、京は、唇の端や、頬にまでも舐めるようにキスをした。
「何、そんなびびった顔してんだ? お前も俺の記憶がないほうがよかったか?」
 リオは首を振り、そしてまじまじと京を見た。知らない振りをして、リオを驚かせた事、文句を言おうとしたけれど、駄目だった。熱いものがこみ上げて、思わず泣きだしそうになる。あの場所で、二人が出会った事。
 そして心を交わした事。紅龍に、ただ一人、向かっていった時の京。
 記憶と、それに伴う様々な感情が津波のように押し寄せて、今にも溺れてしまいそうだ。

「……一星も、沙蘭も、光も、全然覚えてなかったよ。だから京ちゃんも忘れちゃったと思ってた」
「あいつら若いくせに俺より馬鹿なんだな。てか、沙蘭は大丈夫だったのか? 危なかったんだろ?」
「目が醒めたよ。三年ぶりだって。京ちゃんが、紅龍をやっつけたおかげだよ」
「そうか。無駄にならなくて、よかった」
 嬉しげに口角を上げる端正な美貌。その頬に走る傷跡を指でなぞりながらリオは続けた。
「沙蘭は一星といい感じだったし、光なんて、彼女までいたから……、きっと京ちゃんにも恋人がいるって思ってた」
「へーえ。それで、お前、ちょっとは焼いてくれてんの?」
 こくりと頷くリオを
「そんなわけ、ねえだろ」
 京は嬉しげに抱きしめると、
「ここでの俺も、しょっちゅうお前をどっかに連れ込んでキスしたり、家に連れ込もうとしたり、無理やり犯そうとする危ない奴だったみたいだぜ……。店の連中から厭味ったらしく聞かされた時には青ざめたけど、まあ、俺らしいよな。俺はどこにいても、どんな世界でも、きっとお前を口説くよ。お前がどんなにうざがっても、泣かれても強引についてって、絶対に俺のものにしてやる」
 耳元でそう囁いた。
「……そういうとこ、すっごく……京ちゃんだよね」
 なんだか、もう、思いっきりほっとして、そしてやっぱりおかしくて、リオは首を竦めてくすくす笑う。京は切れ長の目を細め、腕の中の少年を愛しげに見つめていたが、やがて真剣な顔で、
「だけど、もう、これからは、好きな時に触って、キスして、抱いてもいいんだよな? リオ」
 そう言った。

 男の瞳の中に、ちっぽけな自分が映っている。瞬きもせずに相手の顔を見上げながら、リオはこくりと頷いた。
「この際はっきりさせとこうぜ。お前は俺の恋人だよな?」
 もう一度頷く。
「お前は俺の事、好きなんだよな?」
「好きなんて言葉じゃ、足りないくらい……好きだよ。京ちゃん」
 リオは言った。
 京の眉がぴくりと動く。

「よっしゃ、よく言った。じゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ」
 次の瞬間、京の掌は、Tシャツの裾から中へと入り込み、リオの素肌を撫で回していた。
「っ、何やってんの? 京ちゃん」
「恋人同士が二人っきりでする事っていやあ、一つだろ」
 京はリオの太股の間に膝を入れた。
「そんな、ここ、仕事場だよ?」
「気にすんな。俺が最高責任者だし。誰も俺には文句言わねえさ。俺は人望ある店長だからな」
 ふんふんと楽しげに鼻唄を歌いながら、京は少年のわき腹を撫で、そして指先で、乳首を摘む。
「そういう意味じゃなくて……ねえ、こんなとこじゃやだ、恥ずかしいもん」
 隣は厨房なのだ。そんな場所で、いくら好きな相手とはいえ、体を交わすなんてあり得ない。
 それなのに。
「今さら何言ってんだ。あ、ここでのお前は処女なんだっけ。まあ、安心しろ。俺は優しいから。知ってるよな?」
 京は片手で難なくリオの抵抗を封じ、着々と愛撫の範囲を広げていく。
「京ちゃんったら……!」
 リオは後ろ手でドアノブを回した。開かない。
「逃げられねえよ。こんな事になるだろうと思って、さっき鍵かけといた」
 京は、首筋に唇を這わせながら、囁いた。
「観念しろよ。リオ。お前はもう、俺のものなんだろ? ん?」
 まるで、状況を楽しんでいるかのように、京はにやりと笑い、ハーフパンツの上から小さな尻をそっと掴んだ。

 その時。どんどんと激しくドアをノックする音が聞こえて来る。

「開けるネ! このエロ店長! またリオにイタズラシテルネ!」
 語尾が不自然に上がる、印象的な声。
「アルか」
  京は苦々しく呟き、
「なんだよ。今いいとこなんだから、邪魔すんな」ドアに向かって言い放つ。
「店長はイツモズルイネ! リオを独り占めにして! リオを離すネ! 嫌ガッテルノ、無理やりハヨクナイネ! リオハみんなノモノネ!」
 そうだ、そうだ、と複数の同意が聞こえてきた。どうやらアル以外にも数人の男がドアの向こう側に詰めているらしい。
「今日から俺のものになったんだよ。だから俺が恋人を可愛がってる間に、お前らはちゃんと仕事しろ」
「ナンデスッテ!」
 ドア向こうの男たちは、一斉にいきり立つ。がちゃがゃと鍵のかかったドアノブが回され、今にも破られそうだ。

「……人望があるんじゃなかったっけ……?」
 苦虫をかみつぶしたような京の顔を覗き込み、リオはいたずらっぽく尋ねた。
「どうやら俺の勘違いだったみたいだ」
 京は、肩を竦め、にやりと笑う。

「仕方ない。お仕置きは持ち越しだ。仕事するぞ。早く着替えろ。先行って待ってる」
 京は、両手を開いてリオを開放し、鍵を開けて出て行った。たちまちアル達に捕まって、つるし上げられている。

 やっばり、どこにいても、京は京だ。
 どこか、クールになりきれない男なのだ。そういうところが、たまらなく好きなんだけど。
 
 リオはくすくすと笑いながら、パイプ椅子を右に寄せてロッカーの扉に手をかけた。しかし、扉は開かず、リオは首を傾げて思い切り力をこめる。しばらく格闘した後、鈍い音を立ててロッカーは開いた。しかしそこにはリオの想像していた景色はなかった。
「え……?」
 そこにあるのは、ただ漆黒の闇だった。

 

……ドラゴンシティは消えてない。時が来れば、いつかお前を召還する。それまで、束の間の平和を楽しむがよい。

 目をこらせば、闇の中に白い、卵のようなものが浮かんでいて、そこから地を這うような声が流れてきた。リオうわっと叫び、扉を閉めた。

「な、何? あれ?」

 ドキドキしながらもう一度扉を開ければ、そこにはハンガーにつるされたギャルソン風の制服がある。リオは放心してその場から動けなかった。闇は確かにさっき目の前にあったし、声も確かに聞こえてきた。召還って、一体何だろう。そういえば、創造主の支配を超えて、シティは成長していたはずだ。新しい指導者が現れたのだろうか。その人がリオをいつかまたシティに呼び戻すのだろうか。
 高揚していた気分が、みるみる落ちてくる。

「リオ! ジュンビマダデキナイネ? オキャクサンマッテルアル!」
 アルの声にはっとした。
「ごめん、今行く!」
 大声で返事をして、制服に着替える。考えても仕方ない。前に向かって進むしかないのだ。

 壁の鏡に全身を映して、ネクタイを締めた。よし。案外似合ってる。

「行ってきまーす」

 誰にともなくそう言って、リオは仲間たちの待つ厨房へと、新たな一歩を踏み出した。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 誰もいなくなったロッカールームに、ばたん、と大きな音がして、リオのロッカーがひとりでに開いた。風もないのに扉は前後に揺れ、きいきいと耳障りな音を立てる。
 私服をかけたハンガーは跡形もなく消えて、そこにはまた、宇宙空間のような闇が広がっている。迂闊に近寄れば吸い込まれそうな、深い青に近いような闇。
 その中で、白い卵が、まるで剥き出しの心臓のように、びくびくと鼓動を打っていた。

 はっはっはっはっ

 どこからともなく、誰かの哄笑が聞こえてくる。そして、突然勢いよく扉は閉まった。
 部屋は静寂に包まれた。


                                    籠の中の天使たち 完
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

飯がうまそうなミステリ

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:710pt お気に入り:0

桜の君はドSでした

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:16

さよならイクサ

現代文学 / 完結 24h.ポイント:1,143pt お気に入り:0

愛され奴隷の幸福論

BL / 連載中 24h.ポイント:759pt お気に入り:1,994

【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:48

極道の密にされる健気少年

BL / 連載中 24h.ポイント:1,782pt お気に入り:1,724

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:65

処理中です...