【完結】姫神子と王子

桐生千種

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第2章 氷帝紅炎

第4話 氷の国の王子<氷帝紅炎>

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 氷帝紅炎。
 氷の国の次期国王。

 それが俺。

 言い寄ってくる女はたくさんいる。

 氷の国は緋の国と違って、妾を何人も持つことが容認されている。
 だからなのか、正妻になれなくても妾になら……。

 そんな思惑で近づいてくる女たち。

 正直、嫌気が差す。

 父上は何人もの姫を抱えて、父上みたいな性格の人には向いているのかもしれないけど、俺はたったひとりの、俺だけの唯一の姫をみつけたい。

 そんなときに出会った、サク。

 白羽桜ノと名乗った少女は、俺の心をひどく震わせた。

 もっと彼女と話したいと思った。
 もっと彼女の表情を見たいと思った。
 もっと彼女と一緒にいたいと思った。

 彼女が、ホシイと思ってしまった。

 サクが姫神子だから?

 そんなことは関係ない。

 サクが最初に俺に聞いてきた言葉。

『あなたは、誰……?』

 サクは俺を知らなかった。

 国にいれば、誰もが俺のことを知っていて、「王子」だの「次期国王」だの、そんな目で俺を見てくる。

 けどサクは、俺をただの紅炎として真っ直ぐに俺を見つめてくれたんだ。

 王子である俺の存在に媚びへつらうでもなく、俺に群がる女のように頬を染めるでもなく、サクはただ魔力に耐性のないひとりの少女で、俺は魔力が強いただの紅炎だった。

『俺の姫になれ』

 あの言葉に嘘はない。

 もしサクが本当にそう望んでくれるなら、すぐにでも俺の恋人として、姫として、氷の国に迎え入れるつもりだった。

 俺の、たったひとりの唯一の姫を、見つけたと思ったんだ。

 でもサクは、氷利の姫で、サク自身も氷利の姫であることを望んでいる。

『好いているなら奪ってでも手に入れろ』

 なんて、父上がよく言っていたけど俺にはできっこないや。

 だって氷利は俺の大切な友人だから。

 俺の初恋。

 出会って数分、ものの見事に玉砕した。

*****

「それでさー、すっげーもん見ちゃってさー」

 宴の席は、なにも楽しい食事会ってわけじゃない。

 各々が腹の探り合い。
 如何にして自国が、自分が、優位に立つかそればかり。

 中には自分の娘を王子の嫁に、なんて考える阿呆もいるけどウチじゃそれも可能っちゃ可能だから、ムダな努力とも言えないのが残念なところ。

 氷利のとこはウチみたいに何人も姫を抱えることはできないけど、相手は本人の自由意志。

 本人のひと言でどうにでもできてしまうから、我を我をと主張の強い奴は面倒臭い。

 だからここはひとつ、先手を打ってやろうっていう俺の優しさ。

「巷で噂の氷利のお姫様。ホントにいたんだぜ」

 そして、ほんの少しの八つ当たり。

 氷利の目が鋭くなるけど、これくらいいいだろう?

 俺は失恋して、傷心の身なんだ。

「氷利ってば、お姫様相手じゃ、人が変わっちまうの! もうおっかしくって! 姫に『キライになった?』とか聞くんだぜ? 信じらんないだろ?」

 どよめきが走る。

 自分の娘を氷利の嫁に、なんて考えてた奴らがわかりやすく表情を変え、態度で示してくれた。

 氷利に溺愛する姫がいるとなれば、言い寄る奴らも諦めるだろう。

「して、その姫君はどのような方なのだ? さぞ名のある家柄の姫君なのだろう?」

 食いついてきたじじいは、いちゃもんをつける気なんだろう。

「さあ? 家も国も知らない。でも、誰も文句はつけられないと思うよ」

 ここに、姫神子を押し退けてまで自分の主張を通せるような奴はいない。
 だからこそ、ここはひとつ言っておくべきだ。

「姫神子だぜ? どんな生まれや育ちだろうと、それだけで文句はないだろう?」
「なんと、姫神子!?」
「それはめでたい! 緋の国の安泰は約束されたようなものだな!」

 途端に手のひらを返す。
 単純な奴らだ。

 ピシリと張り詰める空気。
 ピリピリと肌が焼けるような緊張感をつくり出しているのは氷利だ。

 少し、やり過ぎた。

「それ以上、余計なことを口にするな」
「悪い……」

 俺も場がじゃない。
 氷利の神経を逆撫でするようなマネはしない。

 息が詰まりそうな緊張感の中、場にそぐわず、クツクツと笑う声。

「姫神子様、ですか」

 緑龍已樹。
 龍の国に残された、ただ1人の王族。

 イヤな笑みを浮かべ、已樹は氷利を見た。

「お姿が見えないところを見ると、氷利は姫神子様を囲い込んでいるのでしょう。姫神子様のお力を独り占めですか?」

 空気が変わる。

 已樹の言葉は、1歩間違えれば戦争でも起きかねないものだ。
 姫神子をかけた、姫神子を奪い合う世界戦争。

 むしろ、それを狙っているのかもしれない。

 滅びかけた龍の国を建て直すには、姫神子を使うのが1番手っ取り早い。

「彼女はまだ都に来たばかりで疲れている。魔力耐性もついていない。そんな少女をこんな場所に連れ出せると思うか」

 さすがと言うべきか、なんというか。

 一応筋は通っているけど、本心はただ単にサクを独り占めしたいんだろう。
 姫神子うんぬんを抜きにして。

「16になれば正式に披露目の席を設ける。それで問題ないだろう」
「おや、そうでしたか。それは失礼」

 ニヤリと笑う已樹は、相変わらずだ。

 けど、宴の空気は和らいだ。

 姫神子と言えども15では未成年の少女。

 成人するまでは王族が囲い込んで保護する、なんて話は歴史を遡ってもザラにある話だ。
 姫神子の力を悪用したい奴なんて吐いて捨てるほどでてくるんだから。

 平静を取り戻した宴の席で、俺は影がひとつ放たれたことに気づかなかった。
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