その婚約破棄は無効です!

ささ

文字の大きさ
3 / 6

しおりを挟む
 先ほど別れを告げたときより幾段低い、不機嫌を滲ませた声。
 だが気分がよろしくないのは、シェリーだって同じだ。

「それはこっちのセリフだわラッセル・ミルワード!」

 すっかり優等生の顔に戻ったシェリーは、びしっと婚約者に指を突き立て叫ぶ。
 ちなみに、激昂するとフルネー厶呼びになるのはシェリーの癖である。

「理由もなく婚約破棄なんて認めない……一体わたしの何がいけなかったと言うの!」

 『黄金の天才』なんて呼ばれているが、シェリーの能力は決して生まれ持ったものではない。もちろん素質もあっただろう。しかしそれは、気の遠くなるような努力の末に開花したもの。
 それゆえ自分に自信を持っていたし、プライドも高かった。
 自分が婚約破棄される理由が全くわからなかった。

「なにが? わからないのか? 自分の胸に手を当てて聞いてみたらどうだ」
「わからないから聞いてるんでしょ! 教えなさい!」

 二人の顔が歪んでいくと同時に魔力も強まり、ピリピリと空気を揺らす。
 一触即発――そう表現するに相応しい雰囲気だ。

 いくら堅固な結界に護られた実技室でも、最高学年ツートップが本気の喧嘩を始めたらものの数分で崩壊することだろう。
 もちろん、それがわからないほど愚かなふたりではない。
 これは己の信念をかけた戦い――根比べだ。

 それは両者互角の状態で進行する。
 永遠のように長い睨み合いの末。先に目を逸らしたのはラッセルだった。

(勝った!)

 またしても脳内ガッツポーズを決めるシェリー。
 普段は大人びた仮面を貼り付ける彼女も、蓋を開けてみれば18歳の女の子なのだ。喜びもするし悲しみもする。
 それに対して、ラッセルは暗く沈んだ顔をしていた。

「おまえは優秀すぎるんだ」
「は……?」

 拗ねたように呟かれた言葉に、表情が抜け落ちる。

「毎回毎回テストは1番、容姿も性格も行いも非の打ち所なし……ミルワード家が代々務めてきたの建国祭の挨拶も確実におまえだろう」

 国最大の行事『建国祭』。王族も出席するオープニングセレモニーで生徒代表挨拶するのは、『最も優秀な4年生』と決まっている。

「学院内外問わず比較され、貶められる俺の気持ちを考えたことがあるか? ないだろう? 3年半我慢してきたがもう限界だ。……だから婚約は破棄する」

 魂まで抜け落ちたように固まるシェリーに、ラッセルはやはり拗ねたような顔で言い切った。
 ややあって、シェリーの手がぷるぷると震え始める。

「なに、それ……意味がわからないわ……」
「常に1番のお前にはわからないだろうな」

 頭の中でなにかが切れる音がした。

「そんな理由で婚約破棄なんて認めない……その婚約破棄、無効だわ!」
「不満なのか?」
「あたりまえでしょ! わたしが完璧になったのは、あなたと結婚するためだったんだから!」
「……は?」

 シェリーの秘密……じつは彼女はこの世界に『転生した』存在だ。
 元々はブラック企業で冴えないアラサーOLをしていた彼女は、働き疲れて倒れ病院に搬送され――気がつくと、シェリーに生まれ変わっていた。

 彼女がそれを自覚したのは10歳のころ。ちょうど父親が婚約者探しをしていたころだった。最初に父が打診した相手の肖像画を見せられた時、激しい既視感に襲われる。
 そして彼女は気づく。ここが子供の頃に読んでいた児童小説の世界で、アラサーOLだった自分は死に、彼女が大好きだったサブキャラ……シェリーに転生したのだと。

 そう、サブキャラ。シェリーはサブキャラなのである。
 ヒロインが結ばれるヒーローの元婚約者であり、ヒロインの友人ポジションだった。
 友人に婚約者を取られたくなかったシェリーは悪行に手を染め、ヒーローによってその罪を暴かれ家族ともども流刑にされてしまう……それが原作のシェリー・ヘイゼルという人物。
 そしてそのヒーローこそが、父が打診していた肖像画の人物だ。

 前世の彼女はシェリーを気に入っていただけに、自分ならこうしたのに、シェリーになれたらいいのにといつも考えていた。
 まさかそれが現実になるなんて。事実は小説より奇なりである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...