婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト

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第15話「弾劾と“静かな追放”」

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 王宮大広間は、いつもよりも静かだった。

 壁一面にかかった王家のタペストリー。
 天井から吊られた巨大なシャンデリア。
 赤い絨毯は、玉座からまっすぐ伸びて、広間の中央――一人の女が立つためだけの場所へと続いている。

 その真ん中に、レティシア・ド・ヴァロワは立っていた。

 豪奢さとは裏腹に、空気は冷たい。
 ささやき声も、衣擦れの音も、すべてが氷に閉じ込められたみたいに薄く響く。

 雪雲の下の王都の冷え込みが、そのまま大広間の天井まで侵食してきたかのようだった。

(さあ、“断罪イベント”本番)

 心臓は、意外と静かだった。

 怖くないと言えば嘘になる。
 でも、ここに来るまでに何度も、“最悪のパターン”はシミュレーション済みだ。

 あとは――殴られるなら、正面から。



 玉座の上には王。
 その横に、王妃。

 少し下がった位置に、王太子アルマンと第二王子シャルルが並ぶ。

 その左右には、王妃派と王太子派の有力貴族たち。
 彼らの視線は、一斉にレティシアへ刺さっている。

「弾劾を始めよ」

 王の声は、老いで少し掠れていた。
 だが、その一言には、まだ“この国の頂点”としての重みがある。

 先に進み出たのは、王妃派の重鎮侯爵だった。

「ヴァロワ公爵令嬢、レティシア・ド・ヴァロワ」

 彼は高らかに名前を読み上げる。

「貴殿には、幾つかの疑いがかけられている。
 まず――“国庫の浪費”」

 ざわ、と周囲がざわめく。

「王太子殿下の許可なく、ロジェ商会を通じて多額の金を動かし、
 王都および貧民街に食糧と薬品を供給した件。

 一見慈善のように見えるが、その資金源はどこから出たのか。
 公爵家の私財のみならず、“国庫からの流用があったのではないか”という疑いがある」

(“疑い”ね。便利な言葉)

 レティシアは、内心で冷笑した。

「次に、“民衆扇動”」

 今度は、王太子派の伯爵が一歩前に出る。

「市場での“謎の食糧供給”、孤児院での“食事は十分ではない”発言、
 思想家サロンに匿名で出入りし、王権批判を煽るような場に顔を出していたとの報告もある」

(……誰よ、サロンでチクったのは)

 ダミアンの顔が一瞬脳裏をよぎる。
 彼が直接売ったとは思わないが、あの場には“耳の軽い連中”も多い。

「そして、“第二王子の政治利用”」

 広間の空気が、ぐっと重くなった。

 王妃派の別の貴族が、扇子を畳んで言う。

「ヴァロワ嬢は、近頃第二王子殿下と頻繁に接触し、
 王太子殿下に反対する勢力を作ろうとしていたのではないか――と」

 ざわめき。

 シャルルの肩が、ぴくりと動いた。
 アルマンは、表情を変えない。

「以上の点について、説明を求める」

 重ねられた“罪状”は、実際より少し盛り気味で、
 けれど一つ一つに“まったくの嘘ではない”要素が混ざっている。

(上手いわね、“真実と嘘のサンドイッチ”)

 完全なでっち上げのほうが、まだ反論しやすかった。
 これは、わざと反論を難しくしている。

 レティシアは、ゆっくりと一礼した。

「ご説明いたしますわ」



 その頃。

 王宮の外れの廊下では、別の戦いが繰り広げられていた。

「証言を撤回する……?」

 テオ・ランベールは、信じられないという顔で目の前の男を見つめていた。

 孤児院で働いていた元従業員。
 彼は以前、「院長が物資を抜いていた」と証言してくれた人物だ。

 今日、その証言を正式に弾劾の場で提出する手筈だった。

 なのに、男は今、震える声で首を振っている。

「む、無理だ……。
 あいつらに“口を出したら家族ごと路地に転がすぞ”って言われた……」

「“あいつら”?」

 テオの目が細くなる。

 男は、青ざめた顔で廊下の向こうをちらりと見る。

 そこには、王妃派の紋章をつけた兵士が控えていた。

「す、すまない……!
 俺は、もう……何も見てないことにする……!」

 男は、逃げるように去っていった。

 テオは、歯を食いしばる。

(証人、買収と脅迫。
 ……こちらの動き、完全に読まれていた)

 別の廊下では、ルネが息を切らして駆け込んでくる。

「テオ! やべぇ、さっきまで“証言してやる”って言ってた商人の親父も、ビビって黙っちまった!」

「やはり……」

 テオは、拳を握りしめた。

 数字と帳簿だけでは、弾劾の場では“弱い”。
 感情に訴える証人が必要だった。

 そこを、相手は真っ先に潰してきた。

(……レティシア様の言っていた通りだ)

 「弾劾の場は、正しさを争う場所じゃない。
 “誰の物語が勝つか”を決める場所」

 テオは、悔しさに唇を噛みながら、書類の束を抱え直した。

「それでも――諦めるわけにはいかない」

 数字しか武器のない自分にできることは少ない。
 それでも、ゼロではない。

「行くぞ、ルネ」

「お、おう!」

 二人は、大広間へと走った。



「まず、“国庫の浪費”についてですが――」

 レティシアは、一つ一つ丁寧に言葉を選んでいた。

「ロジェ商会を通じた食糧と薬品の支出は、すべてヴァロワ家の私財からです。
 証拠として、こちらに帳簿の写しを」

 テオから受け取った資料の束を掲げる。

 王妃派の貴族が、鼻で笑った。

「ヴァロワ家の帳簿など、いくらでも都合よく書き換えられるのでは?」

「だからこそ、文書局から取り寄せた税記録と照合してあります」

 レティシアは静かに返す。

「ヴァロワ家の納税額は、ここ数年増加していますわ。
 “国庫から抜いた”のなら、それは数字に現れます」

 ざわ、と周囲が揺れる。

 王妃派の顔が、僅かに歪んだ。

 彼らも、“数字”では簡単に嘘をつけないことを知っている。

「しかし、“民衆扇動”についてはどうかな?」

 別の貴族が声を上げた。

「市場で食糧をばらまき、孤児院で“食事は十分ではない”と発言したことは事実だろう」

「事実です」

 レティシアは、あっさり頷いた。

「今年の冬、王都で飢えた人がどれだけいたか、ご存じないのなら教えて差し上げましょうか?」

 その皮肉に、何人かの貴族が顔をしかめる。

「わたくしがしたことは、“民衆を扇動するための見せ物”ではありません。

 パンがなければ、人は死にます。
 薬がなければ、人は苦しみます。

 それを少しでも減らすために、私財を投じたまでですわ」

 王太子派の貴族が、すぐさま噛み付く。

「だが、その結果、“王太子殿下ではなくヴァロワ嬢が民を救っている”という噂が広まった!」

「それは、殿下の側近がうまく動かなかった結果ですわね」

「何だと!?」

「――だって、“食糧を配る権限”も、“税制を変える権限”も、本来は王族と政府にあるのでしょう?」

 レティシアは、わざと首をかしげてみせる。

「権限も金もある方々が何もしないから、
 権限もない公爵令嬢が、自分の財布をひっくり返して走り回る羽目になっている。

 それを、“扇動”と呼ぶのは、少し違うんじゃなくて?」

 広間のどこかで、抑えた笑い声が上がり、すぐに咳払いで誤魔化された。

 シャルルの口元が、わずかに緩む。

(この人、ほんと“口”だけなら無敵なんだよな)と、どこかでテオが苦笑していそうだ。

 だが――。

「口は達者ですね、ヴァロワ嬢」

 王妃が、扇子をひらひらと動かした。

「けれど、今ここで問われているのは、“貴女がどれほど弁が立つか”ではございませんわ。

 “王家の権威を傷つけたかどうか”。
 “この国にとって危険かどうか”。

 その一点だけです」

 王妃派と王太子派の視線が、ぴたりと重なる。

 彼らは、すでに結論を決めている。

 レティシアがどれほど論理を積み上げようと、
 “物語の結末”は変える気がない。



「“第二王子の政治利用”については?」

 王太子の側近が、勝ち誇ったように言葉を投げる。

「最近の貴女の動きは、すべて第二王子殿下と繋がっているという噂です」

「噂は噂ですわ」

 レティシアは、わざと軽く答えた。

「第二王子殿下とお話しする機会が増えたのは事実です。
 ですが、それは“王家の一員として、この国の現状を一緒に見てくださった”からであって――」

「貴女は、“兄に不満を持つ弟の影”にすがったのではありませんか」

 ――アルマンだった。

 今まで黙っていた王太子が、ようやく口を開いた。

 その声音には、奇妙な熱が混ざっている。

「私が“王太子として未熟だ”と、何度も指摘してきたな、レティシア」

 彼は、ゆっくりとレティシアを見た。

 その目は、怒り、恐怖、執着――色々な感情が混ざって、判別しづらい。

「君は、いつも“正しいこと”を言う。
 だが、それは“王太子を傷つけるため”でもあった。

 私が君との婚約を破棄したあと、君は第二王子のもとへ行った。
 “より賢い王の側に立つほうがいい”とでも思ったのではないか?」

 “そう言ってくれたほうが楽なんだろうな、この人は”。

 レティシアは、心の片隅で冷静に分析していた。

(“自分を批判した女が弟のほうを選んだ”って形にしとけば、自分のプライドの傷が少しマシになるもんね)

 だが、口には出さない。

「殿下」

 代わりに、一歩だけ前に出た。

「わたくしが第二王子殿下とお会いしていたのは、“殿下を貶めるため”ではありません」

「なら、何のためだ」

「――“この国を少しでもマシにするため”です」

 空気が、ぴん、と張り詰めた。

「殿下。

 重税。
 飢え。
 兵糧の横流し。
 腐敗した貴族。

 その全部を放置すれば、いずれ“革命”が起きます」

 レティシアは、まっすぐに言った。

「前世の歴史書で読んだ言葉を、そのまま口にしているわけじゃない。
 この目で見て、この耳で聞いて、この手で触れた現実です」

 “前世”の部分は飲み込む。

「私は、それを少しでもマシな形に変えたくて動いていました。
 殿下が“間違っている”と言うのは、そのためです」

 アルマンの顔が、強張る。

「“この国を浪費している”のが誰か――
 本当は、殿下ご自身が一番よくご存じなのでは?」

 それは、ほとんど宣戦布告だった。

 貴族たちが息を呑む。
 王妃が扇子を握る手に力を込める。

 シャルルが、横で小さく目を閉じた。

 アルマンは、一瞬だけ言葉を失い――すぐに、冷たい笑みを浮かべた。

「やはり、危険だな、君は」

 彼の声は、静かだった。

「“革命”という言葉を口にし、
 王太子を批判し、
 第二王子と結託し、
 民衆に匿名の慈善をばらまく。

 君の存在は、“王家の安定”にとって火種にしかならない」

 彼は、玉座のほうを振り返った。

「父上。
 彼女を、このまま王都に置いておくのは危険です」



「異議あり」

 その瞬間、シャルルが声を上げた。

 大広間の視線が、一斉に彼へ向く。

「第二王子殿下?」

 王妃派の貴族たちが眉をひそめる。

 シャルルは、まっすぐ王のほうを見た。

「ヴァロワ嬢がしてきたことは、確かに“王家にとって都合のいいこと”ばかりではない。

 だが、彼女が救った命があることも事実です」

 彼は、淡々と続ける。

「市場での暴動未遂。
 あのとき彼女が麦とパンを流していなければ、
 もっと多くの血が流れていたでしょう。

 飢えで死ぬはずだった子どもたちが、彼女の支援で冬を越せた例も報告されています」

 テオとルネの報告を、彼はすでに全部受け取っている。

「“民を救った”という事実を無視して、“王家への批判”だけを取り上げるのは、
 王族として誠実とは言えないのでは?」

 王宮の空気が、さらに冷たくなる。

 王妃の目が、きつく細められた。

「シャルル。
 貴方は、“兄を公然と批判する”つもり?」

 彼女の声は、甘い毒を含んでいる。

「……そうは申し上げておりません」

 シャルルは、あくまで冷静に返した。

「私は、“事実を無視するな”と言っているだけです」

「その“事実”とやらが、王家の権威を損なうものであったとしても?」

 別の王族が口を挟む。

「第二王子よ。
 お前は、自分の立場をわきまえろ。

 ここでヴァロワ嬢を庇い立てすることは、“王太子に楯突く”ことと同じだ」

 シャルルの口が、きゅっと結ばれる。

(……これ以上言えば、殿下まで一緒に潰される)

 レティシアは、彼の横顔を見ながら、心の中でそっと呟いた。

(ここは、“引くしかない”場面)

「……申し上げたいことは以上です」

 シャルルは、一礼して一歩下がった。

 それが、彼なりの「ギリギリの抵抗」だった。



 結論は、最初から決まっていた。

 王は、長い沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。

「ヴァロワ公爵令嬢――レティシア・ド・ヴァロワ」

 その声は、年老いて震えているが、よく通る。

「汝の行いは、確かに“この国を想う心”から出たものかもしれぬ。

 しかし、王太子への批判、
 “革命”という言葉を軽々しく口にする態度、
 民衆の間に“王家以外の救い”があるかのような噂を広めたことは、
 この国の安定を乱す火種となっておる」

 王妃が、満足げに目を閉じた。
 アルマンの肩の力が、わずかに抜ける。

(ああ、“処刑”はない)

 レティシアは、その空気の変化を察した。

 彼らにとって、ここで自分を殺すのは早すぎる。
 「悪女を晒したまま生かしておいたほうが、“見せ物”として使える」と判断するはずだ。

 王の次の言葉は、それを裏付けた。

「よって――」

 広間が、静まり返る。

「汝を、死罪には処さぬ」

 一瞬、緊張がほどける。
 同時に、別の冷たさが足元から這い上がってくる。

「“精神の静養”を名目に――
 王都より離れた地方の領地にて、しばらく静かに暮らすがよい」

 ざわ、と貴族たちがざわめいた。

「つまり、“追放”……」
「表向きは慈悲深い処置というわけか」

 王妃が、扇子で口元を隠しながら微笑む。

「殿下のご温情ですわ。
 “危険な思想”を持つ令嬢を処刑せず、“静かに療養させる”という形にすることで、
 王家の寛大さを示せますもの」

 アルマンは、無言だった。

 その沈黙が、何より雄弁だった。

(“権力中枢からの排除”。
 でも、“完全には殺さない”)

 レティシアは、自分の胸の中でその言葉を噛みしめた。

 政治的に見れば、それは最高に合理的な一手だ。

 彼女をここから遠ざける。
 王都と宮廷から、革命のタイムラインを見ている“厄介な目”を消す。

 同時に、“悪女に情けをかけた王太子”という物語を作る。

(……本当に、この国のトップは“物語づくり”が好きね)

 レティシアは、ほんの少しだけ笑った。

 その笑みが、さらに「冷たい」と思われているのだろう。



 ヴァロワ邸に戻る馬車の中。

 レティシアは、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 王都の石畳。
 見慣れた通り。
 屋根の上に積もる雪。

 全部が、少しだけ遠く感じる。

「お嬢様……」

 向かいに座るクロエは、目を真っ赤にしていた。

「ひ、ひどいです……!
 お嬢様は、ちゃんと人のこと考えて動いてたのに……!
 どうして“静養”なんて……! どう考えても追放なのに……!」

 レティシアは、彼女の言葉を遮るように、そっと手を伸ばした。

 クロエの手を握る。

 自分の指が、震えていることに、そのとき初めて気づいた。

(ああ、私――)

 悔しい。

 悔しくて、腹が立って、
 今すぐ王宮の壁を殴りに戻りたいくらいだ。

 でも同時に――。

「……少し、ほっとしてる自分もいるんだよね」

 ぽろり、と本音がこぼれた。

 クロエが、きょとんとした顔でレティシアを見る。

「え?」

「“戦場から一度降りられる”って、ちょっと思っちゃった」

 自嘲気味に笑うと、頬を何かが伝った。

 指で触れると、それは冷たい涙だった。

 あまりに静かに落ちたものだから、泣いていた自覚すらなかった。

「毎日毎日、火の粉と数字に追われて。
 誰が死ぬか、誰を救うか。
 自分の選択で、誰かの人生が変わるって自覚を抱えながら、前に進み続けるのって……」

 言葉が、喉の奥でつっかえる。

「正直、しんどかった」

 クロエの目からも、涙が溢れる。

「お嬢様……」

「だから、“逃げ場”を与えられたことに、少しだけ安堵してる自分がいる。
 最低でしょ、これ」

 レティシアは、自分を軽蔑するように笑った。

「革命のタイムラインは、私がいなくても進むのに。
 私が王都から離れている間に、きっと“何か”が起きる。

 それでも、“少し休める”って思っちゃったんだよ」

 その矛盾が、胸の中でぐちゃぐちゃに絡まり合っている。

 守りたかったもの。
 捨てたくなかった人たち。

 それでも、心は限界に近かった。

「……最低なんかじゃありません」

 クロエが、鼻を啜りながら言った。

「ずっと、ずっと、前から思ってました。
 お嬢様、寝てないし、食べてないし、
 それでも笑って、“大丈夫よ”って言ってて。

 正直、こっちが壊れそうでした」

 彼女は、ぎゅっとレティシアの手を握り返した。

「少し、休んでください。
 休んで、また――戻ってきてください」

 “戻ってきて”。

 その言葉に、また新しい涙が溢れた。

「……戻れるかな」

「戻ってきてもらいます」

 クロエの声は震えていたけれど、その瞳は真剣だった。

 ギルバートも、向こうの席で静かに頷く。

「お嬢様がいない間も、こちらでできる限りのことはいたします。
 テオ様も、ルネも、すでに動き続ける気でおります」

 戦場から降りる。
 でも――戦いそのものは続く。

 立ち位置が変わるだけ。

 レティシアは、涙を拭って笑った。

「……じゃあ、辺境の地から、“遠距離戦”でもやってみようかな」



 その夜。

 レティシアを乗せた馬車は、静かに王都を離れた。

 雪は、しんしんと降り続いている。
 街灯の光が、白い粒を淡く照らす。

 遠ざかっていく城壁。
 王宮の塔。

 全部が、暗闇の奥に飲み込まれていく。

 新たな赴任先は、王都から遠く離れた辺境の地。
 雪深い寒村と、小さな砦しかないような場所だと聞いている。

 「精神の静養」。

 その名目の裏で、彼女を中央から遠ざけるには、これ以上ない地理的条件だ。

 でも――。

「雪、きれいだね」

 レティシアは、窓の外を見ながら呟いた。

 冷たい世界。
 白い闇。

 その中で、彼女の心には、まだ小さな炎が残っている。

(ここで終わりにはしない。

 どれだけ遠くに飛ばされても、
 “革命の時間”は、私の中にも刻まれてる)

 辺境は、捨てられた土地じゃない。

 革命が起きたとき、
 一番最初に切り捨てられるのは、いつも“周辺”だ。

(……だったら、そこから守りを固めるのも、悪くない)

 王都での戦いは、一旦幕を下ろした。

 噂という刃に切り刻まれ、
 悪役フレームで塗り固められ、
 “静かな追放”という形でステージから降ろされる。

 ――それでも。

 レティシア・ド・ヴァロワという悪役令嬢の物語は、まだ終わらない。

 雪の夜を裂いて進む馬車の中で、
 彼女は、ゆっくりと目を閉じた。

「次の戦場は――辺境の地、ね」

 唇に浮かんだ笑みは、
 どうしようもなく疲れて、
 それでも、確かに前を向いていた。
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