【完結】陛下に愛を誓うまで

桐生千種

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第4章 愛を、誓う

2.耳を、傾けて

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 私が、いなくなったら悲しいと思う人。

「家族」

 そんなの当たり前で。

「お父さんとお母さんと、それから友達」

「……」

「でも、実際にいなくなったのは私の方で、きっとお父さんもお母さんも心配してる。もう2度と私が帰れないなら、私のこと、忘れてしまってほしい……。忘れて、毎日笑ってすごしてほしい……。でも、それはすごく寂しくて……」

 あれ……?

 なに言ってるんだろう、私……?

「ならいっそ、私の方が思い出さなくなればって、忘れちゃえばって、でも忘れたくない……」

 もう、自分がなに言ってるのか。

「わかんない……」

 なんで、泣いてるんだろう……。

 わからない……。

 ぬぐっても、涙は止まらなくて……。

 なんで……?

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 どれくらい、泣いたのか。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、時間の経過もわからない。

「どんなところだ」

 それは突然だった。

 ずっと黙っているだけだったキリルが言った。

「あなたが乞い願う日本という国で、あなたはどんな日々を送っていた」

 初めて言われた。

 「帰さない」とか「帰りたいと言うな」とか。

 今までそんな言葉ばかりだったけど。

「あなたの話が聞きたい」

 初めて、私の話が聞きたいと言ってくれた。

 日本の話が聞きたいと、言ってくれた。

 真っ直ぐなキリルの目に見つめられて。

 自分の故郷の話を聞きたと言ってもらえるのは、嬉しい。

「私はね……」

 私は話した。

 はじめは、なにを話せばいいのか、なにから話せばいいのかわからなくて。

 でもキリルは、私が言葉を発するまで待ってくれて。

 ぽつり、ぽつり、と1つずつ、私は話した。

 お父さんのこと。

 ちょっとお茶目で、よくお父さんのイタズラには困らせられたけど、いざとなると頼りになってカッコイイお父さん。

 お母さんのこと。

 いつもニコニコしてて、優しくて、ちょっとドジで、でもそんなところが可愛いお母さん。

 友達のこと。

 毎日、他愛ない話をして、たまには学校帰りに寄り道したりして……。

 話していくうちに、だんだん夢中になって。

 いろんなことを話した。

 お母さんの誕生日に、お父さんと2人でサプライズを計画したときのこと。

 私の誕生日に、お父さんとお母さんがサプライズを計画してくれてて、でもお母さんにうっかりバラされてしまったときのこと。

 友達と、学校帰りにカフェに寄ってテスト勉強に頭を悩ませたり、お喋りしたり……。

 友達が、彼氏にフラれたって大泣きしたときは大変だった。

 ひとしきり泣いた友達は、今度は気晴らしに付き合いなさいってカラオケに連れて行かれて、夜料金に切り替わるまで帰してくれなかった。

 次の日から期末試験だったのに……。

 学校のこと、家のこと、なんでも話した。

 話しはじめたときは、キリルは「ああ」とか「そうか」とか相槌を打ってくれてて。

 でも、だんだん私ばかりが話し続けて。

 キリルは黙って私の話を聞いていた。

 だから、気づかなかった。

 キリルのその、表情に。

 切なげに見つめてくるその目が。

 どこか物悲しくて……。

「……キリル、さん?」

 思わず、呼びかけた。

 一瞬、ほんのわずかに見開かれた目。

 そして緩やかに、儚げに、笑った。

 ドキリ、と心臓が跳ねる。

「初めて、だな」

 キリルが、呟く。

 するり、と頬に差し込まれる手。

 ドキドキと、心臓が波打ち始める。

「……な、にが?」

 うまく、声を発せない。

「あなたが、初めて私の名を呼んでくれた」

 そう言って、キリルは笑う。

 そう、だっただろうか……。

 意識をしていたわけではないけれど、キリルの名前を口にするのは、初めてでもないような気がする。

 勘違い……?

「あ、の……」

 キリルは、ずっと私を見つめている。

「故郷の話をしているときのあなたは、とても活き活きとしている」

 ぽつり、とキリルが言った。

 その表情が、どこか寂しそうで、胸がきゅうと締めつけられて、罪悪感を覚えた。

「故郷は好きか」

 聞いてきる。

 だから私は答える。

「好き」

「私ではそんな顔、させてやれないのだな」

 突然、どうしたのだろう。

 キリルは、自嘲気味に笑う。

「故郷に、帰そう」

「え……?」

 今度は私が目を見開く番だった。

「なにを、言ってるの……?」

「言葉通りだ。あなたを、家に帰す」

 どうして今さら、そんなことを言うの……。

「帰れるわけ、ない。だって帰るには……」

 誰かの血と命を奪わなければならない。

「ああ。だから、私の血を使え」

「なん……っ」

 声が、出なかった。

 どうして今さら、いきなり、そんなことを言い出すの……。

「ー!? ーーーーーーーーーーーー!?」

 私よりも、トーリャがわかりやすく驚きを示す。

 言葉がこの国のもので、なにを言っているのかわからないけど、驚いていることはわかる。

「ーーー」

 キリルが、なにか言う。

「ーーーーーーーー」

 なにを言っているのかは、やっぱりわからない。

 でも、楽しいお喋りとは程遠い様子。

「キミからもなにか言ってあげて!」

「え?」

 急にトーリャに話を振られて、困惑する。

 なにを話していたのか、わからないのに。

「キミは、この世界で陛下と生きることを受け入れた。だから、この世界に馴染もうとしてる。僕はそう思った。違う?」

 トーリャから向けられる、真剣な眼差し。

「もういいんだ」

 キリルが言う。

「無理をしなくていい。帰りたいのだろう? ここにいても私はあなたを笑わせてやることはできない」

 キリルの眼差しも、真剣そのもの。

「だから私が、責任を持って故郷へ帰す」

「ダメだって言ってるでしょ!? キミは国王なんだよ!? 国を捨てる気!? どうしてもって言うなら、僕の血を使えばいいじゃない!!」

 トーリャが叫ぶ。

 けれど……。

「トーリャでは無理だ」

 静かに、キリルが言い放った。

 かすかに、トーリャが傷ついた表情をした気がした。

「それに、国のことなら叔父がいる。問題はないだろう」

 そう言うキリルの表情は、穏やかで。

 優しささえ、感じる。

「だからはあなたは、なにも気にせず帰ればいい」

 笑う。

 キリルが、笑う。

 でも、その笑顔に喜びなんて感じられなくて。

 「帰れる」と言われても、喜べるはずなんてなくて。

 私が帰ることができたとして、そのときには誰かが死ぬとわかっていて、どうして喜ぶことができると言うの?

「……いや」

 私が口にしたのは、そのひと言。

 かすかに顔を綻ばせるトーリャと眉間に皺を寄せるキリル。

「なぜだ」

 キリルが言う。

「あなたはあんなにも、故郷に焦がれていたではないか」

 そんなことを言われても。

「あなたが死ぬとわかっていて、喜んで帰れるわけないっ!」

「私がいいと言っている!」

「いいわけないっ!!」

「っ……」

 通じない……。

 伝わらない……。

「泣くな……」

 キリルが、呟く。

「償うことさえ、許されないというのか……」

 償う……?

 一体、どういう意味……?

 キリルを見ると、「しまった」と顔に書いている。

「ねえ……、償うって、なに? なんのこと?」

「……」

 キリルは、答えない。

「ねえ」

「気にするな」

 言い放つ。

「あなたは、気にしなくていいことだ」

 ……なんでだろう。

 急に、突き放されてしまったような……。

 苦しい感覚になるのは、どうして……?

「もう、わかんないよ……」

「な、泣くなと言っている」

 そんなこと、言われたって。

「勝手に連れて来られて、運命の相手だとか言われて……。帰りたいって言っても帰してくれなかったのに、今さら……帰れなんて……」

 あふれてくる涙を、自分では、どうすることもできない……。

「陛下」

 ポツリ、とトーリャが呟いた。

「いや、キール」

 しっかりと、トーリャがキリルを見つめて言う。

「幼馴染として言うよ」

 トーリャの目に宿る、強い意志。

 なにかを覚悟しているかのような、そんな目。

 トーリャが、この世界の言葉ではなく、日本語で言ってくれているのはたぶん、私にもわかるようにしてくれているため。

 トーリャが、言った。

「本当のことを、話してあげて」

 本当のこと。

 本当のことって、なに……?

「必要ない」

 キリルは言う。

 怒ってる。

 ただそこにいるだけ。

 さっきからずっと、キリルはそこにいるのに、さっきまでと明らかに違う。

 そこにいるだけで感じとれる、キリルの苛立ち。

 キッカケはたぶん、さっきのトーリャの言葉。

 本当のこと。

「本当のことって、なに……?」

 ギッ! っと、キリルが睨むその先にはトーリャ。

「トーリャを責めるのはやめて!」

 私を見て。

「本当のことってなに? さっきも言ってた、償いって、どういうこと? なにを隠してるの?」

「あなたは知らなくていいことだ」

 キリルが、私から目を逸らす。

「……なら」

 それなら。

「トーリャが教えて」

 キリルから、聞かなければならないわけじゃない。

 トーリャなら、きっと、教えてくれる。

 キリルが、動揺、しているのが、わかる。

「トーリャは、知ってるんでしょう?」

「待て! ならば私が話す!」

 言い切った、キリルの表情には「しまった」と書いてある。

 でも、私は聞いた。

 しっかりと。

「話して、くれるの?」

「あ、いや……」

 また、キリルが目を逸らす。

「くれないの?」

 しばしの、沈黙。

 そして……。

「そんなに知りたいのか」

 キリルの言葉に、私は頷く。

「聞けば……いい気分ではいられない」

「それでも」

 知りたい。

「後悔するぞ」

「構わない。それに、後悔するかどうかなんて、聞いてみなくちゃわからないし、判断するのは私で、キリルじゃない」

「強い子だ」

 キリルが笑う。

「長い話になる」

「うん」

「退屈なら、寝てもいい」

「まさか」

 フッと、キリルがまた笑う。

「はじまりは、ある男と女。王と王妃の話だ。これがすべて元凶となった」

 こうしてはじまった、昔話。

 喜びと悲しみと、苦悩と切なさ。

 人の一生を越える、長くも短い物語がはじまった。

 キリル。

 あなたは一体、どんな想いで私に話してくれなんですか?

 すべてを知り、悟ったとき、そう思わずにはいられなかった。

 けれど、それを口にするのは残酷なことのような気がして、最後まで、聞くことはできなかった。

 私は、これからどうすればいいですか?

 問いかけても、答えてくれる人はいないけれど。

 問いかけずにはいられない。

 ここから先の物語は、自分で決めた選択肢で進めていかなければならない。
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