君は煙のように消えない

七星恋

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2章

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「なあ、廉。」
「なに?」
 廉がこうやって返すときは、決まって少し高めの、とぼけたような声を出す。キリッとした一重で、最近流行りの塩顔系男子。でも、いわゆる可愛いとかそういうのは感じられず、男らしい魅力があり、どこかミステリアス。そう言う男が言うこの「なに?」は超が着くほど一般的な「男子」である僕から見ても少しずるい。
 紗綾とカフェで話したのは昨日の話だ。あの後、食堂で晩御飯を食べ、少し勉強をして帰った。シャワーを浴び、マットレスに沈んだのは十二時を少し過ぎた頃。意識が遠退き、深く眠りについたのは、はっきりと覚えてはいないが、体感的には四時前だっただろうか。
 一時限目の前に喫煙所でばったりと廉に出会った僕の喉からは何度も欠伸が込み上げる。眠い。だが寝かせてくれない。今日は授業が。昨晩は彼女たちが。
「俺の元カノは今、幸せだと思う?」
「は?知らねえよ。」
廉は笑いながらそう答えた。それはそうだ。廉と彼女は会ったことも話したこともない。
「どうしたのよ、急に。」
「いや、紗綾がさ。」
昨日の紗綾との会話を要点だけ抑えて話す。僕が紗綾に打ち明けたこと。紗綾が僕を慰めてくれたこと。紗綾が彼女を羨ましいと言ったこと。
「なるほどねえ。」
 吹かした煙草の煙が朝の寒空に消えていく。本格的な冬が、もうすぐそこまで来ている。冬はあまり好きじゃない。寒いし、乾燥するし、服はかさばる。周りはマスクをした人でいっぱい。その陰鬱な雰囲気が何とも形容し難い気持ち悪さを生み出す。
 でも、冬の日の朝、閉塞的で湿った部屋から一歩踏み出して思い切り吸う空気は好きだ。こちらもまた形容し難いが、あえて名前をつけるなら「冬の匂い」。新しい一日の始まりを感じる。初めて袖を通す、先までピンと張ったスーツのように。雪が降るのも良い。積もるまでが良い。「今日は積もるかな」というワクワク感がいい。童心に返ったように、なんども見たはずの景色を心待にする。暖かい部屋に帰り、一緒にコーヒーを飲む彼女が居ればもっと良い。
「あのさあ、」
 今度は廉の方から話を切り出す。
「紗綾どうなの?」
どうなの、とはどういう意味だ。
「お似合いだと思うぜ、お前ら二人。」
吸った煙が出口を失い、僕は噎せた。「冬の匂い」が気管に刺さって痛い。
「急に変なこと言うなよ。」
「変なことじゃないよ。本気で思ってるんだぜ、俺は。」
 確かに紗綾は美人だ。元カノも美人だったが、それに負けないほどに。美人で謙虚、気が使えて、場に応じて盛り上げ役にも徹する事ができる。それでいて、できるだけ他人には見せないようにしているようだが、実際のところは驚くほどに繊細で、どこか危なっかしい。これがここ一ヶ月程で感じた紗綾の印象。
「良いじゃないか。二人とも今ちょうど支えてくれる人間を欲してる。愛を求めてる。それに恋愛の価値観も合ってると思うぜ。」
 僕と紗綾は似た者同士だ。同じような時期に恋人から別れを告げられた。どちらも愛情が重すぎた。生きる意味を恋人からの承認に求めた。流行りのカフェに行っても、頼むものはコーヒーやカフェラテといった「普通」の商品だ。きっとどちらも似たような「庶民的感覚」を持っている。
「確かに似てるところはたくさんあるね。」
僕は少し笑って廉に言った。
「でもね、僕らが求めてるのは支えてくれる他人じゃない。彼氏や彼女が欲しいわけではない。僕らが愛した彼女と彼だよ。」
最後の一口が空に浮かぶ。頼りない煙が僕の心を移す。今僕はどんな顔をしている?
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