13 / 16
第4章 愛を、誓う
1.帰りたい、帰れない
しおりを挟む
トーリャが言う。
「おはよう。スヴェトラーナ様」
その言葉で、朝がきたんだとわかる。
あれから、何日経っただろう……。
もう、数えることもやめてしまった。
それだけ、虚しくなるから……。
帰りたくて、でも帰れない。
帰る方法を、知ってしまったから。
来た方法を、知ってしまったから。
知ってもなお、帰りたいと、私には言うことができない。
「カーテン、開けるね」
今日も、同じように繰り返される毎日が始まる。
リーリアとマリーナに、着替えさせられて。
言われるまま、成されるがままに、毎日が過ぎていく。
お父さんとお母さんは、今頃どうしているだろう。
心配、しているだろうか。
帰れないと、わかってしまった今、心配、していないといいと思う。
私のことは忘れて、毎日、笑って過ごしてくれていればいいと思う。
帰らない私を、ずっとずっと待ち続けて、探し続けて、心配して、悲しんで、そんな毎日は過ごしてほしくない。
お父さんとお母さんには、笑って幸せに過ごしていてほしい。
学校のみんなは、どうしているだろう。
変わらない毎日を、過ごしているだろうか。
そんなことばかり、考えてしまう。
毎日。
毎日。
毎日。
考えて。
考えて……。
悲しくなる。
虚しくなる。
「あ! 見て見て! 今日のごはんは、おにぎりだよ!」
トーリャが言う。
無理矢理にでも、明るく振る舞って。
気遣ってくれている、のだと思う。
でも……。
「……食べたく、ない?」
そう聞かれて、頷く。
「……ごめん、なさい」
せっかく、つくってもらったのに……。
「キミが謝ることじゃないよ。でも……」
トーリャは、優しい人だ。
「少しはなにか食べないと。なんでもいいんだ。なにか、食べたいもの、ない?」
そう聞かれても、なにも思いつかない。
なにも、食べたいと思えない。
なにかを、ほしいと思えない。
ただ1つの願いは、願うことすら許されない。
「……じゃあさ、どうして食べたくないのか、教えてくれる? この前は、食べてくれたでしょう? 笑ってもくれた。なのに、今日食べたくないのは、どうして? この前のおにぎりに、なにか、マズイものでもあった?」
私は、首を振る。
マズイ、なんてなかった。
おいしかった。
懐かしくて、嬉しかった。
でも……。
「……たべたら、思っちゃう、でしょ……? 帰りたいって……」
思い出してしまう。
もう、帰ることができないのなら。
いっそのこと、忘れてしまいたい。
お父さんのこと、お母さんのこと、友達のこと。
全部、忘れてしまえたら、ラクになるのに。
けど、忘れたくない。
忘れたい。
2つの気持ちが、せめぎ合う。
「ご、ごめんっ!」
トーリャが、慌てだす。
「キミを泣かせたいわけじゃないんだ! ただ、元気になってほしくてっ! 泣かないで! ごめんっ!」
私は、泣いているらしい。
ゴン。
なにか、離れたところで鈍い音がした。
「スヴェトラーナ」
この声は、キリルのものだ。
そう、認識したときにはすでに、キリルは私の目の前に屈み込んで、顔を覗き込んできていた。
「泣いているのか」
伸ばされた腕が、手の平が、頬に触れて。
グッと、親指で目の下を拭われる。
キリルのその、苦し気な表情に、ぎゅっと胸が締めつけられる。
「なぜ泣く。そんなにも、ここに、この世界にいることは苦痛か。どうすれば、あなたの笑顔を取り戻すことができる。どうすれば、この涙を止めることができる。なにか望みはないのか。あなたが望むなら、なんだって叶える。あなたが欲しいと言うのなら、なんだって手に入れる。あなたが行きたいと言うのなら、どこへでも連れて行く。だから、なにか望みを言え。頼むから、泣いてくれるな」
こんなふうに言うキリルは、初めてだ。
ちょっと偉そうだけど。
キリルのお母さんの話を聞いてから、見方が少し、変わってしまった。
嫌いという感情で、縛りつけることができなくなってしまった。
キリルは、お母さんの願いを叶えようとしているだけなんだ。
お母さんのために、私と運命の相手として結ばれなくてはならない。
「なにもない」
私は、うまく笑えているだろうか。
「なにもないよ」
「そんな顔をさせたいわけではないっ!」
ビクリ。
肩が跳ねる。
怒らせてしまった。
うまく、笑えなかった。
「すまない……。怖がらせるつもりはないんだ。ただ、無理に笑顔をつくろうとするな。あなたが心から笑いたいと思ったときに笑えばいい」
偉そうな王様のキリルが、どこか困惑しているようで、少しおかしく感じてしまう。
「あなたの気持ちを抑えつけるな。隠さなくていい。思うことがあるなら言ってくれ。以前のように、怒鳴って、私を罵ってくれたって構わない。だから、そんな顔をするな」
くすり。
つい、思わず。
笑ってしまった。
キョトンと、して見せるキリルがまたおかしい。
「どうした? なにがおかしいんだ? 私に、教えてはくれないか?」
そう言うキリルがまたおかしくて。
「偉そうな王様が、随分弱気だなって」
こんなことを言ってしまって。
怒られるだろうか。
そう思ったけれど。
「そうか。おかしいか」
なぜか、キリルは嬉しそうだった。
「あなたがおかしいと笑顔になれるのなら、私はずっとこのままでいよう」
そんなことを言う。
「それじゃ、みんな困っちゃうよ」
今まで偉そうな王様だったのに、急にこんな弱気になっちゃ。
みんなきっとびっくりして、困っちゃう。
「なら」
キリルが言う。
「あなただけだ。こんな私を見せるのは。私をこんなにするのも世界でたった1人。あなただけ」
そう言って笑って見せる、キリルの表情に。
その言葉に。
ドキンと、心臓が跳ねた。
咄嗟に、キリルから顔を逸らしてしまう。
「どうした? なにか、気に障ることでも言ってしまったか?」
慌てたようにキリルが聞いてくるけど。
私も、どうしてこんな行動をとってしまったのか、自分でわかっていない。
「あなたは……」
ポツリ、と。
キリルが呟く。
「恥じらっているのか」
その呟きに、どうしてか居た堪れなくなって、逃げ出してしまいたくなる。
けど。
「多少なりとも、あなたに好かれているのだと、自惚れてもいいのだろうか」
そう言うキリルが、どこか嬉しそうで。
心がくすぐったくて、あったかくて。
もう少し、このままでもいいかな、なんて……。
「あの……、今日は、どうして……」
でもやっぱり、じっと見つめられるのは恥ずかしくて、話題を変える。
いつも、就寝前にしか来ないキリルがいる理由。
仮にも王様で、忙しい人だと思うのに。
「休暇だ」
返ってきたキリルの答えは、至ってシンプルなもの。
王様であってもお休みは必要で、ずっとお仕事ばかりではないということ。
「陛下」
このタイミングで、ずっとなにもいわなかったトーリャが声をかけてきた。
手に持つ、鉢植え。
青色の蕾がいくつか見える。
「これ、プレゼントでしょ?」
そう言って、鉢植えがキリルの手へと渡される。
「ああ」
受け取ったキリルは、真っ直ぐに私を見つめてくる。
「これを、あなたに」
私への、プレゼントだと言う。
でも、なぜ?
「……どうして?」
突然、プレゼントなんて。
欲しいものを言えと、言われたことはあるけど。
花が欲しいと答えたことはない。
「以前、バラを見に行っただろう? トーリャから、青いバラが気に入ったようだと聞いた。摘み取るのは哀れだと持ち帰ることは拒んだそうだが、これならば部屋に置いておけるだろう」
私の、ために……?
「受け取って、くれるだろうか」
そう言う、キリルの持つ鉢植えに私は手を伸ばした。
「……はい」
せっかく、私のために持ってきてくれたのだから。
「ありがとう……」
受け取らないのは、悪い気がして。
それに、少し、嬉しいと思っている私がいる。
「花は、好きか?」
「え? ……うん」
突然のことで、なにを聞かれたのか少し考えてしまった。
花は、嫌いじゃない。
……お母さんも、好きだった。
「バラの他には、なにが好きだ? 色は。種類は。花の他に、好きなものはあるか?」
「え……、えっと……」
突然、どうしたというのだろう。
急に、そんなことを聞かれても困ってしまう。
「陛下、スヴェトラーナ様が困ってるよ。スヴェトラーナ様、陛下は嬉しいんだよ。キミが笑ってくれたから。だから、もっとキミが好きなもの、喜ぶものをプレゼントしたいんだ」
「トーリャ、いらないことを言うな」
「あれ? そう?」
2人は、なんだかとても仲が良さそうだ。
王様と家来には、とても見えない。
なんだか、ちょっとだけ、2人のやり取りを見ていると心があったかくなる。
きっと信頼し合っているんだろうな、なんて思ったりして。
「プレゼントなんて、いりません」
もらえない。
「これ1つだけで、充分だから」
手元にある、もらったばかりの鉢植えを抱きしめた。
「大切にします」
「そう、か……」
キリルは少し、残念そうな顔をしている気がするけど。
プレゼントなんて、もらう理由がないもの。
返せるものも、なにもない。
たった1つの贈り物を、私は大切にする。
あ……。
でも1つだけ。
「これ、窓の傍に置きたいな」
ちゃんと、日の光が当たるところに置いておきたい。
「そうか。ならばすぐに用意させよう」
そう言うが早いか、すぐに指示を出すキリル。
テキパキと、トーリャとリーリアとマリーナが動き出して。
ものの5分もしないうちに、窓の傍に調度いい台が置かれた。
きちんと、窓から日が当たっている。
「気に入ったか」
「うん……。ありがとう」
「そうか」
たったこれだけのことなのに。
むしろ、私はかなり面倒なことを頼んでしまったというのに。
キリルは、嬉しそうだ。
「さて、食事はまだなのだろう? 私に構わず食べろ」
キリルに言われて。
気分が落ち込む。
並んだ、おにぎりを見て、頭をよぎる。
日本に、帰りたい……。
でも、思っちゃいけない。
帰れないのだから。
「どうした? なぜ暗い顔をする」
目敏くキリルに気づかれて。
「なにか、マズかったか? 教えてくれ。料理人たちに改善させる。ことと次第によっては、首を切ることも検討しよう」
首を、切る……?
今、さらりと信じられないことを言われた。
キリルを見ても、冗談なんて言っているふうではなくて……。
「どういう、意味……?」
「なにがだ」
「首を、切るって……」
「ああ」
なんてことない、というようにキリルは言う。
「これはあなたのために用意した料理人たちにつくらせたものだ。あなたを喜ばせることができないなら、この城におく価値はない」
キリルは言う。
『あなたのために用意した』
料理のことじゃなくて……。
料理人の方だ……。
理解できた。
私のために、雇われている人がいる。
「ましてや」
キリルは続ける。
「あなたを苦しめるヤツなど、生かす価値がないだろう?」
ゾクリと、戦慄を覚えた。
本気だ。
本気でこの人は、人を殺す。
簡単に。
「やめて、ください……」
「なんだ?」
でも、この人はちゃんと私の話を聞いてくれる人。
ちゃんと向き合えば、応えてくれる。
「首を切るとか、価値がないとか、そんなふうに言わないで」
「なぜだ。あなたを苦しめるヤツだぞ? 生かしてどうする」
「ダメ!」
ダメだよ……。
「簡単に、人の命を奪うようなことしちゃダメ! 命はみんな平等で、尊いものなのに。それに、誰にでも、家族や友達や大事な人がいて、突然いなくなったりしたら、悲しい……」
「……あなたにもいるのか?」
「え?」
「突然いなくなったら、悲しいと思う者が」
そんなの、決まってる。
いないわけがない。
なのに、この人は……。
「おはよう。スヴェトラーナ様」
その言葉で、朝がきたんだとわかる。
あれから、何日経っただろう……。
もう、数えることもやめてしまった。
それだけ、虚しくなるから……。
帰りたくて、でも帰れない。
帰る方法を、知ってしまったから。
来た方法を、知ってしまったから。
知ってもなお、帰りたいと、私には言うことができない。
「カーテン、開けるね」
今日も、同じように繰り返される毎日が始まる。
リーリアとマリーナに、着替えさせられて。
言われるまま、成されるがままに、毎日が過ぎていく。
お父さんとお母さんは、今頃どうしているだろう。
心配、しているだろうか。
帰れないと、わかってしまった今、心配、していないといいと思う。
私のことは忘れて、毎日、笑って過ごしてくれていればいいと思う。
帰らない私を、ずっとずっと待ち続けて、探し続けて、心配して、悲しんで、そんな毎日は過ごしてほしくない。
お父さんとお母さんには、笑って幸せに過ごしていてほしい。
学校のみんなは、どうしているだろう。
変わらない毎日を、過ごしているだろうか。
そんなことばかり、考えてしまう。
毎日。
毎日。
毎日。
考えて。
考えて……。
悲しくなる。
虚しくなる。
「あ! 見て見て! 今日のごはんは、おにぎりだよ!」
トーリャが言う。
無理矢理にでも、明るく振る舞って。
気遣ってくれている、のだと思う。
でも……。
「……食べたく、ない?」
そう聞かれて、頷く。
「……ごめん、なさい」
せっかく、つくってもらったのに……。
「キミが謝ることじゃないよ。でも……」
トーリャは、優しい人だ。
「少しはなにか食べないと。なんでもいいんだ。なにか、食べたいもの、ない?」
そう聞かれても、なにも思いつかない。
なにも、食べたいと思えない。
なにかを、ほしいと思えない。
ただ1つの願いは、願うことすら許されない。
「……じゃあさ、どうして食べたくないのか、教えてくれる? この前は、食べてくれたでしょう? 笑ってもくれた。なのに、今日食べたくないのは、どうして? この前のおにぎりに、なにか、マズイものでもあった?」
私は、首を振る。
マズイ、なんてなかった。
おいしかった。
懐かしくて、嬉しかった。
でも……。
「……たべたら、思っちゃう、でしょ……? 帰りたいって……」
思い出してしまう。
もう、帰ることができないのなら。
いっそのこと、忘れてしまいたい。
お父さんのこと、お母さんのこと、友達のこと。
全部、忘れてしまえたら、ラクになるのに。
けど、忘れたくない。
忘れたい。
2つの気持ちが、せめぎ合う。
「ご、ごめんっ!」
トーリャが、慌てだす。
「キミを泣かせたいわけじゃないんだ! ただ、元気になってほしくてっ! 泣かないで! ごめんっ!」
私は、泣いているらしい。
ゴン。
なにか、離れたところで鈍い音がした。
「スヴェトラーナ」
この声は、キリルのものだ。
そう、認識したときにはすでに、キリルは私の目の前に屈み込んで、顔を覗き込んできていた。
「泣いているのか」
伸ばされた腕が、手の平が、頬に触れて。
グッと、親指で目の下を拭われる。
キリルのその、苦し気な表情に、ぎゅっと胸が締めつけられる。
「なぜ泣く。そんなにも、ここに、この世界にいることは苦痛か。どうすれば、あなたの笑顔を取り戻すことができる。どうすれば、この涙を止めることができる。なにか望みはないのか。あなたが望むなら、なんだって叶える。あなたが欲しいと言うのなら、なんだって手に入れる。あなたが行きたいと言うのなら、どこへでも連れて行く。だから、なにか望みを言え。頼むから、泣いてくれるな」
こんなふうに言うキリルは、初めてだ。
ちょっと偉そうだけど。
キリルのお母さんの話を聞いてから、見方が少し、変わってしまった。
嫌いという感情で、縛りつけることができなくなってしまった。
キリルは、お母さんの願いを叶えようとしているだけなんだ。
お母さんのために、私と運命の相手として結ばれなくてはならない。
「なにもない」
私は、うまく笑えているだろうか。
「なにもないよ」
「そんな顔をさせたいわけではないっ!」
ビクリ。
肩が跳ねる。
怒らせてしまった。
うまく、笑えなかった。
「すまない……。怖がらせるつもりはないんだ。ただ、無理に笑顔をつくろうとするな。あなたが心から笑いたいと思ったときに笑えばいい」
偉そうな王様のキリルが、どこか困惑しているようで、少しおかしく感じてしまう。
「あなたの気持ちを抑えつけるな。隠さなくていい。思うことがあるなら言ってくれ。以前のように、怒鳴って、私を罵ってくれたって構わない。だから、そんな顔をするな」
くすり。
つい、思わず。
笑ってしまった。
キョトンと、して見せるキリルがまたおかしい。
「どうした? なにがおかしいんだ? 私に、教えてはくれないか?」
そう言うキリルがまたおかしくて。
「偉そうな王様が、随分弱気だなって」
こんなことを言ってしまって。
怒られるだろうか。
そう思ったけれど。
「そうか。おかしいか」
なぜか、キリルは嬉しそうだった。
「あなたがおかしいと笑顔になれるのなら、私はずっとこのままでいよう」
そんなことを言う。
「それじゃ、みんな困っちゃうよ」
今まで偉そうな王様だったのに、急にこんな弱気になっちゃ。
みんなきっとびっくりして、困っちゃう。
「なら」
キリルが言う。
「あなただけだ。こんな私を見せるのは。私をこんなにするのも世界でたった1人。あなただけ」
そう言って笑って見せる、キリルの表情に。
その言葉に。
ドキンと、心臓が跳ねた。
咄嗟に、キリルから顔を逸らしてしまう。
「どうした? なにか、気に障ることでも言ってしまったか?」
慌てたようにキリルが聞いてくるけど。
私も、どうしてこんな行動をとってしまったのか、自分でわかっていない。
「あなたは……」
ポツリ、と。
キリルが呟く。
「恥じらっているのか」
その呟きに、どうしてか居た堪れなくなって、逃げ出してしまいたくなる。
けど。
「多少なりとも、あなたに好かれているのだと、自惚れてもいいのだろうか」
そう言うキリルが、どこか嬉しそうで。
心がくすぐったくて、あったかくて。
もう少し、このままでもいいかな、なんて……。
「あの……、今日は、どうして……」
でもやっぱり、じっと見つめられるのは恥ずかしくて、話題を変える。
いつも、就寝前にしか来ないキリルがいる理由。
仮にも王様で、忙しい人だと思うのに。
「休暇だ」
返ってきたキリルの答えは、至ってシンプルなもの。
王様であってもお休みは必要で、ずっとお仕事ばかりではないということ。
「陛下」
このタイミングで、ずっとなにもいわなかったトーリャが声をかけてきた。
手に持つ、鉢植え。
青色の蕾がいくつか見える。
「これ、プレゼントでしょ?」
そう言って、鉢植えがキリルの手へと渡される。
「ああ」
受け取ったキリルは、真っ直ぐに私を見つめてくる。
「これを、あなたに」
私への、プレゼントだと言う。
でも、なぜ?
「……どうして?」
突然、プレゼントなんて。
欲しいものを言えと、言われたことはあるけど。
花が欲しいと答えたことはない。
「以前、バラを見に行っただろう? トーリャから、青いバラが気に入ったようだと聞いた。摘み取るのは哀れだと持ち帰ることは拒んだそうだが、これならば部屋に置いておけるだろう」
私の、ために……?
「受け取って、くれるだろうか」
そう言う、キリルの持つ鉢植えに私は手を伸ばした。
「……はい」
せっかく、私のために持ってきてくれたのだから。
「ありがとう……」
受け取らないのは、悪い気がして。
それに、少し、嬉しいと思っている私がいる。
「花は、好きか?」
「え? ……うん」
突然のことで、なにを聞かれたのか少し考えてしまった。
花は、嫌いじゃない。
……お母さんも、好きだった。
「バラの他には、なにが好きだ? 色は。種類は。花の他に、好きなものはあるか?」
「え……、えっと……」
突然、どうしたというのだろう。
急に、そんなことを聞かれても困ってしまう。
「陛下、スヴェトラーナ様が困ってるよ。スヴェトラーナ様、陛下は嬉しいんだよ。キミが笑ってくれたから。だから、もっとキミが好きなもの、喜ぶものをプレゼントしたいんだ」
「トーリャ、いらないことを言うな」
「あれ? そう?」
2人は、なんだかとても仲が良さそうだ。
王様と家来には、とても見えない。
なんだか、ちょっとだけ、2人のやり取りを見ていると心があったかくなる。
きっと信頼し合っているんだろうな、なんて思ったりして。
「プレゼントなんて、いりません」
もらえない。
「これ1つだけで、充分だから」
手元にある、もらったばかりの鉢植えを抱きしめた。
「大切にします」
「そう、か……」
キリルは少し、残念そうな顔をしている気がするけど。
プレゼントなんて、もらう理由がないもの。
返せるものも、なにもない。
たった1つの贈り物を、私は大切にする。
あ……。
でも1つだけ。
「これ、窓の傍に置きたいな」
ちゃんと、日の光が当たるところに置いておきたい。
「そうか。ならばすぐに用意させよう」
そう言うが早いか、すぐに指示を出すキリル。
テキパキと、トーリャとリーリアとマリーナが動き出して。
ものの5分もしないうちに、窓の傍に調度いい台が置かれた。
きちんと、窓から日が当たっている。
「気に入ったか」
「うん……。ありがとう」
「そうか」
たったこれだけのことなのに。
むしろ、私はかなり面倒なことを頼んでしまったというのに。
キリルは、嬉しそうだ。
「さて、食事はまだなのだろう? 私に構わず食べろ」
キリルに言われて。
気分が落ち込む。
並んだ、おにぎりを見て、頭をよぎる。
日本に、帰りたい……。
でも、思っちゃいけない。
帰れないのだから。
「どうした? なぜ暗い顔をする」
目敏くキリルに気づかれて。
「なにか、マズかったか? 教えてくれ。料理人たちに改善させる。ことと次第によっては、首を切ることも検討しよう」
首を、切る……?
今、さらりと信じられないことを言われた。
キリルを見ても、冗談なんて言っているふうではなくて……。
「どういう、意味……?」
「なにがだ」
「首を、切るって……」
「ああ」
なんてことない、というようにキリルは言う。
「これはあなたのために用意した料理人たちにつくらせたものだ。あなたを喜ばせることができないなら、この城におく価値はない」
キリルは言う。
『あなたのために用意した』
料理のことじゃなくて……。
料理人の方だ……。
理解できた。
私のために、雇われている人がいる。
「ましてや」
キリルは続ける。
「あなたを苦しめるヤツなど、生かす価値がないだろう?」
ゾクリと、戦慄を覚えた。
本気だ。
本気でこの人は、人を殺す。
簡単に。
「やめて、ください……」
「なんだ?」
でも、この人はちゃんと私の話を聞いてくれる人。
ちゃんと向き合えば、応えてくれる。
「首を切るとか、価値がないとか、そんなふうに言わないで」
「なぜだ。あなたを苦しめるヤツだぞ? 生かしてどうする」
「ダメ!」
ダメだよ……。
「簡単に、人の命を奪うようなことしちゃダメ! 命はみんな平等で、尊いものなのに。それに、誰にでも、家族や友達や大事な人がいて、突然いなくなったりしたら、悲しい……」
「……あなたにもいるのか?」
「え?」
「突然いなくなったら、悲しいと思う者が」
そんなの、決まってる。
いないわけがない。
なのに、この人は……。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる