君は煙のように消えない

七星恋

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2章

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 あれから五時間以上あの質問について考えているが、未だ明確な答えを見出だせないでいた。
「恋愛とは何か?」
 概念的な問が山川先生の声で何度も繰り返し再生される。脳内で何度問われても自信を持ってこれだとは答えられない。いつまでも僕は申し訳なさげに沈黙で返す。
 小学生の時に好きな女の子がいた。どこが好きだったかはよく覚えていない。特別可愛かったかと聴かれると、たぶんそうでもない。その子とは両思いだったと思う。しかし恋人間の慣習も、性的な知識も持ち合わせない僕らは付き合うわけでもなく、結婚を夢見もしなかった。愛の証明も、子作りの疑似体験も存在しなかった。それでもきっと僕らは恋に焦がれていた。あれは紛れもない恋愛だった。
 無知故のプラトニックな恋愛関係。恋の対象は自分と対になる事を前提としたスタートをする関係。ここに存在する共通項を可能な限り列挙せよ。
 換気扇の元で煙草に火をつける。本格的な寒さに負けた僕の計らいで、最近キッチンは簡易的な喫煙所になった。
 恋愛において何かと毛嫌いされる煙草と言うもだが、以外と似通ったものなのかもしれない。肺に入る煙は僕らの胸を満たす。自分でつけた火もいつかは消える。煙草がもたらした喪失感を、また煙草で埋める。
 浮かぶ煙は壁に埋め込むように備え付けられた換気扇に吸い込まれる。揺れながら広がり、三枚の扇に巻き込まれたそれらの行き場を僕は知らない。
 彼女が今何をし、何を思い、誰を想うのか、僕には知るよしもない。あの日僕らの間にできた障壁は、たったの数十分でできたものとは思えないほど高く、厚く、固い。
 僕の元から離れる煙に恋い焦がれると言うのは、流石に言い過ぎかもしれないし、何も一本のしけもくに何度も火をつけようとなどしないし、僕の火は消えたというより消されたのだから、恋愛を煙草と全く同じものだとは思わない。ただ、僕が彼女にふられた悲しみを消すために、一箱の有害物質に委ねるのは、そういう類似点に依拠しているのかもしれない。
 とはいえ、どこまで考えても恋愛の本質など見えてくるはずもなく、煙草の先を灰皿に押し付けた僕はマットレスに横たわった。いつもの白い天井が目の前に広がる。
 薄目を開けて、ぼんやり宙を眺めながら、僕はあの恋を思い出した。初めて出会った日を。片思いをした日々を。愛を伝えた時を。愛し合った時々を。彼女の思いを聴いた瞬間を。僕が別れを告げた一刹那を。すると、その節々に浮かんだ感情が息を吹き返す。愛や、悲しみや、苦しみや、喜びや、数ある感情がその場面にあった形で甦るのだが、全てのシーンに当てはまったのは「感謝」だった。
 僕と出会ってくれてありがとう。片思いに付き合ってくれてありがとう。僕を愛してくれてありがとう。気持ちを伝えてくれてありがとう。僕に失恋を教えてくれてありがとう。たくさんの「ありがとう」が床に沈む僕を包む。恋は煙のように消えない。だが、煙草は恋のように感謝を教えてくれない。
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