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29.警告
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聖者様の様子に気付いたのかは分からないけど、サリアが両手を広げてメリアの前に立ち塞がった。
「ルルビィさんの体を、あなたが好きに使う権利はないでしょう!」
微かに震えが残っている。
そのサリアを背中にかばうように、ダンがさらに前に立った。
「怖いんだろ、無理すんなよ」
「だって、これは我が家の問題で…」
頑ななサリアを背にしたまま、ダンもメリアに道を譲ろうとしない。
「家とか言ってる場合じゃないだろ。止めたいのはみんな同じだよ」
ダンが手を広げて立ちはだかると、サリアとは比べ物にならないくらいに威圧感がある。
それでもメリアは鼻で笑った。
「確かにあなたならわたくしを力づくで止められるでしょうけど、それでどうするのです? 縄でもつけて引き連れるのですか?」
そう言われればその通りだ。
一時的に引き留めたところで、メリアを諦めさせなければルルビィさんを取り戻したことにはならない。
「『助けて』と泣き叫ぶ少女を無理やり連れ歩く、なんて姿を人々に見せたいのなら、止めてみせなさい」
言い返せないダンの横を、悠々と通り過ぎようとする。
ダンは手を伸ばしかけたけど、やっぱり力づくで押さえるということは躊躇があるようで、行き場のない手をさまよわせた。
だけどこのまま行かせるわけにもいかない。
「とりあえず、この場は動かないでよ」
そう言って僕は、いつもは物を軽くするのに使っている重力魔法を逆に向けてかけた。
「なっ…」
体にかかった重圧で膝をついたメリアは、誰が何をしたか分からなかったらしい。
「聖者がこのような魔法を使うなど、あってはならないでしょう!」
怒りを向けられた聖者様は、よくやったとでも言うように僕の肩を叩いて歩み出た。
「聖者は人を傷つけることのないように、神聖魔法だけに特化されていることくらいは覚えているようだな」
「近寄るのではありません! どんな邪法を使ったのですか!」
メリアは聖者様が近づくと、払い除けるように手を振り回す。
僕がもう少し重圧を加えると、その手も地に着くしかなくなる。
ルルビィさんの体にこんなことはしたくないけど、何か早く方法を見つけてもらわないといけない。
「邪法? 人を死に追いやったお前のやり方のほうが、よっぽど禍々しいだろう」
メリアの側に片膝をついて、間近に顔を覗き込む。
「こっちには、人目につかずにお前を移動させる手段がある。お前が諦めるまで、お望み通り縄で縛ってたっていいんだよ」
それは、転移魔法のことだろうか。
そうするしかないなら協力はするけど、これはもう対話じゃなくて脅迫だ。
「成人もしていない、か弱い女を監禁でもするつもりですか。人々に知れたらただでは済みませんよ。それにわたくしは、何百年でも待つ覚悟だと言ったでしょう」
「この体を、死ぬまで諦めないと言うなら…」
聖者様は、メリアの首筋に触れて髪をすくい上げた。
体はルルビィさんだからか、手つきは優しい。
でもその笑顔は、限りなく凶悪だ。
「今ここで、貞潔を誓約できない体にしてやろうか?」
怖い。ただの脅しには聞こえない。
「聖者様!!」
「サザン様!!」
僕たちは一斉に声を上げた。
「いくら体がルルビィさんだからって、それはいけませんわ!!」
「犯罪に加担させないでください、魔法解きますよ!!」
「これ以上ルルビィさんを傷つけるつもりですか!!」
「メリア相手でもそれはひどいっスよ!!」
「地上で罪に問われなくとも、天界の審判は誤魔化せませんよ」
誰が何を言ったのか聞き取れない。
そんな僕たちに、聖者様が呆れた視線を向ける。
「お前らがそんなに騒いだら、交渉にならないだろうが」
「それのどこが交渉ですか! 大体、その顔でそんなことを言われたら、普通の女性は卒倒するって自覚あります?! それがこの状態ですよ、ルルビィさんだって被害者としてのメリアを気遣っていたのに!!」
サリアの指さす先にいるメリアを見ると、確かに顔が強張っていた。
それでもすぐに気を持ち直して、余裕を見せるように笑ってみせる。
「そんな脅しは無駄ですよ。あなたについての記憶だけは、事細かに読み取ることができたのです。神に貞潔を言いつけられているのでしょう。できるはずがありません」
だけどルルビィさんの記憶を読んだメリアと、復活してからの聖者様しか知らない僕たちとは、多分印象が違う。
「は? 俺がクソ神の言いつけなんか、素直に聞くわけがないだろう」
言葉を失うメリアに、聖者様は続ける。
「ルルビィの不利にならずに婚約破棄する建前になると思ったから、ハイハイと聞いてやっただけだ。罵られても罰されても構わない。悪いがお前の弱みに付け込ませてもらう」
そう言って聖者様は、もう一度メリアの首筋に触れた。
今度はそのまま撫で上げながら、顎を持ち上げる。
メリアの顔が嫌悪で歪んだ。
「俺もこんなことはしたくない。お前だって嫌だろう。だから交渉だ。もう諦めて天界の審判を受けろ」
最終警告、といったところだろうか。
だけどそれは、メリアの怒りに火をつけた。
「神と、神に選ばれたわたくしに向かってなんということを…! お前もあのゴミ虫どもと同じです、お前のような者の脅しには屈しません。お前が本当にこの娘を傷物にできるのか見届けるまで、この体を離してやるものですか!」
「お前が最後まで耐えられるとは思えないがな。言っておくが、簡単には済まさないぞ」
多分どちらも本気だ。退く気はない。
「ちょっと、子どももいるのに何言ってんスか!」
「こんな人が聖者だなんて、悪夢だわ…」
ダンは抗議を続けたけど、サリアは止めようがないという感じで顔を覆った。
「ライルさん、いっそあの2人まとめて押さえられませんか?」
マリスがあまり感情のこもっていない声で僕に聞いてきた。
珍しく、呆れているのか怒っているのか分かりにくい。
「できるけど、多分ルルビィさんの体がそろそろ限界だと思う」
「ああ、確かに。自業自得とはいえ、こんなときに己が無力であることが悔やまれます」
マリスは、自分の無力さを嘆いていたらしい。
でも、無力でなければ何かできるなら。
「メリアを引き剥がせる天使って呼べないの?」
「今の私どもはそれすらも出来ないのですよ。仮に天界が今の状況を把握したとしても、上位天使は多忙なのです。メリアがルルビィさんに直接危害を加えるつもりがない以上、今すぐとはいかないでしょう」
「普通に魂を迎えに来る下位天使では無理ですの。少なくとも100位以上…マリスなら、きっと出来ましたのに!」
確かに、往生際の悪い魂の捕縛に適した能力だと言っていた。
神が罰を与えたこの姿に、僕が勝手なことをしてもいいのかは分からない。
だけどメリアを勘違いさせたまま、ここまで増長させたのは神だ。文句があるというなら、いつか天に召されたときにいくらでも聞こう。
「じゃあ、お願いするよ」
「え?」
そして僕は、幻妖精たちに魔法をかける。
植物にしか使ったことのない魔法だったから、慎重に見極めながら。
――来た。
「えええっ?!」
困惑の声と共に、幻妖精たちの姿が天使になって現れた。
「ルルビィさんの体を、あなたが好きに使う権利はないでしょう!」
微かに震えが残っている。
そのサリアを背中にかばうように、ダンがさらに前に立った。
「怖いんだろ、無理すんなよ」
「だって、これは我が家の問題で…」
頑ななサリアを背にしたまま、ダンもメリアに道を譲ろうとしない。
「家とか言ってる場合じゃないだろ。止めたいのはみんな同じだよ」
ダンが手を広げて立ちはだかると、サリアとは比べ物にならないくらいに威圧感がある。
それでもメリアは鼻で笑った。
「確かにあなたならわたくしを力づくで止められるでしょうけど、それでどうするのです? 縄でもつけて引き連れるのですか?」
そう言われればその通りだ。
一時的に引き留めたところで、メリアを諦めさせなければルルビィさんを取り戻したことにはならない。
「『助けて』と泣き叫ぶ少女を無理やり連れ歩く、なんて姿を人々に見せたいのなら、止めてみせなさい」
言い返せないダンの横を、悠々と通り過ぎようとする。
ダンは手を伸ばしかけたけど、やっぱり力づくで押さえるということは躊躇があるようで、行き場のない手をさまよわせた。
だけどこのまま行かせるわけにもいかない。
「とりあえず、この場は動かないでよ」
そう言って僕は、いつもは物を軽くするのに使っている重力魔法を逆に向けてかけた。
「なっ…」
体にかかった重圧で膝をついたメリアは、誰が何をしたか分からなかったらしい。
「聖者がこのような魔法を使うなど、あってはならないでしょう!」
怒りを向けられた聖者様は、よくやったとでも言うように僕の肩を叩いて歩み出た。
「聖者は人を傷つけることのないように、神聖魔法だけに特化されていることくらいは覚えているようだな」
「近寄るのではありません! どんな邪法を使ったのですか!」
メリアは聖者様が近づくと、払い除けるように手を振り回す。
僕がもう少し重圧を加えると、その手も地に着くしかなくなる。
ルルビィさんの体にこんなことはしたくないけど、何か早く方法を見つけてもらわないといけない。
「邪法? 人を死に追いやったお前のやり方のほうが、よっぽど禍々しいだろう」
メリアの側に片膝をついて、間近に顔を覗き込む。
「こっちには、人目につかずにお前を移動させる手段がある。お前が諦めるまで、お望み通り縄で縛ってたっていいんだよ」
それは、転移魔法のことだろうか。
そうするしかないなら協力はするけど、これはもう対話じゃなくて脅迫だ。
「成人もしていない、か弱い女を監禁でもするつもりですか。人々に知れたらただでは済みませんよ。それにわたくしは、何百年でも待つ覚悟だと言ったでしょう」
「この体を、死ぬまで諦めないと言うなら…」
聖者様は、メリアの首筋に触れて髪をすくい上げた。
体はルルビィさんだからか、手つきは優しい。
でもその笑顔は、限りなく凶悪だ。
「今ここで、貞潔を誓約できない体にしてやろうか?」
怖い。ただの脅しには聞こえない。
「聖者様!!」
「サザン様!!」
僕たちは一斉に声を上げた。
「いくら体がルルビィさんだからって、それはいけませんわ!!」
「犯罪に加担させないでください、魔法解きますよ!!」
「これ以上ルルビィさんを傷つけるつもりですか!!」
「メリア相手でもそれはひどいっスよ!!」
「地上で罪に問われなくとも、天界の審判は誤魔化せませんよ」
誰が何を言ったのか聞き取れない。
そんな僕たちに、聖者様が呆れた視線を向ける。
「お前らがそんなに騒いだら、交渉にならないだろうが」
「それのどこが交渉ですか! 大体、その顔でそんなことを言われたら、普通の女性は卒倒するって自覚あります?! それがこの状態ですよ、ルルビィさんだって被害者としてのメリアを気遣っていたのに!!」
サリアの指さす先にいるメリアを見ると、確かに顔が強張っていた。
それでもすぐに気を持ち直して、余裕を見せるように笑ってみせる。
「そんな脅しは無駄ですよ。あなたについての記憶だけは、事細かに読み取ることができたのです。神に貞潔を言いつけられているのでしょう。できるはずがありません」
だけどルルビィさんの記憶を読んだメリアと、復活してからの聖者様しか知らない僕たちとは、多分印象が違う。
「は? 俺がクソ神の言いつけなんか、素直に聞くわけがないだろう」
言葉を失うメリアに、聖者様は続ける。
「ルルビィの不利にならずに婚約破棄する建前になると思ったから、ハイハイと聞いてやっただけだ。罵られても罰されても構わない。悪いがお前の弱みに付け込ませてもらう」
そう言って聖者様は、もう一度メリアの首筋に触れた。
今度はそのまま撫で上げながら、顎を持ち上げる。
メリアの顔が嫌悪で歪んだ。
「俺もこんなことはしたくない。お前だって嫌だろう。だから交渉だ。もう諦めて天界の審判を受けろ」
最終警告、といったところだろうか。
だけどそれは、メリアの怒りに火をつけた。
「神と、神に選ばれたわたくしに向かってなんということを…! お前もあのゴミ虫どもと同じです、お前のような者の脅しには屈しません。お前が本当にこの娘を傷物にできるのか見届けるまで、この体を離してやるものですか!」
「お前が最後まで耐えられるとは思えないがな。言っておくが、簡単には済まさないぞ」
多分どちらも本気だ。退く気はない。
「ちょっと、子どももいるのに何言ってんスか!」
「こんな人が聖者だなんて、悪夢だわ…」
ダンは抗議を続けたけど、サリアは止めようがないという感じで顔を覆った。
「ライルさん、いっそあの2人まとめて押さえられませんか?」
マリスがあまり感情のこもっていない声で僕に聞いてきた。
珍しく、呆れているのか怒っているのか分かりにくい。
「できるけど、多分ルルビィさんの体がそろそろ限界だと思う」
「ああ、確かに。自業自得とはいえ、こんなときに己が無力であることが悔やまれます」
マリスは、自分の無力さを嘆いていたらしい。
でも、無力でなければ何かできるなら。
「メリアを引き剥がせる天使って呼べないの?」
「今の私どもはそれすらも出来ないのですよ。仮に天界が今の状況を把握したとしても、上位天使は多忙なのです。メリアがルルビィさんに直接危害を加えるつもりがない以上、今すぐとはいかないでしょう」
「普通に魂を迎えに来る下位天使では無理ですの。少なくとも100位以上…マリスなら、きっと出来ましたのに!」
確かに、往生際の悪い魂の捕縛に適した能力だと言っていた。
神が罰を与えたこの姿に、僕が勝手なことをしてもいいのかは分からない。
だけどメリアを勘違いさせたまま、ここまで増長させたのは神だ。文句があるというなら、いつか天に召されたときにいくらでも聞こう。
「じゃあ、お願いするよ」
「え?」
そして僕は、幻妖精たちに魔法をかける。
植物にしか使ったことのない魔法だったから、慎重に見極めながら。
――来た。
「えええっ?!」
困惑の声と共に、幻妖精たちの姿が天使になって現れた。
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