その婚約破棄は無効です!

ささ

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 連れて来られたのは校舎3階にある実技室だった。
 内部を強力な結界で守られたその教室は、ほとんどが実技授業となる4年生にとってはお馴染みの場所。しかし現在は放課後のため他に生徒の姿はない。
 淡灰色の魔法陣が僅かに明滅している以外なにもない、しんと静まり返る広い空間。夕日に染まっているのもあって、どことなく不気味な雰囲気だ。
 そんな部屋の中央へ、ラッセルは躊躇うことなく足を進めていく。
 一方中々入る気が起きないシェリーは、扉の外から相手の出方を伺う。

「なにやってる、早く来い」
「あなたこそなんなの? なんでこんな場所に」
「それをこれから説明するんだろ」

 嫌な予感しかしないが……。
 シェリーは深呼吸をしてから、意を決して足を踏み入れる。
 その瞬間、背後で音を立て扉が閉まった。

「……なんのつもり」
「外に聞かれるとまずいんだよ」

 意識を集中すれば、防御結界の内側にもうひとつ壁ができているのがわかる。防音魔法の壁だ。
 シェリーは本日二度目となる嘆息を漏らした。

「何が目的なの」

 赤い目を正面から見据え問いかける。
 彼は変わらず無表情だった。なんの感情も宿さない目で、向けられる視線を真っ向から受け止めている。

「簡単なことだ。シェリー・ヘイゼル……君との婚約を破棄したい」
「……………は?」

 シェリーは大変優秀な頭を持っている。
 しかしその頭脳を持ってしても理解に時間を要するほど、あまりに唐突な申し出だった。

「……はあ!?」

 少し遅れて理解したシェリーは戦慄く右手で目の前の青年――婚約者を指差す。

「な、なに……言ってるの? そんなの、あなたの意思で決定できることじゃ……」

 普段の堂々とした優等生はどこへ消えたのか。見る影もない。

 ふたりは家の都合で結ばれた婚約者だった。
 貴族であるラッセルと、一代限り期限付きの『准』貴族であるシェリー。
 貴族暮らしの味をしめたシェリーの父は、老後も楽をするためひとり娘のシェリーを貴族に嫁がせるべく奮起した。
 そうして見つかったのがミルワード家――ラッセルの実家であった。
 代々王属魔術師を輩出してきたミルワード家。だが3代ほど前から、急に力が弱まり始めたのだという。
 現当主の6人の息子のうち、それなりの素質をもって生まれたのは次男であるラッセルだけ。現当主は彼を跡取りとし、さらにその力を強めるべく『政治的立場に影響を与えない魔法の才能を持った嫁』を探していた。
 両家の利害は驚くほどに一致しすぎていたのだ。

 こうして結ばれた婚約。それを破棄すると――この男は言ったのだろうか?
 シェリーは聞き間違いであると願いたかった。しかし現実は残酷である。

「もちろん、それに伴って発生する面倒ごとは、すべて俺ひとりでどうにかする」

 彼女の前ではほぼ変わることがなかった彼の顔に、僅かながら微笑か浮かんでいる。まるで憑き物が取れたような表情。

「今までありがとう。これからは自由に生きてくれ。以上だ」

 一方的に別れを告げ、ラッセルは防音魔法を解除した。同時に背後の扉が開く。
 吹っ切れた顔の彼が自分の横を通り過ぎる直前――シェリーは口内で呪文を呟いた。

――《魔術復元》

 途端に扉が閉まり、一度霧散した防音魔法、そしてラッセルの眉間のシワが再生されていく。

「おい、なんの真似だ」
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