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第11話 豪奢な椅子の前で、資料だけが私の味方だった
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呼ばれる、という言葉には、二種類ある。
「助けて」と呼ばれるのか。
「出てこい」と呼ばれるのか。
王城からの使者がギルドに現れたとき、私はどちらなのか判断できなくて、手のひらが冷えた。
「綴原ペンナ。王国改革の会議に出席せよ」
伝言は短く、命令は硬い。
使者の声は丁寧なのに、拒否権が存在しない音だった。
センパイが横で、口を尖らせる。
「うわ、来た。上が首突っ込むやつ」
「……行かない選択肢、あります?」
「ないでしょ。あったら逆に怖い」
その通りだ。
私は頷いて、机の上の資料を確認した。
手計算の表。黒板の差分推移。未払いの減少。死亡率の推移。チェックリスト導入後の事故件数。
全部、粗い紙に書いた数字たち。
でも、数字は数字だ。嘘をつかない。
嘘をつくのは、人だ。
そこが怖い。
私は資料を束ね、角を揃え、紐で結んだ。
指先が勝手に動く。
こういう時ほど、段取りが私を守る。
「新しい服とかいるかな」
思わず呟くと、センパイが鼻で笑った。
「は?スーツで行けるでしょ。異界人の正装ってやつで」
「……スーツ、正装なのかな」
「正装だよ。少なくともギルドのボロ布よりマシ」
センパイは笑って、でも少しだけ真面目な声で言った。
「大丈夫。新人は資料で殴れるタイプだから」
「殴りたくないです」
「殴るっていうか、防御ね。上は言葉で刺してくるから」
……刺され慣れてるのが、悲しい。
私は息を吐き、資料を抱えた。
その重みが、今は盾に感じる。紙の盾。
薄いのに、確かに私を守ってくれる。
王城へ向かう馬車の中、窓の外はいつも通りの王都だった。
市場の声。パンの匂い。子どもの笑い声。
ギルドと同じ街なのに、王城が近づくにつれて空気が変わっていく。
静かになる。
人の声が遠ざかる。
石の壁が高くなる。
影が長くなる。
王城の門をくぐった瞬間、胃がぎゅっと縮んだ。
現代で言うなら、本社の最上階。役員フロア。
足音さえ許されない空気。
そんな場所の匂いがする。
案内役の侍女が、柔らかい声で言う。
「こちらです。綴原様」
綴原様。
私が“様”。
違和感で笑いそうになるのを堪える。
廊下は磨かれ、壁には絵画が掛かり、香が焚かれていた。甘い花の匂い。
その甘さが、逆に怖い。
甘い匂いほど、何かを隠す。
扉の前で立ち止まる。
衛兵が槍を交差させ、一度だけ私を見る。
“値踏み”の視線。
私は背筋を伸ばした。
スーツの襟を整える。
資料を抱え直す。
「入れ」
扉が開く。
広い。
広すぎる。
会議室は、ギルドの混沌とは真逆の世界だった。
豪奢な椅子が並び、机の上には磨かれた木の光沢。
窓から差す光が、宝石みたいに床に落ちる。
天井は高く、声が少し遅れて返ってくる。
そこに座る人間たちの“重さ”が、空気をさらに圧縮していた。
王族。
側近。
貴族。
魔法使い。
そして、軍人。
視線が一斉に私へ集まる。
喉が乾く。
背中に汗が滲む。
現代の会議室で、偉い人たちに囲まれた時の感覚が戻ってきた。
笑顔を作れ。空気を読め。
失言するな。
それでも、何を言っても“空気がね”で切られる。
声が震えそうになる。
私は資料を机に置いた。
手のひらを、その上にそっと置く。
紙の感触が指に伝わる。
ざらりとした繊維。
温度のない現実。
資料は嘘をつかない。
嘘をつかないものに触れていると、心が少し落ち着く。
「異界の者か」
誰かが言った。貴族っぽい声。
上からの声。
私は頭を下げた。
「綴原ペンナです。王都冒険者ギルド事務局に配属されています」
「ギルドの者が、王国改革会議に?」
別の声。疑い。
“場違い”という刃。
私は息を吸って、顔を上げた。
「ギルドの運用は、王国の治安と財政に直結します。未払いは不満を生み、事故は人材を失います。改善の影響は大きいと判断され、罫堂統括官より数字の提出を求められました」
言いながら、自分の声が思ったより通っていることに驚く。
資料に手を置くと、声が安定する。
私は“紙の上の人間”だから。紙があると、生きられる。
「罫堂……」
会議の奥、視線がそこへ集まる。
罫堂ルーラがいた。
あの皺一つない制服。
黒髪はきっちり結われ、姿勢は直線。
定規の角みたいな目が、会議室の空気を測っている。
彼は、私を見ない。
見ないまま、そこにいる。
それだけで、心臓が少し落ち着く。
“知っている人がいる”というだけで、人は呼吸ができる。
「では、報告を」
王族の一人が言った。声は柔らかいが、拒否できない重さ。
私は資料を開いた。
「過去三ヶ月の推移です」
紙をめくる音が、やけに大きく響いた。
みんなが静かだから。
静けさが怖い。
でも、静けさは味方でもある。聞いてもらえる。
「依頼数は横ばいですが、未払い件数はこの月から減少傾向にあります。原因は、受付での一覧化と、精算担当の固定、優先順位の明確化です」
私は指で表を示す。
数字を指す指が少し震える。
でも、震えてもいい。数字は揺れない。
「死亡率については……こちら」
息が少し詰まる。
死の数字は、いつだって喉に刺さる。
「チェックリスト導入後、事故件数が減少しています。特に新人パーティの遭難・奇襲による死亡が減りました。共通要因は準備不足と情報不足でした。依頼書に必須項目を追加し、事前説明を徹底した結果です」
貴族の一人が鼻で笑った。
「紙の確認で命が救えると?」
その笑いが、刺さる。
現代でも聞いた。
“そんなことで変わるの?”という笑い。
でも、私は資料に手を置く。嘘をつかない盾に触れる。
「はい。救えます。少なくとも、死ぬ確率を下げられます」
言い切った瞬間、会議室が少しざわついた。
強気すぎたかもしれない。
でも、引けない。引いたら、死が増える。
「根拠は?」
別の声が来る。
根拠。
ここは、根拠の世界。
根拠があるなら、言える。
私は表の該当箇所を指で叩いた。
「こちらです。導入前後の比較。件数と内容の分類を添付しています」
紙を配る役目の侍女が、資料の複製を配っていく。
紙が渡るたび、権力の重さが少しだけ薄まる気がした。
数字は、偉さに関係なく読める。
数字は、誰のものでもない。
会議の途中、私は一瞬だけ視線を上げた。
そして——
ルーラが、ほんの一度だけ視線を上げた。
目が合った。
一瞬。
ほんの一瞬。
でも、その瞬間、私の心が背筋を正した。
視線に温度はない。
でも、そこには“見ている”という事実があった。
お前は一人じゃない。
そう言われた気がした。
私は息を吸い直し、続きを話した。
「現在、ギルドでは担当を四つに分け、名札で固定しています。受付、依頼審査、精算、装備管理。それぞれの入口と出口を線で繋ぎ、未処理の滞留を可視化しました。結果として、クレーム件数が減少し、処理速度が改善しています」
「だが、ギルドの権限でそこまで変更して良いのか?」
軍人らしき男が言った。
権限。
そう、ここで刺されるのはそこだ。
私は即答しない。
答える前に、一度資料を見た。
資料は、嘘をつかない。
でも、権限は資料だけじゃ決められない。
だから、事実として言う。
「変更したのは、内部の運用です。報酬額や依頼の承認権限そのものには触れていません。ただ、承認印の管理が不十分だったため、置き場と使用手順を固定しました。承認権者はギルド長です」
ギルド長の名前を出した瞬間、会議室の何人かが頷いた。
ギルド長の尻尾を掴む材料として聞いている人もいる。
私はそこに巻き込まれたくない。
でも、事実は言う。
会議は続いた。
質問が飛ぶ。
時に刺さる言い方もある。
でも、そのたびに私は資料に手を置いて、数字に戻る。
数字は嘘をつかない。
私は嘘をつかなくていい。
それが救いだった。
やがて、王族が手を上げる。
「十分だ。……綴原ペンナ、よく報告した」
よく報告した。
その言葉に、胸の奥が少しだけ緩む。
ただし、安心しすぎない。ここは王城。褒め言葉は刃にもなる。
会議が終わり、人々が立ち上がり、豪奢な椅子が軋む音がする。
香の匂いが、動きと一緒に揺れる。
私は資料を抱え直し、深く頭を下げた。
廊下へ出ると、空気が少し軽い。
それでも足が震える。
緊張って、後から来る。
「……終わった」
小さく呟くと、背後から低い声がした。
「綴原ペンナ」
振り返る。
ルーラが立っていた。
護衛も書記もいない。
彼一人。
直線みたいな姿勢で。
私は反射で背筋を伸ばした。
「はい」
ルーラは、私の資料の束を一瞬見て、それから私の目を見た。
定規の角みたいな目。
でも、会議室より少しだけ柔らかい気がした。気のせいかもしれない。
彼は短く言った。
「続けて」
たった三文字。
なのに、それが逆に信頼に聞こえた。
褒め言葉でもない。
励ましでもない。
ただ、継続を前提にした言葉。
つまり——“止めるな”ではなく、“お前は続けられる”という前提。
私は喉の奥が熱くなるのを感じて、軽く頷いた。
「……はい。続けます」
ルーラはそれ以上何も言わず、踵を返した。
彼の背中は相変わらず揺れない。
でも、その揺れない背中が、今は頼もしく見えた。
私は資料を胸に抱え、王城の廊下を歩いた。
豪奢な椅子も、香の匂いも、権力の重さも、まだ怖い。
でも、資料に触れていれば、私は倒れない。
そして、あの短い「続けて」が、私の背中を静かに押していた。
「助けて」と呼ばれるのか。
「出てこい」と呼ばれるのか。
王城からの使者がギルドに現れたとき、私はどちらなのか判断できなくて、手のひらが冷えた。
「綴原ペンナ。王国改革の会議に出席せよ」
伝言は短く、命令は硬い。
使者の声は丁寧なのに、拒否権が存在しない音だった。
センパイが横で、口を尖らせる。
「うわ、来た。上が首突っ込むやつ」
「……行かない選択肢、あります?」
「ないでしょ。あったら逆に怖い」
その通りだ。
私は頷いて、机の上の資料を確認した。
手計算の表。黒板の差分推移。未払いの減少。死亡率の推移。チェックリスト導入後の事故件数。
全部、粗い紙に書いた数字たち。
でも、数字は数字だ。嘘をつかない。
嘘をつくのは、人だ。
そこが怖い。
私は資料を束ね、角を揃え、紐で結んだ。
指先が勝手に動く。
こういう時ほど、段取りが私を守る。
「新しい服とかいるかな」
思わず呟くと、センパイが鼻で笑った。
「は?スーツで行けるでしょ。異界人の正装ってやつで」
「……スーツ、正装なのかな」
「正装だよ。少なくともギルドのボロ布よりマシ」
センパイは笑って、でも少しだけ真面目な声で言った。
「大丈夫。新人は資料で殴れるタイプだから」
「殴りたくないです」
「殴るっていうか、防御ね。上は言葉で刺してくるから」
……刺され慣れてるのが、悲しい。
私は息を吐き、資料を抱えた。
その重みが、今は盾に感じる。紙の盾。
薄いのに、確かに私を守ってくれる。
王城へ向かう馬車の中、窓の外はいつも通りの王都だった。
市場の声。パンの匂い。子どもの笑い声。
ギルドと同じ街なのに、王城が近づくにつれて空気が変わっていく。
静かになる。
人の声が遠ざかる。
石の壁が高くなる。
影が長くなる。
王城の門をくぐった瞬間、胃がぎゅっと縮んだ。
現代で言うなら、本社の最上階。役員フロア。
足音さえ許されない空気。
そんな場所の匂いがする。
案内役の侍女が、柔らかい声で言う。
「こちらです。綴原様」
綴原様。
私が“様”。
違和感で笑いそうになるのを堪える。
廊下は磨かれ、壁には絵画が掛かり、香が焚かれていた。甘い花の匂い。
その甘さが、逆に怖い。
甘い匂いほど、何かを隠す。
扉の前で立ち止まる。
衛兵が槍を交差させ、一度だけ私を見る。
“値踏み”の視線。
私は背筋を伸ばした。
スーツの襟を整える。
資料を抱え直す。
「入れ」
扉が開く。
広い。
広すぎる。
会議室は、ギルドの混沌とは真逆の世界だった。
豪奢な椅子が並び、机の上には磨かれた木の光沢。
窓から差す光が、宝石みたいに床に落ちる。
天井は高く、声が少し遅れて返ってくる。
そこに座る人間たちの“重さ”が、空気をさらに圧縮していた。
王族。
側近。
貴族。
魔法使い。
そして、軍人。
視線が一斉に私へ集まる。
喉が乾く。
背中に汗が滲む。
現代の会議室で、偉い人たちに囲まれた時の感覚が戻ってきた。
笑顔を作れ。空気を読め。
失言するな。
それでも、何を言っても“空気がね”で切られる。
声が震えそうになる。
私は資料を机に置いた。
手のひらを、その上にそっと置く。
紙の感触が指に伝わる。
ざらりとした繊維。
温度のない現実。
資料は嘘をつかない。
嘘をつかないものに触れていると、心が少し落ち着く。
「異界の者か」
誰かが言った。貴族っぽい声。
上からの声。
私は頭を下げた。
「綴原ペンナです。王都冒険者ギルド事務局に配属されています」
「ギルドの者が、王国改革会議に?」
別の声。疑い。
“場違い”という刃。
私は息を吸って、顔を上げた。
「ギルドの運用は、王国の治安と財政に直結します。未払いは不満を生み、事故は人材を失います。改善の影響は大きいと判断され、罫堂統括官より数字の提出を求められました」
言いながら、自分の声が思ったより通っていることに驚く。
資料に手を置くと、声が安定する。
私は“紙の上の人間”だから。紙があると、生きられる。
「罫堂……」
会議の奥、視線がそこへ集まる。
罫堂ルーラがいた。
あの皺一つない制服。
黒髪はきっちり結われ、姿勢は直線。
定規の角みたいな目が、会議室の空気を測っている。
彼は、私を見ない。
見ないまま、そこにいる。
それだけで、心臓が少し落ち着く。
“知っている人がいる”というだけで、人は呼吸ができる。
「では、報告を」
王族の一人が言った。声は柔らかいが、拒否できない重さ。
私は資料を開いた。
「過去三ヶ月の推移です」
紙をめくる音が、やけに大きく響いた。
みんなが静かだから。
静けさが怖い。
でも、静けさは味方でもある。聞いてもらえる。
「依頼数は横ばいですが、未払い件数はこの月から減少傾向にあります。原因は、受付での一覧化と、精算担当の固定、優先順位の明確化です」
私は指で表を示す。
数字を指す指が少し震える。
でも、震えてもいい。数字は揺れない。
「死亡率については……こちら」
息が少し詰まる。
死の数字は、いつだって喉に刺さる。
「チェックリスト導入後、事故件数が減少しています。特に新人パーティの遭難・奇襲による死亡が減りました。共通要因は準備不足と情報不足でした。依頼書に必須項目を追加し、事前説明を徹底した結果です」
貴族の一人が鼻で笑った。
「紙の確認で命が救えると?」
その笑いが、刺さる。
現代でも聞いた。
“そんなことで変わるの?”という笑い。
でも、私は資料に手を置く。嘘をつかない盾に触れる。
「はい。救えます。少なくとも、死ぬ確率を下げられます」
言い切った瞬間、会議室が少しざわついた。
強気すぎたかもしれない。
でも、引けない。引いたら、死が増える。
「根拠は?」
別の声が来る。
根拠。
ここは、根拠の世界。
根拠があるなら、言える。
私は表の該当箇所を指で叩いた。
「こちらです。導入前後の比較。件数と内容の分類を添付しています」
紙を配る役目の侍女が、資料の複製を配っていく。
紙が渡るたび、権力の重さが少しだけ薄まる気がした。
数字は、偉さに関係なく読める。
数字は、誰のものでもない。
会議の途中、私は一瞬だけ視線を上げた。
そして——
ルーラが、ほんの一度だけ視線を上げた。
目が合った。
一瞬。
ほんの一瞬。
でも、その瞬間、私の心が背筋を正した。
視線に温度はない。
でも、そこには“見ている”という事実があった。
お前は一人じゃない。
そう言われた気がした。
私は息を吸い直し、続きを話した。
「現在、ギルドでは担当を四つに分け、名札で固定しています。受付、依頼審査、精算、装備管理。それぞれの入口と出口を線で繋ぎ、未処理の滞留を可視化しました。結果として、クレーム件数が減少し、処理速度が改善しています」
「だが、ギルドの権限でそこまで変更して良いのか?」
軍人らしき男が言った。
権限。
そう、ここで刺されるのはそこだ。
私は即答しない。
答える前に、一度資料を見た。
資料は、嘘をつかない。
でも、権限は資料だけじゃ決められない。
だから、事実として言う。
「変更したのは、内部の運用です。報酬額や依頼の承認権限そのものには触れていません。ただ、承認印の管理が不十分だったため、置き場と使用手順を固定しました。承認権者はギルド長です」
ギルド長の名前を出した瞬間、会議室の何人かが頷いた。
ギルド長の尻尾を掴む材料として聞いている人もいる。
私はそこに巻き込まれたくない。
でも、事実は言う。
会議は続いた。
質問が飛ぶ。
時に刺さる言い方もある。
でも、そのたびに私は資料に手を置いて、数字に戻る。
数字は嘘をつかない。
私は嘘をつかなくていい。
それが救いだった。
やがて、王族が手を上げる。
「十分だ。……綴原ペンナ、よく報告した」
よく報告した。
その言葉に、胸の奥が少しだけ緩む。
ただし、安心しすぎない。ここは王城。褒め言葉は刃にもなる。
会議が終わり、人々が立ち上がり、豪奢な椅子が軋む音がする。
香の匂いが、動きと一緒に揺れる。
私は資料を抱え直し、深く頭を下げた。
廊下へ出ると、空気が少し軽い。
それでも足が震える。
緊張って、後から来る。
「……終わった」
小さく呟くと、背後から低い声がした。
「綴原ペンナ」
振り返る。
ルーラが立っていた。
護衛も書記もいない。
彼一人。
直線みたいな姿勢で。
私は反射で背筋を伸ばした。
「はい」
ルーラは、私の資料の束を一瞬見て、それから私の目を見た。
定規の角みたいな目。
でも、会議室より少しだけ柔らかい気がした。気のせいかもしれない。
彼は短く言った。
「続けて」
たった三文字。
なのに、それが逆に信頼に聞こえた。
褒め言葉でもない。
励ましでもない。
ただ、継続を前提にした言葉。
つまり——“止めるな”ではなく、“お前は続けられる”という前提。
私は喉の奥が熱くなるのを感じて、軽く頷いた。
「……はい。続けます」
ルーラはそれ以上何も言わず、踵を返した。
彼の背中は相変わらず揺れない。
でも、その揺れない背中が、今は頼もしく見えた。
私は資料を胸に抱え、王城の廊下を歩いた。
豪奢な椅子も、香の匂いも、権力の重さも、まだ怖い。
でも、資料に触れていれば、私は倒れない。
そして、あの短い「続けて」が、私の背中を静かに押していた。
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