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第11話「王都視点:失敗した召喚と崩れる結界」
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王都は、夜の帳に包まれながら、静かに狂い始めていた。
ひんやりとした大聖堂の回廊。
大理石の床は磨かれすぎて、蝋燭の揺らめきを鏡のように映している。
その光に照らされながら、レイナはふらつく足で歩いていた。
「……はぁ、っ……」
息が浅い。
胸の奥で波打つ焦燥が、呼吸を奪っていく。
リラがいなくなってから──いや、「追放した」あの日から、
神殿はひときわ慌ただしく、そして、不穏なものになった。
高位神官たちが口々に言う。
「真の大聖女が必要だ」
「レイナ様一人では足りないのだ」
「ならば“選ばれし者”を別の世界から呼ぶべきでは?」
“別世界”。
“呼ぶ”。
言葉だけ聞けば荘厳なのに、選択肢としてはあまりに危険すぎる。
「本当に……そんなことが必要なんですか……?」
レイナは震える声で問いかけた。
返ってきたのは、冷たい笑みだけ。
「必要だとも。
大聖女候補の片割れ──あのリラという子が消えた今、
貴女が一人で全てを担うのは負担が大きい」
「だからといって……儀式の成功率は低いはずでしょう!?」
「“確率”より“必要性”だ」
それが、この神殿の上層の答えだった。
──弱いから切る。
──足りないから別の存在を呼ぶ。
彼らにとって、“聖女”とは道具でしかない。
レイナは、その事実を、今までも、そして今もひたすら見て見ぬふりをしている。
(あたしが……もっとちゃんとやれば……)
その思考が、喉の奥を締めつけた。
◇
儀式当日。
大聖堂の中央に設えられた召喚陣は、黒く光っていた。
いや、“黒く光る”という時点で異常なのだ。
本来、儀式は淡い金色を帯びるはずだった。
「魔力値、許容量を越えています!」
「早く! 魔力の放出を抑えろ!」
「レイナ様! 中心へ!!」
レイナは息を呑んだ。
「私が……中心に!?」
「当然です。あなたは“大聖女”なのだから」
強引に背中を押され、陣の中央に立たされる。
眩い光の渦。
空気が震え、冷たい風が足元から巻き上がる。
(いや……これ、何かがおかしい……)
心臓が、ズキン、と痛む。
その直後──。
「──ギィィィィィィイ……」
世界そのものが悲鳴を上げたような音が、大聖堂に響き渡った。
床が割れる。
亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。
空間に黒い線が走った。
それは壁でも床でもなく、“空気そのもの”に刻まれた避けようのない傷跡。
「っ、結界が──!!」
「耐えられないっ! 魔力が逆流して──!!」
「レイナ様、下がって──!」
誰かが叫ぶ。
だが、レイナの足は動かない。
「……いや……いやだ……」
亀裂は裂け目となり、そこから“何か”が這い出してくる。
黒い腕。
赤い目。
歪んだ口。
そして──影をまとった獣の群れ。
「……っ!?」
ど、と空気が押し出される。
魔物の咆哮が大聖堂を揺らし、祭壇を粉砕する。
「うわああああっ!!」
「逃げろ!!」
「防衛結界、早く!!」
だが、結界はすでに破壊されていた。
黒い瘴気が神殿中に広がっていく。
この地に本来存在しない魔力。
異世界の残滓。
その穢れが、王都へ溢れ出した。
◇
夜。
王都は炎に包まれていた。
家屋が次々と倒れ、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
どこもかしこも、魔物が食い荒らし、暴れ、破壊し尽くしていく。
「誰か……! 誰か助けて!!」
「子どもが……! お願い、助けて……!」
「逃げろ! ここは危ない!!」
レイナは走り続けていた。
治癒魔法を放ち、浄化の光を振り絞る。
だが──。
「ぐっ……また……っ……!」
光が、弱い。
魔物に触れるたび、力を持っていかれる。
治癒を施しても、傷が完全には塞がらない。
浄化しても、瘴気の濃さが勝ってしまう。
「レイナ様、無理です! これ以上は──!」
「まだ……まだできます!!」
自分に言い聞かせるように叫び、手を伸ばす。
泣き叫ぶ子ども。
倒れた兵士。
腕を失った男。
血に染まった石畳。
「治れっ……治って……!
お願いだから……!!」
祈りは届かない。
光は薄れ、魔物は増え続ける。
そして──。
「レイナ様!! そこは危険だ!!」
振り返る暇もなかった。
黒い影が跳びかかり──。
「きゃ──っ!!」
肩に爪が食い込む。
鮮血が飛び散る。
「あ、ああ……」
視界が霞む。
痛みと絶望が混ざって、頭がぐらつく。
(どうして……)
(どうして私、こんなにも弱いの……?)
(どうして……守れないの……?)
そのとき、脳裏を、あの柔らかい光がよぎった。
──リラ。
ふっと、心臓が締めつけられる。
(リラがいれば……)
(リラの魔力があれば……)
二人で支えあっていたあの日々。
儀式の練習で一緒に倒れた夜。
笑って励まし合った記憶。
思い返せば思い返すほど、胸の奥が痛みで膨れていく。
(どうして……あの子を……)
──追放したの?
自分の浅はかさ。
嫉妬の影。
神官たちの声に縛られていた自分の弱さ。
全てが胸の中で濁った水のように渦を巻く。
「もし……もし、二人でいたなら……」
涙が頬を伝った。
「もっと……もっと多くの人を救えたのに……」
その後悔は、もはや言い訳でも抵抗でもなかった。
ただただ、膿のように溜まり続けていた“恐怖”と“罪悪感”が、
この炎の中で溢れ出していただけだ。
「リラ……リラ……ごめん……」
声は熱を帯びて震え、夜の喧噪にかき消される。
悲鳴、炎、黒い影。
王都は地獄と化し、レイナはその中心で膝をついた。
救いの光は──どこにもなかった。
けれど。
遠い村で、ランタンの灯りの下で笑う少女の姿が、レイナの脳裏に焼きついて離れなかった。
(……生きてて……ね……リラ……)
それは、負け犬の祈りだった。
追放した相手への、救済を願う祈り。
そしてその祈りこそが、彼女自身の“崩壊”の始まりでもあった。
ひんやりとした大聖堂の回廊。
大理石の床は磨かれすぎて、蝋燭の揺らめきを鏡のように映している。
その光に照らされながら、レイナはふらつく足で歩いていた。
「……はぁ、っ……」
息が浅い。
胸の奥で波打つ焦燥が、呼吸を奪っていく。
リラがいなくなってから──いや、「追放した」あの日から、
神殿はひときわ慌ただしく、そして、不穏なものになった。
高位神官たちが口々に言う。
「真の大聖女が必要だ」
「レイナ様一人では足りないのだ」
「ならば“選ばれし者”を別の世界から呼ぶべきでは?」
“別世界”。
“呼ぶ”。
言葉だけ聞けば荘厳なのに、選択肢としてはあまりに危険すぎる。
「本当に……そんなことが必要なんですか……?」
レイナは震える声で問いかけた。
返ってきたのは、冷たい笑みだけ。
「必要だとも。
大聖女候補の片割れ──あのリラという子が消えた今、
貴女が一人で全てを担うのは負担が大きい」
「だからといって……儀式の成功率は低いはずでしょう!?」
「“確率”より“必要性”だ」
それが、この神殿の上層の答えだった。
──弱いから切る。
──足りないから別の存在を呼ぶ。
彼らにとって、“聖女”とは道具でしかない。
レイナは、その事実を、今までも、そして今もひたすら見て見ぬふりをしている。
(あたしが……もっとちゃんとやれば……)
その思考が、喉の奥を締めつけた。
◇
儀式当日。
大聖堂の中央に設えられた召喚陣は、黒く光っていた。
いや、“黒く光る”という時点で異常なのだ。
本来、儀式は淡い金色を帯びるはずだった。
「魔力値、許容量を越えています!」
「早く! 魔力の放出を抑えろ!」
「レイナ様! 中心へ!!」
レイナは息を呑んだ。
「私が……中心に!?」
「当然です。あなたは“大聖女”なのだから」
強引に背中を押され、陣の中央に立たされる。
眩い光の渦。
空気が震え、冷たい風が足元から巻き上がる。
(いや……これ、何かがおかしい……)
心臓が、ズキン、と痛む。
その直後──。
「──ギィィィィィィイ……」
世界そのものが悲鳴を上げたような音が、大聖堂に響き渡った。
床が割れる。
亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。
空間に黒い線が走った。
それは壁でも床でもなく、“空気そのもの”に刻まれた避けようのない傷跡。
「っ、結界が──!!」
「耐えられないっ! 魔力が逆流して──!!」
「レイナ様、下がって──!」
誰かが叫ぶ。
だが、レイナの足は動かない。
「……いや……いやだ……」
亀裂は裂け目となり、そこから“何か”が這い出してくる。
黒い腕。
赤い目。
歪んだ口。
そして──影をまとった獣の群れ。
「……っ!?」
ど、と空気が押し出される。
魔物の咆哮が大聖堂を揺らし、祭壇を粉砕する。
「うわああああっ!!」
「逃げろ!!」
「防衛結界、早く!!」
だが、結界はすでに破壊されていた。
黒い瘴気が神殿中に広がっていく。
この地に本来存在しない魔力。
異世界の残滓。
その穢れが、王都へ溢れ出した。
◇
夜。
王都は炎に包まれていた。
家屋が次々と倒れ、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
どこもかしこも、魔物が食い荒らし、暴れ、破壊し尽くしていく。
「誰か……! 誰か助けて!!」
「子どもが……! お願い、助けて……!」
「逃げろ! ここは危ない!!」
レイナは走り続けていた。
治癒魔法を放ち、浄化の光を振り絞る。
だが──。
「ぐっ……また……っ……!」
光が、弱い。
魔物に触れるたび、力を持っていかれる。
治癒を施しても、傷が完全には塞がらない。
浄化しても、瘴気の濃さが勝ってしまう。
「レイナ様、無理です! これ以上は──!」
「まだ……まだできます!!」
自分に言い聞かせるように叫び、手を伸ばす。
泣き叫ぶ子ども。
倒れた兵士。
腕を失った男。
血に染まった石畳。
「治れっ……治って……!
お願いだから……!!」
祈りは届かない。
光は薄れ、魔物は増え続ける。
そして──。
「レイナ様!! そこは危険だ!!」
振り返る暇もなかった。
黒い影が跳びかかり──。
「きゃ──っ!!」
肩に爪が食い込む。
鮮血が飛び散る。
「あ、ああ……」
視界が霞む。
痛みと絶望が混ざって、頭がぐらつく。
(どうして……)
(どうして私、こんなにも弱いの……?)
(どうして……守れないの……?)
そのとき、脳裏を、あの柔らかい光がよぎった。
──リラ。
ふっと、心臓が締めつけられる。
(リラがいれば……)
(リラの魔力があれば……)
二人で支えあっていたあの日々。
儀式の練習で一緒に倒れた夜。
笑って励まし合った記憶。
思い返せば思い返すほど、胸の奥が痛みで膨れていく。
(どうして……あの子を……)
──追放したの?
自分の浅はかさ。
嫉妬の影。
神官たちの声に縛られていた自分の弱さ。
全てが胸の中で濁った水のように渦を巻く。
「もし……もし、二人でいたなら……」
涙が頬を伝った。
「もっと……もっと多くの人を救えたのに……」
その後悔は、もはや言い訳でも抵抗でもなかった。
ただただ、膿のように溜まり続けていた“恐怖”と“罪悪感”が、
この炎の中で溢れ出していただけだ。
「リラ……リラ……ごめん……」
声は熱を帯びて震え、夜の喧噪にかき消される。
悲鳴、炎、黒い影。
王都は地獄と化し、レイナはその中心で膝をついた。
救いの光は──どこにもなかった。
けれど。
遠い村で、ランタンの灯りの下で笑う少女の姿が、レイナの脳裏に焼きついて離れなかった。
(……生きてて……ね……リラ……)
それは、負け犬の祈りだった。
追放した相手への、救済を願う祈り。
そしてその祈りこそが、彼女自身の“崩壊”の始まりでもあった。
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