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第2章 氷帝紅炎
第3話 使鬼(しき)
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2日間 来なかった彼だけど、その理由を話してくれた。
「2日も、来られなくてごめんね。明日、定例の宴があるんだ。その用意を今回は俺が取り仕切ることになっちゃって」
「うたげ……?」
聞きなれない言葉に彼を見ると、彼は説明してくれた。
「隣国の権力者が集まって、親交を深めようっている食事会みたいなものだよ。昔から定期的に開かれてるんだ」
「忙しいん、だね……」
少しだけ、ほっとした。
だって彼に飽きられたわけでも、嫌われたわけでもなさそうだから。
「本当は桜ノにも出てもらって、みんなに見せびらかしたいけど……。それよりも、俺じゃない誰かの目に桜ノが晒されるのは、耐えられない」
ギュッと、抱きしめる力を強める彼に顔が赤くなる。
「私、なんか、そんな席にいたら邪魔になるだけだよ」
権力者って、たぶん偉い人ってことで、王子様である彼が忙しくしてるってことは、王子様とかそんな感じの偉い人が来るってこと、だよね?
そんな場所に、私なんかがいていいわけない。
「ちゃんと、大人しくしてる、から……だから……」
自分でも、こんなこと信じられないけど。
2日も彼が来てくれなくて寂しかったのかもしれない。
「忙しいのが終わったら、また、会いに来てくれる……?」
気が付けば、そんなことを口走っていた。
彼の、驚いたような顔と、目と、視線が交わった。
「もちろんだよ」
彼は嬉しそうに、綺麗な笑みを見せる。
「明日も、来られるかどうかわからないけど、代わりに使鬼をおいていくよ」
「しき?」
首を傾げるよりも先に、その子は彼のうしろに控えていた。
真っ黒な髪、真っ黒な着物。
閉じられた瞼がその瞳を隠す、可愛い印象の女の子。
「あれは使鬼。俺が使役する鬼だよ」
「おに……?」
「鬼」だと彼は言うけど、どう見ても普通の女の子にしか見えない。
「明日はいろんな国の人が集うから、桜ノの警備もしっかりしないとね。ただの式じゃ、アイツみたいな奴には対抗できないから」
「……?」
彼の言う、「アイツ」はたぶん紅炎のことだと思うけど……。
「桜ノは気づいていなかったかな。桜ノの世話をしているのはみんな俺が出してる式。元はただの紙。だから、桜ノをちゃんと守るには鬼の力を借りないとね」
知らなかった。
あの女の子たちは、人じゃなかったんだ……。
「今日は、顔が見れてよかった。おやすみ、桜ノ」
唐突に、そう言った彼は私の額にキスを落とした。
そのせいで、頭を巡っていた思考は全部どこかに飛んでいって、かあっと顔が熱くなって、バクバクと暴れ出す心臓と戦っている間に、彼の姿はなくなっていた。
使鬼を残して。
*****
翌朝、使鬼はいた。
私が起きたときにはすでにそこに座っていた。
給仕係の女の子たちは、使鬼を気にする素振りを見せずに朝のお勤めを果たす。
寝床を整えて、私に着物を着せて、朝ごはんを置いて出て行く。
使鬼には目もくれず、いつも通り話すこともなく。
使鬼も気にしていない様子だった。
用意された朝ごはんは私の分だけ。
使鬼の分は?
そう思ったけど、「不要です」と可愛い微笑みを浮かべられながら言われてしまった。
時間が経過して、もうすぐお昼。
使鬼は、朝から変わらず動かずじっと座っている。
「あの……」
「はい。なにか?」
「い、やっぱり、いいです!」
「? そうですか……?」
なにか、話しかけようとするけど、なにも思い浮かばなくて中途半端に話しかけては断念するのが続いている。
「あの……」
「はい。なにか?」
「やっぱり、なんでもないです!」
「? そうですか?」
使鬼から返ってくる言葉は、一字一句違えずに同じ言葉。
話しかければ答えてくれるし、私が動けば追うように首を傾げる。
それ以外は、微動だにしない使鬼。
使鬼から動いたり、話しかけてきたりすることは一切なくて、こうして見つめていても気づいているのかいないのか、全然わからない。
閉ざされた瞼も、1度も開かれることなく、その瞳の色を私はまだ見ることができていない。
眠っているのか、起きているのかも、わからない。
――触って、みよう、か……?
ゆっくり、手を伸ばしてみる。
使鬼は、動かない。
そっと、肩に触れる。
「なにか、ご用ですか?」
「あ、いえ……ごめんなさい」
触ると、喋る……。
使鬼が何者なのか、さっぱりわからない。
不意に、初めて、使鬼が動いた。
私の言葉もなく、動きもなく、使鬼が自ら行動を起こす。
扉を見た使鬼につられて、私も目を向けると……。
扉を開いて、知らない男の人が立っていた。
緑色の髪に、緑色の瞳。
背の高い、見知らぬ男の人。
「本当に、いらしたんですね。見つけましたよ、姫神子様」
クツクツと、笑うその人。
気が付いたときには、その腕の中に抱きすくめられていた。
名前も知らない、初対面の誰か。
「ホント、わざわざ使鬼までおいていくなんて、独り占めもほどほどにしてほしいですよね」
私に問いかけているのか、ただの独り言なのかはわからないけど、どうしてこの人に抱きしめられているのかさっぱりわからない。
ただわかるのは、彼と違ってすごくイヤな感じがするということだけ。
放してほしい、逃げ出したい。
そんな感情が渦を巻く。
けれど、強い力がそれを阻んで私の身体は囚われたまま。
――助けて……。
願いながら、想い描いたのは彼の姿だった。
「2日も、来られなくてごめんね。明日、定例の宴があるんだ。その用意を今回は俺が取り仕切ることになっちゃって」
「うたげ……?」
聞きなれない言葉に彼を見ると、彼は説明してくれた。
「隣国の権力者が集まって、親交を深めようっている食事会みたいなものだよ。昔から定期的に開かれてるんだ」
「忙しいん、だね……」
少しだけ、ほっとした。
だって彼に飽きられたわけでも、嫌われたわけでもなさそうだから。
「本当は桜ノにも出てもらって、みんなに見せびらかしたいけど……。それよりも、俺じゃない誰かの目に桜ノが晒されるのは、耐えられない」
ギュッと、抱きしめる力を強める彼に顔が赤くなる。
「私、なんか、そんな席にいたら邪魔になるだけだよ」
権力者って、たぶん偉い人ってことで、王子様である彼が忙しくしてるってことは、王子様とかそんな感じの偉い人が来るってこと、だよね?
そんな場所に、私なんかがいていいわけない。
「ちゃんと、大人しくしてる、から……だから……」
自分でも、こんなこと信じられないけど。
2日も彼が来てくれなくて寂しかったのかもしれない。
「忙しいのが終わったら、また、会いに来てくれる……?」
気が付けば、そんなことを口走っていた。
彼の、驚いたような顔と、目と、視線が交わった。
「もちろんだよ」
彼は嬉しそうに、綺麗な笑みを見せる。
「明日も、来られるかどうかわからないけど、代わりに使鬼をおいていくよ」
「しき?」
首を傾げるよりも先に、その子は彼のうしろに控えていた。
真っ黒な髪、真っ黒な着物。
閉じられた瞼がその瞳を隠す、可愛い印象の女の子。
「あれは使鬼。俺が使役する鬼だよ」
「おに……?」
「鬼」だと彼は言うけど、どう見ても普通の女の子にしか見えない。
「明日はいろんな国の人が集うから、桜ノの警備もしっかりしないとね。ただの式じゃ、アイツみたいな奴には対抗できないから」
「……?」
彼の言う、「アイツ」はたぶん紅炎のことだと思うけど……。
「桜ノは気づいていなかったかな。桜ノの世話をしているのはみんな俺が出してる式。元はただの紙。だから、桜ノをちゃんと守るには鬼の力を借りないとね」
知らなかった。
あの女の子たちは、人じゃなかったんだ……。
「今日は、顔が見れてよかった。おやすみ、桜ノ」
唐突に、そう言った彼は私の額にキスを落とした。
そのせいで、頭を巡っていた思考は全部どこかに飛んでいって、かあっと顔が熱くなって、バクバクと暴れ出す心臓と戦っている間に、彼の姿はなくなっていた。
使鬼を残して。
*****
翌朝、使鬼はいた。
私が起きたときにはすでにそこに座っていた。
給仕係の女の子たちは、使鬼を気にする素振りを見せずに朝のお勤めを果たす。
寝床を整えて、私に着物を着せて、朝ごはんを置いて出て行く。
使鬼には目もくれず、いつも通り話すこともなく。
使鬼も気にしていない様子だった。
用意された朝ごはんは私の分だけ。
使鬼の分は?
そう思ったけど、「不要です」と可愛い微笑みを浮かべられながら言われてしまった。
時間が経過して、もうすぐお昼。
使鬼は、朝から変わらず動かずじっと座っている。
「あの……」
「はい。なにか?」
「い、やっぱり、いいです!」
「? そうですか……?」
なにか、話しかけようとするけど、なにも思い浮かばなくて中途半端に話しかけては断念するのが続いている。
「あの……」
「はい。なにか?」
「やっぱり、なんでもないです!」
「? そうですか?」
使鬼から返ってくる言葉は、一字一句違えずに同じ言葉。
話しかければ答えてくれるし、私が動けば追うように首を傾げる。
それ以外は、微動だにしない使鬼。
使鬼から動いたり、話しかけてきたりすることは一切なくて、こうして見つめていても気づいているのかいないのか、全然わからない。
閉ざされた瞼も、1度も開かれることなく、その瞳の色を私はまだ見ることができていない。
眠っているのか、起きているのかも、わからない。
――触って、みよう、か……?
ゆっくり、手を伸ばしてみる。
使鬼は、動かない。
そっと、肩に触れる。
「なにか、ご用ですか?」
「あ、いえ……ごめんなさい」
触ると、喋る……。
使鬼が何者なのか、さっぱりわからない。
不意に、初めて、使鬼が動いた。
私の言葉もなく、動きもなく、使鬼が自ら行動を起こす。
扉を見た使鬼につられて、私も目を向けると……。
扉を開いて、知らない男の人が立っていた。
緑色の髪に、緑色の瞳。
背の高い、見知らぬ男の人。
「本当に、いらしたんですね。見つけましたよ、姫神子様」
クツクツと、笑うその人。
気が付いたときには、その腕の中に抱きすくめられていた。
名前も知らない、初対面の誰か。
「ホント、わざわざ使鬼までおいていくなんて、独り占めもほどほどにしてほしいですよね」
私に問いかけているのか、ただの独り言なのかはわからないけど、どうしてこの人に抱きしめられているのかさっぱりわからない。
ただわかるのは、彼と違ってすごくイヤな感じがするということだけ。
放してほしい、逃げ出したい。
そんな感情が渦を巻く。
けれど、強い力がそれを阻んで私の身体は囚われたまま。
――助けて……。
願いながら、想い描いたのは彼の姿だった。
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