続・無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……✩✩旅を選んだ娘とその竜の物語

タマ マコト

文字の大きさ
17 / 20

第17話 『拒絶されても、泣き虫の意地で』

しおりを挟む


 翌朝、空はやけに青かった。

 昨日の夜、地面の下を覗き込んだときの重苦しさとは違って、見た目だけならのどかな山村の朝だ。

 子どもたちの笑い声。
 鶏の鳴き声。
 洗濯物を干す音。

 でも、地面は、かすかに揺れ続けていた。

 カタ……カタ……

 皿がほんの少し鳴る。
 水桶の水面が、細かく波打つ。

「やっぱり、収まってないね」

 エリーナは、村の外れから畑を眺めて、ぽつりと呟いた。

 井戸のある東側の地面から伝わる「うめき声」は、昨夜視たときと、そう変わっていない。
 むしろ、ほんの少しだけ強くなっている気がする。

(放っといたら、多分もっとひどくなる)

 頭では分かっている。
 でも、「どうするか」の答えはまだ出ていない。

 竜魔法で地殻を、少しだけ撫でるように調整することは可能だ。
 アークヴァンと一緒なら、もっと精密にできる。

 ──その代償として、「竜の力を使った」という事実だけが、この国で重く積み上がる。

(“竜を禁じる国”で、竜の力を使う)

 その行為が、どれだけ危ういかはよく分かっていた。

 それでも。

「……やっぱり、見て見ぬふり、できないんだよなぁ」

 エリーナは、自分の胸をこつんと指先で叩いた。

 泣き虫で、怖がりで、拒絶を異様に痛がるくせに。

 それでも、「助けられたかもしれない何か」を見逃すほうが、もっと怖い。

『主』

 頭の奥で、アークヴァンの声がした。

『まだ揺れは続いているな』

(うん)

『地の下を探るのか』

(……うん)

 少しの間を置いて頷く。

(あの村長さんたちには、ちゃんと“地震が起きるかもしれない”って伝えなきゃいけないけど……
 “竜魔法で視ました”って言った時点でアウトなんだよね、たぶん)

『この国の法律ではな』

(アークヴァンのせいじゃないのに、また“竜のせいだ”って言われるの、正直腹立つ)

『主』

(でも、それ以上に……なにも言わずに、後で家が潰れて泣いてる人を見るのが嫌)

 そこだけは、揺るがなかった。

『……分かった』

 アークヴァンが、短く息を吐く気配。

『主が決めたなら、我は目を貸す』

(ありがとう)



 村の東側。
 古井戸のあるあたりは、人通りが少ない時間帯を狙っても、それなりに視線があった。

 畑に向かう農夫。
 水を汲みに来る子ども。
 家畜の世話をする人。

 エリーナは、カイと相談した結果、「早朝、人が少ない時間」を狙うことにした。

「ほんとに行くの?」

「行く」

「一応聞くけど、“やめとく”って選択肢は」

「ない」

 即答だった。

 カイは、「だよね」と苦笑する。

「じゃあせめて、人目だけはできる限り避けよう。
 見つかったら、最悪俺が“俺の術です”って被るから」

「それはそれで嫌なんだけど」

「どっちみち同罪だし」

 さらっと言わないでほしい。



 朝の光が、東の山肌から零れ落ちてくる。

 村の東端。
 古井戸。

 井戸の石組みは、ところどころひびが入り、かなり古びていた。

 その少し離れた地面に、エリーナはそっと膝をつく。

 土に、手をあてる。

 ひんやりとした感触。
 その奥に、鈍くうごめく大地の気配。

(今度は、昨日より深く)

『主』

 アークヴァンの声が静かに寄り添う。

『我が感覚を、少し強く流す。
 耐えられぬと思ったらすぐに切れ』

(わかった)

 胸の紋章が、じわ、と熱を帯びる。

 視界の端が、すこし白っぽく揺れる。
 でも、意識ははっきりしている。

(大丈夫……いける)

 竜の視線が、地面の下に潜る。

 土、砂利、岩。
 地下水の細い流れ。

 さらに、ずっと下。

 大地の“板”が、ぶつかり合う境目。
 そこが、ゆっくりと軋んでいる。

(やっぱり、竜じゃない)

 怒りも意志もない。
 ただ、自然の動き。

 でも、このままいけば──
 やがて、大きな揺れになる。

(ほんの少しだけ、魔力を流して……)

 地殻の隙間に、水を滑り込ませるみたいに、わずかな竜魔法を染み込ませる。

 力で押さえつけるのではなく、流れを変えてやるイメージ。

 大きな“ずれ”になる前に、細かく力を逃がしてしまう。

『慎重に、主』

(分かってる……)

 額に、薄く汗が滲む。

 指先が、微かに震えたその時──

「なにしてるの」

 頭上から、声が降ってきた。

 反射的に魔力を引っ込める。
 地面の中の感覚が、ぶつりと途切れた。

「あ」

 振り向くと、井戸のほうから、数人の村人がこちらを見ていた。

 水桶を持った少年。
 布袋を抱えた若い娘。
 そして──皺だらけの手をした、中年の女性。

 その目に、警戒と嫌悪が浮かんでいる。

「……なにしてるの」

 女性が、もう一度、低く問いかけた。

 その声には、怒りが張り詰めていた。

「えっと、その……」

 エリーナは、手のひらについた土を見つめながら、言葉を探す。

「ちょ、ちょっと地面の様子を……」

「魔法だろう」

 少年が、怯えと好奇心の混じった目で言う。

「さっき、光った。
 地面から、白いのが、少し──」

 エリーナの心臓が、ぎゅっと縮まる。

(まずい)

 この国で、「地面に手をあてて光る」行為がどう見えるかなんて、考えるまでもない。

「禁じられた力を──」

 女性の声が、震えた。

「ここで、使うな!」

 次の瞬間、彼女は駆け寄ってきて、エリーナの手を乱暴に叩いた。

「っ……!」

 ぱしん、と痛い音がする。

 手の甲が、じん、と痺れた。

「なに考えてるの!」

 女性の目は、血走っていた。

 怒りと、恐怖と、憎しみがごちゃごちゃに混ざった色。

「この土地が、どうしてこんなふうになったか知っててやってるの!?」

「ま、待ってください、私は──」

「魔法で地面をいじるな!」

 吐き捨てるような声。

「竜の力を使って、また大地を裂くつもり!?
 わたしたちの家族を奪って、まだ足りないの!?」

 その言葉は、エリーナに向けられたというより、過去の「竜」全てに向けられているようだった。

(あ……)

 分かってしまう。

 この人は、おそらく──あの「大災厄」で、大切な誰かを失ったのだ。

 家族か。
 子どもか。
 恋人か。

 目の奥に、それがべったりと張り付いている。

「わ、たしは……」

 喉が、ひゅ、と鳴った。

「違うんです、わたしは、ただ……」

「ただ?」

 女性の声が、刺すように高くなる。

「“ただ”って何?
 “ただ”この村のことを想って?
 “ただ”優しいふりをして?」

「ふりなんかじゃ……」

「竜の主なんて、二度とこの土地に足を踏み入れないで!」

 その一言は、鋭い刃だった。

 エリーナの心臓に、ぐさりと突き刺さる。

 竜の主。

 その呼び名を、この国で聞くことになるとは思っていなかった。

(知られてる……?)

 いや、違う。

 この女性が、本当に「彼女が竜の主だ」と確信しているわけではないかもしれない。
 「禁じられた魔法を地面に使おうとする者」を、一括りにそう呼んでいるだけかもしれない。

 それでも、その言葉は──

(“わたしなんて、いらない”って言われたみたい)

 胸の奥の一番柔らかい場所を、直に殴られた感覚だった。

「やめろ」

 そのとき、後ろからカイが飛び出してきた。

 エリーナの肩を庇うように前に立ち、女性と向き合う。

「この人は──」

「どきなさい」

 女性は、カイを睨みつける。

「“竜の主の仲間”ね」

「違います」

 カイの声は静かだった。

「彼女は、竜を連れているから危険なんじゃない」

 ゆっくりと、言葉を選ぶ。

「危険だからこそ、その力を、誰かを守るために使おうとしてるんです」

「綺麗事を言わないで」

 女性は、吐き捨てるように言う。

「“誰かを守るため”なんて、もう何度も聞いた。
 “国を守るため”“家族を守るため”“未来を守るため”」

 そのたびに。

「そのたびに、誰かの家が焼けて、誰かの子どもが死んで、誰かの人生が壊れていった」

 声が震えている。

 拳が、握りしめられている。

「うちの息子も、“国を守るための兵士”だった。
 でも、竜の炎に飲まれたとき、国も未来も守れなかった」

 エリーナの胸が、ぎゅう、と痛くなる。

「“守るために力を使う”って言葉は、もう聞きたくない」

 女性は、エリーナを睨みつけた。

「竜の主がどんな顔をしてても、どれだけ泣きそうな目をしてても──
 竜の力をここで使うってだけで、わたしたちには“脅威”なの」

「……」

 エリーナは、何も言えなかった。

 否定する言葉が、喉に詰まる。

 「わたしは違う」と言う資格が、今、この場であるだろうか。

 王宮を吹き飛ばした夜の白炎が、脳裏に蘇る。

 あのとき、自分は確かに「誰かを守るためにも」力を使った。
 でも、何もかも綺麗に守れたわけじゃない。

 崩れた壁。
 瓦礫の下で泣いていた誰かの声。
 恐怖に震えた人々の顔。

(“守るために使った”って、言い切れるのかな)

 胸の奥で、言葉が絡まる。

 うまく、ほどけない。

『主』

 アークヴァンの声が、静かに震えた。

『この場から離れろ』

(でも──)

『主』

 いつになく強い調子で呼びかける。

『これ以上、心を傷つけられても、何も変わらぬ』

(……)

 分かっている。

 今、この女性を言い負かしたところで、何かが癒えるわけではない。
 むしろ、傷をえぐるだけだ。

 それでも。

「……ごめんなさい」

 エリーナは、絞り出すように言った。

「わたし、あなたの息子さんの代わりにはなれない。
 竜が奪ったものを、全部返すなんてできない」

 認めることしかできない。

「でも、ここで、またなにか起きているなら──」

 細い声。

「それを何もしないで見てるだけは、嫌なんです」

「“嫌”?」

 女性の目が、怒りで揺れる。

「あなたの“嫌”ひとつで、この村がまた危険に晒されるの!?
 そんな勝手な感情で、禁じられた力を使わないで!」

「勝手、なのは分かってます」

 喉が焼けるように痛い。
 涙が、目の縁でぐらぐらと揺れている。

「でも……」

 言葉が、そこから先に進めない。

 「でも何?」

 「でも助けたいから?」

 「でも、見ているだけは嫌だから?」

 その全部が、あまりにも自分本位に思えて、口から出せない。

 女性は、もうエリーナを正面から見るのも嫌だと言わんばかりに、顔を背けた。

「竜の主は、この土地にいらない」

 その一言を置き捨てて、彼女は井戸のほうへと歩き去っていく。

 少年も、若い娘も、複雑そうな顔で彼女の後に続いた。

 残されたのは、エリーナとカイだけ。

 静寂。
 地面の、かすかな揺れだけが残る。



「……っ」

 堪えていたものが、喉の奥で爆ぜた。

「ぅ、あ……」

 エリーナは、顔を歪めて、唇を噛む。

 噛んでも、どうにもならない。
 溢れてくるものは止められない。

 目から、ぽろりと涙が落ちた。

「ごめ……ん……」

「なんでエリーナが謝るの」

 カイが、そっと肩に手を置く。

「悪いのは、エリーナじゃない」

「でも、わたし……」

 自分の腕を抱きしめるようにして、震える声を押し出す。

「わたし、“竜の主だから”ってだけで、あの人の傷、全部思い出させちゃって……
 それなのに、“それでもやりたいことある”とか、言おうとして……」

 声が詰まる。

「やっぱり、勝手だよね……」

「勝手だけど」

 カイは、きっぱりと言った。

「その“勝手さ”がなかったら、干ばつの村は、井戸を掘り当てられなかった」

「……」

「竜骨の森で、古い竜の記憶に触れようとしたのも、
 城塞の鎖を拒んで飛び出したのも、
 全部、“エリーナの勝手さ”の延長線上なんだと思う」

「褒めてる?」

「半分は」

「半分は……?」

「もう半分は、“心配してる”」

 カイは、正直に言った。

「拒絶される痛みに弱いのに、
 その痛みをわざわざ抱えに行くような人だから」

 だから、心配だ。

 でも、その「痛みを抱えに行く」姿を見て、胸が掴まれるように動く自分がいる。

「エリーナ」

「……」

「今すぐ答えを出さなくていい。
 この村をどうするか、この国とどう向き合うか。
 時間がかかってもいい」

 彼は、少し笑う。

「その間、泣きたいなら、何回でも泣いていいから」

「なにそれ」

「泣き虫の意地ってやつ、俺は嫌いじゃないから」

「……泣き虫は余計……」

 嗚咽混じりに、いつものツッコミを返す。

 それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。



 その夜。

 村の人たちは早くに戸を閉めた。
 また揺れるかもしれない恐怖に備えて、灯りも控えめだ。

 エリーナは、宿の裏手、誰もいない木陰に隠れるように座り込んでいた。

 膝を抱え、額を埋める。

(痛いなぁ)

 胸が、ずきずきと痛い。

 あの女性の顔。
 石碑の名前。
 「竜の主なんて、二度とこの土地に足を踏み入れないで」という言葉。

 その全部が、頭の中で何度もリピートされる。

「……っ」

 気づけば、また涙が伝っていた。

 ぽた、と地面に落ちる水滴。

 止めようとしても、うまく止まらない。

「わたし……拒絶されるの、ほんとに弱いなぁ……」

 自嘲気味の声が、夜に溶ける。

 王宮を追い出されたあの日も。
 “無魔力”と笑われていた幼い頃も。
 いつだって、「いらない」と言われるたびに心が軋んだ。

 泣き虫で。
 打たれ弱くて。
 なのに、歩みを止めるのは嫌いで。

「……でも」

 エリーナは、しゃくり上げながらも、ぼそりと言った。

「だからって、何もしないで見てるだけは、もっと嫌だ」

 ここで引き下がって、「あの人に嫌われたくないから」と何もせずに村を去ることも、できる。

 そのほうが、心は楽かもしれない。

 でも、その選択をした自分を、きっと一生許せない。

(また、あの井戸のほうで、大きな揺れが起きて。
 家が潰れて。
 誰かが泣いて)

 そのとき、「あのとき、見て見ぬふりしたよね」と、未来の自分が責めてくるのが目に見える。

「嫌われても……」

 膝に額を押しつけたまま、呟く。

「怖がられても……
 この国の人たちが、また何かを失うの、見るのは嫌だ……」

 泣きながら、それでも、意地を曲げようとしない。

 その矛盾が、自分でもややこしくて情けなくて、それでも、どうしても捨てられない。

『主』

 柔らかい声が、頭の奥に落ちてきた。

『この土地を離れたいなら、今すぐにでも飛び去ろう』

「……アークヴァン」

『主が望むなら、我は山の上から降り、翼でこの国を越えよう』

 竜の提案は、いつもどこまでもシンプルだ。

『この国の人間たちの恐怖も憎しみも、主が背負う必要はない』

「……逃げろって、言うの?」

『逃げるとも言う』

 正直な竜だ。

『主は、すでに多くの場所で、多くのものを抱えてきた。
 これ以上、傷を増やさずともよい』

 その言葉には、優しさがあった。

 痛みから遠ざけてやりたい、という願い。

『この国は、竜を禁じる国。
 主の存在そのものが、ここでは毒にもなる』

「うん……」

『ならば、離れるのもまたひとつの選択だ』

 逃げることが、いつも悪いわけではない。

 実際、王宮を飛び出したときの「逃げ」は、ひとつの正解だった。

 でも。

「……やだ」

 エリーナは、首を振った。

「やだよ」

『主』

「嫌われても、怖がられても──」

 涙に濡れた目を、夜空に向けて開く。

 星が、滲んで見える。

「この国の人たちが、また何か失うの見るの、嫌だもん」

『…………』

 アークヴァンは、黙った。

 その沈黙の中にも、感情の揺れが伝わってくる。

「わたし、逃げるのはきっと“許される”んだと思う。
 王宮を飛び出したときみたいに、“よくやったね”って言ってくれる人もいるかもしれない」

 カイとか。
 アークヴァンとか。

「でも、“この国で何か起きるかもしれない”って知っちゃった以上、
 何もせずに背中向けるのは、わたし的にはアウト」

 泣きながら、妙な言い回しになる。

「自分で自分に、“はい、それはなし”って言いたくなる」

『主は……頑固だな』

「うん、自覚ある」

 泣き虫のくせに、諦めが悪い。

 それが、自分の嫌いなところであり、好きなところでもある。

『……分かった』

 アークヴァンが、静かに息を吐いた。

『主が、ここに留まるというなら、我はその決定を尊重する』

「うん……」

『主が、この国で何をすると決めるかは、まだ分からぬ。
 だが、どの道を選んでも──』

 竜の声が、少しだけ柔らかくなる。

『主が泣きながら前に進むのなら、我はその後ろで翼を広げよう』

「泣きながらって前提なんだ……」

『主が泣かぬときのほうが少ない』

「ぐさっと来ること言わないで……」

 それでも、口元が少しだけ緩む。

 涙はまだ止まらないけれど、心のどこかに、小さな灯がともる。



 少し離れた木陰。

 カイは、エリーナに声をかけずに、その様子をそっと見ていた。

 膝を抱えて泣く後ろ姿。
 空に向けて伸びた視線。
 それでも、「逃げたくない」と言う声。

(……ああ)

 胸の奥で、何かが、静かにカチリとはまった。

 いろんな瞬間が、頭の中で連鎖する。

 干ばつの村で、水に濡れて笑った顔。
 竜骨の森で、古い骨に触れて震えた手。
 城塞を飛び出すと決めたときの、あの真剣な瞳。
 暴走しかけたとき、それでも「守るために」と叫んだ声。

 全部が、一本の線になって繋がっていく。

(俺は──)

 驚くほど静かな確信が、胸に落ちた。

(ああ、俺はこの人に恋をしてるんだな)

 誰かに「好きだ」と自覚するときって、もっと劇的な何かがあるのかと思っていた。

 キスをした瞬間とか。
 手を繋いだ瞬間とか。
 命を救われた瞬間とか。

 でも、実際は。

 泣きながら、それでも意地で前を向こうとする横顔を見て、「ああ」と思った。

 この人が、「嫌われても、怖がられても」と言いながら、それでも誰かのために動こうとする姿が。

 どうしようもなく、愛しくて、誇らしくて、怖かった。

(ほんと、面倒な人を好きになったな)

 自嘲とも愛情ともつかない笑みが、唇に浮かぶ。

 言葉にはしない。

 今ここで、「好きだ」と言っても、彼女をさらに縛ってしまう気がした。

 だから、胸の中にそっとしまう。

(それでも──)

 その気持ちは、隠しきれずに表情の端々に滲んでいた。

 エリーナの選んだ「泣きながらでも進む道」の隣で、自分も足を進める覚悟を、ひとり静かに固めながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす
ファンタジー
 数え切れない人々をその身に宿す奇跡の力で救ってきた少女、サヤ・パメラ・カグラバ。  聖女と称えられた彼女であったが陰謀の末に愛した者から婚約破棄を言い渡され、友人達からも裏切られ、最後には命を奪われてしまう。  だがそのとき感じた怒りと悲しみ、そして絶望によって彼女の心は黒く歪み、果てにサヤは悪霊として蘇った。  そして、そんな彼女と世を憎みながらもただ生きる事しかできていなかった一人の少女が巡り合う事で、世界に呪いが拡がり始める事となる。  これは誰よりも清らかだった乙女が、憎悪の化身となりすべての人間に復讐を果たす物語。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

クゥクーの娘

章槻雅希
ファンタジー
コシュマール侯爵家3男のブリュイアンは夜会にて高らかに宣言した。 愛しいメプリを愛人の子と蔑み醜い嫉妬で苛め抜く、傲慢なフィエリテへの婚約破棄を。 しかし、彼も彼の腕にしがみつくメプリも気づいていない。周りの冷たい視線に。 フィエリテのクゥクー公爵家がどんな家なのか、彼は何も知らなかった。貴族の常識であるのに。 そして、この夜会が一体何の夜会なのかを。 何も知らない愚かな恋人とその母は、その報いを受けることになる。知らないことは罪なのだ。 本編全24話、予約投稿済み。 『小説家になろう』『pixiv』にも投稿。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

処理中です...