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それぞれの思惑

会いたくない彼

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 重い足取りで廊下を歩いていると、  
  
「冬華」

 背後から逢いたくない人の声がする。

「昨日から連絡しているんだけど」

 立ち止まった背中に声が掛けられる。冬華は足を止め、ゆっくりと振り向いた。

「もしかして俺、避けられてる?」
 いつもと変わらない笑顔で興俄は言った。

「どうしてですか」
 冬華の声は震えていた。

「ん、何が?」
「私を馬鹿にして何が楽しいんですか? 北川先生との関係、何も知らないと思ってふざけるのもいい加減にしてください。先輩は私と付き合う前から北川先生と付き合っていたんでしょう」

 絞り出すように冬華が告げると、一方の興俄は笑顔のまま答えた。

「前にも言ったろ。あの人とは腐れ縁だって。愛しているのはお前だけだよ」
「そんなの、口では何とでも言えますよね」

「じゃあ態度で示せ、と?」

 興俄の顔から笑みが消える。彼は冬華との距離をじりじりと詰めた。冬華の足が一歩下がる。すると興俄が一歩前に出る。一歩、また一歩と後ろに下がるたびに、彼は追い詰めるように前に出た。冬華の背中が廊下の壁に当たり、もうこれ以上は逃げられなくなった時、興俄は彼女を見下ろして言った。

「これから二人で逃げるか? このまま学校を抜け出して、どこか遠くに行くか? そうすれば俺を信用するのか? お前は黙って俺についてくるのか?」

「それは……」
 目の前で放たれる低い声に、冬華は口ごもる。

その時、
『冬華!』

 遠くから名前を呼ばれて、冬華は顔を向ける。と、同時に興俄は溜息をつく。声を掛けたともちゃんとゆかりんが二人に駆け寄った。

「じゃあ、俺は教室に戻るから。キミたちも授業が始まるよ」

 興俄は友人二人に微笑んでゆっくりと去って行った。

「あ、もしかして声掛けちゃまずかった?」
 気まずそうにゆかりんが言うと、

「神冷先輩、一瞬すごく怖い顔したよね。あんな顔、初めて見た」
 ともちゃんは興俄が去って行った方向を見つめている。

「え? そう? それより、冬華の具合が悪そうだって椎葉くんに聞いてさ。一緒に保健室へ行ってあげるよ」
 ゆかりんは首を傾げ、冬華の腕を取った。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だから」
「ダメ。冬華、朝から様子がおかしいよ」
「そうそう、ちょっと休んだほうが良いって」
 二人に付き添われて、保健室へと向かった。
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