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44 この声じゃなかったら
しおりを挟む四ッ橋さんは、カウンターに置かれたスマホに、まるでピアノでも弾いているかのように指を滑らす。
『自惚れてるわけではないですけど、喋らなければ、本当に全然平気なんですね』
おおう……。本物のイケメンにしか言えないセリフじゃないですか。
そんなに女性を前後不覚にしてきたのですかそうですか。
今ほどバイト先があそこで良かったと思ったことはない。美形慣れさせてもらっててよかった!です。
『まさかダスグリのdaiに、嫉妬する日が来るとは思っていませんでした』
心の中で小さくベっと舌を出してたのに、ダスグリdaiというワードにビクッと体がこわばり、ガラス越しの街の光から視線が外せなくなる。
店内は暗めの照明がつけられていて、怯んだような自分の姿がガラスに浮かんでいた。
『僕がこの声じゃなかったら……』
四ッ橋さんが私の顔をのぞき込む。
『僕たちはもっと、自然に始めることが、出来ていたのでしょうか』
四ッ橋さんの真剣な眸の中に、怯えた私が映っている。
「そ、それは……」
たぶん、ない。
このdaiの、四ッ橋さんの声じゃなかったら、私は普段通り、全く意識しなかったはずだ。
だからあのスカート事件のあと、きっと普通に電話してはっきり断っていただろうし、カラオケで遭遇したときなんか、きっと1万円受け取って清算完了、チップラッキーくらいにしか思わなかったはずだ。
医者コンで会った時だって、いくら春希におすすめされたって、受けたくなきゃ受けなかったはずだ。
あ、でも、他にいい人がいなきゃ、押しに流されてそこからスタートしたかもしれない?
そうしたら、いつもみたいに面倒臭い病が出てきて、いつもみたいにどうでもいいやってなって、いつもみたいにフェードアウトしてた気がする。
と考えて、ぶわぶわと顔がほてる。
え、え、え? ちょっと待ってよ。いつもみたいじゃないなんて、そんなのまるで、まるで私が、四ッ橋さんのこと――。
ハッと視線を上げて四ッ橋さん見れば、四ッ橋さんも耳まで真っ赤になっていた。
二人でバッと視線を逸らす。
なんだ、これ。ものすっごく恥ずかしい。どうすればいいのこれ。
「すみません、お手洗い、行ってきます……っ」
結局、逃げた。
鏡の中の私は真っ赤で、それを見て更に赤くなった。熱い! やばい! 恥ずかしいっ!
どうすんのこれ、こんなんで四ッ橋さんの前に戻れないよ。
でも戻らなかったら戻らなかったで恥ずかしい。
春希に電話しようかとも思ったけど、そんな精神的余裕もなければ時間的余裕もない。
ひとまず化粧を直そう。
あわあわしそうになるのを落ち着けてくれる。手元狂ったら最悪だからね。油取り紙で丁寧に押さえていく。
ぐわ、油取れすぎ、緊張しすぎでしょう私。
何をどう考えても思考が空転する。
今までどうしてたっけ? 普通ってなんだっけ?
彼氏いたことないなりに男性と接してきたはずなのに、ここにきて全てが忘却の彼方に吹き飛んでいる。
今までいくらでも男と二人きりの会話なんてしてきたでしょうが。あってないような経験値かもしれないけど、0ではないはずなのに。
あれ? あれ? 合コンやサークルでどんなこと話してたっけ? お酒が入るから喋れたとか、そんなことないはずだ。大学でだってバイトでだって普通の会話くらいする。
と思ったところでハッとした。
共通の話題がない――というかできないんじゃん? 前提が前提だから、どんな会話しても全部恋愛系に繋がる?
あまり接点ない人と一緒になったときの鉄板は「最近どう?」なんだけど、今これは、自ら退路を断っていくスタイルだよね。
必殺・天気しかないのか。
もういい加減にしないとと、覚悟を決めて席に戻るも四ッ橋さんの背中が見えただけで、再び顔が熱くなり心臓がドクドク早まる。
席に立つ前となにも変わっていない。
あ、あれ? トイレから戻ったとき、どうしてたっけ?
すみません? ただいま? トイレおしゃれだったよー? 誰とSNSしてんのー?
ないでしょ、友達じゃないんだから。ああダメだ。普通がわからない。料理してるとき、味見しすぎて味がわからなくなるやつだ。テンパりすぎだ私。
のろのろと歩みがもたついている私の殺気でも感じたのか、くるりと四ッ橋さんが振り向いた。
とたんに四ッ橋さんも真っ赤になって、次いでくしゃりと苦笑した。なぜだか視界が潤む。
あぁもうダメだ。本当にダメ。これはもう、認めないといけないかもしれない。
差し出された手を取り、カウンターチェアに座る。恥ずかしくて隣の四ッ橋さんの顔も見れない。
『二人で、頑張っていきましょう』
男パイさんが言う。
私は両手で顔を押さえて頷いた。
『私も、ちゃんと、ゆっくり、頑張ります』
男パイさんにもっと感情を持たせようとでもしたのか、途切れ途切れの言葉についクスッと笑う。
それを見た四ッ橋さんが、真剣な表情から一転ぱあっと笑った。
それからは割と普通に会話できたと思う。
共通の話題なんてないから、バイトの話メインだ。
いつから働いてたのか、四ッ橋さんはいつからうちのカラオケ店を御用達だったのか。あとセレブ婚活パーティーについての詳細。
そっかぁ~、お金持ちってそうやって繋がってるんですね。
『どうして夜勤までして頑張っているんですか?』
「卒業旅行で、海外行くんですよ」
『なるほど、それはいいですね。どこに行くんですか』
「もういーっぱい! ですよ。そのための大学生活でしたね~」
改めて第三者にこう言うのって恥ずかしいな。遊んできました!って感じだよね。……まぁ事実です。でもでも単位だって就活だって超がんばったからこその今なんだから!
行くところややりたいこと、見たいもの、食べたいもの、指折り挙げていく。
男パイさんが代返だから、ちゃんと顔を見て聞かないと相手の気持ちなんて全然わからないのに、私は夢中でしたいことを挙げてて四ッ橋さんの顔は見ていなかった。
『それは、かなりの長期間になりますね』
やっと私は四ッ橋さんの方を見、そして四ッ橋さんの表情がかたいことに気づいた。
「そうですね……、口頭試問の手応えによりますけど、卒論が再提出とならなければ2月頭から卒業式――3月末まで飛びます」
ますます四ッ橋さんの表情がこわばっていく。
『ちなみにどちらに就職されたのか訊いても?』
私はこくんとうなずき答えると、四ッ橋さんは突っ伏した。
「さらっと旧財閥系……」
ぼそりと呟かれる。腕の中にこもった囁き声まで尊いんですね。
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