【完結】龍の姫君-序-

桐生千種

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第1話 箱入りの姫君

姫君の従者1

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 少女――龍麗(りゅうり)が1人、机に向かい書を読む。

 傍らには少年――優雅(ゆうが)が控える。

 言葉は発しない。

 音と言えば、開かれた窓の外から入り込んでくる、草木が風に揺れる音。

 そして、時折パラパラと、龍麗が紙をめくる音のみ。

「むー……」

 不意に龍麗が机に突っ伏し、呻き声を出した。

「どうかなさいましたか?」

 穏やかに、優雅が問う。

 けれど、優雅はその問いに対する答えを知っていた。

 知った上で、優雅は龍麗に問うている。

「飽きた」

 龍麗が言った。

「今日長いー。もう集中できないー。終わりにしよー」

 うだうだと、言葉を並べる龍麗に最早再び書を読む気はない。

「ですが龍麗様。龍麗様は一族の次期当主として、しっかりと勉学に励んでいただかなければ」

 優雅の言葉に、龍麗の表情は険しくなる。

「龍麗って呼ばないで」

 睨みつける龍麗だけれど、優雅はそれを笑顔で受け止めた。

「龍麗様は龍麗様ですから」

 優雅のその言葉に、龍麗の表情はさらに険しさを増す。

「優雅なんかキライっ!」

 フイっ、と顔を背ける龍麗に優雅はただ困ったような笑みをつくるのみ。

 訪れる沈黙に、草木が風に揺れる音だけがやけに鮮明に入り込んでくる。

 ふっと、息を吐き先に折れたのは優雅の方だ。

 龍麗の目の前に跪いた優雅は、そっと龍麗の望む名を呼ぶ。

「ルリ」

 ピクリと、肩を震わせた龍麗は横目にそっと優雅の様子を窺う。

「もう、頑張れない? 終わりにしたい?」

 優雅の言葉に、拗ねたような表情を見せ龍麗は優雅と向き合った。

「だって……。今日、いつもより長い……」

 唇を尖らせて言う龍麗に、優雅は思う。

 ――30分……。これ以上ごまかすのは無理か……。

「そっか……。集中力が切れてるのに無理にやっても意味がないし、今日は終わりにしておやつにしよう。おいしいお菓子があるんだ」

「お菓子っ!?」

 キラキラと、龍麗の瞳が輝く。

「すぐに用意するから、ちょっと待ってて」

 立ち上がり、離れて行く背中は気付かれないように安堵の息を吐く。

 ――これであと30分。早く帰って来い……。

「優雅」

 部屋を出る間際、かけられた声に走った緊張は優雅の内にのみ留められる。

「キライなんて、ウソだよ」

 龍麗の言葉に、優雅はクスリと笑みを溢した。

「わかってるよ」

 言い残し、部屋を出た優雅の背中を見送った龍麗は、窓の外へと視線を移した。

 時刻は間もなく八つ時を迎える。
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