追放後に拾った猫が実は竜王で、溺愛プロポーズが止まらない

タマ マコト

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第7話「竜の理と、歪んだ測定器」

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 満月の夜が明けて、世界は何事もなかったみたいな顔をしていた。

 鳥は鳴くし、村の子どもたちは走り回るし、マリアはいつも通り「ほら起きろー! 朝だよ怠け者!」と納屋の扉を蹴ってくる。

「いっ……痛っ!? マリアさん、扉生きてます!? 毎朝殴られてない!?」

「うるさいわね、扉は丈夫にできてんの。ほら起きなさい、今日は畑の段取り多いんだから」

「はーい……」

 眠い目をこすりながら起き上がると、胸元には、いつも通りの白銀の猫が丸くなっていた。

 昨夜、猫がほどよく裸の竜王に変身して名乗られたことは、決して悪い夢ではない。
 ちゃんと現実だ。
 現実なんだけど——。

「……シロ」

「にゃ」

「昨日、人の姿で名乗ってきたくせに、朝になったら普通に猫してるの、なんかずるくない?」

「にゃあ?」

 きょとん、と首を傾げる小さな頭。
 何も知らないふりしてくるの、本当にずるい。

「……まあいいけどさ。とりあえず、今日の分の現実は後回しにしよ。おはよう、シロ」

 ふわふわの背中に顔をうずめると、いつもの体温と、いつもの喉の音。
 それが妙に安心させてくれる。

 ——でも結局、その日の夕方には、後回しにした現実とちゃんと向き合うことになった。



 夕飯の片付けが終わったあと。
 マリアが子どものお迎えに出て行って、家の中にリラとシロだけになったタイミングで、シロは当然の顔をして納屋ではなく家の方に入ってきた。

「ちょ、シロ。マリアさんいたらあやしま——」

 言い終わる前に、シロの体がふわりと蒼光に包まれる。

「またそれ!? スイッチどこ!?」

「満月でなくとも、少し魔力を整えれば人の姿には戻れる」

 光が収まると、そこには昨夜見たのと同じ青年——アゼルが立っていた。
 今日はマリアの古いシャツとズボンを「借りてきた」ので、服装問題はギリギリ解決している。よかった。

「……マリアの服、意外と似合ってるのがなんか悔しいな」

「礼を言うべきか?」

「言わなくていいです」

 リラは椅子を引き、向かいの席を顎で示す。

「で、“竜王”さま。昨夜の話の続き、聞かせてもらえるんですよね?」

「もちろんだ」

 アゼルは素直に腰を下ろし、肘をつかず背筋を伸ばした。
 どこで座っても礼儀正しいの、ちょっとずるい。

 暖炉の火が小さく揺れ、部屋の中にオレンジの影を作る。
 外はもう真っ暗で、窓ガラスには自分たちの姿がぼんやり映っていた。

「まず、竜と人間の関係から話しておこうか」

「そこから……?」

「お前の魔力の話も、測定器の話も、全部そこに繋がっている」

 そう言われてしまうと、黙って聞くしかない。



「竜は、基本的に人間社会に干渉しない」

 アゼルは淡々と言った。

「空の高み、あるいは地の奥深く。
 人間が目にすることのほとんどない場所で、魔力の流れ——世界の“呼吸”を見ている」

「呼吸……」

「魔力は空気のようなものだ。
 溜まりすぎれば嵐になり、欠けすぎれば砂漠になる。
 それが大地や生き物にどう影響するかを、我らはじっと見張っている」

「……じゃあ、“天と地の均衡を司る”って、そういう……」

「そういう仕事だ」

 仕事、という言い方が妙にリアルだった。

「だが、我らはあくまで“流れ”を整えるだけだ。
 個々の人間の運命にまで首を突っ込むのは、本来は役目ではない」

「“本来は”?」

 そこに引っかかる。

 アゼルは少しだけ口元を緩めた。

「人間の世界には、たまにいるからな。
 “竜の理”に妙に相性のいい、人間が」

「竜の理……」

「本来、竜の魔力は、人間の魂とは相容れない。
 強すぎる、深すぎる、重すぎる。
 だが、ごく稀に、その深さに溺れず、逆に溶け合うような質を持つ人間が生まれる」

 アゼルの視線が、まっすぐリラに向いた。

「そういう人間を、我らは“竜の理に触れし者”と呼ぶ」

「中二っぽい……」

「?」

「なんでもないです」

 シリアスな話なのに、用語がいちいちかっこよすぎて困る。

「彼らは、意図せずとも世界の均衡に関わってしまう。
 竜の魔力を引き寄せ、あるいは受け止め、流れを変えてしまう存在だからだ」

「……それって、危なくないんですか」

「危ないとも言えるし、ありがたいとも言える」

 アゼルは肩をすくめる。

「竜だけでは届かないところに、彼らは“触れる”ことができる。
 人間の世界の細やかな感情や、日々の小さな選択。
 そこから生まれる波紋に、竜は干渉しづらい。
 だが、竜の理に相性のいい人間なら——そこに橋をかけられる」

「橋……」

 リラは、自分の掌を見つめる。
 この手が、誰かと誰かを繋ぐ橋になっていたことなんて、一度たりとも実感したことがなかった。

「リラ」

 名前を呼ばれ、顔を上げる。

「お前の治癒の魔法は、“弱い”のではない」

 アゼルの声は、静かで、はっきりしていた。

「質が違う。
 人間同士で完結する治癒ではなく、竜の理と相性の良い、“深部に届く”治癒だ」

「深部……」

「さっきも言ったが、我の核にまで届いた。
 普通、人間の治癒は竜の表層とさえ噛み合わない。
 皮膚を撫でようとして、鱗の上で滑って終わるようなものだ」

「たしかに、硬そうですもんね、鱗……」

「だが、お前の魔力は、その鱗の間をすり抜けて、直接中身に触れてきた」

「なんか表現がじわじわ怖いんですけど」

 ゾワッとしながら腕をさする。

「それはつまり、だ」

 アゼルは軽く指先で卓を叩いた。

「人間用の測定器で測ろうとしても、“反応がずれる”」

 ——出た。測定器。

 リラの胸の奥が、きゅっと痛む。

「人間の測定器は、人間の魔力の“形”を前提に作られている。
 流れ方、波の高さ、色。そういったものを、人間の基準で数値化している」

「……それは、わかります」

 神殿での説明を思い出す。
 「基準値」「平均値」「安定した波形」「乱れた魔力」。

 全部、人間用のものさしで語られていた。

「だが、お前の魔力は、竜の理と相性が良すぎる。
 波形が深すぎて、“人間用の器”からはみ出す。
 測定器からすれば、“捉えきれないもの”だ」

 アゼルは、指で丸を作ってみせる。

「このくらいの器で」

 親指と人差し指で、小さな円を作る。

「このくらい深い井戸を測ろうとしているようなものだ」

 手のひらを広げ、下へ下へと動かす。

「表面をすくっても、水の量が見えない。
 だから測定器は、“基準以下”と判断したのだろう」

「……じゃあ、私の魔力は、“基準以下”じゃなくて」

「“基準外”だな」

 その言葉が、ストンと胸に落ちた。

 基準以下じゃない。
 物差しから外れている。

 それは、「できない」「足りない」とは違う意味だ。

「でも、だったら最初から……」

 喉の奥がひりつくように熱くなる。

「最初から、“測れません”って出してくれればよかったじゃん……」

 測れないなら、測れないと言ってくれればよかった。
 それなら、自分の中の何かも、ここまで折れずに済んだかもしれない。

 けれど現実は、「基準以下」「役立たず」「補欠」。

 そういう言葉だけが、容赦なく突き刺さってきた。

 胸の奥に、静かな怒りがじわじわと広がる。

「……伝承の話をしよう」

 アゼルの声が、少しだけ低くなった。

「昔、人間と竜が、もう少し近かった時代がある」

「近かった……?」

「人間の世界に、今ほど国家も宗教も固まっておらず、
 祈りも祭りも、もっと“雑然としていた”頃だ」

 リラの頭の中に、ぼんやりとした光景が浮かぶ。
 石造りの祭壇や荘厳な神殿ではなく、森の中の小さな祠や、焚き火のまわりで踊る人々。

「その頃、とある聖女がいた。
 彼女は竜の理と深く繋がり、竜王と“契約”を結んだ」

「契約……」

「竜の力の一部を借りる代わりに、その力を“人のために使う”と誓った」

 アゼルは視線を宙に泳がせた。
 ほんの少しだけ、遠いものを見るような目つきになる。

「彼女は、戦場で傷ついた者を癒し、干ばつと洪水の両方を鎮めたと言われている。
 竜と人との橋渡し役として、多くの者から慕われた」

「……すごい人ですね」

 まるで、物語の中の英雄みたいだ。

「だが、人間というのは、そういう存在を恐れるものでもある」

 アゼルの口元に、かすかな苦みが走る。

「“あまりに強い力は、支配される前に封じるべきだ”と考えた者たちがいた。
 聖女が老い、弱り始めた頃——彼女の血筋を“管理すべきもの”として封じた」

「封じた……?」

「その血を持つ者が、勝手に竜の理に触れぬように。
 勝手に“橋”になってしまわぬように。
 結界で囲い、儀式で抑え込み、“人間の範囲に閉じ込める”ことを選んだ」

 喉の奥が、きゅっと痛くなる。

「その人たちが……」

「今のお前の神殿の始まりだ」

 短い言葉に、あまりにも多くの意味が詰め込まれていた。

「お前が育った神殿は、“竜と契約した聖女”の血を管理するための箱庭から始まった。
 聖女の血が薄まり、力がそれほど強くなくなると、“普通の”宗教施設として表に出た。
 だが、根っこにある“恐れ”と“管理したいという欲”は、そのままだ」

「……だから、竜っぽい魔力を持つ人が生まれたら、測定器で“基準以下”って判定して、外に出した?」

「“危険だから封じる”か、“扱いづらいから手放す”か。
 どちらにせよ、自分たちの手の届くところに置き続けるつもりはなかったのだろうな」

 胸の中で、何かがぐらりと揺れた。

(私……)

 神殿の前に捨てられていた孤児。
 名前も家も知らない、自分。

 それがもし——。

「私が、その“聖女の末裔”ってことですか」

 声が、自分でも驚くほど静かだった。

 アゼルは、即答はしなかった。
 少しだけ間を置いてから、真っ直ぐに目を見る。

「断定はできない。だが——可能性は高い」

 予想していた言葉だった。
 でも、実際に言われると、胃のあたりがきゅっと縮む。

「お前の魔力の質。竜との相性。
 そして、“神殿の前に捨てられていた”という経緯。
 全部を合わせると、“たまたまそういう魔力を持った孤児”で済ませるには、できすぎている」

「…………」

 頭の中で、過去の光景がばらばらに浮かんでは、勝手に繋がっていく。

 神殿の前。
 冷たい石畳。
 小さな自分を抱き上げた、若い神官の手。
 「加護があるかもしれない」「調べてみよう」という囁き声。

 測定器の前で、「基準以下」と突きつけられた日。
 「役立たず」「補欠」「置いてやっている」。

 どれも今までは、「そういうものだ」と飲み込んできた出来事だ。

 そこに、“意図”が絡んでいたかもしれない、と思った瞬間。

 胸の奥で、何かがぷつんと切れた。

「……ひど」

 思わず漏れた一言に、自分でもびくりとする。

「ひどい……なあ」

 震えが、指先からじわじわ広がる。

「“基準以下だから役立たず”って言われたときも、
 “補欠として置いてやってる”って笑われたときも、
 ああ、私が足りないんだ、って思ってたのに」

 唇が、勝手に動く。
 言葉が、止まらない。

「ほんとは、“測れなかった”だけで。
 “怖かった”だけで。
 “管理しきれないから外に出そう”って、勝手に決めてただけで」

 自分の膝の上に置いた手が、ぎゅっと布を握りしめる。
 白い指の骨が浮き上がるほど力が入っている。

「なんで、全部、私のせいにしたんだろ……」

「リラ」

 アゼルの声が、いつもより近かった。

 顔を上げると、彼はもう椅子から半分身を乗り出していた。
 その蒼い瞳が、真っ直ぐに自分を映している。

「怒っていい」

 静かな声だった。
 でも、その中には強い芯があった。

「傷ついていい。
 悔しくて、悲しくて、腹が立つのは、当たり前だ」

「……でも」

「“でも”じゃない」

 さっきと同じ言い方で、アゼルは言葉を切る。

「お前はずっと、感情を後回しにしてきただろう。
 “ここにいるためには、これくらい我慢しないと”と自分に言い聞かせて」

 その一言で、心の奥に隠していたものが、一気に引っ張り出された気がした。

 神殿の冷たい床。
 レイナの笑顔。
 測定器の光。
 「ごめんね、庇えなかった」という言葉の奥の、安堵。

 全部全部、「しょうがない」「私の力が足りないから」と自分に言い聞かせて飲み込んできた。

「……怒ったら、居場所なくなるから」

 ぽつり、と零れた言葉は、自分でも驚くほど幼かった。

「文句言ったら、
 “そういう子はいらない”って言われる気がして。
 だから、ずっと、“私が悪い”“足りない”“次はちゃんとやろう”って……」

 視界がじわじわ滲む。
 涙の粒が、震える睫毛の先に溜まる。

「悔しかったよ」

 初めて、はっきり言葉にする。

「すごく、悔しかった。
 ちゃんと治せたときも、褒められるのはいつもレイナ様で。
 “リラも頑張ったね”の裏には、“でもね”がいつもついてて」

 喉が熱い。
 胸が苦しい。

「悲しかった。
 門を出るとき、誰も本気で止めてくれなくて。
 “頑張ってね”って言われるたびに、“ああ、私、本当にいらないんだ”って思って」

 あのときの門の重さが、手のひらに蘇る。

「怖かった」

 声が、少しだけ震えた。

「“捨てられるのが、怖かった”。
 またどこかで、“役立たず”って言われるのが怖くて。
 だから、村に来てからも、マリアさんが“出てけ”って言ったらどうしようって、ずっと……」

「リラ」

 アゼルの手が、そっとリラの手の上に重なる。
 大きくて、熱い手。

「……ごめん」

 何に対しての謝罪なのか、自分でもよくわからない。
 でも、そんな言葉が零れた。

「私、なんか、ちゃんと怒ったり悲しんだりしちゃいけない気がしてて。
 “拾ってもらった”んだから、黙って言うこと聞かないといけないんだって……」

「それは、お前を利用した者たちにとっては都合のいい考え方だな」

 アゼルの声に、ほんの少しだけ冷たさが混じった。

「だがな」

 彼は、指先に少し力を込めた。

「“拾ってやった”“置いてやっている”などと言う者は、拾う資格も置く資格もない」

「……っ」

「我はお前に命を拾われた側だ。
 村の者も、お前に癒やされて、生き延びている者は多い。
 誰も、お前を“置いてやっている”立場ではない」

 その言葉が、胸の空洞にあたたかく染み込んでいく。

 ぽとり、と。
 涙が一粒、テーブルの上に落ちた。

「悔しい」

 リラはしがみつくように、アゼルの手を握り返した。

「悔しかった。ずっと。
 私の魔法は、ちゃんと温かいのに。
 誰かが、“足りない”って決めたから、それが真実みたいになって」

 涙が止まらない。

「悲しかった。
 “いらない”って言葉が、頭から離れなくて。
 夢の中でも、何度も門が閉まる音がして」

 嗚咽になりかけた声を、必死で抑える。

「怖かったよ。
 ここに来てからも、いつかマリアさんに、“あんた、やっぱり役に立たないね”って言われるんじゃないかって。
 シロにも、“お前の治癒なんて大したことない”って言われるんじゃないかって」

「言わん」

 アゼルが即答した。

「少なくとも我は、一生言わん」

「……軽く言わないでよ。期待しちゃうじゃん……」

「期待していい。
 お前が何を言おうと、泣こうと、怒ろうと、我はそれを否定しない」

 リラは、涙で滲んだ視界の中で、アゼルの顔を見上げた。

 蒼い瞳が、まっすぐこちらを見ている。
 そこには、哀れみも、軽蔑も、上から目線の慰めもなかった。

 ただ、「見ている」目。

 一人の人間として、自分をそのまま見てくれている目だ。

「……ずるい」

 ぽろりと零れた。

「そういう顔でそういうこと言うの、ずるい……」

「そうか?」

「そうだよ。反論できないじゃん……」

 テーブルの上にこぼれる涙の跡が、少しずつ増えていく。
 でも、不思議と、さっきまで感じていた冷たい重さは、少しずつ薄れていく気がした。

「リラ」

 アゼルが、すっと立ち上がった。
 そして、リラの隣まで回り込むと、しゃがんで目線を合わせる。

「お前は、怒っていい。悔しがっていい。悲しんでいい。
 そのうえで——ここで笑っていていい」

「……ここで、笑っていい……?」

「ああ」

 アゼルは、リラの頭にそっと手を置いた。

「お前がどんな感情を見せようと、この村の空は落ちてこない。
 我もマリアも、“いらない”とは言わん」

「……マリアさんは、言うとき言いそうで怖いけど」

「言うとしても、“もっと飯食え”とか“もっと寝ろ”とかその程度だろう」

「それはそれで怖い……」

 思わず笑いがこぼれた。
 涙でぐちゃぐちゃの顔で笑うのは、あまり人に見せたくない姿だけど——
 目の前の竜王は、少しも嫌そうな顔をしなかった。

 むしろ、安堵したように目を細める。

「お前が、自分の感情を口にしたのは、たぶん初めてだな」

「……ですね」

 リラは自嘲気味に笑う。

「今まで、心の中でぐるぐるしてただけで。
 言葉にしたら、なんか全部、本当になっちゃう気がして」

「言葉にしなければ、何も始まらん」

 アゼルは立ち上がり、リラの隣の椅子に再び腰掛けた。

「これから、神殿とも、王都とも、嫌でも向き合うことになる」

「……やっぱり、そうですよね」

 薄々、わかっていた。
 村の空の先で、何か大きなものが歪み始めている気配があることを。

「そのとき、“測定器がこう言ったから”ではなく、“自分がこう感じたから”という軸が、お前には必要だ」

「自分が、どう感じたか……」

 リラは胸に手を当てた。

 悔しい。悲しい。怖い。
 そして、今は——少しだけ、楽になった。

「……ありがとう」

 ぽつりと零す。

「聞いてくれて。
 一緒に怒ってくれて。
 “怒っていい”って言ってくれて」

「礼を言われるようなことはしていない」

「してます」

 リラは、小さく笑った。

「“竜王”が、こうやって人間一人のメンタルケアしてくれる世界、けっこう好きですよ」

「メンタルケア……?」

「なんでもないです」

 暖炉の火が、ぱち、と小さく弾ける。
 窓の外の夜は、さっきより少しだけ澄んで見えた。

 歪んだ測定器と、竜の理と、自分の感情。

 世界のどこかで、確かに何かが軋んでいる。
 でも同時に、自分の中では、小さな歪みがひとつ、音を立ててほどけていった。

 ——“役立たず”じゃなかったのかもしれない。

 その実感が、ようやく、自分の言葉として胸に落ち始めた夜だった。
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