王宮から逃げた私、隣国で最強魔導士に一途に愛される

タマ マコト

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第6話 魔導士の塔で目覚めた朝

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 柔らかいものの上に、体が沈み込んでいた。

 ふかふかで、じんわりあたたかくて、
 布の感触が頬に触れて、そこからゆっくりと現実が這い上がってくる。

(……寝てる? 私、寝てる……?)

 意識が完全に浮かび上がる前に、まず混乱がやってきた。

 最後に覚えているのは、森。
 魔力の暴走。
 銀の光。

 そして――眠たそうな灰色の瞳。

(あれ、夢じゃ……ないよね)

 まぶたの裏に、銀の魔力の残光がまだうっすら残っている気がした。

 ゆっくりと目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。

 丸い。

 王宮のような平らで高い天井ではなく、中央が少し盛り上がった、塔の内部特有の曲線。
 白い漆喰に細いヒビが入っていて、そこに描かれた小さな魔術紋が淡く光を帯びている。

「……どこ、ここ」

 思わず声に出してしまう。

 頭を少し動かすと、ふかふかの枕から髪がするりと滑り落ちた。
 視線を横に移すと、そこには――本があった。

 本棚。

 壁一面。
 いや、壁どころか、天井に届く勢いで積み上げられた本の群れ。

 革装丁、布装丁、金の文字、色あせた背表紙。
 棚に入りきらない本が、そこらじゅうに平積みにされていて、
 机の上にも床の上にも、小さな本の塔がいくつもできていた。

(……本、本、本……)

 圧倒されすぎて、語彙が一瞬どこかに吹き飛ぶ。

 部屋の中央には、丸い机が一つ。
 その表面には、細かい線が何重にも重なった魔法陣が描かれている。
 インクで描いた部分と、刻まれている部分が混在していて、長年の“実験跡”が刻み込まれたような机だった。

 椅子の背には、袖の長い黒いローブが無造作にかかっている。
 床には、何かの結晶の欠片と、乾いたインク壺と、丸められた紙が転がっていた。

 生活感と研究感がケンカして、どちらも勝っていないカオス。

(少なくとも、王宮じゃない)

 それだけは、はっきり分かった。

 上体を起こそうとして、肩に痛みが走る。

「っ……」

 全身が、筋肉痛と打ち身のフルコースだった。
 昨日――いや、どれくらい前か分からないけれど、とにかくあの魔力の乱流に巻き込まれた影響が、まだ体のあちこちに残っている。

 それでも、なんとか上半身を起こして周囲を見渡す。

 簡素だけれど質の良い寝台。
 分厚い毛布。
 部屋の隅には、小さな手洗い用の洗面台と、木製のタンス。

 そして――窓。

 石造りの壁に開いた、半円形の窓。
 そこから、外の光が差し込んでいた。

 カーテンがわりの布が少しめくられていて、その隙間から覗く景色に、リリアは息を呑む。

「……なに、あれ」

 窓の向こうに広がっていたのは、見たことのない街だった。

 石畳の道が、塔の下から蜘蛛の巣みたいに広がっている。
 瓦屋根や尖塔を持つ建物が、まるで積み木みたいに並び、そのあちこちに光が灯っていた。

 でも、その光が――変だった。

 ただの火ではない。
 魔力の光だ。

 街路の脇には、背の低い柱がいくつも建っていて、その先端に魔光石がはめ込まれている。
 それが一定間隔で、やわらかな光を放っていた。
 遠くの建物の壁にも、窓にも、同じような光の粒が見える。

 夜空を飛ぶ小さな光の球。
 多分誰かの魔術。
 それが、星と混ざり合うように街の上を漂っている。

 王宮の魔術灯とは全然違う。
 あっちは、“豪華さ”と“威厳”を見せつけるための光。
 こっちは、“そこに住む人たちの暮らし”のために灯されている光だと、直感で分かった。

(ここが……ルミナリア?)

 境界の森の向こう。
 噂に聞くだけだった隣国。

 実際に目にしたことはなかったけれど、
 この景色は間違いなく、“グランツ王国の王都”とは違う世界だった。

「起きたなら、まず一言くらいくれてもよくない?」

 不意に、背後から声がした。

 驚いて振り返る。

 いつの間にか、部屋の扉が開いていて、そこに寄りかかるように一人の男が立っていた。

 黒いローブ。
 適当にまとめられた黒髪。
 眠たそうな灰色の瞳。

 境界の森で見た人間が、そのままそこにいた。

「……あなた」

「“あなた”は距離感あるな。昨日名前言ったの、覚えてない?」

 男――ゼフィールは、あくびをかみ殺しながら部屋に入ってくる。

 手には湯気の立つマグと、片手で持てる程度の丸いパンが二つ載った皿。

「一応言っとくけど。
 ここはルミナリア王都の外れにある、俺の塔。
 で、俺は――」

 ベッドの端に腰を下ろし、ひらひらと片手を振る。

「ゼフィール。ルミナリア王立魔導院所属、なんか“最強”って呼ばれてるらしいやつ」

 さらっと自分で言った。

「……“らしい”って」

「自分で“最強です”って言うの、ダサくない? そういう肩書きは他人から言われてこそだと思ってる派」

 眠そうな顔のまま、妙に理屈っぽいことを言う。

 リリアは、目の前の男をまじまじと見つめた。

 昨日、魔力暴走を一瞬でねじ伏せた姿は、正直“恐ろしい”に近い威圧感があった。
 でも今目の前にいるゼフィールは――全体的にだらっとしている。

 ローブはちゃんと着ているのに、袖の先は少し擦り切れていて、
 髪は寝起きみたいに跳ねている。
 瞳は眠たげで、口調も軽い。

 “最強魔導士”という単語と、あまりにもギャップがありすぎた。

「ここは……その、“魔導士の塔”ってやつ?」

「名前つけるとしたらそんなところ。正式名称はあるけど長いから忘れた」

「忘れないでほしいわね、自分の住処の正式名称」

「生活に支障ないし」

 ゼフィールは平然と肩をすくめた。

「で、お嬢さん」

 マグから立ち上る湯気が、彼の横顔を柔らかく縁取る。

「どのくらい覚えてる?」

「……境界の森で、魔力が暴走して……
 それに巻き込まれて、倒れて……
 銀色の魔力が空を走って、誰かに助けられて――」

「そこから先は?」

「あなたに、“正気?”って言われた気がする」

「そこだけはしっかり覚えてるの、ちょっと心外」

 ゼフィールが苦笑する。

「まあ、だいたい合ってる。
 魔力脈が粗暴に揺れてたから止めに行ったら、ついでに君が飛んできた」

「飛んではないと思うけど」

「感覚の話」

 軽口のテンポがやけに自然で、リリアは返事に少し困った。

 王宮で、こんな風に気安く話しかけてくる相手はいなかった。
 距離感は常に一定で、“王太子の婚約者”、“公爵令嬢”という枠組みを意識して接してくる。

(この人、私を“誰かの婚約者”とか“肩書き”で見てない)

 その事実に、小さな戸惑いと同時に、奇妙な安堵があった。

「とりあえず、これ飲め。温かいやつ」

 ゼフィールがマグを差し出してくる。

 中身を覗くと、薄い茶色の液体がゆらゆら揺れていた。
 ハーブの匂いと、少し甘い香りが混ざっている。

「毒は入ってないから安心して」

「今その一言で逆に疑われるって知ってる?」

「それはそう」

 ゼフィール自身がマグをひと口飲んで見せる。
 そして改めて差し出してきた。

 そこまでされると、さすがに疑うのも失礼な気がして、リリアは両手でマグを受け取る。

 縁に口をつけて、そっとひと口。

 舌に、柔らかな甘みと、喉に優しい温かさが広がった。
 冷え切っていた身体の芯に、じんわりと火が灯るみたいだった。

「……おいしい」

「だろ。寝起きに飲むと人間に戻れるやつ」

「今までなんだったの、それ」

「ゾンビ」

 真顔で言うから、思わず吹き出しそうになった。

「笑ってる場合じゃなくて」

 ゼフィールはパンの載った皿を、リリアの膝の上の布の上に置いた。

「まずは食え。腹が空いてると、ろくな判断ができない。
 ろくな判断ができない状態で話をすると、だいたい後悔する。経験則」

「……経験豊富そうね」

「そりゃもう」

 軽く笑いながらも、その目の奥には一瞬だけ、年輪みたいなものが見えた気がした。

 王宮の人たちの笑顔とは違う。
 “完璧に作られた外交用スマイル”ではなく、
 何度も失敗して、面倒事にも巻き込まれて、それでも笑うことをやめなかった人間の表情。

 パンは、シンプルな丸パンだった。
 まだ少し温かい。

 ひと口かじると、外は固めで中はふわっとしていて、ほんのりした小麦の甘さが口いっぱいに広がる。

 それだけで、目頭が熱くなりそうになった。

(……ちゃんとしたもの食べるの、何日ぶりだろ)

 王宮を出てから口にしたのは、干し肉と固いパンと水だけ。
 それも、気持ち悪くならない程度にしか喉を通らなかった。

 今、こうして温かい飲み物と柔らかいパンを食べていることが、
 やけに現実味を持って胸に迫ってくる。

「落ち着いてからでいいけどさ」

 ゼフィールが、机にもたれかかるようにして言った。

「名前は? どこの誰?」

「……リリア。リリア・エルネスト」

 答えるとき、一瞬だけ迷った。
 “公爵家”という肩書きを付け足すかどうか。

 結局、“エルネスト”という名字だけに留めた。

「グランツ王国の、公爵家の娘……でした」

「“でした”?」

「今はどうか分からないから」

 自嘲気味に笑うと、ゼフィールは一瞬だけ目を細めた。

「王宮から、逃げてきた」

 リリアは、できるだけ簡潔に言った。

「王太子の婚約者だったんだけど、魔術実演会で魔力暴走の“犯人”みたいに扱われて……
 謹慎になって、婚約も見直すって言われて。
 ここにいたら、心のほうが先に壊れると思って、逃げた」

 話している間、自覚よりかなり冷静な声だった。
 感情を切り離さないと、言葉がまとまらないから。

 ゼフィールは途中で口を挟まず、黙って聞いていた。

 王宮の人間だったら途中で出てきそうな言葉――
 “それは少し感情的すぎる”とか、“王家に対する不敬だ”とか、“立場を考えろ”とか――
 そういうのは、ひとつも出てこなかった。

「ふーん」

 話を聞き終えたあと、ゼフィールが漏らしたのは、その一言だけだった。

「それで、国境の森まで歩いてきて、魔力に巻き込まれて、俺に拾われた。……と」

「まとめると、そうなるわね」

「なるほど。……うん」

 ゼフィールは頭をポリポリかきながら、あっさりと言った。

「とりあえず、“とんでもなく面倒な背景持ってるな”ってことだけは分かった」

「……すみません」

「だから謝んなって。別に責めてないし」

 軽く手を振る。

「俺としては、“ヤバそうな魔力の乱れを止めに行ったら、ついでに人間が落ちてきた”だけだし」

「落ちてきてはないってば」

「感覚の話だって」

 またそのやり取り。
 少しずつ、このテンポに慣れてきている自分がいた。

「詳しい事情は、そのうち聞く。
 どこまで関わるかも、そのあと決める」

 ゼフィールはそう前置きしてから、はっきりと言葉を続けた。

「でも今は――」

 灰色の瞳が、まっすぐリリアを捉える。

「まずは飯。いいね?」

「……はい」

 変な理屈だけれど、妙に納得させられる。

 王宮での話し合いなら、まず“立場”と“責任”と“今後の処遇”が議題に上がる。
 その前に、“体調”や“空腹”なんてものは、ほとんど無視された。

 ここで最初に出てきた言葉が、“飯”。

 その順番の違いが、胸にじんわりと染みる。

「あの……いいの? そんなに、深く詮索しなくて」

「今聞いても、君のほうが処理しきれないでしょ。
 逃げてきて、命からがら国境越えて、魔力に潰されかけて、目覚めたばっかで、って状態でさ」

「……まあ、そうですね」

「人間、情報量が多すぎると、だいたい変な決断する。
 だから、情報と感情の処理は段階的に。って、俺の師匠が言ってた」

 ゼフィールはテーブルの上の本をひょいとどかして、そこに腰を乗せた。

「それに、詮索したって、君が話したくないことは話さないだろ」

「……かもしれない」

「だったら、一旦置いとく。
 ここからどうするか考えるのは、それからでも遅くない」

 “どうするべきか”ではなく、“どうするか”を一緒に考える、という言い方。

 その違いが、リリアには鮮烈だった。

(“国のために最善を選ぶ”じゃなくて、“どうするか考える”)

 あの日、レオンハルトが言った言葉と、頭の中で自然と並んでしまう。

『僕は王太子だ。“君を守りたい”という気持ちよりも、“国を守らねばならない”という責務を――』

 あの冷たい宣告。

 あれと比べてしまう自分は、ずるいのかもしれない。
 でも、比べずにはいられなかった。

「……なんか、その」

 マグを両手で包みながら、リリアは正直に言った。

「踏み込み方が、絶妙にゆるくて、戸惑う」

「褒められてる?」

「たぶん、褒めてる」

「ならよし」

 ゼフィールは肩の力の抜けた笑みを浮かべた。

「俺、基本的に面倒事は嫌いだけど、理不尽はもっと嫌いなんだよね」

「理不尽……」

「魔力暴走の現場で拾ったとき、君の魔力の流れ、ちょっと見た。
 あれ、“暴走させようとして暴走した魔力”じゃなかった」

 リリアの心臓が、どきりとした。

「どういう……意味?」

「ざっくり言うと。
 君の体の中の魔力は、普段から何かで押さえつけられてる感じがした。
 それを、外から無理やり引っ張り出されたような乱れ方」

「……」

「だから、“自分がやった”って顔するの、やめとけ」

 ゼフィールは、あくまで淡々と、事実だけを述べるみたいに言った。

「誰かが仕込んだか、環境か、偶然か。そこはまだ分からない。
 けど、少なくとも、“お前のせいだ”って言われて素直に飲み込む理由は、俺の目には見当たらなかった」

 胸の奥に、熱い何かがぶわっとこみ上げる。

(私以外の誰かが、それを言ってくれる日が来るなんて)

 王宮では、一度も言われなかった言葉。

『言い訳は見苦しい』

 そう断ち切られてきた言葉を、
 初対面みたいな相手が、あっさりと拾い上げてくれる。

「……ありがとう」

 それだけ絞り出すのに、想像以上の勇気が必要だった。

 ゼフィールは肩を竦める。

「礼を言うのは、全部終わったあとでいい。まだ何もしてない」

「十分、してると思うけど」

「じゃあ、“仮”で受け取っとく」

 彼は立ち上がると、窓のほうへ歩いて行った。
 半円形の窓を大きく開けると、冷たい風と一緒に、街のざわめきが流れ込んでくる。

「――改めて、ようこそルミナリアへ。リリア・エルネスト」

 窓枠に片肘をついて、ゼフィールが外を顎で指す。

「ここが、王都ルミナリア。魔力オタクと変人と真面目人間が混在して、なんとか回ってる街」

「説明がひどい」

「褒めてるから大丈夫」

 窓から見下ろす街は、さっきよりも鮮明に見えた。

 人々が行き交う通り。
 荷馬車を引く馬。
 頭の上でふわふわ飛んでいる小さな光球。
 遠くの広場のほうからは、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

 魔力の光が、そこかしこにある。
 でも、それは王宮のような“飾り”ではなく、生活の一部として息づいていた。

 洗濯物を干す紐に、小さな風の魔法がかけられている。
 屋台の屋根の上には、雨避けの簡易バリアが薄く張られている。
 路地の奥では、手品みたいな光のトリックを使って子どもを喜ばせる男がいる。

 魔術は、ここでは“特別なもの”でありながら、“当たり前のもの”でもあるのだと、景色が教えていた。

(王宮とは……全然違う)

 あそこでは、魔力は“管理されるべきもの”で、“危険な力”として扱われていた。
 強すぎても弱すぎても、評価の対象になって、枠から外れれば排除される。

 ここでは――

(息を……してる)

 街全体が、生き物みたいに呼吸している。
 魔力も、人も、空気も、その中で一緒になって動いている。

 胸の奥に、ぽつりと小さな灯がともる。

 まだ、ここが“自分の居場所”だなんて、とても思えない。
 でも、“ここにいてもいい可能性があるかもしれない”くらいは、想像してみてもいいのかもしれない。

「どう?」

 ゼフィールが、横目でこちらを見る。

「王宮と比べて」

「比べたら、王宮がかわいそうなくらい違うわ」

「それはそれで面白い感想だな」

 リリアは少しだけ笑ってから、真面目な声で続けた。

「……綺麗。だけど、怖くない」

「お。いい表現」

「王宮は、綺麗だけど怖かったから」

 ゼフィールはしばらく黙っていた。

 それから、小さく頷く。

「ここは、君を飾る場所じゃないからな」

「飾る場所?」

「王宮って、“誰かを飾るための箱”だろ。
 君みたいなのを綺麗に飾って、“ほら、ちゃんと取りそろえてますよ”って見せるための」

「……否定は、できないわね」

「まあ、ルミナリアにもそういう場所はあるけど。
 少なくとも、俺の塔はそういう箱じゃない」

 ゼフィールはぐっと伸びをして、面倒くさそうに机の上の本の塔を一本どかした。

「ここは、魔力オタクの巣。
 研究と、実験と、たまに人助けと、ついでに昼寝用の場所」

「最後のいらないでしょ」

「最重要なんだけど」

 そんなふざけた言い合いをしているのに、リリアの胸の中は不思議と静かだった。

 王宮では、言葉の一つ一つに意味を持たせなければならなかった。
 誰が聞いているか分からないから、常に“正しい”言葉を選ばなければならなかった。

 ここでは――

(力を入れて、呼吸しなくていい)

 そんな感覚が、少しだけあった。

 まだ、何もかも解決していない。
 追われている身であることも、多分変わっていない。

 でも、王宮から逃げ出して初めて、“逃げた先で息ができるかもしれない場所”に触れた気がした。

「……リリア」

 ゼフィールが、少しだけ真面目な声で呼んだ。

「君がここにいること、きっとそのうち問題になる。
 君の国からも、こっちの国からも」

「……うん。分かってる」

「だから、これからしばらくは、俺の“保護対象”ってことにしておく。
 “最強魔導士の研究塔に保護されてます”って看板があれば、そう簡単には手出しできないだろ」

「そんな使い方していいの、その肩書き」

「便利なものは使わなきゃ損だろ」

 さらっと言ってのける。

「その代わり」

 灰色の瞳が、ふっと細められる。

「自分のことを、“もう終わった人間”みたいに扱うのはやめろ」

 その言葉は、胸のど真ん中に突き刺さった。

「……終わった、なんて」

「言ってない、とは言わせない。顔に書いてある」

 ゼフィールは軽く指で自分の頬を指した。

「“王宮から逃げた女”とか、“王太子に見捨てられた婚約者”とか、“暴走事故の犯人扱いされた魔術師”とか。
 自分を形容するとき、そういう言葉を真っ先に頭に浮かべてる顔してる」

「顔でそこまで分かるの、初対面で怖いんだけど」

「魔力の流れと一緒で、長く見てるとクセが分かる」

「長くって、まだそんなに……」

「境界の森で、君の魔力、だいぶ見たからね」

 ゼフィールの声は、冗談と本気の境目をふらふらしていた。

「君はまだ途中。
 どこで終わるか決めるのは、国でも王宮でもなくて、君だ」

 王宮から逃げ出した夜、ミーナも似たようなことを言ってくれた。

『“生きたい”って思う自分を、見捨てないこと』

 今、違う場所で、違う人が、似た言葉をくれる。

 その事実に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「……分かった」

 リリアはゆっくりと頷いた。

「私、まだ途中。勝手にエンディング流さない」

「それでよし」

 ゼフィールは満足げに笑ってから、手を叩いた。

「じゃ、現実的な話に戻ろうか。
 君がここでしばらく生きていくために、まず覚えるべきこと――」

「え、なに。魔法の理論?」

「生活ルール」

「地味!」

「地味だけど超大事。塔の中で触っちゃいけないものリストとか、間違って踏むと死ぬ床とかあるから」

「そんなデンジャラスな生活空間やめなさいよ」

「ここ、研究塔だから」

 笑い混じりの会話が続いていく。

 窓の外では、ルミナリアの街がゆっくりと朝を迎えようとしていた。
 魔力の光が少しずつ増え、人々の動きが活発になっていく。

 王宮とは違う世界。
 その入口の、ちょうど敷居の上に、リリアは今立っている。

 まだ、その先に何が待っているかは分からない。
 けれど、“ここから先のページは自分でめくっていい”と言われたような、そんな朝だった。
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