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先ほど別れを告げたときより幾段低い、不機嫌を滲ませた声。
だが気分がよろしくないのは、シェリーだって同じだ。
「それはこっちのセリフだわラッセル・ミルワード!」
すっかり優等生の顔に戻ったシェリーは、びしっと婚約者に指を突き立て叫ぶ。
ちなみに、激昂するとフルネー厶呼びになるのはシェリーの癖である。
「理由もなく婚約破棄なんて認めない……一体わたしの何がいけなかったと言うの!」
『黄金の天才』なんて呼ばれているが、シェリーの能力は決して生まれ持ったものではない。もちろん素質もあっただろう。しかしそれは、気の遠くなるような努力の末に開花したもの。
それゆえ自分に自信を持っていたし、プライドも高かった。
自分が婚約破棄される理由が全くわからなかった。
「なにが? わからないのか? 自分の胸に手を当てて聞いてみたらどうだ」
「わからないから聞いてるんでしょ! 教えなさい!」
二人の顔が歪んでいくと同時に魔力も強まり、ピリピリと空気を揺らす。
一触即発――そう表現するに相応しい雰囲気だ。
いくら堅固な結界に護られた実技室でも、最高学年ツートップが本気の喧嘩を始めたらものの数分で崩壊することだろう。
もちろん、それがわからないほど愚かなふたりではない。
これは己の信念をかけた戦い――根比べだ。
それは両者互角の状態で進行する。
永遠のように長い睨み合いの末。先に目を逸らしたのはラッセルだった。
(勝った!)
またしても脳内ガッツポーズを決めるシェリー。
普段は大人びた仮面を貼り付ける彼女も、蓋を開けてみれば18歳の女の子なのだ。喜びもするし悲しみもする。
それに対して、ラッセルは暗く沈んだ顔をしていた。
「おまえは優秀すぎるんだ」
「は……?」
拗ねたように呟かれた言葉に、表情が抜け落ちる。
「毎回毎回テストは1番、容姿も性格も行いも非の打ち所なし……ミルワード家が代々務めてきたの建国祭の挨拶も確実におまえだろう」
国最大の行事『建国祭』。王族も出席するオープニングセレモニーで生徒代表挨拶するのは、『最も優秀な4年生』と決まっている。
「学院内外問わず比較され、貶められる俺の気持ちを考えたことがあるか? ないだろう? 3年半我慢してきたがもう限界だ。……だから婚約は破棄する」
魂まで抜け落ちたように固まるシェリーに、ラッセルはやはり拗ねたような顔で言い切った。
ややあって、シェリーの手がぷるぷると震え始める。
「なに、それ……意味がわからないわ……」
「常に1番のお前にはわからないだろうな」
頭の中でなにかが切れる音がした。
「そんな理由で婚約破棄なんて認めない……その婚約破棄、無効だわ!」
「不満なのか?」
「あたりまえでしょ! わたしが完璧になったのは、あなたと結婚するためだったんだから!」
「……は?」
シェリーの秘密……じつは彼女はこの世界に『転生した』存在だ。
元々はブラック企業で冴えないアラサーOLをしていた彼女は、働き疲れて倒れ病院に搬送され――気がつくと、シェリーに生まれ変わっていた。
彼女がそれを自覚したのは10歳のころ。ちょうど父親が婚約者探しをしていたころだった。最初に父が打診した相手の肖像画を見せられた時、激しい既視感に襲われる。
そして彼女は気づく。ここが子供の頃に読んでいた児童小説の世界で、アラサーOLだった自分は死に、彼女が大好きだったサブキャラ……シェリーに転生したのだと。
そう、サブキャラ。シェリーはサブキャラなのである。
ヒロインが結ばれるヒーローの元婚約者であり、ヒロインの友人ポジションだった。
友人に婚約者を取られたくなかったシェリーは悪行に手を染め、ヒーローによってその罪を暴かれ家族ともども流刑にされてしまう……それが原作のシェリー・ヘイゼルという人物。
そしてそのヒーローこそが、父が打診していた肖像画の人物だ。
前世の彼女はシェリーを気に入っていただけに、自分ならこうしたのに、シェリーになれたらいいのにといつも考えていた。
まさかそれが現実になるなんて。事実は小説より奇なりである。
だが気分がよろしくないのは、シェリーだって同じだ。
「それはこっちのセリフだわラッセル・ミルワード!」
すっかり優等生の顔に戻ったシェリーは、びしっと婚約者に指を突き立て叫ぶ。
ちなみに、激昂するとフルネー厶呼びになるのはシェリーの癖である。
「理由もなく婚約破棄なんて認めない……一体わたしの何がいけなかったと言うの!」
『黄金の天才』なんて呼ばれているが、シェリーの能力は決して生まれ持ったものではない。もちろん素質もあっただろう。しかしそれは、気の遠くなるような努力の末に開花したもの。
それゆえ自分に自信を持っていたし、プライドも高かった。
自分が婚約破棄される理由が全くわからなかった。
「なにが? わからないのか? 自分の胸に手を当てて聞いてみたらどうだ」
「わからないから聞いてるんでしょ! 教えなさい!」
二人の顔が歪んでいくと同時に魔力も強まり、ピリピリと空気を揺らす。
一触即発――そう表現するに相応しい雰囲気だ。
いくら堅固な結界に護られた実技室でも、最高学年ツートップが本気の喧嘩を始めたらものの数分で崩壊することだろう。
もちろん、それがわからないほど愚かなふたりではない。
これは己の信念をかけた戦い――根比べだ。
それは両者互角の状態で進行する。
永遠のように長い睨み合いの末。先に目を逸らしたのはラッセルだった。
(勝った!)
またしても脳内ガッツポーズを決めるシェリー。
普段は大人びた仮面を貼り付ける彼女も、蓋を開けてみれば18歳の女の子なのだ。喜びもするし悲しみもする。
それに対して、ラッセルは暗く沈んだ顔をしていた。
「おまえは優秀すぎるんだ」
「は……?」
拗ねたように呟かれた言葉に、表情が抜け落ちる。
「毎回毎回テストは1番、容姿も性格も行いも非の打ち所なし……ミルワード家が代々務めてきたの建国祭の挨拶も確実におまえだろう」
国最大の行事『建国祭』。王族も出席するオープニングセレモニーで生徒代表挨拶するのは、『最も優秀な4年生』と決まっている。
「学院内外問わず比較され、貶められる俺の気持ちを考えたことがあるか? ないだろう? 3年半我慢してきたがもう限界だ。……だから婚約は破棄する」
魂まで抜け落ちたように固まるシェリーに、ラッセルはやはり拗ねたような顔で言い切った。
ややあって、シェリーの手がぷるぷると震え始める。
「なに、それ……意味がわからないわ……」
「常に1番のお前にはわからないだろうな」
頭の中でなにかが切れる音がした。
「そんな理由で婚約破棄なんて認めない……その婚約破棄、無効だわ!」
「不満なのか?」
「あたりまえでしょ! わたしが完璧になったのは、あなたと結婚するためだったんだから!」
「……は?」
シェリーの秘密……じつは彼女はこの世界に『転生した』存在だ。
元々はブラック企業で冴えないアラサーOLをしていた彼女は、働き疲れて倒れ病院に搬送され――気がつくと、シェリーに生まれ変わっていた。
彼女がそれを自覚したのは10歳のころ。ちょうど父親が婚約者探しをしていたころだった。最初に父が打診した相手の肖像画を見せられた時、激しい既視感に襲われる。
そして彼女は気づく。ここが子供の頃に読んでいた児童小説の世界で、アラサーOLだった自分は死に、彼女が大好きだったサブキャラ……シェリーに転生したのだと。
そう、サブキャラ。シェリーはサブキャラなのである。
ヒロインが結ばれるヒーローの元婚約者であり、ヒロインの友人ポジションだった。
友人に婚約者を取られたくなかったシェリーは悪行に手を染め、ヒーローによってその罪を暴かれ家族ともども流刑にされてしまう……それが原作のシェリー・ヘイゼルという人物。
そしてそのヒーローこそが、父が打診していた肖像画の人物だ。
前世の彼女はシェリーを気に入っていただけに、自分ならこうしたのに、シェリーになれたらいいのにといつも考えていた。
まさかそれが現実になるなんて。事実は小説より奇なりである。
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