桜1/2

平野水面

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スペシャルゲスト1

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 ソファーに腰掛け、ブラックコーヒーを飲みながらワチャワチャした朝のニュース番組を見ていた。
 美人アナウンサーが例年より早く梅雨入りしたと爽やかな笑顔で伝えた。
 視線をテレビからリビングの窓の外へ移す。
 しとしと雨が庭の細木の緑葉をしっとりと濡らしていた。
 梅雨は鬱陶しいものだと思っていたけど、昏睡状態から目覚めてから初めて迎えた梅雨に新鮮さを感じていた。
 緑葉をじっと見つめていると「今日の星座ランキング」と興味を引くワードが聞こえたのでテレビを見た。
 しかしさそり座の順位はまさかの最下位だった。
 占いのコメントも散々である。

 嫌いな人と接する機会が増えそう。
 思い通りにならない一日にイライラしないで。
 運気上昇の切っ掛けを過去と向き合うこと。

 ポジティブ要素がまるでない。
 記憶のない僕が過去と向き合えとか、笑えない冗談である。
 てことで僕は「占いなんて当てにならない」と気持ちを切り替え、再び庭の緑葉へ視線を移した。
「至恩、亜希、そろそろ学校の時間よ。今日は雨だから途中まで車で送ってあげるから支度しなさい」
「はい」
 母さんに急かされコーヒーを飲み干す。
 空になったティーカップを台所へ持って行こうとすると、座る亜希に呼び止められた。
「至恩くん、ついでに亜希の分も」
 亜希からティーカップを渡されると、ゆるふわショートボブからシャンプーの香りがした。
「あれ、シャンプー変えたんだ?」
「フローラル&ベリーなんだけど、どうかな?」
「とてもいい匂いだ」
「ありがとう」
 台所から一部始終を見ていた母さんはニヤニヤしながら言った。
「あらあら、まるで恋人同士ね。なんだか妬けちゃうわね」
「そんな訳ないだろ母さん」
 ティーカップを流しに置くと、母さんは嬉しそうにを洗い物をした。
 洗い物を終えた母さんは、リビングのソファーに置いてある鞄を掴んで「さあ行くわよ」と玄関へ歩いて行く。
 僕も鞄を持って玄関へ。
 亜希は「待って」と言って僕の直ぐ後ろをついて来た。
 靴を履いて玄関を出る。
 母さんはガレージに駐車してある白いセダンに乗って待っていた。
 僕は後部座席の左側、亜希は右側を座った。
 母さんは僕らが乗ったのを確認してから車をエンジンかけて車を走らせた。
 走り出して数分、交差点の赤信号で車が止まった。
 場を持たせようと思ったのか母さんは話しだした。
「学校の方は大丈夫? いじめられてない? なにか困ってない?」
 僕はルールミラーに映る母さんの目を見ながら話す。
「心配しないで母さん。体育祭が終わってからは同級生の皆から尊敬されるようになった。文芸部に入って毎日楽しく過ごしているよ」
「楽しく過ごしているなら良いけど。体調の変化とかない? 頭が痛いとか、幻を見るとか……誰かと夢を見るとか」
「カウンセリングの先生からバッタもんのことを色々と聞いたの? たまに夢で会って話しとかしているけど」
「そう……その夢の中でいるバッタもんさんは至恩にそっくりなのよね?」
「そうだよ。性格は真逆だけど。バッタもんが気になる?」
「バッタもんさんは今の至恩について何か言ってない? 例えば英二さんの事とか」
「なぜ父さんのこと聞くの?」
「それはね、実は至恩は――」
「お母さん前を見て。信号が青に変わったよ。後ろの車に迷惑がかかるから早く走り出さないと」
「……ええそうね」
 亜希に急かされた母さんは車を走らせた。
 道なりに走っていると大通りの歩道を歩いて登校する生徒たちの姿を見かけた。
 僕はちょっとした優越感に浸る。
 やがて高校の正門が見えてきた。
 車は正門よりも手前の歩道に寄せて停車した。
「送ってくれてありがとう母さん、行ってきます」
 僕の挨拶の後に亜希も続く。
「お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。ねえ亜希、至恩をよろしく頼むわよ」
「うん……分かってるから」
 左後ろのドアから降車した。
 先に降りた僕は傘をさして亜希が降りて来るのを待っているが、なかなか降りてこない。
 屈んで車内を覗き込むと、亜希は母さんの耳元に口を近づけて小声で何か話していた。
 雨脚が強いので、何を話しているかは聞こえない。
 視線に気づいた亜希はこちらへ振り向き「今降りるから」と微笑んだ。
 亜希は僕がさす傘の中に入り車のドアを閉める。
 僕らに気を遣ってゆっくりと車は走り出した。
 車が見えなくなるまで見送った。
「ねえ至恩くん、このまま相合い傘で行こうよ」
「自分の傘をさせよ」
 亜希は頬を膨らませて渋々と傘をさした。
 車を出る直前に母さんと話している事が気になって亜希へ訊ねた。
「母さんとは何を話していた?」
「女同士の秘密」
 そう答えられては男の僕はこれ以上訊けない。
 仕方なく質問を変えた。
「信号待ちで話が途中に終わったけど、母さんは僕に何を訊きたかったんだろ?」
「さあ……知らないわ」
 予想通りの答えだったけど妙な間が気になる。
 何も答えてくれなそうなのでこの話題も変えた。
「この前の病院の後に行ったレストランのハンバーグ旨かったよな。いつも行く店じゃなくてちょとお高い所。家計は苦しいのに母さん奮発したよな。というか通院したあの日から、母さんと亜希は何だか優しいよな。何かあったか?」
「気のせいよ。それよりも重要なお知らせがあるの」
 重要という言葉に身構える。
 僕は話の続きを「どうぞ」と促した。 
「今日のお昼は皆の都合が悪くて部室には集まれません。なので教室で食べてね」
「本当に?」
「マジです」
「仕方ないよな。用事があるなら」
「でも心配しないで至恩くん。今日はスペシャルゲストが至恩くんとお昼を食べてくれるから」
「スペシャルゲストって誰だ?」
「それは内緒。後のお楽しみということで」
「嫌な予感がするけど」
「至恩くんは私たち以外の人とも仲良くならなきゃね。あ、友達がいるから亜希は行くね。バイバイ」
 亜希は別れ際に可愛く手を振って駆け出す。
 少し前を歩く二人の女子へ「おはよう」と声をかけて楽しそうに話している。
 亜希の言う通り僕にはあまり友達がいない。
 だとすれば昼休みに来るというスペシャルゲストと友達になるのも悪くないと思った。

 昼休みのチャイムが鳴る。
 席に座ったままでスペシャルゲストが来るのを待っていた。
 色々と想像が膨らむ。
 僕は今、時の人である。
 体育祭の男女混合リレーの活躍が評価され男子から尊敬へ、女子から憧れへと変わっていた。
 もし今から来るスペシャルゲストが女子だったらと思うとドキドキする。
 僕は身だしなみをチェックする。
 鏡はないけど前髪を手ぐしで整えた。
 すると他のクラスの人が教室の入り口の前でキョロキョロと誰かを探しているようだ。
 やがて僕と目と目が合うと不機嫌そうにズカズカと歩いて来て、僕の机の前で仁王立ちした。
 顎をしゃくり高圧的に僕を見下ろす。
 僕はそいつを見上げながら今日の星座占いが最悪だったことを思い出した。
 よりによって一番会いたくない奴がやって来た。
 スペシャルゲストとは、体育祭で僕と熱戦を繰り広げた憎き鈴村光輝すずむらこうきだった。
 
 
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