追放後に拾った猫が実は竜王で、溺愛プロポーズが止まらない

タマ マコト

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第11話「王都視点:失敗した召喚と崩れる結界」

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 王都は、夜の帳に包まれながら、静かに狂い始めていた。

 ひんやりとした大聖堂の回廊。
 大理石の床は磨かれすぎて、蝋燭の揺らめきを鏡のように映している。
 その光に照らされながら、レイナはふらつく足で歩いていた。

「……はぁ、っ……」

 息が浅い。
 胸の奥で波打つ焦燥が、呼吸を奪っていく。

 リラがいなくなってから──いや、「追放した」あの日から、
 神殿はひときわ慌ただしく、そして、不穏なものになった。

 高位神官たちが口々に言う。

「真の大聖女が必要だ」
「レイナ様一人では足りないのだ」
「ならば“選ばれし者”を別の世界から呼ぶべきでは?」

 “別世界”。
 “呼ぶ”。
 言葉だけ聞けば荘厳なのに、選択肢としてはあまりに危険すぎる。

「本当に……そんなことが必要なんですか……?」

 レイナは震える声で問いかけた。

 返ってきたのは、冷たい笑みだけ。

「必要だとも。
 大聖女候補の片割れ──あのリラという子が消えた今、
 貴女が一人で全てを担うのは負担が大きい」

「だからといって……儀式の成功率は低いはずでしょう!?」

「“確率”より“必要性”だ」

 それが、この神殿の上層の答えだった。

 ──弱いから切る。
 ──足りないから別の存在を呼ぶ。

 彼らにとって、“聖女”とは道具でしかない。
 レイナは、その事実を、今までも、そして今もひたすら見て見ぬふりをしている。

(あたしが……もっとちゃんとやれば……)

 その思考が、喉の奥を締めつけた。



 儀式当日。
 大聖堂の中央に設えられた召喚陣は、黒く光っていた。

 いや、“黒く光る”という時点で異常なのだ。
 本来、儀式は淡い金色を帯びるはずだった。

「魔力値、許容量を越えています!」
「早く! 魔力の放出を抑えろ!」

「レイナ様! 中心へ!!」

 レイナは息を呑んだ。

「私が……中心に!?」

「当然です。あなたは“大聖女”なのだから」

 強引に背中を押され、陣の中央に立たされる。
 眩い光の渦。
 空気が震え、冷たい風が足元から巻き上がる。

(いや……これ、何かがおかしい……)

 心臓が、ズキン、と痛む。

 その直後──。

「──ギィィィィィィイ……」

 世界そのものが悲鳴を上げたような音が、大聖堂に響き渡った。

 床が割れる。
 亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。
 空間に黒い線が走った。
 それは壁でも床でもなく、“空気そのもの”に刻まれた避けようのない傷跡。

「っ、結界が──!!」

「耐えられないっ! 魔力が逆流して──!!」

「レイナ様、下がって──!」

 誰かが叫ぶ。
 だが、レイナの足は動かない。

「……いや……いやだ……」

 亀裂は裂け目となり、そこから“何か”が這い出してくる。

 黒い腕。
 赤い目。
 歪んだ口。
 そして──影をまとった獣の群れ。

「……っ!?」

 ど、と空気が押し出される。
 魔物の咆哮が大聖堂を揺らし、祭壇を粉砕する。

「うわああああっ!!」
「逃げろ!!」
「防衛結界、早く!!」

 だが、結界はすでに破壊されていた。
 黒い瘴気が神殿中に広がっていく。

 この地に本来存在しない魔力。
 異世界の残滓。
 その穢れが、王都へ溢れ出した。



 夜。
 王都は炎に包まれていた。

 家屋が次々と倒れ、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
 どこもかしこも、魔物が食い荒らし、暴れ、破壊し尽くしていく。

「誰か……! 誰か助けて!!」
「子どもが……! お願い、助けて……!」

「逃げろ! ここは危ない!!」

 レイナは走り続けていた。
 治癒魔法を放ち、浄化の光を振り絞る。

 だが──。

「ぐっ……また……っ……!」

 光が、弱い。

 魔物に触れるたび、力を持っていかれる。
 治癒を施しても、傷が完全には塞がらない。
 浄化しても、瘴気の濃さが勝ってしまう。

「レイナ様、無理です! これ以上は──!」

「まだ……まだできます!!」

 自分に言い聞かせるように叫び、手を伸ばす。

 泣き叫ぶ子ども。
 倒れた兵士。
 腕を失った男。
 血に染まった石畳。

「治れっ……治って……!
 お願いだから……!!」

 祈りは届かない。
 光は薄れ、魔物は増え続ける。

 そして──。

「レイナ様!! そこは危険だ!!」

 振り返る暇もなかった。
 黒い影が跳びかかり──。

「きゃ──っ!!」

 肩に爪が食い込む。
 鮮血が飛び散る。

「あ、ああ……」

 視界が霞む。
 痛みと絶望が混ざって、頭がぐらつく。

(どうして……)

(どうして私、こんなにも弱いの……?)

(どうして……守れないの……?)

 そのとき、脳裏を、あの柔らかい光がよぎった。

──リラ。

 ふっと、心臓が締めつけられる。

(リラがいれば……)

(リラの魔力があれば……)

 二人で支えあっていたあの日々。
 儀式の練習で一緒に倒れた夜。
 笑って励まし合った記憶。

 思い返せば思い返すほど、胸の奥が痛みで膨れていく。

(どうして……あの子を……)

──追放したの?

 自分の浅はかさ。
 嫉妬の影。
 神官たちの声に縛られていた自分の弱さ。
 全てが胸の中で濁った水のように渦を巻く。

「もし……もし、二人でいたなら……」

 涙が頬を伝った。

「もっと……もっと多くの人を救えたのに……」

 その後悔は、もはや言い訳でも抵抗でもなかった。

 ただただ、膿のように溜まり続けていた“恐怖”と“罪悪感”が、
 この炎の中で溢れ出していただけだ。

「リラ……リラ……ごめん……」

 声は熱を帯びて震え、夜の喧噪にかき消される。

 悲鳴、炎、黒い影。
 王都は地獄と化し、レイナはその中心で膝をついた。

 救いの光は──どこにもなかった。

 けれど。

 遠い村で、ランタンの灯りの下で笑う少女の姿が、レイナの脳裏に焼きついて離れなかった。

(……生きてて……ね……リラ……)

 それは、負け犬の祈りだった。
 追放した相手への、救済を願う祈り。

 そしてその祈りこそが、彼女自身の“崩壊”の始まりでもあった。
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