10 / 20
第10話 二人の微笑み
しおりを挟む
朝は薄い霧で始まった。砦の天井から垂れる冷気はいつもより柔らかく、廊下の角で風がほどける音がした。ローザは窓辺の覆い布をめくり、指先で土を撫でた。芽は二枚目の小さな葉を開きかけている。薄い緑が、夜の名残の水を光らせる。呼吸みたいな震え。生きている、と胸の内側がひとつ頷いた。
谷へ降りる道は昨夜の霜をまだ抱えていたが、昼には解けるだろう。彼女は厚手のマントを羽織り、薬草の袋を肩にかけた。扉を開けると、石の広間の向こうで銀の瞳がこちらを見る。カイゼルだ。視線が重なるだけで、砦の空気が一段引き締まる。
「村か」
「うん。約束したから」
「客の約束は主の責任にもなる」
「なら、あなたも——一緒に」
彼は短く考え、眉の線をほんのわずか緩めた。
「従者を一体だけ連れていく。見張りは置いていく」
「分かった」
谷へ降りる途中、昨日作った畝の黒が雪の上で筋を描いているのが見えた。村に着くと、広場には薄い蒸気が漂っている。鍋が二つ。子どもの笑い声が一度、そして咳が半分の音で返る。ゲルの家の戸が開き、妹の額には薄い汗、頬に色。夜を越えた顔だ。
「……楽になってる」
ゲルの声はまだ硬いが、奥にある刃が少し鞘に戻っている。
「布の替えと蜂蜜、やった。あんた、明日も来るって言ったから……来たな」
「約束は灯りだから」
「灯り?」
「暗い間、どこへ足を運べばいいか、教えてくれる小さな明かり」
テオが駆けてきて、ローザのマントの裾を引いた。
「石、もっと集めた!」
「見せて」
広場の端、小さな畝の周りに丸石が二列、昨夜より長く連なっている。端はまだガタガタだが、石同士が寄り添うように置かれている。ローザは膝をつき、石を二つ入れ替え、指で土を詰めた。
「いい手だね、テオ。石の向き、ちゃんと見てる」
「うん。石にも顔があるから」
「そう、顔の向きをそろえると、風の当たりがやさしくなるよ」
ミルドが井戸の縁に布を巻き直しながら、カイゼルの方へ顎を上げた。
「領主様、娘に手を貸したい連中が増えとる。言葉じゃなく手で約束したいとよ」
「畑の言葉は耳が良い」
カイゼルは静かに応え、視線の端で村全体の呼吸を測る。祈りの輪の布は、昨日より高く澄んだ音で揺れた。恐れと敬いの間に、薄い“期待”がまざっている。
鍋の蒸気に乾いたハーブを落とし、蜂蜜を薄く溶かす。女たちが器を並べ、男たちが薪を割る。子どもは石を拾う。ローザは少し大きめの木匙で湯をすくい、色と香りを確かめる。タイムが思ったより凛としている。「勇気」の名は飾りじゃない。
「領主様、ここの石垣が崩れかけとる」
男が片手で壁を押さえ、もう片方で帽子を脱いだ。
「風が大回りして家の中に入る」
「風の口を塞ぐ壁は、口を移してやれ」
カイゼルは手短に言い、落ちた石を三つ拾って角度を変えただけで、風の流れがわずかに変わった。村人が目を丸くする。言葉は少なくても、手が早い。ローザは横でその動きを覚え、石と風の辞書に“角度”の頁を増やした。
昼過ぎ、ミルドが杖で地面をとんと叩いた。
「祈りの輪へ」
輪の中心、灰の上に小さな枝束。ミルドが火打ちで火を起こす。薄い炎が灰の匂いを蘇らせる。ローザは輪の外に膝をつき、手を合わせる代わりに土を握った。凍土はもう氷ではなく、湿った冷たさに変わりつつある。火の音に合わせて、胸の中の呼吸もゆっくりになる。
「もう“祈り”だけではだめだ」
ミルドが火を見ながら言う。
「けど、祈りを捨てるのもだめだ。間の道を作る。ここから砦へ、砦から畑へ。言葉の道と、手の道と」
「……道は誰のものだ」
カイゼルの問いに、ミルドは薄く笑った。
「歩いた者のものさ」
その時だった。空が低く唸り、山の上から薄い雪がふわりと落ちてきた。吹雪ではない、花びらみたいな雪。輪の火は消えない。火と雪が同じ場所で息をしている。ローザはその光景を胸の奥の“空白”にそっと置いた。冷たい世界の真ん中で、温度が混ざる瞬間。
ひと段落すると、村人が自然と集まり、ローザの周りに小さな円ができた。
「薬草園の作り方を教えてくれ」
「蜂蜜はいつ舐めさせる」
「咳はどこまでが“良い咳”だ」
彼女は一つずつ答えていく。カイゼルは少し離れてそれを見ていた。銀の瞳の奥に、昔の夜の影と、今の昼の光が重なっている。影は消えない。だが、上から薄く灯りが差す。
夕方、砦に戻る前、ミルドが小さな袋を差し出した。
「乾いたタネだ。この土地のセラフィム。少ないが、お前の“入口”で使え」
「ありがとう。春、返す」
「返す場所は、もう見えとる」
帰り道、斜面の雪はもう踏み固めやすく、足取りは行きより軽かった。砦の門が視界に入る頃、カイゼルがふいに口を開いた。
「――この地を変えるつもりか」
足が半歩だけ止まった。風の音が一瞬だけ遠ざかる。問われるのを待っていたのか、ずっと恐れていたのか、自分でも分からない。胸に置いた石が、音もなく落ちた。
「うん」
ローザは前を向いたまま答えた。
「変えたい。変わりたい。私も、この地も」
「言うのは簡単だ」
「言うだけで終わらせない。畝を一本ずつ増やすみたいに、やることを増やす。約束を灯りにして、手で道をつくる。恐れをゼロにはできないけど、恐れの脇に“やれること”を置く」
「王都は言葉で世界を塗り替えた。ここは風で磨かれる。塗るのと磨くのは違う」
「違う。だから、あなたと一緒にやる」
「なぜわたしと」
「この地の骨はあなたが知ってる。風の癖も、水の通りも。私ひとりだと、根が浅いまま折れる」
カイゼルは黙った。石の目地に沿って風が走り、彼の灰の上衣の裾を一度持ち上げて落とした。銀の瞳が、真っ直ぐこちらを見る。
「わたしは、人の言葉を信じない」
「知ってる。だから、言葉で縛らない。手で見せる」
「手で?」
「明日の朝、砦の庭で“陽だまりの壁”を作る。村で見た石の並べ方を真似して、芽に風の背中だけを触らせる壁。あなたは見てて。壊すなら、壊して」
「壊すことを許すのか」
「うまくいくなら、次は“水の皿”を作る。雪解け水を一度ためて、冷たさを丸くする皿。見て、壊して、直す。そうやって二人で“まし”にしていく」
「まし」
「完璧じゃなくていい。昨日より、まし。今日より、まし。春は積み重ねの上にしか来ない」
彼の口元が、風の向きを測る時のようにわずかに動いた。表情というほどの揺れではない。けれど、硬さの表面に爪で引いた細い線が、そこに確かに刻まれた。
「……面倒だな」
「面倒が、私の得意分野」
「知っている」
門が開き、鉄の従者が無言で通路を空ける。中庭を横切る途中、見上げた空は薄い桃色に染まり、砦の頂にかかる雲が金属の縁取りのように光っている。風の入口の覆い布は、帰りを待っていたと言わんばかりに二度揺れた。
部屋に戻ると、窓辺の土がほんの少し乾いていた。彼女は水差しで縁を濡らし、指先で表面を崩さないように広げる。芽はわずかに背を伸ばし、光の方を向いている。
扉が二度叩かれ、カイゼルが入ってきた。言葉はない。代わりに、掌ほどの平たい石を二枚、机に置く。表面は風に削られて、皿みたいにへこんでいる。
「谷の河床で拾った」
「……“水の皿”」
「たぶん、使える」
ローザは石のくぼみに水を一滴落とした。水は震え、縁で丸まって静止する。冷たさはまだ鋭いが、指に伝わる刃は丸くなっている。彼女は顔を上げた。
「ありがとう」
「礼は、結果に言え」
「結果が出たら、二倍で言う」
「大げさは嫌いだ」
「じゃあ、笑って」
静かな時間が降りた。炎の音は控えめで、風は廊下で息を潜めている。ローザは手帳を開いた。紙に書く音が、夜の始まりの鐘みたいに部屋を区切る。
〈村。咳。蜂蜜。石の角度。祈りの輪。雪と火。ミルドの杖。テオの石。ゲルの頷き。セラフィムのタネ。――“この地を変えるつもりか”と問われた。“ええ、あなたと共に”と答えた。〉
書き終えて顔を上げると、カイゼルが窓の外を見ていた。銀の瞳に夕闇が差し、硬質な光がやわらいでいる。彼はゆっくりこちらを向き、低く言った。
「……約束は嫌いだ」
「知ってる」
「だが、“作業”は嫌いではない」
「私も」
ふたりの間に、言葉にならない合図が落ちた。小さくて、確かな重み。ローザは微笑んだ。昨日よりすこし深く、今日の終わりを受け入れるみたいに。カイゼルの口元も、わずかに上がる。笑い慣れない人の、最初の笑みの筋肉が動く。そのぎこちなさが、胸にあたたかい。
「明日の朝、陽だまりの壁」
「そして“水の皿”」
「うまくいけば」
「うまくいかなくても」
窓の外、砦の上を風が一度だけ走り抜けた。氷のきしみは鳴らなかった。代わりにどこかで水がほんの少し落ちる音がした。冬の内部で、微かな春のはじまり。
冷たい世界に、微笑みをひとつ置いた。灯りほど明るくはない。炎ほど熱くもない。けれど、確かに温度を持っている。ふたりはそれを見つめ、言葉より先に、次の作業の段取りを思い描いた。畝をもう一本、石を三つ、皿を二枚。小さな“まし”を積み上げる計画。微笑みは合図だ。合図は、明日の手の動きになる。
谷へ降りる道は昨夜の霜をまだ抱えていたが、昼には解けるだろう。彼女は厚手のマントを羽織り、薬草の袋を肩にかけた。扉を開けると、石の広間の向こうで銀の瞳がこちらを見る。カイゼルだ。視線が重なるだけで、砦の空気が一段引き締まる。
「村か」
「うん。約束したから」
「客の約束は主の責任にもなる」
「なら、あなたも——一緒に」
彼は短く考え、眉の線をほんのわずか緩めた。
「従者を一体だけ連れていく。見張りは置いていく」
「分かった」
谷へ降りる途中、昨日作った畝の黒が雪の上で筋を描いているのが見えた。村に着くと、広場には薄い蒸気が漂っている。鍋が二つ。子どもの笑い声が一度、そして咳が半分の音で返る。ゲルの家の戸が開き、妹の額には薄い汗、頬に色。夜を越えた顔だ。
「……楽になってる」
ゲルの声はまだ硬いが、奥にある刃が少し鞘に戻っている。
「布の替えと蜂蜜、やった。あんた、明日も来るって言ったから……来たな」
「約束は灯りだから」
「灯り?」
「暗い間、どこへ足を運べばいいか、教えてくれる小さな明かり」
テオが駆けてきて、ローザのマントの裾を引いた。
「石、もっと集めた!」
「見せて」
広場の端、小さな畝の周りに丸石が二列、昨夜より長く連なっている。端はまだガタガタだが、石同士が寄り添うように置かれている。ローザは膝をつき、石を二つ入れ替え、指で土を詰めた。
「いい手だね、テオ。石の向き、ちゃんと見てる」
「うん。石にも顔があるから」
「そう、顔の向きをそろえると、風の当たりがやさしくなるよ」
ミルドが井戸の縁に布を巻き直しながら、カイゼルの方へ顎を上げた。
「領主様、娘に手を貸したい連中が増えとる。言葉じゃなく手で約束したいとよ」
「畑の言葉は耳が良い」
カイゼルは静かに応え、視線の端で村全体の呼吸を測る。祈りの輪の布は、昨日より高く澄んだ音で揺れた。恐れと敬いの間に、薄い“期待”がまざっている。
鍋の蒸気に乾いたハーブを落とし、蜂蜜を薄く溶かす。女たちが器を並べ、男たちが薪を割る。子どもは石を拾う。ローザは少し大きめの木匙で湯をすくい、色と香りを確かめる。タイムが思ったより凛としている。「勇気」の名は飾りじゃない。
「領主様、ここの石垣が崩れかけとる」
男が片手で壁を押さえ、もう片方で帽子を脱いだ。
「風が大回りして家の中に入る」
「風の口を塞ぐ壁は、口を移してやれ」
カイゼルは手短に言い、落ちた石を三つ拾って角度を変えただけで、風の流れがわずかに変わった。村人が目を丸くする。言葉は少なくても、手が早い。ローザは横でその動きを覚え、石と風の辞書に“角度”の頁を増やした。
昼過ぎ、ミルドが杖で地面をとんと叩いた。
「祈りの輪へ」
輪の中心、灰の上に小さな枝束。ミルドが火打ちで火を起こす。薄い炎が灰の匂いを蘇らせる。ローザは輪の外に膝をつき、手を合わせる代わりに土を握った。凍土はもう氷ではなく、湿った冷たさに変わりつつある。火の音に合わせて、胸の中の呼吸もゆっくりになる。
「もう“祈り”だけではだめだ」
ミルドが火を見ながら言う。
「けど、祈りを捨てるのもだめだ。間の道を作る。ここから砦へ、砦から畑へ。言葉の道と、手の道と」
「……道は誰のものだ」
カイゼルの問いに、ミルドは薄く笑った。
「歩いた者のものさ」
その時だった。空が低く唸り、山の上から薄い雪がふわりと落ちてきた。吹雪ではない、花びらみたいな雪。輪の火は消えない。火と雪が同じ場所で息をしている。ローザはその光景を胸の奥の“空白”にそっと置いた。冷たい世界の真ん中で、温度が混ざる瞬間。
ひと段落すると、村人が自然と集まり、ローザの周りに小さな円ができた。
「薬草園の作り方を教えてくれ」
「蜂蜜はいつ舐めさせる」
「咳はどこまでが“良い咳”だ」
彼女は一つずつ答えていく。カイゼルは少し離れてそれを見ていた。銀の瞳の奥に、昔の夜の影と、今の昼の光が重なっている。影は消えない。だが、上から薄く灯りが差す。
夕方、砦に戻る前、ミルドが小さな袋を差し出した。
「乾いたタネだ。この土地のセラフィム。少ないが、お前の“入口”で使え」
「ありがとう。春、返す」
「返す場所は、もう見えとる」
帰り道、斜面の雪はもう踏み固めやすく、足取りは行きより軽かった。砦の門が視界に入る頃、カイゼルがふいに口を開いた。
「――この地を変えるつもりか」
足が半歩だけ止まった。風の音が一瞬だけ遠ざかる。問われるのを待っていたのか、ずっと恐れていたのか、自分でも分からない。胸に置いた石が、音もなく落ちた。
「うん」
ローザは前を向いたまま答えた。
「変えたい。変わりたい。私も、この地も」
「言うのは簡単だ」
「言うだけで終わらせない。畝を一本ずつ増やすみたいに、やることを増やす。約束を灯りにして、手で道をつくる。恐れをゼロにはできないけど、恐れの脇に“やれること”を置く」
「王都は言葉で世界を塗り替えた。ここは風で磨かれる。塗るのと磨くのは違う」
「違う。だから、あなたと一緒にやる」
「なぜわたしと」
「この地の骨はあなたが知ってる。風の癖も、水の通りも。私ひとりだと、根が浅いまま折れる」
カイゼルは黙った。石の目地に沿って風が走り、彼の灰の上衣の裾を一度持ち上げて落とした。銀の瞳が、真っ直ぐこちらを見る。
「わたしは、人の言葉を信じない」
「知ってる。だから、言葉で縛らない。手で見せる」
「手で?」
「明日の朝、砦の庭で“陽だまりの壁”を作る。村で見た石の並べ方を真似して、芽に風の背中だけを触らせる壁。あなたは見てて。壊すなら、壊して」
「壊すことを許すのか」
「うまくいくなら、次は“水の皿”を作る。雪解け水を一度ためて、冷たさを丸くする皿。見て、壊して、直す。そうやって二人で“まし”にしていく」
「まし」
「完璧じゃなくていい。昨日より、まし。今日より、まし。春は積み重ねの上にしか来ない」
彼の口元が、風の向きを測る時のようにわずかに動いた。表情というほどの揺れではない。けれど、硬さの表面に爪で引いた細い線が、そこに確かに刻まれた。
「……面倒だな」
「面倒が、私の得意分野」
「知っている」
門が開き、鉄の従者が無言で通路を空ける。中庭を横切る途中、見上げた空は薄い桃色に染まり、砦の頂にかかる雲が金属の縁取りのように光っている。風の入口の覆い布は、帰りを待っていたと言わんばかりに二度揺れた。
部屋に戻ると、窓辺の土がほんの少し乾いていた。彼女は水差しで縁を濡らし、指先で表面を崩さないように広げる。芽はわずかに背を伸ばし、光の方を向いている。
扉が二度叩かれ、カイゼルが入ってきた。言葉はない。代わりに、掌ほどの平たい石を二枚、机に置く。表面は風に削られて、皿みたいにへこんでいる。
「谷の河床で拾った」
「……“水の皿”」
「たぶん、使える」
ローザは石のくぼみに水を一滴落とした。水は震え、縁で丸まって静止する。冷たさはまだ鋭いが、指に伝わる刃は丸くなっている。彼女は顔を上げた。
「ありがとう」
「礼は、結果に言え」
「結果が出たら、二倍で言う」
「大げさは嫌いだ」
「じゃあ、笑って」
静かな時間が降りた。炎の音は控えめで、風は廊下で息を潜めている。ローザは手帳を開いた。紙に書く音が、夜の始まりの鐘みたいに部屋を区切る。
〈村。咳。蜂蜜。石の角度。祈りの輪。雪と火。ミルドの杖。テオの石。ゲルの頷き。セラフィムのタネ。――“この地を変えるつもりか”と問われた。“ええ、あなたと共に”と答えた。〉
書き終えて顔を上げると、カイゼルが窓の外を見ていた。銀の瞳に夕闇が差し、硬質な光がやわらいでいる。彼はゆっくりこちらを向き、低く言った。
「……約束は嫌いだ」
「知ってる」
「だが、“作業”は嫌いではない」
「私も」
ふたりの間に、言葉にならない合図が落ちた。小さくて、確かな重み。ローザは微笑んだ。昨日よりすこし深く、今日の終わりを受け入れるみたいに。カイゼルの口元も、わずかに上がる。笑い慣れない人の、最初の笑みの筋肉が動く。そのぎこちなさが、胸にあたたかい。
「明日の朝、陽だまりの壁」
「そして“水の皿”」
「うまくいけば」
「うまくいかなくても」
窓の外、砦の上を風が一度だけ走り抜けた。氷のきしみは鳴らなかった。代わりにどこかで水がほんの少し落ちる音がした。冬の内部で、微かな春のはじまり。
冷たい世界に、微笑みをひとつ置いた。灯りほど明るくはない。炎ほど熱くもない。けれど、確かに温度を持っている。ふたりはそれを見つめ、言葉より先に、次の作業の段取りを思い描いた。畝をもう一本、石を三つ、皿を二枚。小さな“まし”を積み上げる計画。微笑みは合図だ。合図は、明日の手の動きになる。
20
あなたにおすすめの小説
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される
希羽
ファンタジー
王国の土地が「灰色枯病」に蝕まれる中、若干25歳で宮廷薬師長に就任したばかりの天才リンは、その原因が「神の祟り」ではなく「土壌疲弊」であるという科学的真実を突き止める。しかし、錬金術による安易な「奇跡」にすがりたい国王と、彼女を妬む者たちの陰謀によって、リンは国を侮辱した反逆者の濡れ衣を着せられ、最も不毛な土地「灰の地」へ追放されてしまう。
すべてを奪われた彼女に残されたのは、膨大な科学知識だけだった。絶望の地で、リンは化学、物理学、植物学を駆使して生存基盤を確立し、やがて同じく見捨てられた者たちと共に、豊かな共同体「聖域」をゼロから築き上げていく。
その様子を影から見守り、心を痛めていたのは、第二王子アルジェント。宮廷で唯一リンの価値を理解しながらも、彼女の追放を止められなかった無力な王子だった。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
追放された聖女は、辺境で狼(もふもふ)とカフェを開く
橘 あやめ
ファンタジー
――もう黙らない。追放された聖女は、もふもふの白狼と温かい居場所を見つける――
十二年間、大聖堂で祈り続けた。
病人を癒し、呪いを祓い、飢饉のときは畑に恵みの光を降ろす。
その全てを、妹の嘘泣きひとつで奪われた。
献金横領の濡れ衣を着せられ、聖女の座を追われたアーシャ。
荷物は革鞄ひとつ。行く宛てもない。
たどり着いた辺境の町で、アーシャは小さなハーブティーのカフェを開くことに。
看板は小枝の炭で手作り。
焼き菓子は四度目でようやく成功。
常連もできて、少しずつ「自分の居場所」が生まれていく――。
そんなカフェに夜ごと現れるのは、月光のように美しい銀色の狼。
もふもふで、不愛想で、でも何かとアーシャのことを助けてくれる。
やがて、穏やかな日々を壊しに――妹が現れる。
※追放聖女のカフェ開業もの(もふもふつき)です!ハッピーエンド!
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
役立たず聖女見習い、追放されたので森でマイホームとスローライフします ~召喚できるのは非生物だけ?いいえ、全部最強でした~
しおしお
ファンタジー
聖女見習いとして教会に仕えていた少女は、
「役立たず」と嘲笑され、ある日突然、追放された。
理由は単純。
彼女が召喚できるのは――タンスやぬいぐるみなどの非生物だけだったから。
森へ放り出され、夜を前に途方に暮れる中、
彼女は必死に召喚を行う。
呼び出されたのは、一体の熊のぬいぐるみ。
だがその瞬間、彼女のスキルは覚醒する。
【付喪神】――非生物に魂を宿らせる能力。
喋らないが最強の熊、
空を飛び無限引き出し爆撃を行うタンス、
敬語で語る伝説級聖剣、
そして四本足で歩き、すべてを自動化する“マイホーム”。
彼女自身は戦わない。
努力もしない。
頑張らない。
ただ「止まる場所が欲しかった」だけなのに、
気づけば魔物の軍勢は消え、
王城と大聖堂は跡形もなく吹き飛び、
――しかし人々は、なぜか生きていた。
英雄になることを拒み、
責任を背負うこともせず、
彼女は再び森へ帰る。
自動調理、自動防衛、完璧な保存環境。
便利すぎる家と、喋らない仲間たちに囲まれた、
頑張らないスローライフが、今日も続いていく。
これは、
「世界を救ってしまったのに、何もしない」
追放聖女の物語。
-
「雑草係」と追放された俺、スキル『草むしり』でドラゴンも魔王も引っこ抜く~極めた園芸スキルは、世界樹すら苗木扱いする神の力でした~
eringi
ファンタジー
「たかが雑草を抜くだけのスキルなんて、勇者パーティには不要だ!」
王立アカデミーを首席で卒業したものの、発現したスキルが『草むしり』だった少年・ノエル。
彼は幼馴染の勇者に見下され、パーティから追放されてしまう。
失意のノエルは、人里離れた「魔の森」で静かに暮らすことを決意する。
しかし彼は知らなかった。彼のスキル『草むしり』は、対象を「不要な雑草」と認識すれば、たとえドラゴンであろうと古代兵器であろうと、根こそぎ引っこ抜いて消滅させる即死チートだったのだ。
「あれ? この森の雑草、ずいぶん頑丈だな(ドラゴンを引っこ抜きながら)」
ノエルが庭の手入れをするだけで、Sランク魔物が次々と「除草」され、やがて森は伝説の聖域へと生まれ変わっていく。
その実力に惹かれ、森の精霊(美女)や、亡国の女騎士、魔王の娘までもが彼の「庭」に集まり、いつしかハーレム状態に。
一方、ノエルを追放した勇者たちは、ダンジョンの茨や毒草の処理ができずに進行不能となり、さらにはノエルが密かに「除草」していた強力な魔物たちに囲まれ、絶望の淵に立たされていた。
「ノエル! 戻ってきてくれ!」
「いや、いま家庭菜園が忙しいんで」
これは、ただ庭いじりをしているだけの少年が、無自覚に世界最強に至る物語。
『ゴミ掃除』が役立たずと追放されたが、実は『存在抹消』級のチートだった。勇者一行がゴミで溺れているが、俺は辺境で美少女と温泉宿を経営中なので
eringi
ファンタジー
「悪いが、お前のスキル『ゴミ掃除』は魔王討伐の役には立たない。クビだ」
勇者パーティの雑用係だったアレクは、戦闘の役に立たないという理由で、ダンジョンの最深部手前で追放されてしまう。
しかし、勇者たちは気づいていなかった。
彼らの装備が常に新品同様だったのも、野営地が快適だったのも、襲い来る高レベルモンスターの死体が跡形もなく消えていたのも、すべてアレクが『掃除』していたからだということに。
アレクのスキルは単なる掃除ではない。対象を空間ごと削り取る『存在抹消』レベルの規格外チートだったのだ。
一人になったアレクは、気ままに生こうと辺境の廃村にたどり着く。
そこでボロボロになっていた伝説のフェンリル(美少女化)を『洗浄』して懐かれたり、呪われたエルフの姫君を『シミ抜き』して救ったりしているうちに、いつの間にかそこは世界最高峰の温泉宿になっていて……?
一方、アレクを失った勇者パーティは、武器は錆びつき、悪臭にまみれ、雑魚モンスターの処理すら追いつかず破滅の一途をたどっていた。
「今さら戻ってきてくれと言われても、俺はお客さん(美少女)の背中を流すのに忙しいんで」
これは、掃除屋の少年が無自覚に最強の座に君臨し、幸せなスローライフを送る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる