9 / 10
04 紡がれる未来
01
しおりを挟む
コツン、コツンと窓を叩いた。
月明かりの照らす静かな夜に、シロエはヒトの住む住宅街まで来ていた。
目的の部屋を見つけ、静かに、けれどもその部屋の住人には気づいてもらえるように、コツン、コツンと窓を叩いた。
そって、静かに、人の動く気配を感じ取り、シロエは窓を叩くのをやめた。
静かにカーテンが動き、隙間から覗かれた黒い瞳とシロエの空色の瞳の視線がぶつかった。
黒い瞳の少女――トモコは驚き、迷うことなく窓を開けた。
「シロくんっ」
思わず声を出したトモコに、シロエは人差し指を立てた。
「しー。静かに。みんなが起きちゃうよ」
コソコソ、ヒソヒソと話すシロエに習って、トモコも小さな声を出した。
「どうしたの? 怒られちゃうよ?」
もう、夜も遅かった。
こんな時間に子供が出歩いていることは褒められることではなかった。
その上、ネオであるシロエは夜の外出が厳しく禁じられていると、ヒト社会で育てられているトモコでも知っていた。
「うん。でも、どうしてもトモちゃんに謝りたくて」
「トモちゃんに?」
シロエの言葉に、トモコはキョトンとした目を向けた。
そのために、わざわざ怒られる危険を冒してまでここまできたのか、と。
そこまでして、謝ってもらうようなことがあっただろうか、と。
「僕ね、トモちゃんにひどいことを言うつもりなんてなかったんだ」
「ひどいこと」と言われても、トモコにはピンと来なかった。
けれど、シロエは続けた。
「僕は毎日、トモちゃんが遊んでくれてすごく嬉しいから。お礼をしなくちゃいけないのは僕のほうなんだ。だから、お礼なんて考えなくていいって、そう言いたくて。ひどいことを言って、ごめんなさい……」
そう言って項垂れるシロエに、トモコはニコリと笑って見せた。
「いいよ。シロくんが来てくれたんだもん」
シロエの話を最後まで聞いて、トモコは昼間の出来事を思い出した。
確かに、昼間は怒って帰ってしまったけれど、そのあと母親に言われたことのほうが強烈にトモコの心を支配していた。
『あんな子と仲良くしていたら、トモコが不幸になる』
母親は、はっきりとそう言った。
ヒトの多く、特に大人は、ネオの存在に否定的だった。
けれど、トモコはそれを信じたくはなかった。
トモコにとってはネオであってもなくても、ヒトであってもなくても、シロエは大切な友達だった。
「トモちゃん、嬉しいよ」
ニコニコと、トモコは笑った。
「本当?」
「うん」
「よかった」
シロエは安心したように息を吐いた。
けれど、思い出したようにもう1度息をつめた。
「あのね、トモちゃん」
シロエは真剣な眼差しでトモコを見た。
「もし、許してくれるなら」
シロエの真剣な眼差しに。トモコもしっかり聞かなくてはとシロエを見返した。
無意識に、肩に力が入った。
「ずっと、僕と友達でいてください」
頭を下げてみせたシロエに、トモコは笑って「なんだ、そんなことか」と肩の力を抜いた。
「うん。明日も明後日も、大人になってもずっとずっと友達だよ」
トモコが差し出した小指に、シロエも自分の小指を差し出した。
互いに小指を絡め合い、交わされた約束の指切りを、月だけが見守っていた――
月明かりの照らす静かな夜に、シロエはヒトの住む住宅街まで来ていた。
目的の部屋を見つけ、静かに、けれどもその部屋の住人には気づいてもらえるように、コツン、コツンと窓を叩いた。
そって、静かに、人の動く気配を感じ取り、シロエは窓を叩くのをやめた。
静かにカーテンが動き、隙間から覗かれた黒い瞳とシロエの空色の瞳の視線がぶつかった。
黒い瞳の少女――トモコは驚き、迷うことなく窓を開けた。
「シロくんっ」
思わず声を出したトモコに、シロエは人差し指を立てた。
「しー。静かに。みんなが起きちゃうよ」
コソコソ、ヒソヒソと話すシロエに習って、トモコも小さな声を出した。
「どうしたの? 怒られちゃうよ?」
もう、夜も遅かった。
こんな時間に子供が出歩いていることは褒められることではなかった。
その上、ネオであるシロエは夜の外出が厳しく禁じられていると、ヒト社会で育てられているトモコでも知っていた。
「うん。でも、どうしてもトモちゃんに謝りたくて」
「トモちゃんに?」
シロエの言葉に、トモコはキョトンとした目を向けた。
そのために、わざわざ怒られる危険を冒してまでここまできたのか、と。
そこまでして、謝ってもらうようなことがあっただろうか、と。
「僕ね、トモちゃんにひどいことを言うつもりなんてなかったんだ」
「ひどいこと」と言われても、トモコにはピンと来なかった。
けれど、シロエは続けた。
「僕は毎日、トモちゃんが遊んでくれてすごく嬉しいから。お礼をしなくちゃいけないのは僕のほうなんだ。だから、お礼なんて考えなくていいって、そう言いたくて。ひどいことを言って、ごめんなさい……」
そう言って項垂れるシロエに、トモコはニコリと笑って見せた。
「いいよ。シロくんが来てくれたんだもん」
シロエの話を最後まで聞いて、トモコは昼間の出来事を思い出した。
確かに、昼間は怒って帰ってしまったけれど、そのあと母親に言われたことのほうが強烈にトモコの心を支配していた。
『あんな子と仲良くしていたら、トモコが不幸になる』
母親は、はっきりとそう言った。
ヒトの多く、特に大人は、ネオの存在に否定的だった。
けれど、トモコはそれを信じたくはなかった。
トモコにとってはネオであってもなくても、ヒトであってもなくても、シロエは大切な友達だった。
「トモちゃん、嬉しいよ」
ニコニコと、トモコは笑った。
「本当?」
「うん」
「よかった」
シロエは安心したように息を吐いた。
けれど、思い出したようにもう1度息をつめた。
「あのね、トモちゃん」
シロエは真剣な眼差しでトモコを見た。
「もし、許してくれるなら」
シロエの真剣な眼差しに。トモコもしっかり聞かなくてはとシロエを見返した。
無意識に、肩に力が入った。
「ずっと、僕と友達でいてください」
頭を下げてみせたシロエに、トモコは笑って「なんだ、そんなことか」と肩の力を抜いた。
「うん。明日も明後日も、大人になってもずっとずっと友達だよ」
トモコが差し出した小指に、シロエも自分の小指を差し出した。
互いに小指を絡め合い、交わされた約束の指切りを、月だけが見守っていた――
0
あなたにおすすめの小説
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる