【完結】陛下に愛を誓うまで

桐生千種

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第4章 愛を、誓う

1.帰りたい、帰れない

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 トーリャが言う。

「おはよう。スヴェトラーナ様」

 その言葉で、朝がきたんだとわかる。

 あれから、何日経っただろう……。

 もう、数えることもやめてしまった。

 それだけ、虚しくなるから……。

 帰りたくて、でも帰れない。

 帰る方法を、知ってしまったから。

 来た方法を、知ってしまったから。

 知ってもなお、帰りたいと、私には言うことができない。

「カーテン、開けるね」

 今日も、同じように繰り返される毎日が始まる。

 リーリアとマリーナに、着替えさせられて。

 言われるまま、成されるがままに、毎日が過ぎていく。

 お父さんとお母さんは、今頃どうしているだろう。

 心配、しているだろうか。

 帰れないと、わかってしまった今、心配、していないといいと思う。

 私のことは忘れて、毎日、笑って過ごしてくれていればいいと思う。

 帰らない私を、ずっとずっと待ち続けて、探し続けて、心配して、悲しんで、そんな毎日は過ごしてほしくない。

 お父さんとお母さんには、笑って幸せに過ごしていてほしい。

 学校のみんなは、どうしているだろう。

 変わらない毎日を、過ごしているだろうか。

 そんなことばかり、考えてしまう。

 毎日。

 毎日。

 毎日。

 考えて。

 考えて……。

 悲しくなる。

 虚しくなる。

「あ! 見て見て! 今日のごはんは、おにぎりだよ!」

 トーリャが言う。

 無理矢理にでも、明るく振る舞って。

 気遣ってくれている、のだと思う。

 でも……。

「……食べたく、ない?」

 そう聞かれて、頷く。

「……ごめん、なさい」

 せっかく、つくってもらったのに……。

「キミが謝ることじゃないよ。でも……」

 トーリャは、優しい人だ。

「少しはなにか食べないと。なんでもいいんだ。なにか、食べたいもの、ない?」

 そう聞かれても、なにも思いつかない。

 なにも、食べたいと思えない。

 なにかを、ほしいと思えない。

 ただ1つの願いは、願うことすら許されない。

「……じゃあさ、どうして食べたくないのか、教えてくれる? この前は、食べてくれたでしょう? 笑ってもくれた。なのに、今日食べたくないのは、どうして? この前のおにぎりに、なにか、マズイものでもあった?」

 私は、首を振る。

 マズイ、なんてなかった。

 おいしかった。

 懐かしくて、嬉しかった。

 でも……。

「……たべたら、思っちゃう、でしょ……? 帰りたいって……」

 思い出してしまう。

 もう、帰ることができないのなら。

 いっそのこと、忘れてしまいたい。

 お父さんのこと、お母さんのこと、友達のこと。

 全部、忘れてしまえたら、ラクになるのに。

 けど、忘れたくない。

 忘れたい。

 2つの気持ちが、せめぎ合う。

「ご、ごめんっ!」

 トーリャが、慌てだす。

「キミを泣かせたいわけじゃないんだ! ただ、元気になってほしくてっ! 泣かないで! ごめんっ!」

 私は、泣いているらしい。

 ゴン。

 なにか、離れたところで鈍い音がした。

「スヴェトラーナ」

 この声は、キリルのものだ。

 そう、認識したときにはすでに、キリルは私の目の前に屈み込んで、顔を覗き込んできていた。

「泣いているのか」

 伸ばされた腕が、手の平が、頬に触れて。

 グッと、親指で目の下を拭われる。

 キリルのその、苦し気な表情に、ぎゅっと胸が締めつけられる。

「なぜ泣く。そんなにも、ここに、この世界にいることは苦痛か。どうすれば、あなたの笑顔を取り戻すことができる。どうすれば、この涙を止めることができる。なにか望みはないのか。あなたが望むなら、なんだって叶える。あなたが欲しいと言うのなら、なんだって手に入れる。あなたが行きたいと言うのなら、どこへでも連れて行く。だから、なにか望みを言え。頼むから、泣いてくれるな」

 こんなふうに言うキリルは、初めてだ。

 ちょっと偉そうだけど。

 キリルのお母さんの話を聞いてから、見方が少し、変わってしまった。

 嫌いという感情で、縛りつけることができなくなってしまった。

 キリルは、お母さんの願いを叶えようとしているだけなんだ。

 お母さんのために、私と運命の相手として結ばれなくてはならない。

「なにもない」

 私は、うまく笑えているだろうか。

「なにもないよ」

「そんな顔をさせたいわけではないっ!」

 ビクリ。

 肩が跳ねる。

 怒らせてしまった。

 うまく、笑えなかった。

「すまない……。怖がらせるつもりはないんだ。ただ、無理に笑顔をつくろうとするな。あなたが心から笑いたいと思ったときに笑えばいい」

 偉そうな王様のキリルが、どこか困惑しているようで、少しおかしく感じてしまう。

「あなたの気持ちを抑えつけるな。隠さなくていい。思うことがあるなら言ってくれ。以前のように、怒鳴って、私を罵ってくれたって構わない。だから、そんな顔をするな」

 くすり。

 つい、思わず。

 笑ってしまった。

 キョトンと、して見せるキリルがまたおかしい。

「どうした? なにがおかしいんだ? 私に、教えてはくれないか?」

 そう言うキリルがまたおかしくて。

「偉そうな王様が、随分弱気だなって」

 こんなことを言ってしまって。

 怒られるだろうか。

 そう思ったけれど。

「そうか。おかしいか」

 なぜか、キリルは嬉しそうだった。

「あなたがおかしいと笑顔になれるのなら、私はずっとこのままでいよう」

 そんなことを言う。

「それじゃ、みんな困っちゃうよ」

 今まで偉そうな王様だったのに、急にこんな弱気になっちゃ。

 みんなきっとびっくりして、困っちゃう。

「なら」

 キリルが言う。

「あなただけだ。こんな私を見せるのは。私をこんなにするのも世界でたった1人。あなただけ」

 そう言って笑って見せる、キリルの表情に。

 その言葉に。

 ドキンと、心臓が跳ねた。

 咄嗟に、キリルから顔を逸らしてしまう。

「どうした? なにか、気に障ることでも言ってしまったか?」

 慌てたようにキリルが聞いてくるけど。

 私も、どうしてこんな行動をとってしまったのか、自分でわかっていない。

「あなたは……」

 ポツリ、と。

 キリルが呟く。

「恥じらっているのか」

 その呟きに、どうしてか居た堪れなくなって、逃げ出してしまいたくなる。

 けど。

「多少なりとも、あなたに好かれているのだと、自惚れてもいいのだろうか」

 そう言うキリルが、どこか嬉しそうで。

 心がくすぐったくて、あったかくて。

 もう少し、このままでもいいかな、なんて……。

「あの……、今日は、どうして……」

 でもやっぱり、じっと見つめられるのは恥ずかしくて、話題を変える。

 いつも、就寝前にしか来ないキリルがいる理由。

 仮にも王様で、忙しい人だと思うのに。

「休暇だ」

 返ってきたキリルの答えは、至ってシンプルなもの。

 王様であってもお休みは必要で、ずっとお仕事ばかりではないということ。

「陛下」

 このタイミングで、ずっとなにもいわなかったトーリャが声をかけてきた。

 手に持つ、鉢植え。

 青色の蕾がいくつか見える。

「これ、プレゼントでしょ?」

 そう言って、鉢植えがキリルの手へと渡される。

「ああ」

 受け取ったキリルは、真っ直ぐに私を見つめてくる。

「これを、あなたに」

 私への、プレゼントだと言う。

 でも、なぜ?

「……どうして?」

 突然、プレゼントなんて。

 欲しいものを言えと、言われたことはあるけど。

 花が欲しいと答えたことはない。

「以前、バラを見に行っただろう? トーリャから、青いバラが気に入ったようだと聞いた。摘み取るのは哀れだと持ち帰ることは拒んだそうだが、これならば部屋に置いておけるだろう」

 私の、ために……?

「受け取って、くれるだろうか」

 そう言う、キリルの持つ鉢植えに私は手を伸ばした。

「……はい」

 せっかく、私のために持ってきてくれたのだから。

「ありがとう……」

 受け取らないのは、悪い気がして。

 それに、少し、嬉しいと思っている私がいる。

「花は、好きか?」

「え? ……うん」

 突然のことで、なにを聞かれたのか少し考えてしまった。

 花は、嫌いじゃない。

 ……お母さんも、好きだった。

「バラの他には、なにが好きだ? 色は。種類は。花の他に、好きなものはあるか?」

「え……、えっと……」

 突然、どうしたというのだろう。

 急に、そんなことを聞かれても困ってしまう。

「陛下、スヴェトラーナ様が困ってるよ。スヴェトラーナ様、陛下は嬉しいんだよ。キミが笑ってくれたから。だから、もっとキミが好きなもの、喜ぶものをプレゼントしたいんだ」

「トーリャ、いらないことを言うな」

「あれ? そう?」

 2人は、なんだかとても仲が良さそうだ。

 王様と家来には、とても見えない。

 なんだか、ちょっとだけ、2人のやり取りを見ていると心があったかくなる。

 きっと信頼し合っているんだろうな、なんて思ったりして。

「プレゼントなんて、いりません」

 もらえない。

「これ1つだけで、充分だから」

 手元にある、もらったばかりの鉢植えを抱きしめた。

「大切にします」

「そう、か……」

 キリルは少し、残念そうな顔をしている気がするけど。

 プレゼントなんて、もらう理由がないもの。

 返せるものも、なにもない。

 たった1つの贈り物を、私は大切にする。

 あ……。

 でも1つだけ。

「これ、窓の傍に置きたいな」

 ちゃんと、日の光が当たるところに置いておきたい。

「そうか。ならばすぐに用意させよう」

 そう言うが早いか、すぐに指示を出すキリル。

 テキパキと、トーリャとリーリアとマリーナが動き出して。

 ものの5分もしないうちに、窓の傍に調度いい台が置かれた。

 きちんと、窓から日が当たっている。

「気に入ったか」

「うん……。ありがとう」

「そうか」

 たったこれだけのことなのに。

 むしろ、私はかなり面倒なことを頼んでしまったというのに。

 キリルは、嬉しそうだ。

「さて、食事はまだなのだろう? 私に構わず食べろ」

 キリルに言われて。

 気分が落ち込む。

 並んだ、おにぎりを見て、頭をよぎる。

 日本に、帰りたい……。

 でも、思っちゃいけない。

 帰れないのだから。

「どうした? なぜ暗い顔をする」

 目敏くキリルに気づかれて。

「なにか、マズかったか? 教えてくれ。料理人たちに改善させる。ことと次第によっては、首を切ることも検討しよう」

 首を、切る……?

 今、さらりと信じられないことを言われた。

 キリルを見ても、冗談なんて言っているふうではなくて……。

「どういう、意味……?」

「なにがだ」

「首を、切るって……」

「ああ」

 なんてことない、というようにキリルは言う。

「これはあなたのために用意した料理人たちにつくらせたものだ。あなたを喜ばせることができないなら、この城におく価値はない」

 キリルは言う。

『あなたのために用意した』

 料理のことじゃなくて……。

 料理人の方だ……。

 理解できた。

 私のために、雇われている人がいる。

「ましてや」

 キリルは続ける。

「あなたを苦しめるヤツなど、生かす価値がないだろう?」

 ゾクリと、戦慄を覚えた。

 本気だ。

 本気でこの人は、人を殺す。

 簡単に。

「やめて、ください……」

「なんだ?」

 でも、この人はちゃんと私の話を聞いてくれる人。

 ちゃんと向き合えば、応えてくれる。

「首を切るとか、価値がないとか、そんなふうに言わないで」

「なぜだ。あなたを苦しめるヤツだぞ? 生かしてどうする」

「ダメ!」

 ダメだよ……。

「簡単に、人の命を奪うようなことしちゃダメ! 命はみんな平等で、尊いものなのに。それに、誰にでも、家族や友達や大事な人がいて、突然いなくなったりしたら、悲しい……」

「……あなたにもいるのか?」

「え?」

「突然いなくなったら、悲しいと思う者が」

 そんなの、決まってる。

 いないわけがない。

 なのに、この人は……。
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