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<フリーター出撃編> ~守護龍ヴァスケル 覚醒する~
第二十一話:ヴァスケル様、無双する
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オーデル村の火災は鎮火に向かう。
後顧の憂(うれ)いがなくなり、ジーグフリード軍は敵陣に突撃する。
当然、俺と女騎士エリカ・ヤンセンも一緒だ。
「戦斧第一小隊、第二小隊は正面の敵に当たれ! 第三遊撃隊は下がれ、代わりに第四遊撃隊が左翼からまわり込め!」
「お頭、右から新手が来るぜ!」
「てめえ! 俺を『お頭』と呼ぶなって何度言えば分かるんだ! 俺たちはもう山賊じゃねえんだぞ! 俺のことは『ジーグフリード様』と呼べ!」
「すまねえ、お頭! あわわ、ジーグ様!」
「ちっ、名前が長えからって勝手に短くしやがって……まあいい、戦斧第三小隊、第四小隊。右翼の敵を押し返せ! 全軍、進撃の足を緩めるんじゃねえぞ!」
火災の煙と豪雨による視界不良。
加えて、足もとのぬかるみも重なり、ジーグフリード軍の突撃は奇襲に近いものになった。
だが、十倍近い兵力差のせいで、進軍速度は徐々に鈍くなっていく。
「お頭、キリがねえ。倒しても倒しても新手が出てくるぜ!」
「だから『お頭』って呼ぶなって……ああ、もういい! 戦斧第一小隊は前進、第二小隊は後退して斜線陣を形成しろ。敵の隊列が乱れたら第二遊撃隊が背後から急襲して挟み込め! 但し、敵が潰走しても追うな! 俺たちの狙いは黒鎧の男ただひとりだ!」
「お頭! 背後からも敵が!」
「なに!? くそっ! ……全軍に告ぐ! 鋒矢陣を組め! もう後戻りはできねえ! 野郎ども、ここが正念場だ! 母ちゃんや子どもの顔を思い出せ! 家族に会いたければ足を止めるな、前に進め!」
ジーグフリード軍の疲労の色は濃い。
今日の戦いに至るまで、既に何日も死闘を続けているという。
全軍の二割ほどがオーデル村で治療中とのこと。
それも生半可なケガではなく、身動きができないレベル。
俺の周りにいるゴブリン兵にも無傷の者はいない。
そもそも腕や肋骨の骨折程度では負傷兵に分類されない。
ゴブリンとはそういう種族らしい。
すさまじい話だ。
「我が領主。私に出撃を命じて頂けないでしょうか」
「女騎士エリカ・ヤンセン、なにをするつもりだ?」
「黒鎧の男は目と鼻の先。私が行って捕縛して参ります」
「待て! エリカが強いのは分かってるが、一か八かの単独行は危険すぎる」
「ですが、このままでは!」
「確かに戦況は芳しくない。だが、お前を失いたくないんだ……」
「我が領主……」
ジーグフリード軍の陣形が整う。
兵力不足で、やたらと隙間が目立つが、まがりなりにも全軍突撃の準備が整う。
「リューキ殿、鋒矢の陣が整いました。俺、いえ、私たちの未来はこの一戦にかかっています。共に運命の扉をこじ開けましょうぞ!」
「ジーグフリード、潔いな。お前の決断にかけよう! ……それと、無理して言葉遣いを正さなくていい。『俺』で良いからな」
「うっ、その言葉は忘れて下さい! 私はゴブリン・ロード。ゴブリン族の地位向上を目指しております。まずは粗野な言葉遣いを直すことから……」
「立派な心がけだ。では、ますます生き延びねばならないな」
ジーグフリード軍の鋭利な鋒矢が敵陣に突き出される。
幾度跳ね返されようとも、陣形を組み直して突撃を繰り返す。
四方から包み込もうとする敵には目もくれず、愚直に前進を試みる。
「リューキ……なかなか苦戦してるようだねえ」
擬人化したヴァスケルが、声をかけてくる。
従者の装いのヴァスケルは、戦場には似つかわしくない種類の女性に見える。
相当疲労したのか、道端の大岩に身体を預けたまま動けないでいる。
「大丈夫か? しっかりしろ!」
「おや? あたいに無理難題を押し付けておきながら、心配してくれるのかい?」
俺はヴァスケルを抱き起こす。
正直、彼女がこれほど消耗するとは思っていなかった。
「すまない。お前なら雨雲くらい簡単に呼び寄せられると思って……」
「古の火龍も水を操るのはしんどいのさ……火と水は相性が良くないからねえ」
「そうだったのか……ごめん」
俺は頭を下げる。
ヴァスケルに甘えすぎたとも思い、ひどく恥ずかしかった。
「えらく素直だねえ……それに、目の色も落ち着きを取り戻している」
「目の色? 落ち着き?」
「あんた、もう腹は立ってないだろ?」
「あ、そういえば」
「うん、良かった……あたいの身体は心配いらないよ……これくらいなら、二、三日休めば動けるようになるさ」
ヴァスケルが目をつぶる。
まるで、このまま俺の腕のなかで眠るかのように。
「我が領主、あちらの丘をご覧ください! ダゴダネルの黒鎧が逃亡しようとしています。あの者を逃したら、我が軍に勝ち目はありません!!」
矢を大剣で叩き落としながら、女騎士エリカ・ヤンセンが叫ぶ。
徐々に飛来する矢や投石の数は増えている。
それだけ戦況が悪化しているということだ。
「なんだい……おちおち休んでもいられないね。リューキ、あたいを覚醒させた栄養ドリンクとやらをおくれよ」
「でも、そうしたらヴァスケルは自分自身が制御できなくなるんじゃあ?」
「他に手はあるかい? ひと暴れした後は数日遠くに離れてるよ……あんたに迷惑をかけたくないからね」
俺はためらう。
が、覚悟を決めたヴァスケルの眼差しに背中を押された気がして、決断を下す。
収納袋から栄養ドリンクを取り出す。
残りは二本しかない。
俺は一本のフタを開け、ヴァスケルの口にゆっくりと流し込む。
だが、ヴァスケルはむせてしまい、口の中のものを吐き出してしまう。
「ぐふぉっ……だめか。あたいは、この甘ったるいのに苦味もある妙な味が苦手でねえ。あたいの身体は正直すぎるのか、嫌いなもんは受け付けないのさ」
「ヴァスケル、時間がないから単刀直入に聞く。俺のことは嫌いじゃないよな?」
「こんなときに変なこと聞くねえ。あたいが、あんたのことを気に入ってるのは分かってるだろ?」
「それを聞いて安心した」
俺はビンに残っていたドリンク液を自分の口に含む。
ヴァスケルの唇に自分の唇を押しあて、ゆっくりと流し込む。
姐さんの肉感的で色っぽい唇はとても柔らかかった。
「きゃあー! なにしてるんですかー!」
初心な感じの悲鳴が聞こえる。
自分が女騎士であることを忘れてしまったエリカの素の声だ。
そうか、エリカはこういうことに慣れていないのか!
エリカの反応に俺は妙に納得してしまった。
同時に嬉しくも思った。
まあ、俺も経験豊富というわけではないけどね。
身動きのとれない姐さんヴァスケルに、口移しでドリンク液を飲ませ続ける。
キスした瞬間、黒目がちの潤んだ瞳が大きく見開かれたが、いまでは諦めたかのように完全に閉じられている。
姐さんはむせることなく、すべて飲み干してくれた。
口のなかが空になり、唇を離す。
早くも栄養ドリンクが効果を発揮したのか、ヴァスケルの頬は心なし血色が良くなったように見えた。
「……まだ足りないね。もっと、おくれよ」
「そうか、わかった」
俺は栄養ドリンクのフタを開ける。
最後の一本だ。
ふたたび姐さんヴァスケルの唇に自分の唇を押しあて、ドリンク液を流し込……む、むむっ? なんか違うぞ!?
姐さんの長くしなやかな指が、俺の後頭部をがっちりホールドしている。
頭だけではない。
太腿を俺の下半身に大蛇のように絡め、豊満な肉体をぐいぐい押し付けてくる。
なんという痛気持ち良い状態。
うん、もう逃げられないね。
ずっとこうしていようか……いや、だめだ。
いまは緊急事態だ。
お楽しみはあとに取っておこう。
いやいや、それも違うか。
気づくと、俺の口のなかは空っぽだった。
そう。いまや俺がドリンク液を口移しで飲ませているのではない。
ヴァスケルが俺の口を貪っているのだ。
ドリンク液の最後の一滴まで求めるのか、彼女の長い舌が俺のなかに侵入する。
ビビビと背筋に電流が走る。
なにそのテクニック?
いやー、やめて!
みんな見てるから!
心の叫びは俺の本心か?
むんむん色気を発する姐さんに口をちゅーちゅー吸われて、俺は息苦しくなる。
ちゅぽん!
「ふう、ごちそうさま……。栄養ドリンク、お代わり!」
「……もう、ないから。さっきのが、最後の一本だったから」
「あん? もったいぶらなくてもいいじゃないか」
ふにゃふにゃと腰が砕けた俺を、姐さんヴァスケルが抱きかかえる。
形勢逆転。
いや、状況説明として相応しくない。
立場逆転。
うん、そんな感じだ。
「ヴァスケル様……元気になられたのは喜ばしいのですが、少しやりすぎでは?」
「あん? エリカは怒ってるのかい?」
「ち、違います! 怒ってなんかいません!」
「じゃあ、焼きもちかい? リューキ、次に栄養ドリンクを手に入れたら、あんたの女騎士にも飲ませてやんな! ……よっしゃあ、力が湧いてきた!! いくよ!!!」
姐さんヴァスケルが白光する。
瞬時に、気力充実といった感じの守護龍ヴァスケルがあらわれる。
ごうっと音を鳴らして、龍が宙を舞う。
途端、ドラゴンブレスの閃光と大音響が連続する。
俺は条件反射的に地面に突っ伏した。
鼻をつく肉の焦げるにおい。
肩に置かれる優しい手。
俺はおそるおそる頭を上げる。
身を伏せていたのは俺ひとりだった。
優しい手の主は女騎士エリカ・ヤンセン。
彼女は俺の身を護るべく、仁王立ちになっていた。
俺の女騎士の頼もしい姿に感心するやら、自分が情けない気持ちになるやら。
「我が領主。すさまじい光景ですね……」
立ち上がり、戦場を見わたす。
いや、目の前に広がるのは、戦場だった荒れ地。
数百の焼け焦げた敵兵が見える。
溶けた大地からすさまじい量の蒸気が立ち昇っていた。
ジーグフリード軍は戦闘を止めていた。
敵がいないわけではない。
ただ、双方とも戦意を喪失したため、戦にならないのだ。
龍がこちらに向かって飛んでくる。
手につかんでいた黒いものをポイッと投げ捨てる。
ダゴダネルの黒鎧だった。
ジーグフリード軍が遮二無二になって追った敵の黒幕は、用済みの塵のように地面に投げ捨てられた。
「ジーグフリード殿! その男を捕まえて下さい!」
女騎士エリカ・ヤンセンが叫ぶ。
ジーグフリードが、慌てて配下の兵に指示を出す。
もっとも、急ぐ必要はなかったが。
黒鎧の男は生きているのが不思議な位の重症。
その身柄を奪還しようという敵の動きも見られない。
「リューキ……エリカ……、じゃあ、あたいは行くよ……」
守護龍ヴァスケルが苦しそうに言う。
理性を保つのが限界といった様子だ。
「ヴァスケル、ありがとう。お前がいなかったら……」
「お礼なんかいらないよ……あんたたち、これからどうするんだい?」
「このままダゴダネルの領地に向かう。エルメンルート・ホラント姫の身柄を確保しないとな。姫さんの無駄遣いを止めさせないと、俺は破産しちまう。捕まえた黒鎧の男をどうするかは……これから考えるさ」
「わかった……じゃあ、次に会うのはダゴダネル領かな。……くれぐれも気をつけるんだよ」
「ああ、ヴァスケルもな」
守護龍ヴァスケルが咆哮する。
天に向かってドラゴンブレスを放つ。
分厚い雨雲にいくつも穴があき、雲間から太陽が見えた。
見たこともない、不思議で不自然な光景だ。
ヴァスケルは自分が開けた雲の隙間を抜け、飛び去っていく。
龍の姿が見えなくなると、恐怖に身を固めていた敵兵が動き始める。
俺は咄嗟にヴァスケルの威を借りることにした。
「ワーグナーの領主である俺に敵対したゴブリン族の男たちよ! 機会を与えてやろう! ダゴダネルの下僕として、このまま一生こき使われたいか? さすれば俺の龍が相手になってやろう! それとも、俺のもとで、ジーグフリードの配下として、ゴブリン族の誇りをもって生きていくか? さすれば俺の龍はお前たちを助けてくれるだろう! さあ、好きな方を選べ! 俺の敵でいるか、味方となるか。ただし、生き方を変える機会は一度きりだ!」
俺の演説が終わるのを待っていたかのように、龍の咆哮が天から響く。
そう。結局、ゴブリン兵たちの決断を後押ししたのはヴァスケルだった。
同時に、俺の新しい部下、ゴブリン・ロードのジーグフリードが、名実ともにゴブリン族の頂点に立った瞬間でもあった。
後顧の憂(うれ)いがなくなり、ジーグフリード軍は敵陣に突撃する。
当然、俺と女騎士エリカ・ヤンセンも一緒だ。
「戦斧第一小隊、第二小隊は正面の敵に当たれ! 第三遊撃隊は下がれ、代わりに第四遊撃隊が左翼からまわり込め!」
「お頭、右から新手が来るぜ!」
「てめえ! 俺を『お頭』と呼ぶなって何度言えば分かるんだ! 俺たちはもう山賊じゃねえんだぞ! 俺のことは『ジーグフリード様』と呼べ!」
「すまねえ、お頭! あわわ、ジーグ様!」
「ちっ、名前が長えからって勝手に短くしやがって……まあいい、戦斧第三小隊、第四小隊。右翼の敵を押し返せ! 全軍、進撃の足を緩めるんじゃねえぞ!」
火災の煙と豪雨による視界不良。
加えて、足もとのぬかるみも重なり、ジーグフリード軍の突撃は奇襲に近いものになった。
だが、十倍近い兵力差のせいで、進軍速度は徐々に鈍くなっていく。
「お頭、キリがねえ。倒しても倒しても新手が出てくるぜ!」
「だから『お頭』って呼ぶなって……ああ、もういい! 戦斧第一小隊は前進、第二小隊は後退して斜線陣を形成しろ。敵の隊列が乱れたら第二遊撃隊が背後から急襲して挟み込め! 但し、敵が潰走しても追うな! 俺たちの狙いは黒鎧の男ただひとりだ!」
「お頭! 背後からも敵が!」
「なに!? くそっ! ……全軍に告ぐ! 鋒矢陣を組め! もう後戻りはできねえ! 野郎ども、ここが正念場だ! 母ちゃんや子どもの顔を思い出せ! 家族に会いたければ足を止めるな、前に進め!」
ジーグフリード軍の疲労の色は濃い。
今日の戦いに至るまで、既に何日も死闘を続けているという。
全軍の二割ほどがオーデル村で治療中とのこと。
それも生半可なケガではなく、身動きができないレベル。
俺の周りにいるゴブリン兵にも無傷の者はいない。
そもそも腕や肋骨の骨折程度では負傷兵に分類されない。
ゴブリンとはそういう種族らしい。
すさまじい話だ。
「我が領主。私に出撃を命じて頂けないでしょうか」
「女騎士エリカ・ヤンセン、なにをするつもりだ?」
「黒鎧の男は目と鼻の先。私が行って捕縛して参ります」
「待て! エリカが強いのは分かってるが、一か八かの単独行は危険すぎる」
「ですが、このままでは!」
「確かに戦況は芳しくない。だが、お前を失いたくないんだ……」
「我が領主……」
ジーグフリード軍の陣形が整う。
兵力不足で、やたらと隙間が目立つが、まがりなりにも全軍突撃の準備が整う。
「リューキ殿、鋒矢の陣が整いました。俺、いえ、私たちの未来はこの一戦にかかっています。共に運命の扉をこじ開けましょうぞ!」
「ジーグフリード、潔いな。お前の決断にかけよう! ……それと、無理して言葉遣いを正さなくていい。『俺』で良いからな」
「うっ、その言葉は忘れて下さい! 私はゴブリン・ロード。ゴブリン族の地位向上を目指しております。まずは粗野な言葉遣いを直すことから……」
「立派な心がけだ。では、ますます生き延びねばならないな」
ジーグフリード軍の鋭利な鋒矢が敵陣に突き出される。
幾度跳ね返されようとも、陣形を組み直して突撃を繰り返す。
四方から包み込もうとする敵には目もくれず、愚直に前進を試みる。
「リューキ……なかなか苦戦してるようだねえ」
擬人化したヴァスケルが、声をかけてくる。
従者の装いのヴァスケルは、戦場には似つかわしくない種類の女性に見える。
相当疲労したのか、道端の大岩に身体を預けたまま動けないでいる。
「大丈夫か? しっかりしろ!」
「おや? あたいに無理難題を押し付けておきながら、心配してくれるのかい?」
俺はヴァスケルを抱き起こす。
正直、彼女がこれほど消耗するとは思っていなかった。
「すまない。お前なら雨雲くらい簡単に呼び寄せられると思って……」
「古の火龍も水を操るのはしんどいのさ……火と水は相性が良くないからねえ」
「そうだったのか……ごめん」
俺は頭を下げる。
ヴァスケルに甘えすぎたとも思い、ひどく恥ずかしかった。
「えらく素直だねえ……それに、目の色も落ち着きを取り戻している」
「目の色? 落ち着き?」
「あんた、もう腹は立ってないだろ?」
「あ、そういえば」
「うん、良かった……あたいの身体は心配いらないよ……これくらいなら、二、三日休めば動けるようになるさ」
ヴァスケルが目をつぶる。
まるで、このまま俺の腕のなかで眠るかのように。
「我が領主、あちらの丘をご覧ください! ダゴダネルの黒鎧が逃亡しようとしています。あの者を逃したら、我が軍に勝ち目はありません!!」
矢を大剣で叩き落としながら、女騎士エリカ・ヤンセンが叫ぶ。
徐々に飛来する矢や投石の数は増えている。
それだけ戦況が悪化しているということだ。
「なんだい……おちおち休んでもいられないね。リューキ、あたいを覚醒させた栄養ドリンクとやらをおくれよ」
「でも、そうしたらヴァスケルは自分自身が制御できなくなるんじゃあ?」
「他に手はあるかい? ひと暴れした後は数日遠くに離れてるよ……あんたに迷惑をかけたくないからね」
俺はためらう。
が、覚悟を決めたヴァスケルの眼差しに背中を押された気がして、決断を下す。
収納袋から栄養ドリンクを取り出す。
残りは二本しかない。
俺は一本のフタを開け、ヴァスケルの口にゆっくりと流し込む。
だが、ヴァスケルはむせてしまい、口の中のものを吐き出してしまう。
「ぐふぉっ……だめか。あたいは、この甘ったるいのに苦味もある妙な味が苦手でねえ。あたいの身体は正直すぎるのか、嫌いなもんは受け付けないのさ」
「ヴァスケル、時間がないから単刀直入に聞く。俺のことは嫌いじゃないよな?」
「こんなときに変なこと聞くねえ。あたいが、あんたのことを気に入ってるのは分かってるだろ?」
「それを聞いて安心した」
俺はビンに残っていたドリンク液を自分の口に含む。
ヴァスケルの唇に自分の唇を押しあて、ゆっくりと流し込む。
姐さんの肉感的で色っぽい唇はとても柔らかかった。
「きゃあー! なにしてるんですかー!」
初心な感じの悲鳴が聞こえる。
自分が女騎士であることを忘れてしまったエリカの素の声だ。
そうか、エリカはこういうことに慣れていないのか!
エリカの反応に俺は妙に納得してしまった。
同時に嬉しくも思った。
まあ、俺も経験豊富というわけではないけどね。
身動きのとれない姐さんヴァスケルに、口移しでドリンク液を飲ませ続ける。
キスした瞬間、黒目がちの潤んだ瞳が大きく見開かれたが、いまでは諦めたかのように完全に閉じられている。
姐さんはむせることなく、すべて飲み干してくれた。
口のなかが空になり、唇を離す。
早くも栄養ドリンクが効果を発揮したのか、ヴァスケルの頬は心なし血色が良くなったように見えた。
「……まだ足りないね。もっと、おくれよ」
「そうか、わかった」
俺は栄養ドリンクのフタを開ける。
最後の一本だ。
ふたたび姐さんヴァスケルの唇に自分の唇を押しあて、ドリンク液を流し込……む、むむっ? なんか違うぞ!?
姐さんの長くしなやかな指が、俺の後頭部をがっちりホールドしている。
頭だけではない。
太腿を俺の下半身に大蛇のように絡め、豊満な肉体をぐいぐい押し付けてくる。
なんという痛気持ち良い状態。
うん、もう逃げられないね。
ずっとこうしていようか……いや、だめだ。
いまは緊急事態だ。
お楽しみはあとに取っておこう。
いやいや、それも違うか。
気づくと、俺の口のなかは空っぽだった。
そう。いまや俺がドリンク液を口移しで飲ませているのではない。
ヴァスケルが俺の口を貪っているのだ。
ドリンク液の最後の一滴まで求めるのか、彼女の長い舌が俺のなかに侵入する。
ビビビと背筋に電流が走る。
なにそのテクニック?
いやー、やめて!
みんな見てるから!
心の叫びは俺の本心か?
むんむん色気を発する姐さんに口をちゅーちゅー吸われて、俺は息苦しくなる。
ちゅぽん!
「ふう、ごちそうさま……。栄養ドリンク、お代わり!」
「……もう、ないから。さっきのが、最後の一本だったから」
「あん? もったいぶらなくてもいいじゃないか」
ふにゃふにゃと腰が砕けた俺を、姐さんヴァスケルが抱きかかえる。
形勢逆転。
いや、状況説明として相応しくない。
立場逆転。
うん、そんな感じだ。
「ヴァスケル様……元気になられたのは喜ばしいのですが、少しやりすぎでは?」
「あん? エリカは怒ってるのかい?」
「ち、違います! 怒ってなんかいません!」
「じゃあ、焼きもちかい? リューキ、次に栄養ドリンクを手に入れたら、あんたの女騎士にも飲ませてやんな! ……よっしゃあ、力が湧いてきた!! いくよ!!!」
姐さんヴァスケルが白光する。
瞬時に、気力充実といった感じの守護龍ヴァスケルがあらわれる。
ごうっと音を鳴らして、龍が宙を舞う。
途端、ドラゴンブレスの閃光と大音響が連続する。
俺は条件反射的に地面に突っ伏した。
鼻をつく肉の焦げるにおい。
肩に置かれる優しい手。
俺はおそるおそる頭を上げる。
身を伏せていたのは俺ひとりだった。
優しい手の主は女騎士エリカ・ヤンセン。
彼女は俺の身を護るべく、仁王立ちになっていた。
俺の女騎士の頼もしい姿に感心するやら、自分が情けない気持ちになるやら。
「我が領主。すさまじい光景ですね……」
立ち上がり、戦場を見わたす。
いや、目の前に広がるのは、戦場だった荒れ地。
数百の焼け焦げた敵兵が見える。
溶けた大地からすさまじい量の蒸気が立ち昇っていた。
ジーグフリード軍は戦闘を止めていた。
敵がいないわけではない。
ただ、双方とも戦意を喪失したため、戦にならないのだ。
龍がこちらに向かって飛んでくる。
手につかんでいた黒いものをポイッと投げ捨てる。
ダゴダネルの黒鎧だった。
ジーグフリード軍が遮二無二になって追った敵の黒幕は、用済みの塵のように地面に投げ捨てられた。
「ジーグフリード殿! その男を捕まえて下さい!」
女騎士エリカ・ヤンセンが叫ぶ。
ジーグフリードが、慌てて配下の兵に指示を出す。
もっとも、急ぐ必要はなかったが。
黒鎧の男は生きているのが不思議な位の重症。
その身柄を奪還しようという敵の動きも見られない。
「リューキ……エリカ……、じゃあ、あたいは行くよ……」
守護龍ヴァスケルが苦しそうに言う。
理性を保つのが限界といった様子だ。
「ヴァスケル、ありがとう。お前がいなかったら……」
「お礼なんかいらないよ……あんたたち、これからどうするんだい?」
「このままダゴダネルの領地に向かう。エルメンルート・ホラント姫の身柄を確保しないとな。姫さんの無駄遣いを止めさせないと、俺は破産しちまう。捕まえた黒鎧の男をどうするかは……これから考えるさ」
「わかった……じゃあ、次に会うのはダゴダネル領かな。……くれぐれも気をつけるんだよ」
「ああ、ヴァスケルもな」
守護龍ヴァスケルが咆哮する。
天に向かってドラゴンブレスを放つ。
分厚い雨雲にいくつも穴があき、雲間から太陽が見えた。
見たこともない、不思議で不自然な光景だ。
ヴァスケルは自分が開けた雲の隙間を抜け、飛び去っていく。
龍の姿が見えなくなると、恐怖に身を固めていた敵兵が動き始める。
俺は咄嗟にヴァスケルの威を借りることにした。
「ワーグナーの領主である俺に敵対したゴブリン族の男たちよ! 機会を与えてやろう! ダゴダネルの下僕として、このまま一生こき使われたいか? さすれば俺の龍が相手になってやろう! それとも、俺のもとで、ジーグフリードの配下として、ゴブリン族の誇りをもって生きていくか? さすれば俺の龍はお前たちを助けてくれるだろう! さあ、好きな方を選べ! 俺の敵でいるか、味方となるか。ただし、生き方を変える機会は一度きりだ!」
俺の演説が終わるのを待っていたかのように、龍の咆哮が天から響く。
そう。結局、ゴブリン兵たちの決断を後押ししたのはヴァスケルだった。
同時に、俺の新しい部下、ゴブリン・ロードのジーグフリードが、名実ともにゴブリン族の頂点に立った瞬間でもあった。
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前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
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ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
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