桜1/2

平野水面

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記憶のない少年

校門の誓い

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 校門の前で仁王立ちする白井先生は、登校してきた生徒へ挨拶をしていた。
 白井先生は190センチを超える大男で、オールバックの髪型に強面、体育教師の代名詞とも言える赤いジャージを身に付けていた。
 その見た目からついたあだ名は「仁王」だった。
 僕の先を歩いていた不良生徒が「おザース」と、砕けた挨拶をして白井先生の脇を通り過ぎようとする。
 白井先生は素早くスライドして不良生徒の前に立ちはだかる。
 両肩をガシッと掴んで凄んだ。
「待てお前、朝の挨拶は『おはようございます』だろ?」
「す、すんません。おはようございます」
「おい、『すんません』じゃなくて『すみません』だろうが」
「すすす、すみません」
 不良生徒は逃げ去って行った。
 校門に差し掛かり白井先生へ挨拶した。
「おはようございます」
「おはよう月島。だが待て」
 白井先生に呼び止められた。
 迫力のある顔を近づけてきて僕の顔をじっと見つめる。
「今日は顔色がいいようだな月島。何か困った事があったら俺が相談にのる」
「心配して頂きありがとうございます。その時が来たらぜひ相談させて頂きます」
「いつでも待ってるぞ。そうだ、俺とライン交換しよう」
「分かりました。そうさせて頂きます」
 スマホを取り出そうと鞄の中をまさぐっていると、背後から「おはようございます」と挨拶する女子がいた。
 聞き覚えのある声に振り向くと神山先輩が歩いていた。
 僕は反射的に神山先輩の手首を掴む。
「おはようございます神山先輩」
「ちょっと痛い、痛いってば。手を離してよ月島くん。逃げたりしないから」
「本当ですか? もう会わないとか言いませんよね?」
「分かったから手を離して」
 神山先輩を自由にした。
「それで白井先生と月島くんは何を話していたのですか?」
 白井先生はサムズアップして答えた。
「月島の力になりたくてライン交換をしようとしたところだ」
「ふーん、私にはラインをしてくれないのに、白井先生とはラインするんだ、へぇ」
 拗ねた神山先輩に僕は焦る。
「か、神山先輩の連絡先は母さんが残してくれたのでいつでもラインができますよ。よろしくお願いします」
 神山先輩の機嫌が直る。
「家族と過去のことを話し合ったと理解していいのかしら至恩」
「はい。でも解決すべき問題は沢山あります。僕一人では無理なので、ぜひ神山先輩も手伝って欲しいです」
「そういうことなら協力を惜しまないわ」
「俺も手伝うぞ。前の担任の縁でな」
「白井先生は僕の担任だったのですか?」
「担任だったし、お前たちが付き合っていたのも知っていた。独身の俺へ当て付けるようなイチャイチャぶりだったぞ。ところで何で月島は神山に先輩と呼んでいるんだ?」
「そうよ、それよ、白井先生の言う通りだわ。昔みたいに恵って呼んでよ」
「出会ったばかりの人をいきなり呼び捨てするのは少し抵抗が。恵さんでも良いですか?」
「まあ……それで妥協するわ」
「よーし、月島と神山の再開を記念して俺を含めたライングループを作ろう」
「何で!」
 僕と恵さんは同時にツッコミをいれた。
「いや、つまりだな、月島と密に連絡を取る事によって、そのなんだ、親御さんともコミュニケーションをはかり、月島を全力サポートしようと考えてる」
「白井先生は独身なんですよね? まさか僕の母さんを?」
「ね、狙ってなんかない、ぞっ」
「ちなみに母のどこが好きですか?」
「四十代とは思えないくらいに若くて綺麗で、それでいてスタイルが抜群に良い所。あの大きな胸は反則だ」
 本音がだだ漏れしていた。
 あの強面で、あの体躯で、恥ずかしそうにモジモジする白井先生に吐き気を催す。
 心身共に悪影響がでそうなので、この話題に触れるのはもうやめておこう。
 ライン交換を終え、僕と恵さんは先生と別れた。
 恵さんと一緒に校庭を歩く。
 周りの男子から視線を感じたが気にせずに恵さんと会話を楽しむ。
「それにしても至恩のスマホは、あのケースを付けたままなのね」
「何か問題ありますか?」
「別に。あんな女性アーティストのどこが良いのかなと思って」
 恵さんの機嫌が悪い。
 どうやら恵さんは女性アーティストに妬いているみたいだ。
 ここは上手くフォローしよう。
「どことなく恵さんに似ていて好きです」
「褒めたつもりらしいけど全然嬉しくない。記憶を失う前の至恩はそんな気の利いた事は絶対に言わなかった。変顔で謝って笑わせてくれたのに」
 余計なことをしたらしい。
 こういうミスをしない為にもバッタもんとのすり合わせが必要だ。
 まあバッタもんの記憶が戻っていたらの話だけれど。
 それよりも今は話題を変えて機嫌を直してもらおう。
「恵さんの一限目の授業は何ですか?」
「白井先生の体育よ。至恩は?」
「浜口先生の現国です」
「ああ浜口先生か……私あの人嫌い」
 さらに恵さんの機嫌が悪くなり、眉間に皺を作っていた。
「どうしてですか? いつもニコニコして良さそうな人に見えますけど」
「だから嫌なの。裏がありそうじゃない?」
「何か知っているのですか?」
「女の勘。言っておくけど、ヤキモチじゃないからね。それよりも……」
 恵さんは鋭い目でじっと睨み、顔を近づけてきて小声で訊ねてきた。
「昨夜は至恩の家族から私の何を聴いたの?」
 恵さんのトーンにあわせて僕も小声で答えた。
「恵さんが家族ぐるみの付き合いしていたとか、恵さんを家へ送った後に事故に遭ったとか色々と。ああ、亜希が恵さんへ逆恨みしていることも教えてもらいました」
「そうか」
 恵さんの表情が曇る。
 不安そうな恵さんを励ます。
「僕が何とかします。昔みたいに皆仲良くなれるように。だから僕は恵さんの文芸部に入ります。一応ですが亜希も誘います」
「いいけど亜希ちゃんの説得は大変よ」
「それはこれからバッタもんと考えます」
「バッタもん?」
「いえ何でもありません。今は横に置いておきましょう」
「うーん、分からないけど分かったわ。それじゃ後でラインするね」
 恵さんは自分の下駄箱のある方へ歩いて行った。姿が見えなくなるまで見送り、僕は自分の下駄箱で上履きに履き替え教室へ向かう。
 校舎中央階段から折り返しの階段を三階まで上り、一学年の教室が並ぶ廊下を歩く。
 周りから妙な視線を感じる。
 いつもは無視されているのに、今日に限っては僕を見て何かヒソヒソと話しているようだ。
 なんか感じが悪い。
 教室に入ってすぐにその理由を知った。
 僕の席に仏花を挿してある花瓶が置いてあった。
 
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