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パラレル番外編

前編

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 暗闇の中に光る、赤く血走った目。
 獣の、高らかな咆哮に鼓膜がぶるぶると震わされる。
 リオは、大きな悲鳴をあげた。自分の声で夢は破れ、リオは広いベッドの上ではあはあと荒い息をつく。真冬だと言うのに、リオの体は全身汗でべっとりと濡れていた。
 ここ数日、夜になるといつもこんな調子だ。ドラゴンシティの悪夢は、今もリオを苦しめている。

 ここは京のマンションである。
 一ヶ月前から、リオは京と一緒に暮らしていた。バイトはやめ、昼間は京の家から学校に通い、夜は仕事中の京を、キングサイズのベッドの上で一人待つ日々。
 リオには、ドラゴンシティ以前の記憶がない。だから、京がこんなに豪華なマンションに住んでいた事も、連れてこられた時、はじめて知った。学校での交友関係も以前の事は全く覚えてないが、それでも何となく生活出来ている。
 しかし、京は逆に、ドラゴンシティでの出来事を徐々に忘れ、元の記憶を取り戻している最中らしい。
 あの時の事を語りあえる人が一人もいなくなるのは寂しい。だけど、為す術もなく男に陵辱の限りを受けていた情けない自分を覚えていられるのも、またつらい。
 だから、本当はとても気になる事があるのだけれど、リオは口に出来ずにいる。

 リオは、暗闇の中、ベッドから見上げて丁度正面の壁際にある、大きなタペストリーを眺めた。
 色とりどりな糸で編まれた、巨大で豪奢な赤い龍。
 何故京は、こんなものを突然ベッドルームに飾ったのだろう。これが部屋に掲げられた日から、夜毎の悪夢は始まったのだ。
 リオは瞳をこらした。
 赤い獣がこっちを見ている。この目が、邪悪な怨念に満ちている事に、何故京は気付かないのか。

 かちゃり、と鍵の差し込まれる音がした。
 リオは慌てて寝汗をかいたままの体で、ケットの中にもぐりこむ。そして戸口に背を向けた。
 お帰り、と声をかけたいけれど、今までの経験上、声を交わしてしまったら、必ずその後は京に抱かれる事になり……。
 何度体を重ねても、未だにセックスには馴れない。恥ずかしくていたたまれなくて、出来るだけ避けようと画策してしまう。
 狸寝入りがバレてしまっても、もう駄目だ。だから、リオは必死で演技をした。いつもの京なら、リオの寝顔を見た後、シャワーに入り、三十分ほど出てこない。
 それくらいあれば、きっと本気で眠られる。
 そう思っていたのに……。

「リオ」
 京は、外から戻ってきたままの状態で、ベッドの上に上がり込み、背後からリオを抱きしめてきた。
「……っ」
 京の体から、店の猥雑な匂いがする。働く男の匂いだった。
 リオは出来るだけ相手に動揺を悟られないよう入りそうになる力を必死で散らした。
 京は、リオを後ろから抱いたまま、右手で器用にパジャマのボタンを外していく。明日、いや、もう数時間たてば学校があるのに。京はこのまま自分を抱くつもりだろうか。愛撫だけですませてくれるなら、そうして欲しかった。
 長い指が、乳首に触れる。リオの後ろ髪をそっとわけ、京は白い項に口をつけた。
「……き、京ちゃん……」
 乳首をこりこりと弄られて、リオはとうとう声を上げた。
「起きてたのか? それとも起こしちまったのか」
 京は首筋に舌を這わせながら尋ねた。
「……起きてた……。ねえ、京ちゃん、やめて、俺、今そんな気分じゃなくて」
「すぐにそんな気分にさせてやるよ」
 京は、軽くリオをいなしながら耳たぶをやわやわと甘噛みする。
「あっ……」
 リオは、ぴくん、と体をしならせ、顔を赤くした。そこを攻められると、どんなに緊張していても必ず力が抜けてしまう。弄られていた乳首が、京の指の中で立ち上がってきた。
「やだ、京ちゃん、お願い……」
 いやいやと、身を捩るが、京は、ますます体を密着させ、
「何度抱いたら、お前は自分から求めて来るようになるんだろうな」
 自嘲気味に呟き行為を続ける。とうとうボタンは全部外され、上着が肩からするりと抜き取られた。男の指は、執拗に胸の飾りを弄る。同じ行為なのに服を脱がされた状態で触れられると、尚更頼りない気分に陥ってしまうのは何故なのだろう。
 京の長く形のいい指に挟まれて、幼い粒は次第に色を変えていく。唾液でびしょびしょにされた項には、鬱血の痕が点在していた。
「あ……やめてっ……たら……」
 自分も京と同じ性なのに、こんな部分で感じてしまうなんて、おかしすぎる。わかっているけれど、耐えられない。
 体を九の字に折って沸き上がってくる快感から意識をそらそうとするが、京は、リオを背後からしっかりと両腕で抱え込み、離さない。片手で乳首を弄びながら、もう片方の手で、この上なく優しいタッチで、背中や脇、そして腹のあたりを愛撫していく。
「あ……京ちゃん……」
 腹の奥が、むずむずする。乳首に触れていた京の指が、ふいにリオの顎を摘んだ。
 ねじるようにして後ろを向かせ、京はリオの唇に自身のそれを重ねていく。従順に開く小さな唇に、そっと舌を差し入れると、おずおずとリオは舌を絡めてきた。
 リオの唇に唾液を流しこみながら、京は、ゆっくりと少年の体を上向かせた。
 両手をひとまとめにして頭上に止め、片方の手でせわしなく己のシャツを脱ぐ。
 上半身裸の状態で、京はリオの体を包み込むように覆い被さってきた。リオの薄い胸に、京の逞しい胸がぴったりと重なる。太股に、固いものが、当っていた。
「ああ……」
 いつも以上に、激しくなりそうな予感がして、リオは顔を赤らめたまま横を向いた。
「俺が怖いか?」
 京は、リオの頬を挟むようにして顔を近づける。リオは頷いた。京、というより、京の持つ狂暴なもの。
 それが、今から自分に与える刺激が、たまらなく怖い。
「こんなに可愛がってやってるのに、いつまでたってもお前は馴れないな」
 呆れているのか、怒っているのかわからない。だが、男根は、ますます硬度を増していて……。
 猛った部分が、このままリオを解放する気はないと如実に物語っていた。
「俺……京ちゃんの事、好きだよ。キスするのも……抱き合うのも……。ちゃんと恋人同士だって、思ってるし」
 至近距離にある京の視線を避けるように、リオは少し俯いたまま訴えた。
「でも……それ以上は、まだ怖いんだ。特に、こんなに急にされちゃうと……心の準備が出来てなくて」
 そう。いつもなら、もっと時間をかけて、それなりのムードを作ってくれて、セックスの苦手なリオを怖がらせないような配慮をしてくれるはずなのだ。
「心の準備なんていらねえよ。俺に全部まかせろ」
「京ちゃん」
「うんと可愛がってやるからさ」
 開いた唇に、また唇が重なってくる。ついばむように与えられる優しいキス。そして、京はパジャマのズボンの中に、そっと片手を差し入れた。
「あ……」
 下着の上から、やわやわと揉まれて、リオは小さな悲鳴をあげる。京は深く口腔を貪りながら、下着ごとズボンを下ろしていく。
「やめて、京ちゃん……」
 下を脱がされてしまったら、もうセックスまでは後少しだ。無駄な抵抗だとはわかっていても、リオは京の気が変わって自分を解放してくれないか、と縋るような目で相手の目に視線をあわせる。
「そんな目で見るなよ。せっかくお前を気持ちよくさせてからって思ってるのに、止まらなくなる」
 京は、ため息をつきながら、リオの下腹を激しく扱く。柔らかい先端から愛液が、じわじわと染みだし後方へとたれた。
「あ……いや、そこ……」
 待ちかねたように、京はぬめりを指に取り、リオの蕾へと塗り込めていく。そこは、もう既に柔らかく綻び、心とは裏腹に、男の指をたやすく受け入れた。
「あ……やだ……」
 いやらしくひくつくその部分に、リオは焦りを感じて身を捩る。だけど、自分より一回り以上大きな京の体は、痩せっぽちな体に負担がかからないよう、配慮はしてくれているものの、逃す気はないらしく、びくともしない。
 ずぶぶ、と長い指が、リオの中に入ってくる。
「あ……京ちゃん……」
 奥深いところをひっかかれ、じわじわと押し広げられる。
「やだ、やだ」
 もっと太いものを淹れるために、施されるいつもの儀式。なのにその行為自体がリオを快感の海へと導いていく。流されたくなくてリオは京の両腕を掴み、押し退けようと試みた。だが、京はそんなリオの行動を利用して、ぴったりと胸と胸をあわせ、細い首筋をつっと、舌で舐めあげた。
「あああ……」
 リオの両手から力が抜ける。
 京は、指を後孔に差し入れたまま、もう片方の手で、リオの膝を立たせ、ズボンを足首から抜き取った。
「やっと大人しくなったな……。リオ……。可愛いぜ」
「京ちゃん……」
 リオの目の縁が赤みを帯びてくる。
 生まれたままの姿で両足を大きく左右に開かれた、この上なく無防備な格好で、男から与えられる刺激をひたすら受け止めるしかない。
 恥ずかしくて、心臓が今にも破れそうなほど緊張しているのに、京は余裕たっぷりな風で、余計にもどかしい。
 小振りな性器が男の手の中で形を変える。揉みしだかれ、ぐじゅぐじゅと、いやらしい音を立てる。
「ああん……京ちゃん……そこ……やっ……」
 唇からもれる甘い声が、自分のものだなんて、何度経験しても、信じられない。
「もう我慢出来ねえ。行くぞ……リオ。力を抜けよ」
 京は徐に指を抜き、代わりに己の昂りを押し当てた。
「ああ……やだぁ……」
 普段より一回りほど大きく感じられるそれに、リオは恐怖を感じ悲鳴をあげる。だが、男は逃さない。即座に丁度いい角度を探り当て、先端をぐぐっともぐりこませる。
「ああ、ああ、はっ……やっ……」
 思わずベッドヘッドへとずり上がろうとするリオの頭を、京の両手が優しく押さえこむ。赤茶色の髪の中に指を入れ、愛しげに掻き回した後、京はぐい、と腰を入れ、全てを少年の中にねじ入れた。
「ああ……っ、はっ……も……ああっ……」
 息を吐く事で衝撃から逃れようとするが、体内に埋め込まれた屹立の存在から気を紛らわせる事が出来ない。
 何度経験しても、この質量と、違和感には馴れない。ずくり、と中で京の雄が動く。リオは京の背中に両手をまわし、必死の想いでしがみついた。
「全部入った……。動くぜ、リオ」
 宣言通り、がしがしと打ちつけられる男の腰に、リオの体は木の葉のように揺さぶられる。ドラゴンシティから戻った数ヶ月前、二人ははじめて本当の意味で体を繋いだ。
 その時から何度となく挿入され、男の形を覚えてきた箇所。
 時間をかけて馴染まされた部分が、意志とは無関係に、京のものをきつく締めつける。
「いいぜ。お前の体……抱くたびによくなってる……。そのうち、俺のほうが食いちぎられそうだ」
 額に汗を滲ませながら、京は小さく笑った。
「そんなの……京ちゃんの馬鹿っ」
 軽い揶揄に反応しながら、またずくりと抉られて、リオは背中をのけぞらせる。
 痛みはない。あるのはただ、違和感と、そして腹の底から沸き上がってくる、甘ったるい感覚だけ。心臓がどくどくと鼓動を速める。こんな事を続けられたら、今にきっと、心臓が爆発してしまう。
「ああん、やだ、やだよぉ……」
 尻たぶを両手で掴んで広げたまま、京は一度己を抜き、角度を変えて再び差し入れた。
 新たな肉を貫かれる感覚。内部で、また京が大きくなる。ずるりと抜かれて、リオは思わず後孔をきゅっと閉じてしまった。
「抜かれるのは嫌なのか?」
 京は、リオの額にキスをしながら尋ねた。
「そんな……事……な……、ああっ」
「もう抜かねえよ。だから安心しろ」
 くすり、と頭の上で、男の笑う気配がした。
「京ちゃんの……馬鹿」
 何故だかふいに泣きたくなって、リオは京の背中に回した手に力をこめた。。
 ピストン運動が激しくなる。体の奥から生まれた官能の芽が、次第に大きくなってきた。
「あっ、もっ……はっ……ああん……」
 もうリオの口から洩れるのは、意味のない喘ぎや啜り泣きだけである。京が動く度、体全体に電流が走る。繋がった部分から、リオの体全体にゆっくりと赤みが広がっていく。
 汗と汗、そして互いの体から分泌される体液が混ざり合い、すえたいやらしい匂いが部屋中にただよう。
「リオ。好きだぜ……」
 囁いた後、もうたまらない、という風に、京は耳たぶを強く噛んだ。
 そして、最奥へと淹れた男根を更に奥へと突き淹れる。
「あああっ……! やっ……もうっ……!」
 どくっ、と下腹が音を激しく震え、リオの性器から、白濁した液体がまき散らされた。
 京はリオの耳たぶを舐めながら、痩せた体をぎゅっと、渾身の力をこめて抱きしめた。
 ピストン運動の続く中、京の太股が、リオの出したもので汚れていく。
「ああ……ああっ……はっ……」
 放出を終えた後も、痙攣は終わらない。一声、うっ、と唸り、京もリオの中で果てた。
 体内が暖かいもので満たされていく。

 京はずるりと男根を抜き、だるそうな体を起こして、リオの顔を少し離れた場所から見た。
「……怒ってない?」
 まだはあはあ、と荒い息をついているリオに、数秒前とは打って変わった不安げな表情で京は尋ねる。
「……怒ってるかもって思うくらいなら、どうして途中でやめてくれなかったの?」
 リオは、胸を上下させながら恨めしげに言った。
「お前が緊張してびくついてるのわかってたから、つい、我慢出来なくなって」
「……それっておかしい」
「怯えてるお前って、死ぬほど可愛いんだよ。もうたまんねえって言うか……グチャグチャにしてやりたくなる」
「京ちゃん……」
「いい加減、俺もお前に馴れねーとな。視界に入る度に興奮してたんじゃ、お互い体がもたねえ」
 情けない口ぶりに、思わずリオは笑ってしまった。
「おい、笑うなよ。真剣なんだぜ。こっちは」
 言いながら、京も、くすりと笑う。リオはまじまじと京の顔を見た。
 二人は恋人同士なのだ。なのに拒否してしまう自分に問題があるのは薄々リオにもわかっている。
 だけど、京がその事を責める事はない。シティにいた時と変わらず、いや、それ以上に、京は優しい。
 リオにとって京は、やはり大事な、大好きな相手なのだ。
 セックスを求められるのは苦手だけれど、それ以外に嫌な部分は何一つない。
 綺麗な切れ長の目に、見つめられると、ドキドキする。
 思わず視線を逸らしたリオに、京は真顔で
「リオ、好きだ」
 告白した。
「京ちゃん、俺も……」
 リオは京の顔に手を伸ばし、両目を瞑って唇が重なるのを待った。

 その時、突然携帯が鳴った。
「……こんな時間に誰だ」
 京は、渋い顔をして脱ぎ捨てたジーンズのポケットを探る。
「もしもし」
「あ、京さん、アルね」
 かけてきたのは、店のウェイターだった。
「……今何時だと思ってんだよ」
 京は渋い声で言いながら、ちらりと名残惜しげにリオを見る。
 裸のままなのが急に恥ずかしくなって、リオは慌ててパジャマの上下をたぐりよせた。
「ご近所が火事ね。消防が来てるから大丈夫だと思うけど、風もあるし、万一が起きるといけないから、一応報告しとこうと思って」
「なんだって。それを早く言えよ。何か運び出しといたほうがよさそうか?」
「そこまでしなくていいと思うけど……」
「じゃ、危なそうだったらまた電話してくれ。今すぐ行く」
 京は慌てて電話を切り、ベッドから下りた。
「火事なの? 俺も行こうか」
 続いてベッドから下りようとしたリオの頭をぽん、と叩き、
「いいよ。店についたら連絡するけど、別に寝ててもいいぞ。大した事なさそうだし」
「でも……」
「学校があるしな。無理させて悪かった。けど、こんな事でもなかったら、多分二ラウンド行ってたな……。命びろいしたな。リオ」
 もう一度髪の毛をくしゃくしゃに混ぜた後、京は部屋を出ていった。
「二ラウンドなんて……、なんであんなに元気なんだよ……」
 取り残されたリオは、顔を真っ赤にしたまま、枕の上に突っ伏した。抱かれる前は、あんなに緊張して逃げ腰になってしまうのに、抱かれた後は、京の事で頭がいっぱいになって、こんな風に一人部屋に置き去りにされると、寂しくて仕方なくなってしまう。
 あのまま、京の逞しい腕に抱かれて眠りたかった。
 ゆらゆらと、あやされていたかったのに……。

 突然、部屋の隅から、ごとり、と音がした。
 リオは、枕に伏せていた顔を起こす。
「京ちゃん?」
 戻ってきたのか、と恋人の名前を呼んでみたけど、返事はない。気のせいかと思った瞬間、また音がした。
 リオの胸に不安がよぎる。京は鍵をかけただろうか。
 慌てて忘れていたとしたら、物音は賊のたてた足音かもしれない。
 立ち上がろうとしたリオは、突然何か強い力を感じて、ベッドの上に仰向けになった。
「な、何っ……!」
 四肢を縛りつけられたかのように、ベッドに張り付けになったまま動けない。
「だ、誰か……」
 助けて、と続けようとした時、リオはタペストリーに描かれた龍の目が、闇の中、赤く不気味に光っているのに気がついた。
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