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第10話「小さな祭りと、“ここにいたい”という気持ち」
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村に、色が増えた。
そんなふうに思ったのは、その日の夕方、マリアの家の前でランタンに火を灯していたときだ。
「はい、次。そこ持って」
「は、はい!」
差し出されたランタンの底を受け取りながら、リラは思わず笑ってしまう。
木の枠で作られた、素朴な四角いランタン。
中には小さなろうそくが一本だけ。
薄い布を貼った側面は、ところどころ子どもの落書きみたいな花や星で彩られていた。
「これ、誰が描いたんですか?」
「近所のガキども。ほら、ルカんとこのとか」
「なんか、味ありますね……」
「いい意味なのか悪い意味なのかわかんない言い方すんじゃないよ」
マリアは呆れたように笑いながら、ランタンの紐を軒先に引っかけていく。
同じようなランタンが、村の家々の軒下にもぶら下がっている。
夕暮れの青さがゆっくりと薄れていく中で、小さな灯りがひとつ、またひとつと増えていく。
それだけで、普段とまったく違う世界に見えた。
「ねえマリアさん」
「ん?」
「収穫祭って、毎年こんな感じなんですか?」
「“こんな感じ”がどんな感じかによるわね」
「こう……手作り感……?」
「うるさいよ」
ぺし、と軽く肩を叩かれる。
「もともと、この村の祭りなんて、そんな大層なもんじゃないの。
余った穀物ちょっと持ち寄って、薄いスープを“今日はちょっと濃くしようか”って頑張って、
酒に強い奴が先に潰れて、子どもたちが走り回って終わり」
「言い方が容赦ない……」
「でも、今年はちょっと違うわね」
マリアは、ぶら下げたランタンを見上げながら、ぽつりと呟いた。
「魔物騒ぎもあったし、怪我人も出た。
“祭りどころじゃない”って声もあったけどね。
それでも皆、“今年はやろう”って言い張ったわけ」
「なんでですか?」
「“生きてるうちに楽しんどかなきゃ損だ”ってさ」
言いながら、マリアの目は少しだけ柔らかい。
「それに——」
そこで一度言葉を切って、横目でリラを見る。
「“リラがいてくれるうちに、ちゃんと祝いごとを一緒にしたい”って」
「……え」
胸の奥が、きゅ、と鳴った。
「いやそれ誰が……」
「村の半分くらい」
「半分……半分ってけっこう多いですよね!?」
「残りの半分は、“口に出すのが照れくさい”ってだけよ。
アンタ、村の人気者って自覚、そろそろ持ちな」
「む、無理です……そんな急に……」
頬が一気に熱くなる。
追放された元聖女。
“役立たず”と烙印を押された補欠。
そんな自分に「人気者」なんて単語が似合うなんて、どうしても現実感がない。
けれど——家の前にぶら下がったランタンの灯りは、確かにリラの胸を温かく照らしていた。
◇
日がすっかり落ちたころ、村の広場が賑やかになり始めた。
広場と言っても、ただ少し開けた土の広場だ。
中心には、適当に組まれた木の台。
そこにパンとスープの大鍋が並び、周りには木の椅子や丸太の簡易ベンチ。
ランタンの灯りが、夜の闇を柔らかく押し返している。
上を見上げれば、星がぽつぽつと瞬いていて、満月は少し欠けていた。
「わあ……」
リラは思わず足を止めた。
普段は土と汗とため息でいっぱいの場所が、今日は違う匂いをしている。
スープの香り。焼いたパンの香ばしさ。
それに、人々の笑い声が混ざり合って、小さな祭りの空気を作っていた。
「リラ!」
誰かが呼ぶ。
振り向くと、ルカの弟──この間、骨折しかけて運び込まれた少年が、全力疾走でこちらに向かってきていた。
「ちょっと、走っちゃダメ——」
と言うより早く、少年はリラの腰に飛びつく。
「うわっと……!」
よろけながらも、どうにか受け止める。
「お姉ちゃん!」
顔を上げた少年は、まるで何事もなかったかのように笑っていた。
その笑顔には、痛みの影も、不安の跡もない。
「お母さん、元気になったんだよ!」
「……うん、知ってるよ。よかったね」
あの日の重傷が嘘みたいに、彼の母親は今、鍋の前でスープをよそっている。
手にも表情にも疲れは見えるけれど、生気が戻っていた。
「これ、あげる!」
「え?」
少年が差し出したのは、小さな花冠だった。
色とりどりの野の花が、不器用に編まれている。
ところどころ茎が飛び出していて、形もいびつだ。
でも、間違いなく「誰かが一生懸命作った」花冠だった。
「お姉ちゃんのおかげで、お母さん元気になったんだよ。
ありがとうって、お母さん言ってた。だから、これあげるって!」
「……」
胸の奥がじん、と熱くなる。
「つけてあげる!」
「あ、いいよ、自分で——」
言い終わる前に、少年は背伸びして、リラの頭の上に花冠をぽすんとのせた。
茎がちょっとだけ頭皮に刺さって、少し痛い。
でも、その痛みすら愛おしく感じる。
「似合う!」
「え、ほんとに?」
「ほんとほんと!」
少年の無邪気な笑顔は、疑う余地がない。
そこへ、別の子どもたちもわらわらと集まってくる。
「あ、リラお姉ちゃん!」「リラねえ!」「見て見て!」
それぞれが、小さな花や、拾ってきた木の実や、折れかけの笛を自慢げに見せてくる。
「お姉ちゃんのおかげで、おばあちゃんの足、もう痛くないんだよ!」
「うちの弟も、お熱すぐ下がったの!」
「オレの膝も、もう全然痛くねー!」
次々に飛び出す“ありがとう”の数々。
どれも素朴で、飾り気がない。
「……こちらこそ、ありがとう」
リラは一人一人の頭を撫でながら、ゆっくりと言った。
「皆が元気でいてくれる方が、私は嬉しいから」
神殿では、こんなふうに「直接、感謝を向けられる」ことはあまりなかった。
大きな儀式では、感謝の言葉は神殿全体に向けられて、個人の顔なんて見えなかった。
今は違う。
目の前にはっきりといる人たちが、自分に向けて、笑ってくれている。
(これが、“ここにいていい”って感覚なんだ……)
胸の中で、小さな芽が、静かに膨らんでいく。
◇
「はい、アンタのぶん」
広場の隅でひと息ついていると、マリアがスープのはいった木の器とパンを持ってきた。
「ありがとうございま——」
言いかけて、マリアの目が一瞬こちらを見て固まったのに気づく。
「なにその頭」
「え、あっ……」
さっき少年にもらったままの花冠が、まだ頭の上に乗っていた。
「だから言ってよ……!」
「いや、似合ってんじゃない」
マリアは口の端を上げる。
「なんか、“本物の聖女様です”って顔してるよ、今」
「やめてください、その肩書き呪い多めなんで……」
リラは慌てて花冠に手をやりかけて、でも途中で動きを止めた。
「……でも、今の私が“聖女”って言われるのは、ちょっと悪くないかも」
「ほ?」
「昔の、あの神殿で呼ばれてた“候補”とか“補欠”とかじゃなくて。
ここで、こうやって皆と一緒にスープ飲んで、怪我した人をちょっとだけ治して。
その程度の“聖女”なら……」
自分で言いながら、頬が少し熱くなる。
「いいかなって、思います」
マリアはふっと笑った。
「アンタが思うなら、それでいいんだよ」
「……マリアさん」
「なに」
「さっき、子どもたちが……マリアさんに“リラお姉ちゃんすごいんだよ!”って自慢してましたよ」
「あいつら、すぐ言いふらすからなあ」
口調は呆れたようなのに、目はまったく怒っていない。
「あんたが来てからさ」
マリアは、スープをすすりながらぽつりと言う。
「村がちょっと、明るくなったよ」
「……え」
あまりにもさらっとした言い方だったから、一瞬聞き逃しかけた。
「な、なにそれ、急に」
「事実。
魔物は出るわ騒ぎは起こるわで、心臓には悪いけどね。
でも、あんたがいると、みんな“まあどうにかなるかもな”って顔になんの」
「そんな……」
そんな影響力、自分にあるとは思えない。
思えないのに——。
昼間の自分を思い出す。
震えながらも、魔物の前に一歩踏み出した自分。
村人たちを治療して、「どういたしまして」と初めてはっきり言えた自分。
(……ちょっとだけ、信じてもいいのかな)
マリアがぼそっと付け足す。
「アンタ自身がどう思ってるかは知らないけどさ。
少なくとも、うちの子どもたちと近所のばあさんたちは、あんたがいないと困るわよ」
「“うちの子どもたち”って、マリアさんの子どもいましたっけ……?」
「村のガキどもはだいたい私の子みたいなもんなの」
「それはそれで納得しちゃうの悔しい……」
二人で笑い合う。
その笑い声が、ランタンとスープの匂いに混ざって、広場の空気を少しだけ軽くする。
◇
やがて、村の片隅から音楽が聞こえてきた。
楽器と言っても、立派なものではない。
古い笛と、叩くと音が出る木の箱。
それに、誰かが持ち出した壊れかけの弦楽器。
でも、それぞれの音がぎこちなく重なり合って、不思議と心地いい旋律を作り出している。
「踊るぞー!」
「今年こそルカを回し蹴りしないように気をつけろよ!」
「誰が回し蹴りだ!」
笑い声とともに、人々が輪になっていく。
手を繋いでくるくる回る者。
ステップを踏みながら適当に体を揺らす者。
子どもたちはその間を縫うように走り回っている。
「リラも行ってこいな」
「え、私、踊りとか……」
「大丈夫大丈夫。“適当に足動かせば踊りになる”って昔の人も言ってた」
「絶対言ってない……」
背中を押され、リラはぎこちなく輪の方へ歩き出す。
「リラ! 一緒に!」
「お姉ちゃん、こっち!」
子どもたちに手を掴まれ、強制参加の流れが完成した。
手を繋いで輪の中に入ると、最初は足の動かし方もタイミングもわからず、何度も隣の人とぶつかる。
でも、ぶつかるたびに笑いが起こるから、不思議と恥ずかしくはなかった。
「右! 左! 回って!」
「ちょっと待って、回るの早い、早——きゃ!?」
足をもつれさせて、危うく転びそうになった瞬間。
「にゃ」
肩にふわりと重みがのった。
「……シロ?」
横目で見れば、白銀の猫が器用にリラの肩の上に乗り、しっぽで軽くバランスを取っていた。
「踊りに混ざるの? 猫のくせに?」
「にゃ」
「ちょっと可愛いから許す……」
猫を肩に乗せたまま踊る元聖女。
周りから見ると、だいぶシュールな光景だ。
「あ、あれ……」
子どもたちが目を丸くする。
「シロちゃんも踊りたいのかな!」
「猫も参加だー!」
そのときだった。
肩の上で、シロの体がふわりと揺らぐ。
「——ちょっと待っ、ここで変身はやめて!? 重心が!!」
言い終わる前に、肩の上の重さが増した。
蒼い光がぱっと弾ける。
次の瞬間、リラの真横に、いつもの青年の姿が現れた。
肩に乗っていた猫が、人間になったことで、当然のごとくバランスは崩壊する。
「わわっ——きゃあっ!」
リラの足元から世界がぐるりと回った。
が、直後に、誰かの腕がしっかりと腰を支えた。
「危ない」
「いや危ないを作ったのそっち!!」
目の前には、アゼルの顔。
普段は凛とした竜王の顔が、今は明らかに焦っている。
「すまない。計算を誤った」
「“計算を誤った”ってレベルじゃないよ!? 踊りの輪の中で変身する竜王どこにいるの!」
「ここにいる」
「即答やめて!!」
周りから、どっと笑いが起こる。
「今の見た!?」「猫からいきなり男の人になった!?」「リラお姉ちゃん、なんか抱きとめられてない!?」
子どもたちの好奇心は容赦ない。
「魔法? ねえ、今の魔法?」
「まあ、そんなところだ」
アゼルは曖昧に笑ってごまかした。
“竜王”という単語は、ここではまだ封印するらしい。
「アゼル、踊れるの?」
「理論上は可能だ」
「理論上って言い方ほど不安なものないよ……」
案の定、その不安はすぐ現実になった。
リラが半ば無理やり手を引いて輪に戻すと、アゼルは真剣な表情で他の人の動きを観察し始めた。
「右に一歩、左に一歩、回転……」
「そんな真面目な顔で踊りの分析しないで」
「リズムを……“拍”を数えれば……」
ぶつぶつ言いながらステップを踏むが、明らかにタイミングがずれている。
「せーの、右!」
「……左?」
「なんでそこで疑問形!? ほら、今回る! 回る!」
アゼルがステップを間違えるたびに、リラの足もそれに巻き込まれ、二人まとめてバランスを崩す。
「わ、また——!」
「おっと」
ドサッ。
見事に転んだ。
土の上に尻もちをついたリラ、その脇に半分巻き込まれるアゼル。
周りは笑いの渦だ。
「アゼルさん、踊り下手ー!」「すっころんだ!」「猫のときのほうが安定してた!」
「……なかなか難しいな、人間の踊りというものは」
「そんな真顔で言わないで……」
リラは笑いながら、お腹を押さえた。
こみ上げてくる笑いを止められない。
転んだ痛みより、笑いすぎて頬が痛い。
アゼルも、最初は若干不服そうな顔をしていたが、やがて観念したように口元を緩めた。
「悪くないな」
「何が?」
「こういうふうに笑われるのも」
その言い方が、妙に優しかった。
竜王としての威厳とか、世界の均衡とか。
そういうものを全部一回棚に上げて、ただの“踊りの下手な青年”として笑われる時間。
それを「悪くない」と言ってくれることが、嬉しかった。
「じゃあ、また転んでもらおうかな」
「いや、できれば次は転ばずに済ませたい」
「努力は認める」
そんな会話をしながら、二人は再び立ち上がった。
踊りの輪から一歩離れて、ランタンの光と人々の笑い声を眺める。
子どもたちがはしゃぎ、老人たちがゆっくり足を動かし、マリアが笑いながら誰かの頭をはたいている。
その全部が、夜の闇の中でぼんやりと明るく滲んでいた。
リラの胸の奥で、「ここにいたい」という気持ちが、ゆっくりと根を伸ばしていくのを感じる。
神殿の白い壁の中では、決して芽吹かなかった種類の感情だ。
(ああ……)
心の中で、そっと呟く。
(この光景、好きだな)
完璧じゃない。
足りないものだらけで、荒くて、雑で、騒がしくて。
それでも、愛おしい。
◇
祭りは、やがて緩やかに終わりを迎えた。
子どもたちは順番に親に抱きかかえられ、家へ帰っていく。
酒に弱い大人が一人、マリアに耳を引っ張られて連行されていく。
ランタンの灯りも、ひとつ、またひとつと消されていった。
「ふー……」
鍋の片付けをしながら、リラは大きく伸びをした。
さすがに疲れた。
でも、嫌な疲れではない。
全身を使って、「今日という日」をちゃんと生きた疲れだ。
「手、痛くないか」
横から、アゼルの声がした。
「大丈夫。鍋混ぜるのもだいぶ慣れてきました」
手にできた小さなマメ。
最初は「聖女の手が荒れる」なんて言われたらどうしよう、とわけのわからない不安を抱いたこともあった。
今は、その小さな傷も、ここで生きている証みたいに思える。
片付けが一段落すると、マリアが「先に寝るわよ」と言って家の中へ消えた。
「戸締まりはしときなさいねー! 変な男が家に入ってきたら困るから!」
「“変な男”って誰のこと……」
視線を横にずらす。
アゼルが、聞こえないふりをして空を見上げていた。
「絶対わかってて無視してるでしょ」
「さあ、なんのことやら」
「竜のくせに耳がいいな……」
リラは笑いながら、空を見上げた。
星が、いつもより少し近くに見える。
祭りの余韻が、まだ村全体にうっすら残っている気がした。
ふと、口が勝手に動いた。
「……今の私、ちょっと好きかも」
あまりに自然に出た言葉に、自分が一番驚く。
「お?」
アゼルが横目でこちらを見る。
「どの“今の私”だ?」
「どの、って言われると恥ずかしいんですけど……」
リラは、手に持っていた布をぎゅっと握りしめた。
「今日みたいに、ちょっと頑張って、ちょっと失敗して、ちょっと笑って。
“誰かの役に立てたかもしれないな”って、素直に思えて。
それを、“うぬぼれかも”って否定しないでいられる、今の私」
追放された元聖女。
“役立たず”と言われた存在。
その肩書きに縛られていた頃の自分とは、違う。
「ここで、こうして動いてる私を、“悪くないな”って、初めて思えた気がします」
声が少しだけ震える。
でも、それは悲しみからじゃない。
胸の奥で、何かがふっと軽くなった。
「……そうか」
アゼルの声は、嬉しそうだった。
しみじみと噛みしめるみたいな響き。
「ようやくだな」
「ようやく?」
「自分で自分を、少しでも好きだと言えたのは、初めてだろう」
「……たぶん、そうですね」
神殿にいた頃は、「頑張らなきゃ」「もっと役に立たなきゃ」が先に来ていた。
“今の自分”をどう思うかなんて、考える余裕もなかった。
「いいことだ」
アゼルは、いつになく柔らかい口調で言った。
「我は、最初から“今のお前”が好きだったが」
「ちょ、ちょっと待って今のさらっと流せない!!」
さっきまでのしんみりが、一瞬で吹き飛ぶ。
「そういうの、前置きなく言わないで!? 心臓の準備運動必要なんですけど!!」
「準備運動とは」
「なんでもいいから今の撤回して!」
「嫌だ。嘘ではないからな」
「うわあああん!!」
頭を抱えてしゃがみ込む。
アゼルの笑い声が、夜の空気に溶けた。
でも、その笑いはからかいだけじゃない。
どこか安堵と、喜びが混じっている。
「“追放された元聖女”ではなく」
アゼルが、夜空を見上げたまま言った。
「“この村に生きる一人のリラ”として、お前が自分を見られるようになったなら——」
少し間を置く。
「それは、とても良いことだ」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
自分で自分に与えた、新しい肩書き。
“この村に生きる一人のリラ”。
それは、誰かに与えられたものではない。
自分で選んで、名乗り始めた、自分だけの名前だ。
「……明日も、ちゃんと起きて、畑行って、シロ撫でて、怪我した人がいたら治して」
リラは立ち上がり、空に向かって伸びをした。
「そうやって、“ここにいたい”って思い続けられたらいいな」
「ああ」
アゼルは隣で静かに頷いた。
「我も、そう望む」
ランタンの多くは消されていたけれど、空には星が残っている。
地上には暖炉の火があり、家の中には眠る人々の気配がある。
その全部を包み込むように、夜は優しく降りていた。
追放された元聖女リラ。
その肩書きは、もう彼女の全てではない。
村の小さな祭りの夜。
彼女は確かに、“この村に生きる一人のリラ”として、一歩を踏み出したのだった。
そんなふうに思ったのは、その日の夕方、マリアの家の前でランタンに火を灯していたときだ。
「はい、次。そこ持って」
「は、はい!」
差し出されたランタンの底を受け取りながら、リラは思わず笑ってしまう。
木の枠で作られた、素朴な四角いランタン。
中には小さなろうそくが一本だけ。
薄い布を貼った側面は、ところどころ子どもの落書きみたいな花や星で彩られていた。
「これ、誰が描いたんですか?」
「近所のガキども。ほら、ルカんとこのとか」
「なんか、味ありますね……」
「いい意味なのか悪い意味なのかわかんない言い方すんじゃないよ」
マリアは呆れたように笑いながら、ランタンの紐を軒先に引っかけていく。
同じようなランタンが、村の家々の軒下にもぶら下がっている。
夕暮れの青さがゆっくりと薄れていく中で、小さな灯りがひとつ、またひとつと増えていく。
それだけで、普段とまったく違う世界に見えた。
「ねえマリアさん」
「ん?」
「収穫祭って、毎年こんな感じなんですか?」
「“こんな感じ”がどんな感じかによるわね」
「こう……手作り感……?」
「うるさいよ」
ぺし、と軽く肩を叩かれる。
「もともと、この村の祭りなんて、そんな大層なもんじゃないの。
余った穀物ちょっと持ち寄って、薄いスープを“今日はちょっと濃くしようか”って頑張って、
酒に強い奴が先に潰れて、子どもたちが走り回って終わり」
「言い方が容赦ない……」
「でも、今年はちょっと違うわね」
マリアは、ぶら下げたランタンを見上げながら、ぽつりと呟いた。
「魔物騒ぎもあったし、怪我人も出た。
“祭りどころじゃない”って声もあったけどね。
それでも皆、“今年はやろう”って言い張ったわけ」
「なんでですか?」
「“生きてるうちに楽しんどかなきゃ損だ”ってさ」
言いながら、マリアの目は少しだけ柔らかい。
「それに——」
そこで一度言葉を切って、横目でリラを見る。
「“リラがいてくれるうちに、ちゃんと祝いごとを一緒にしたい”って」
「……え」
胸の奥が、きゅ、と鳴った。
「いやそれ誰が……」
「村の半分くらい」
「半分……半分ってけっこう多いですよね!?」
「残りの半分は、“口に出すのが照れくさい”ってだけよ。
アンタ、村の人気者って自覚、そろそろ持ちな」
「む、無理です……そんな急に……」
頬が一気に熱くなる。
追放された元聖女。
“役立たず”と烙印を押された補欠。
そんな自分に「人気者」なんて単語が似合うなんて、どうしても現実感がない。
けれど——家の前にぶら下がったランタンの灯りは、確かにリラの胸を温かく照らしていた。
◇
日がすっかり落ちたころ、村の広場が賑やかになり始めた。
広場と言っても、ただ少し開けた土の広場だ。
中心には、適当に組まれた木の台。
そこにパンとスープの大鍋が並び、周りには木の椅子や丸太の簡易ベンチ。
ランタンの灯りが、夜の闇を柔らかく押し返している。
上を見上げれば、星がぽつぽつと瞬いていて、満月は少し欠けていた。
「わあ……」
リラは思わず足を止めた。
普段は土と汗とため息でいっぱいの場所が、今日は違う匂いをしている。
スープの香り。焼いたパンの香ばしさ。
それに、人々の笑い声が混ざり合って、小さな祭りの空気を作っていた。
「リラ!」
誰かが呼ぶ。
振り向くと、ルカの弟──この間、骨折しかけて運び込まれた少年が、全力疾走でこちらに向かってきていた。
「ちょっと、走っちゃダメ——」
と言うより早く、少年はリラの腰に飛びつく。
「うわっと……!」
よろけながらも、どうにか受け止める。
「お姉ちゃん!」
顔を上げた少年は、まるで何事もなかったかのように笑っていた。
その笑顔には、痛みの影も、不安の跡もない。
「お母さん、元気になったんだよ!」
「……うん、知ってるよ。よかったね」
あの日の重傷が嘘みたいに、彼の母親は今、鍋の前でスープをよそっている。
手にも表情にも疲れは見えるけれど、生気が戻っていた。
「これ、あげる!」
「え?」
少年が差し出したのは、小さな花冠だった。
色とりどりの野の花が、不器用に編まれている。
ところどころ茎が飛び出していて、形もいびつだ。
でも、間違いなく「誰かが一生懸命作った」花冠だった。
「お姉ちゃんのおかげで、お母さん元気になったんだよ。
ありがとうって、お母さん言ってた。だから、これあげるって!」
「……」
胸の奥がじん、と熱くなる。
「つけてあげる!」
「あ、いいよ、自分で——」
言い終わる前に、少年は背伸びして、リラの頭の上に花冠をぽすんとのせた。
茎がちょっとだけ頭皮に刺さって、少し痛い。
でも、その痛みすら愛おしく感じる。
「似合う!」
「え、ほんとに?」
「ほんとほんと!」
少年の無邪気な笑顔は、疑う余地がない。
そこへ、別の子どもたちもわらわらと集まってくる。
「あ、リラお姉ちゃん!」「リラねえ!」「見て見て!」
それぞれが、小さな花や、拾ってきた木の実や、折れかけの笛を自慢げに見せてくる。
「お姉ちゃんのおかげで、おばあちゃんの足、もう痛くないんだよ!」
「うちの弟も、お熱すぐ下がったの!」
「オレの膝も、もう全然痛くねー!」
次々に飛び出す“ありがとう”の数々。
どれも素朴で、飾り気がない。
「……こちらこそ、ありがとう」
リラは一人一人の頭を撫でながら、ゆっくりと言った。
「皆が元気でいてくれる方が、私は嬉しいから」
神殿では、こんなふうに「直接、感謝を向けられる」ことはあまりなかった。
大きな儀式では、感謝の言葉は神殿全体に向けられて、個人の顔なんて見えなかった。
今は違う。
目の前にはっきりといる人たちが、自分に向けて、笑ってくれている。
(これが、“ここにいていい”って感覚なんだ……)
胸の中で、小さな芽が、静かに膨らんでいく。
◇
「はい、アンタのぶん」
広場の隅でひと息ついていると、マリアがスープのはいった木の器とパンを持ってきた。
「ありがとうございま——」
言いかけて、マリアの目が一瞬こちらを見て固まったのに気づく。
「なにその頭」
「え、あっ……」
さっき少年にもらったままの花冠が、まだ頭の上に乗っていた。
「だから言ってよ……!」
「いや、似合ってんじゃない」
マリアは口の端を上げる。
「なんか、“本物の聖女様です”って顔してるよ、今」
「やめてください、その肩書き呪い多めなんで……」
リラは慌てて花冠に手をやりかけて、でも途中で動きを止めた。
「……でも、今の私が“聖女”って言われるのは、ちょっと悪くないかも」
「ほ?」
「昔の、あの神殿で呼ばれてた“候補”とか“補欠”とかじゃなくて。
ここで、こうやって皆と一緒にスープ飲んで、怪我した人をちょっとだけ治して。
その程度の“聖女”なら……」
自分で言いながら、頬が少し熱くなる。
「いいかなって、思います」
マリアはふっと笑った。
「アンタが思うなら、それでいいんだよ」
「……マリアさん」
「なに」
「さっき、子どもたちが……マリアさんに“リラお姉ちゃんすごいんだよ!”って自慢してましたよ」
「あいつら、すぐ言いふらすからなあ」
口調は呆れたようなのに、目はまったく怒っていない。
「あんたが来てからさ」
マリアは、スープをすすりながらぽつりと言う。
「村がちょっと、明るくなったよ」
「……え」
あまりにもさらっとした言い方だったから、一瞬聞き逃しかけた。
「な、なにそれ、急に」
「事実。
魔物は出るわ騒ぎは起こるわで、心臓には悪いけどね。
でも、あんたがいると、みんな“まあどうにかなるかもな”って顔になんの」
「そんな……」
そんな影響力、自分にあるとは思えない。
思えないのに——。
昼間の自分を思い出す。
震えながらも、魔物の前に一歩踏み出した自分。
村人たちを治療して、「どういたしまして」と初めてはっきり言えた自分。
(……ちょっとだけ、信じてもいいのかな)
マリアがぼそっと付け足す。
「アンタ自身がどう思ってるかは知らないけどさ。
少なくとも、うちの子どもたちと近所のばあさんたちは、あんたがいないと困るわよ」
「“うちの子どもたち”って、マリアさんの子どもいましたっけ……?」
「村のガキどもはだいたい私の子みたいなもんなの」
「それはそれで納得しちゃうの悔しい……」
二人で笑い合う。
その笑い声が、ランタンとスープの匂いに混ざって、広場の空気を少しだけ軽くする。
◇
やがて、村の片隅から音楽が聞こえてきた。
楽器と言っても、立派なものではない。
古い笛と、叩くと音が出る木の箱。
それに、誰かが持ち出した壊れかけの弦楽器。
でも、それぞれの音がぎこちなく重なり合って、不思議と心地いい旋律を作り出している。
「踊るぞー!」
「今年こそルカを回し蹴りしないように気をつけろよ!」
「誰が回し蹴りだ!」
笑い声とともに、人々が輪になっていく。
手を繋いでくるくる回る者。
ステップを踏みながら適当に体を揺らす者。
子どもたちはその間を縫うように走り回っている。
「リラも行ってこいな」
「え、私、踊りとか……」
「大丈夫大丈夫。“適当に足動かせば踊りになる”って昔の人も言ってた」
「絶対言ってない……」
背中を押され、リラはぎこちなく輪の方へ歩き出す。
「リラ! 一緒に!」
「お姉ちゃん、こっち!」
子どもたちに手を掴まれ、強制参加の流れが完成した。
手を繋いで輪の中に入ると、最初は足の動かし方もタイミングもわからず、何度も隣の人とぶつかる。
でも、ぶつかるたびに笑いが起こるから、不思議と恥ずかしくはなかった。
「右! 左! 回って!」
「ちょっと待って、回るの早い、早——きゃ!?」
足をもつれさせて、危うく転びそうになった瞬間。
「にゃ」
肩にふわりと重みがのった。
「……シロ?」
横目で見れば、白銀の猫が器用にリラの肩の上に乗り、しっぽで軽くバランスを取っていた。
「踊りに混ざるの? 猫のくせに?」
「にゃ」
「ちょっと可愛いから許す……」
猫を肩に乗せたまま踊る元聖女。
周りから見ると、だいぶシュールな光景だ。
「あ、あれ……」
子どもたちが目を丸くする。
「シロちゃんも踊りたいのかな!」
「猫も参加だー!」
そのときだった。
肩の上で、シロの体がふわりと揺らぐ。
「——ちょっと待っ、ここで変身はやめて!? 重心が!!」
言い終わる前に、肩の上の重さが増した。
蒼い光がぱっと弾ける。
次の瞬間、リラの真横に、いつもの青年の姿が現れた。
肩に乗っていた猫が、人間になったことで、当然のごとくバランスは崩壊する。
「わわっ——きゃあっ!」
リラの足元から世界がぐるりと回った。
が、直後に、誰かの腕がしっかりと腰を支えた。
「危ない」
「いや危ないを作ったのそっち!!」
目の前には、アゼルの顔。
普段は凛とした竜王の顔が、今は明らかに焦っている。
「すまない。計算を誤った」
「“計算を誤った”ってレベルじゃないよ!? 踊りの輪の中で変身する竜王どこにいるの!」
「ここにいる」
「即答やめて!!」
周りから、どっと笑いが起こる。
「今の見た!?」「猫からいきなり男の人になった!?」「リラお姉ちゃん、なんか抱きとめられてない!?」
子どもたちの好奇心は容赦ない。
「魔法? ねえ、今の魔法?」
「まあ、そんなところだ」
アゼルは曖昧に笑ってごまかした。
“竜王”という単語は、ここではまだ封印するらしい。
「アゼル、踊れるの?」
「理論上は可能だ」
「理論上って言い方ほど不安なものないよ……」
案の定、その不安はすぐ現実になった。
リラが半ば無理やり手を引いて輪に戻すと、アゼルは真剣な表情で他の人の動きを観察し始めた。
「右に一歩、左に一歩、回転……」
「そんな真面目な顔で踊りの分析しないで」
「リズムを……“拍”を数えれば……」
ぶつぶつ言いながらステップを踏むが、明らかにタイミングがずれている。
「せーの、右!」
「……左?」
「なんでそこで疑問形!? ほら、今回る! 回る!」
アゼルがステップを間違えるたびに、リラの足もそれに巻き込まれ、二人まとめてバランスを崩す。
「わ、また——!」
「おっと」
ドサッ。
見事に転んだ。
土の上に尻もちをついたリラ、その脇に半分巻き込まれるアゼル。
周りは笑いの渦だ。
「アゼルさん、踊り下手ー!」「すっころんだ!」「猫のときのほうが安定してた!」
「……なかなか難しいな、人間の踊りというものは」
「そんな真顔で言わないで……」
リラは笑いながら、お腹を押さえた。
こみ上げてくる笑いを止められない。
転んだ痛みより、笑いすぎて頬が痛い。
アゼルも、最初は若干不服そうな顔をしていたが、やがて観念したように口元を緩めた。
「悪くないな」
「何が?」
「こういうふうに笑われるのも」
その言い方が、妙に優しかった。
竜王としての威厳とか、世界の均衡とか。
そういうものを全部一回棚に上げて、ただの“踊りの下手な青年”として笑われる時間。
それを「悪くない」と言ってくれることが、嬉しかった。
「じゃあ、また転んでもらおうかな」
「いや、できれば次は転ばずに済ませたい」
「努力は認める」
そんな会話をしながら、二人は再び立ち上がった。
踊りの輪から一歩離れて、ランタンの光と人々の笑い声を眺める。
子どもたちがはしゃぎ、老人たちがゆっくり足を動かし、マリアが笑いながら誰かの頭をはたいている。
その全部が、夜の闇の中でぼんやりと明るく滲んでいた。
リラの胸の奥で、「ここにいたい」という気持ちが、ゆっくりと根を伸ばしていくのを感じる。
神殿の白い壁の中では、決して芽吹かなかった種類の感情だ。
(ああ……)
心の中で、そっと呟く。
(この光景、好きだな)
完璧じゃない。
足りないものだらけで、荒くて、雑で、騒がしくて。
それでも、愛おしい。
◇
祭りは、やがて緩やかに終わりを迎えた。
子どもたちは順番に親に抱きかかえられ、家へ帰っていく。
酒に弱い大人が一人、マリアに耳を引っ張られて連行されていく。
ランタンの灯りも、ひとつ、またひとつと消されていった。
「ふー……」
鍋の片付けをしながら、リラは大きく伸びをした。
さすがに疲れた。
でも、嫌な疲れではない。
全身を使って、「今日という日」をちゃんと生きた疲れだ。
「手、痛くないか」
横から、アゼルの声がした。
「大丈夫。鍋混ぜるのもだいぶ慣れてきました」
手にできた小さなマメ。
最初は「聖女の手が荒れる」なんて言われたらどうしよう、とわけのわからない不安を抱いたこともあった。
今は、その小さな傷も、ここで生きている証みたいに思える。
片付けが一段落すると、マリアが「先に寝るわよ」と言って家の中へ消えた。
「戸締まりはしときなさいねー! 変な男が家に入ってきたら困るから!」
「“変な男”って誰のこと……」
視線を横にずらす。
アゼルが、聞こえないふりをして空を見上げていた。
「絶対わかってて無視してるでしょ」
「さあ、なんのことやら」
「竜のくせに耳がいいな……」
リラは笑いながら、空を見上げた。
星が、いつもより少し近くに見える。
祭りの余韻が、まだ村全体にうっすら残っている気がした。
ふと、口が勝手に動いた。
「……今の私、ちょっと好きかも」
あまりに自然に出た言葉に、自分が一番驚く。
「お?」
アゼルが横目でこちらを見る。
「どの“今の私”だ?」
「どの、って言われると恥ずかしいんですけど……」
リラは、手に持っていた布をぎゅっと握りしめた。
「今日みたいに、ちょっと頑張って、ちょっと失敗して、ちょっと笑って。
“誰かの役に立てたかもしれないな”って、素直に思えて。
それを、“うぬぼれかも”って否定しないでいられる、今の私」
追放された元聖女。
“役立たず”と言われた存在。
その肩書きに縛られていた頃の自分とは、違う。
「ここで、こうして動いてる私を、“悪くないな”って、初めて思えた気がします」
声が少しだけ震える。
でも、それは悲しみからじゃない。
胸の奥で、何かがふっと軽くなった。
「……そうか」
アゼルの声は、嬉しそうだった。
しみじみと噛みしめるみたいな響き。
「ようやくだな」
「ようやく?」
「自分で自分を、少しでも好きだと言えたのは、初めてだろう」
「……たぶん、そうですね」
神殿にいた頃は、「頑張らなきゃ」「もっと役に立たなきゃ」が先に来ていた。
“今の自分”をどう思うかなんて、考える余裕もなかった。
「いいことだ」
アゼルは、いつになく柔らかい口調で言った。
「我は、最初から“今のお前”が好きだったが」
「ちょ、ちょっと待って今のさらっと流せない!!」
さっきまでのしんみりが、一瞬で吹き飛ぶ。
「そういうの、前置きなく言わないで!? 心臓の準備運動必要なんですけど!!」
「準備運動とは」
「なんでもいいから今の撤回して!」
「嫌だ。嘘ではないからな」
「うわあああん!!」
頭を抱えてしゃがみ込む。
アゼルの笑い声が、夜の空気に溶けた。
でも、その笑いはからかいだけじゃない。
どこか安堵と、喜びが混じっている。
「“追放された元聖女”ではなく」
アゼルが、夜空を見上げたまま言った。
「“この村に生きる一人のリラ”として、お前が自分を見られるようになったなら——」
少し間を置く。
「それは、とても良いことだ」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
自分で自分に与えた、新しい肩書き。
“この村に生きる一人のリラ”。
それは、誰かに与えられたものではない。
自分で選んで、名乗り始めた、自分だけの名前だ。
「……明日も、ちゃんと起きて、畑行って、シロ撫でて、怪我した人がいたら治して」
リラは立ち上がり、空に向かって伸びをした。
「そうやって、“ここにいたい”って思い続けられたらいいな」
「ああ」
アゼルは隣で静かに頷いた。
「我も、そう望む」
ランタンの多くは消されていたけれど、空には星が残っている。
地上には暖炉の火があり、家の中には眠る人々の気配がある。
その全部を包み込むように、夜は優しく降りていた。
追放された元聖女リラ。
その肩書きは、もう彼女の全てではない。
村の小さな祭りの夜。
彼女は確かに、“この村に生きる一人のリラ”として、一歩を踏み出したのだった。
3
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