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03 ひとり 出会う
02
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「あなたが、アイ?」
突然現れた彼女との出会いを、私が忘れることはない。
この先も、きっと、ずっと。
初めは、彼女の言っている言葉の意味がまるでわからなかった。
私に言っている言葉なのかも、わからなかった。
『アイ』が何を示す言葉なのか、どんな意味を持つ言葉なのか、わからなかった。
大人たちが私を呼ぶときの言葉は、『AI』だったから。
「みんな」も大人たちの言葉の通りにお互いを呼び合っていた。
だから、『アイ』が自分のことを示す言葉だとは思わなかった。
「私、美咲! よろしく、アイ!」
初めて見る顏だった。
初めて見る人、というわけではなく、今まで私にかかわった大人が見せた表情とは違う表情を彼女はしていた。
私が知っている大人の表情。感情。
それは、根拠のない期待。
思い通りにならない苛立ち。
好奇心という名の狂気。
だけど彼女からは、そんなものを感じなかった。
無邪気に笑う。
まるで、私と共に生まれ過ごしてきた「みんな」のように、無垢な笑みを見せた。
「アイ、おはよう!」
彼女は、朝になればそう言って、誰よりも早くにその笑顔を向けてくれた。
「ちゃんと食べられたね、アイ! えらい!」
彼女は私の小さな行動のひとつひとつを見ては、褒めてくれた。
今日は、昨日よりも1つ多く積み木を積めた。
今日は、昨日よりも1枚多く絵を描いた。
真っ直ぐな線を引いた。
ぐるぐると丸を描いた。
絵本の中を指差した。
そんな小さな些細な行動を褒めた。
「おやすみ、アイ」
夜には、そう言って私が眠るまで傍にいてくれた。
今まで一緒にいてくれた「みんな」のように、朝から夜まで――たとえ私が眠っていても、彼女は一緒にいてくれた。
夢をみたとき――「みんな」が私をおいて逝ってしまう夢をみたとき、泣き続ける私を抱きしめて「大丈夫」と言ってくれた。
まるで、ひとりになった私の傍で、「みんな」の代わりに寂しさを紛らわそうとしてくれているみたいだった……。
彼女がいると、心がソワソワした。
立ち上がった彼女が何をするのか。
手を伸ばした彼女が何を取るのか。
口を開く彼女が何を言うのか。
彼女の行動のひとつひとつに、私の心はソワソワと落ち着かなかった。
何をしてくれるのだろう。
何を話してくれるのだろう。
それは、今まで感じたことのない気持ち。
今まで感じたことのない、満たされるという感覚。
けれど、その感情を抱いている自分を認めたくなかった。
その感情を抱いている自分を、許せなかった。
この気持ちを、「みんな」は知らないから。
「みんな」は、知ることができないから。
「みんな」が知っているのは、悲しい、苦しい、寂しい、そして、サヨナラ。
それ以外の気持ちを、「みんな」は知らない。
「みんな」は、知ることができない。
嬉しいも、楽しいも、幸せも、何も知らずに「みんな」は逝ってしまった。
これから先の未来の世界で、「みんな」が嬉しいや楽しいや幸せを知る日は来ない。
だから、私ひとりだけが、この幸福を手にすることはできない。
「みんな」を裏切るようなことは、できない。
だから私は彼女がキライだった。
「みんな」が知らない、知ることができない、幸福を私に教える彼女のことが、キライだった――
突然現れた彼女との出会いを、私が忘れることはない。
この先も、きっと、ずっと。
初めは、彼女の言っている言葉の意味がまるでわからなかった。
私に言っている言葉なのかも、わからなかった。
『アイ』が何を示す言葉なのか、どんな意味を持つ言葉なのか、わからなかった。
大人たちが私を呼ぶときの言葉は、『AI』だったから。
「みんな」も大人たちの言葉の通りにお互いを呼び合っていた。
だから、『アイ』が自分のことを示す言葉だとは思わなかった。
「私、美咲! よろしく、アイ!」
初めて見る顏だった。
初めて見る人、というわけではなく、今まで私にかかわった大人が見せた表情とは違う表情を彼女はしていた。
私が知っている大人の表情。感情。
それは、根拠のない期待。
思い通りにならない苛立ち。
好奇心という名の狂気。
だけど彼女からは、そんなものを感じなかった。
無邪気に笑う。
まるで、私と共に生まれ過ごしてきた「みんな」のように、無垢な笑みを見せた。
「アイ、おはよう!」
彼女は、朝になればそう言って、誰よりも早くにその笑顔を向けてくれた。
「ちゃんと食べられたね、アイ! えらい!」
彼女は私の小さな行動のひとつひとつを見ては、褒めてくれた。
今日は、昨日よりも1つ多く積み木を積めた。
今日は、昨日よりも1枚多く絵を描いた。
真っ直ぐな線を引いた。
ぐるぐると丸を描いた。
絵本の中を指差した。
そんな小さな些細な行動を褒めた。
「おやすみ、アイ」
夜には、そう言って私が眠るまで傍にいてくれた。
今まで一緒にいてくれた「みんな」のように、朝から夜まで――たとえ私が眠っていても、彼女は一緒にいてくれた。
夢をみたとき――「みんな」が私をおいて逝ってしまう夢をみたとき、泣き続ける私を抱きしめて「大丈夫」と言ってくれた。
まるで、ひとりになった私の傍で、「みんな」の代わりに寂しさを紛らわそうとしてくれているみたいだった……。
彼女がいると、心がソワソワした。
立ち上がった彼女が何をするのか。
手を伸ばした彼女が何を取るのか。
口を開く彼女が何を言うのか。
彼女の行動のひとつひとつに、私の心はソワソワと落ち着かなかった。
何をしてくれるのだろう。
何を話してくれるのだろう。
それは、今まで感じたことのない気持ち。
今まで感じたことのない、満たされるという感覚。
けれど、その感情を抱いている自分を認めたくなかった。
その感情を抱いている自分を、許せなかった。
この気持ちを、「みんな」は知らないから。
「みんな」は、知ることができないから。
「みんな」が知っているのは、悲しい、苦しい、寂しい、そして、サヨナラ。
それ以外の気持ちを、「みんな」は知らない。
「みんな」は、知ることができない。
嬉しいも、楽しいも、幸せも、何も知らずに「みんな」は逝ってしまった。
これから先の未来の世界で、「みんな」が嬉しいや楽しいや幸せを知る日は来ない。
だから、私ひとりだけが、この幸福を手にすることはできない。
「みんな」を裏切るようなことは、できない。
だから私は彼女がキライだった。
「みんな」が知らない、知ることができない、幸福を私に教える彼女のことが、キライだった――
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