【完結】中原マナの片想い

桐生千種

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中等部

1年生

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 小春が中学1年生になって、僕たちの日々は忙しさを増していった。

 重ねるライブ活動に、テレビや雑誌の取材。知名度が上がっていっていることは、忙しくなる日々の中実感していった。

 同じ事務所に所属する、同じグループで活動しているメンバーは、グループ活動の他に個々での活動も始めていた。
 1人はドラマに出始めて、1人は自分で作詞作曲を手掛けて発表する。ファッション雑誌の専属モデルになった子もいた。各々が個々の活動の場を広げる中、小春が掴んだ固有の仕事は声のお芝居――声優だった。

 主人公の女の子を実際に13歳の女の子に演じさせたい。そんな制作側の思惑から小春が抜擢された。

 僕はというと、僕自身に個人でやりたいことなどないので、小春のマネージャーよろしく本物のマネージャーである海に伴って収録に必ずついて行った。
 海はマネージャーと言っても小春だけのマネージャーではないから、ずっとついていられるわけじゃない。男の役者、スタッフが出入りしている収録現場に、小春を1人置き去りになんてできるわけがない。

 ただ、人が少ないときならいざ知らず収録ブースには滅多に入れてはもらえない。僕はガラス越しに、ガラスの向こう側にいる小春を見つめた。

 マイク前で演技をする、いつもとは違う人格を持ったような小春も、僕を惹きつけた。

 ただ、その現場には1つ問題があって……。

「ルリ、アメあげる」
「あ、ありがとう……」

 同じ現場にいる男の役者は、小春を役名で呼ぶ。そうすれば、小春は少し迷いながら、少し緊張しながら、少し勇気を奮い立たせて、その役者相手に言葉を返す。それを知った男たちが揃いも揃って小春を役名で呼ぶようになった。
 答える小春に、素直に受け取る小春に、僕は苛立つ。ただの嫉妬だ。今まで、僕だけに許されていたことが、他の誰でも可能なことになってしまう。

「龍麗、キャラメルあげるよ」
「ありがとう……」

 相手役の役者には、より一層の憎悪。お芝居の上だと、ただの演技だとわかっていても、小春に好きだの愛しているだの、画面の中だけのキスもハグも僕を苛立たせる。

「マナ君! アメとキャラメルもらったの!」

 にこにこと僕に報告してくれる小春に、苛立ちがすっとその身を潜めていった。

「……よかったね」
「うん!」

 この笑顔を見せてくれるのは僕にだけ。そう思えば、この苛立ちも……。

「おつかれ、ルリ」

 ぽん、と小春の頭に触れる男の手。

「お、お疲れ様です……!」

 ちょっとビックリしたような小春は、普段メンバーの男子に抱き付かれたときのような悲鳴をあげない。

 ……やっぱり、気に入らない。

 男の役者たちが呼ぶように、『龍麗』や『ルリ』と、画面の中で呼ばれているように僕も呼んだら、小春は僕が触れることを許してくれる……?
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