15 / 20
第15話「大浄化と、神殿への復讐」
しおりを挟む
空を裂く風の音は、悲鳴みたいだった。
リラは竜の背にしがみつきながら、ぎゅっと目を閉じる。
指の下に触れるのは、硬くて滑らかな鱗。
冷たいはずなのに、そこからじんわりと伝わる熱が、唯一の安心だった。
(本当に、空飛んでるんだ……)
何度も心の中で繰り返して、やっと現実だと理解する。
アゼルは今、完全に“竜王”の姿をしていた。
夜空の一部を切り取って形にしたみたいな黒い巨体。
月光を飲み込むような翼。
首をめぐらせたとき、その蒼い瞳が、一度だけ背中の少女を振り返る。
『怖いか』
声は、直接頭の中に響いてきた。
「……ちょっとだけ」
『“ちょっと”で済んでいるなら上出来だ』
竜形態のわりに、声はいつものアゼルだった。
それが可笑しくて、ほんの少しだけ笑いそうになる。
でも、笑いは喉の奥で凍りついた。
視界の端に、王都が見えてきたからだ。
高い城壁。
大理石の塔。
本来なら、夜でもあちこちに灯がともり、賑やかなはずの街。
今、そのすべてが──黒い靄に覆われていた。
「……っ」
息が詰まる。
街の上に、べったりと貼りついた黒い雲。
瘴気が渦を巻き、ところどころで赤い光が瞬いている。
あれは炎か、それとも魔物の目か。
城壁の中からは、悲鳴のような、唸り声のような音が混ざって聞こえてきた。
『見るなとは言わんが、飲まれるな』
アゼルの声が、少しだけ低くなる。
『これは“お前の罪”ではない。
お前が背負うべきものは、お前自身が選んだ分だけだ』
「……うん」
胸の奥で、マリアの声が蘇る。
「全部自分で背負う必要はないんだよ」と笑っていた顔。
(全部はできない。
でも、今の私にできるだけは、ちゃんとやる)
リラは自分に言い聞かせて、背筋を伸ばした。
王都の上空を一度旋回し、それから徐々に高度を落としていく。
地上の光と闇の輪郭が、少しずつはっきりしてくる。
崩れた屋根。
倒れた塔。
街角でうずくまる人影。
そして──神殿前の広場に、渦を巻く黒い影の群れ。
『あそこだ』
アゼルが翼を傾ける。
巨大な竜の影が、靄の間を切り裂いていく。
そのたびに、瘴気が嫌そうにざわめく。
神殿前の広場の光景を見た瞬間、リラの心臓が跳ねた。
◇
神殿前の大広場は、かつてリラが知っていた場所とは、ほとんど別物になっていた。
昔は、朝になると露店が並んで、祈りに来た人々が穏やかに行き交っていた。
儀式の日には、白い花びらが舞い、鐘の音が響いていた。
今は──。
粉々に砕けた石畳。
倒れた柱。
巨大な爪痕。
そのあいだを、黒い影がのたうち回っている。
瘴気をまとった獣たち。
人の形をしているのに、顔が溶けたように歪んだ魔物。
その中に、血だらけで倒れている人間たち。
「やだ……」
思わず声が漏れた。
誰かが泣いている。
誰かが叫んでいる。
誰かが、誰かの名前を呼び続けている。
(遅かったのかな……)
胸の奥がきゅっと締めあげられる。
『遅くもない。早くもない』
アゼルの声は、冷静だ。
『“今、お前がここにいる”という事実だけを見ろ』
「……うん」
竜の巨大な影が広場の上空を覆うと、魔物たちの動きがざわついた。
耳障りな唸り声が、一斉に空をかきむしる。
『掴まっていろ』
アゼルの体が、わずかに後ろへしなった。
次の瞬間──竜王の喉から、咆哮が放たれた。
それは、音というより“圧”だった。
空気が震え、瘴気が一瞬で引き裂かれる。
乾いた空に、雷にも似た衝撃が走る。
魔物たちが、一斉に黙り込んだ。
その場にへたり込むもの。
耳を押さえるように頭を抱えるもの。
純粋な本能から来る“恐怖”に押し潰され、動けなくなっている。
人間たちもまた、その咆哮の圧に呑まれて、短い悲鳴をあげた。
だが、アゼルはしっかりと狙いを定めている。
恐怖の刃は、魔物たちにだけ深く突き刺さり、人間たちには“膝が震える”程度で済むように絞られていた。
『今だ』
「……うん!」
リラは、竜の背から軽やかに飛び降りた。
本当は軽やかなんかじゃない。
膝はがくがく震えているし、心臓は爆発しそうだし、手のひらも汗でじっとり濡れている。
それでも、足は前に出た。
崩れた石畳を踏みしめて、一歩、二歩と進む。
「リラ……!」
広場の端で、誰かが叫んだ。
レイナだった。
ボロボロのローブのまま、倒れた人々のそばで治癒の光を必死に灯している。
その光は弱く、今にもかき消されそうだ。
目が合った。
レイナの顔が、くしゃりと歪む。
何かを叫ぼうとして、言葉が喉の奥で絡まる。
リラは、一度だけ小さく頷いた。
それ以上、何も言わない。
(今は、言葉じゃなくて、やることが先)
胸の奥の泉に意識を沈める。
アゼルの魔力と触れ合う感覚を、意識して引き寄せる。
「アゼル!」
『ああ』
背後から、竜王の気配がさらに濃くなる。
巨大な竜が、広場の端に身を横たえた。
その頭を、リラの少し後ろ、まるで“護衛”の位置に下げる。
『我が核を、少し開く』
アゼルの声が、低く響く。
『お前の治癒の流れと、世界の魔力の流れを、一度だけ重ねる。
負担は大きい。だが、お前なら耐えられる』
「……信じてるよ」
リラは、両手を胸の前に組んだ。
指先が、微かに震える。
それでも目を閉じて、深く息を吸う。
胸の奥の泉が、熱さを増していく。
そこに、アゼルからの蒼い光が注ぎ込まれる。
泉は溢れ、川になる。
川は広がり、海になる。
“流れ”が変わる。
自分の中の治癒魔力が、世界の底に流れる竜の理とつながっていく。
人間としての限界を超えた深さに、足を踏み入れる感覚。
(怖い)
正直、怖い。
でも──。
(これは、私が選んだこと)
歯を食いしばる。
「……行くよ」
小さく呟き、目を開けた。
両手を前に伸ばす。
竜王の頭の上に、その片方をそっと乗せる。
鱗の下から、核の鼓動が伝わってきた。
もう片方の手を、王都へ向かって差し伸べる。
「届いて──」
願いを込める。
「全部、届いて!」
次の瞬間。
世界が、光に包まれた。
◇
それは、眩しさというより“温度”だった。
広場の上に、柔らかな蒼緑の光が、ゆっくりと広がっていく。
竜の魔力と、リラの治癒が混ざり合って生まれた光。
それはまるで、冷え切った世界に一気に春を流し込むような、優しくて、でも揺るぎない波だった。
負傷者の傷口に触れた光が、ゆっくりと染み込んでいく。
破れた皮膚が再び繋がり、砕けた骨が元の形に組み上がる。
焼けただれた肌が、少しずつ滑らかさを取り戻す。
「え……」
「痛く……ない……?」
人々の口から、驚きの声が漏れる。
ただの治癒ではない。
肉体だけではなく、瘴気に蝕まれかけていた“内側”まで、光がすくい取っていく。
黒い靄が触れた場所の冷たさが、じんわりと消えていく。
肺の奥に残っていた重さが、ふっと軽くなる。
魔物たちの近くでは、光は別の形をとっていた。
瘴気そのものを、内側から溶かす光。
黒いもやが、煙のようにふわりと浮かび上がり、風に吹かれて消えていく。
瘴気を失った魔物の体は、ゆっくりと崩れた。
もともとこの世界に居場所のなかった“異物”たちが、静かに還っていく。
街の上を覆っていた黒い雲にも、光は届いていた。
ひび割れた結界の残骸に、光が染み込む。
歪んだ魔力の流れを、少しずつ正しい場所へと誘導していく。
ガラスに入ったひびを、内側から“なかったこと”にしていくような作業。
すべてを元どおりにすることはできなくても、これ以上割れないように補修することはできる。
広場だけでなく、街中の至るところで、小さな奇跡が起きていた。
崩れかけた家の中で、挟まれていた子どもが、瓦礫の隙間から引き出される。
路地裏でうずくまっていた老人が、ゆっくりと体を起こす。
神殿の階段で倒れていた兵士が、震える手で立ち上がる。
誰かが泣いた。
誰かが笑った。
誰かが、ただ呆然と空を見上げた。
そこには──竜の影と、両手を広げたひとりの少女の姿。
神殿の高窓から、その光景を見下ろしている者たちがいた。
◇
崩れかけた神殿の礼拝堂。
壁の一部は落ち、ステンドグラスは割れ、女神像の腕には大きなひびが入っている。
そこに、高位神官たちが集まっていた。
「この光……」
「まさか……」
窓から差し込む蒼緑の光が、老神官の皺だらけの顔を照らす。
その光に触れた瞬間、痛みで曲がっていた腰がほんの少しだけ伸びた。
「竜の……魔力?」
「いや、人の……治癒……?」
相反するはずの二つの要素が、ひとつの波になって押し寄せてくる。
誰かが、呟いた。
「リラ……」
その名が、礼拝堂の中に落ちる。
追放記録に、ひどく軽く書き記された名前。
「基準以下」「補欠」「辺境に解放」。
その存在が今、王都全体に広がる光の中心にいる。
老神官は、ゆっくりと膝をついた。
おそらく、生涯で初めて、自分の意思で“誰かに跪いた”のかもしれない。
「……我々は」
震える声が漏れる。
「何を、してきたのだ……」
女神像のひび割れた腕に、光が触れる。
まるで“そんなこと、最初から知られていた”かのように、ひびの一部が静かに塞がっていく。
それは、女神からの赦しではない。
リラ自身の、“世界への手当て”だ。
赦すかどうかを決めるのは、女神でも神殿でもない。
彼女自身の、選択。
◇
広場の中央。
光がゆっくりと弱まり、やがて完全に消えたとき、リラはその場に膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……」
呼吸が荒い。
全身が、骨の芯まで重たい。
魔力を使いすぎたとき特有の、頭の奥がジンジンとしびれる感覚。
でも──。
見上げた先には、さっきまでの地獄ではない光景が広がっていた。
倒れていた人々が、互いに手を取り合って立ち上がっている。
泣きながら抱き合う親子。
安堵のあまりその場に座り込む兵士。
呆然とした顔で自分の体を撫でる人々。
「……間に合った、のかな」
自分に問いかけるように呟く。
『十分以上だ』
アゼルの巨体が、ゆっくりと人の姿へと縮んでいった。
光が収まると、そこにはいつもの青年が立っている。
少し息を切らしながらも、彼は穏やかに笑った。
『よく耐えたな』
「……疲れた……」
『知っている』
アゼルはリラの肩に手を置き、その魔力で少しだけ体力を補う。
完全には回復しないが、立ち上がる分には十分だ。
リラはゆっくりと立ち上がり、広場の向こう──神殿の階段へと視線を向けた。
階段の中腹に、レイナが立っていた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、リラを見下ろしている。
その後ろには、高位神官たち。
先ほどまで絶望と恐怖で固まっていた人々と同じように、彼らもまた、今、“どうすればいいかわからない顔”をしていた。
リラは、ゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩。
階段の下まで辿り着いたところで立ち止まり、顔を上げる。
「……リラ」
先に口を開いたのは、レイナだった。
声は震えている。
それでも、その瞳はまっすぐにリラを捉えていた。
「ありがとう……」
それは、神殿のための「礼」ではなかった。
救われた人々のための、ただの“ひとりの人間”としての感謝の言葉。
「あなたがいなかったら……本当に、終わってた」
「うん」
リラは短く頷いた。
謙遜しなかった。
「そんなことない」も言わなかった。
自分がやったことを、自分で否定する気はもうなかった。
レイナは、震える手を胸の前で握りしめた。
「……お願いが、あるの」
その言葉に、高位神官たちの視線が集中する。
誰も声を挟めない。
「戻ってきて」
レイナの声が、広場に落ちた。
静寂。
「この神殿に。
わたしと一緒に……もう一度、ここを立て直してほしい」
その願いは、あまりにも素直すぎた。
「わたし一人では、もう無理なの。
女神の名前を出しても、誰も素直には信じてくれない。
神殿は、“人を救う場所”ではなく、“間違いと欲の象徴”になりかけてる」
レイナは、涙を拭いもせず続ける。
「だから、あなたの力と、あなたの優しさが、どうしても必要で。
あなたの、“ここには戻りたくない”って気持ちを無視してるってわかってても……
それでも、“一緒にやり直してほしい”って、言いたいの」
その言葉は、きれいごとじゃない。
自分の浅ましさも、弱さも、全部さらけ出した上での願いだ。
だからこそ──。
「ごめんなさい」
リラは、はっきりと言った。
広場の空気が、わずかに揺れる。
「戻らない」
レイナの目が、大きく見開かれる。
「……そっか」
すぐに、理解したように、彼女は小さく笑った。
そこに怒りも恨みもない。
ただ、受け入れようとする痛みの色だけ。
リラは、胸の奥から湧き上がる言葉を、ひとつひとつ丁寧に並べていく。
「ここは、私を“いらない”って切り捨てた場所だから」
さっきまでの大浄化の余韻とはまったく違う種類の静けさが、広場を包んだ。
「“基準以下”って言われて、“補欠として置いてやってる”って笑われて。
最後は、“真の大聖女は一人でいい”って、都合よく切り捨てられて」
階段の上の高位神官たちが、小さく身じろぎする。
誰も反論しない。できない。
「そうやって追い出した場所に、今さら“戻ってこい”って言われても──」
リラは、一度だけ目を閉じて、すぐに開いた。
「戻らない」
今度は、少し強く。
「私、自分で居場所を見つけたの。
私を“役に立つから置いてやる”んじゃなくて、“一緒にいてくれてありがとう”って言ってくれる人たちのところに」
マリアの顔。
村の子どもたちの笑顔。
「アンタの人生なんだから」と言ってくれた声。
「私の魔法を、“数字”じゃなくて、“あったかいね”って言ってくれる人たち」
リラは、胸に手を当てた。
「そこが、私の帰る場所だから。
私はそこに、帰る」
レイナは、唇を噛んだ。
悔しさでも、怒りでもない。
ただ、自分が過去に選んだ行動の結果を、真正面から突きつけられた痛み。
「……うん」
しばらくして、レイナは小さく笑った。
「そう、だよね」
その笑顔は泣き笑いで、ひどく不器用で、でもどこかで救われたような表情だった。
「“戻ってきてくれないかもしれない”って、わかってて言ったんだ。
それでも、“言わなかったら後悔する”って思ったから」
「それは、たぶん正解です」
リラは、素直にそう返した。
「レイナ様が、自分の気持ちをちゃんと言ったの、きっと初めてだから」
「ずるいなあ……」
レイナは自嘲気味に笑い、両手で顔を覆った。
「やっぱり、あなたには敵わないや」
「敵わないのは私も同じです」
ひとつ、笑い合う。
高位神官たちは、もう完全に言葉を失っていた。
自分たちが口を挟む余地は、微塵もない。
沈黙を破ったのは、アゼルだった。
「ひとつ、勘違いを正しておく」
低く、しかしよく通る声で言う。
蒼い瞳が、高位神官たちを冷ややかに見据える。
「“恩を受けていた”のは──お前たちの方だ」
その一言で、空気の温度が下がった気がした。
「リラは、お前たちに救われていたわけではない。
お前たちの方が、一方的に彼女の優しさと力に寄りかかっていただけだ」
老神官の喉が、ごくりと鳴る。
「“居場所を与えてやっていた”つもりかもしれないが、
実際には、彼女の力で維持されていたものが、いくつもある」
アゼルは、神殿の建物を一瞥した。
「結界の補強。
日々の小さな治癒。
儀式のたびに、お前たちが見落としていた歪み」
「……な、にを……」
「竜王の目は、人間の愚かさに鈍くはない」
静かな怒りが、言葉の奥に潜んでいる。
「それを、“基準以下”と切り捨て、“いらない”と言い放ったのは──お前たちだ」
高位神官たちは、誰一人顔を上げられなかった。
その姿は、威厳ある“神殿の頂点”ではない。
ただ、自分の愚かさと向き合わされている、一人の人間の群れだ。
「今、リラがお前たちの街を救ったのは、
“神殿のため”でも、“王家のため”でも、“自分を追放した者のため”でもない」
アゼルは、リラの横に立ち、その肩を軽く抱いた。
「“ここにも、救いたい誰かがいると知っていたからだ”」
人々の中から、小さな嗚咽が聞こえた。
広場にいた避難民たちの中には、リラがかつて治した人々もいる。
その顔を見て、リラは静かに微笑んだ。
「リラは、お前たちにはもう恩義はない。
あるのは、“この街の人たちへの情”だけだ」
アゼルの声が、最後に冷たく締める。
「その情に甘え続けるか、
それとも自分たちで立ち上がるのか。
選ぶのは、お前たちだ」
誰も、言い返せなかった。
◇
やがて、王都の空の黒い靄は、かなり薄くなっていた。
全部が元どおりになったわけじゃない。
傷も、ひびも、確かに残っている。
死んだ人は帰らないし、失ったものも戻らない。
それでも──。
街は、“終わり”ではなく、“続き”に立っていた。
「……じゃあ、帰ります」
広場の真ん中で、リラはそう宣言した。
レイナは、涙で潤んだ目で頷き、深く頭を下げる。
「本当に……ありがとう」
「こちらこそ、“ちゃんと謝ってくれてありがとう”です」
それ以上、余計な言葉は交わさない。
リラは踵を返し、アゼルと並んで歩き始めた。
「村に戻るのか」
アゼルが問う。
「うん。みんなお腹空かせて待ってる気がする」
「マリアが“晩飯冷めるよ”と怒るかもしれんな」
「それはちょっと怖いから急いで帰ろう」
二人の会話は、ひどく日常だった。
竜王は再びその姿を変え、大きな翼を広げる。
リラはその背に乗り、もう一度だけ王都を見下ろした。
黒い靄はほとんど消え、代わりにまだ頼りないけれど確かな灯りが、あちこちでちらちらと揺れている。
(さよなら)
心の中で、小さく言った。
(“私をいらなかった神殿”)
(“私を見てくれなかった王都”)
そして、もう一つ。
(ありがとう)
かつて自分が傷ついた場所に、いま小さな感謝を向ける。
(ここで傷ついたから、私はちゃんと“自分の居場所”を選べた)
竜の大きな翼が、空を打つ。
王都が遠ざかり、村の方向へと風が流れ始める。
リラは振り返らなかった。
彼女の目は、もう、“帰るべき場所”しか見ていなかった。
リラは竜の背にしがみつきながら、ぎゅっと目を閉じる。
指の下に触れるのは、硬くて滑らかな鱗。
冷たいはずなのに、そこからじんわりと伝わる熱が、唯一の安心だった。
(本当に、空飛んでるんだ……)
何度も心の中で繰り返して、やっと現実だと理解する。
アゼルは今、完全に“竜王”の姿をしていた。
夜空の一部を切り取って形にしたみたいな黒い巨体。
月光を飲み込むような翼。
首をめぐらせたとき、その蒼い瞳が、一度だけ背中の少女を振り返る。
『怖いか』
声は、直接頭の中に響いてきた。
「……ちょっとだけ」
『“ちょっと”で済んでいるなら上出来だ』
竜形態のわりに、声はいつものアゼルだった。
それが可笑しくて、ほんの少しだけ笑いそうになる。
でも、笑いは喉の奥で凍りついた。
視界の端に、王都が見えてきたからだ。
高い城壁。
大理石の塔。
本来なら、夜でもあちこちに灯がともり、賑やかなはずの街。
今、そのすべてが──黒い靄に覆われていた。
「……っ」
息が詰まる。
街の上に、べったりと貼りついた黒い雲。
瘴気が渦を巻き、ところどころで赤い光が瞬いている。
あれは炎か、それとも魔物の目か。
城壁の中からは、悲鳴のような、唸り声のような音が混ざって聞こえてきた。
『見るなとは言わんが、飲まれるな』
アゼルの声が、少しだけ低くなる。
『これは“お前の罪”ではない。
お前が背負うべきものは、お前自身が選んだ分だけだ』
「……うん」
胸の奥で、マリアの声が蘇る。
「全部自分で背負う必要はないんだよ」と笑っていた顔。
(全部はできない。
でも、今の私にできるだけは、ちゃんとやる)
リラは自分に言い聞かせて、背筋を伸ばした。
王都の上空を一度旋回し、それから徐々に高度を落としていく。
地上の光と闇の輪郭が、少しずつはっきりしてくる。
崩れた屋根。
倒れた塔。
街角でうずくまる人影。
そして──神殿前の広場に、渦を巻く黒い影の群れ。
『あそこだ』
アゼルが翼を傾ける。
巨大な竜の影が、靄の間を切り裂いていく。
そのたびに、瘴気が嫌そうにざわめく。
神殿前の広場の光景を見た瞬間、リラの心臓が跳ねた。
◇
神殿前の大広場は、かつてリラが知っていた場所とは、ほとんど別物になっていた。
昔は、朝になると露店が並んで、祈りに来た人々が穏やかに行き交っていた。
儀式の日には、白い花びらが舞い、鐘の音が響いていた。
今は──。
粉々に砕けた石畳。
倒れた柱。
巨大な爪痕。
そのあいだを、黒い影がのたうち回っている。
瘴気をまとった獣たち。
人の形をしているのに、顔が溶けたように歪んだ魔物。
その中に、血だらけで倒れている人間たち。
「やだ……」
思わず声が漏れた。
誰かが泣いている。
誰かが叫んでいる。
誰かが、誰かの名前を呼び続けている。
(遅かったのかな……)
胸の奥がきゅっと締めあげられる。
『遅くもない。早くもない』
アゼルの声は、冷静だ。
『“今、お前がここにいる”という事実だけを見ろ』
「……うん」
竜の巨大な影が広場の上空を覆うと、魔物たちの動きがざわついた。
耳障りな唸り声が、一斉に空をかきむしる。
『掴まっていろ』
アゼルの体が、わずかに後ろへしなった。
次の瞬間──竜王の喉から、咆哮が放たれた。
それは、音というより“圧”だった。
空気が震え、瘴気が一瞬で引き裂かれる。
乾いた空に、雷にも似た衝撃が走る。
魔物たちが、一斉に黙り込んだ。
その場にへたり込むもの。
耳を押さえるように頭を抱えるもの。
純粋な本能から来る“恐怖”に押し潰され、動けなくなっている。
人間たちもまた、その咆哮の圧に呑まれて、短い悲鳴をあげた。
だが、アゼルはしっかりと狙いを定めている。
恐怖の刃は、魔物たちにだけ深く突き刺さり、人間たちには“膝が震える”程度で済むように絞られていた。
『今だ』
「……うん!」
リラは、竜の背から軽やかに飛び降りた。
本当は軽やかなんかじゃない。
膝はがくがく震えているし、心臓は爆発しそうだし、手のひらも汗でじっとり濡れている。
それでも、足は前に出た。
崩れた石畳を踏みしめて、一歩、二歩と進む。
「リラ……!」
広場の端で、誰かが叫んだ。
レイナだった。
ボロボロのローブのまま、倒れた人々のそばで治癒の光を必死に灯している。
その光は弱く、今にもかき消されそうだ。
目が合った。
レイナの顔が、くしゃりと歪む。
何かを叫ぼうとして、言葉が喉の奥で絡まる。
リラは、一度だけ小さく頷いた。
それ以上、何も言わない。
(今は、言葉じゃなくて、やることが先)
胸の奥の泉に意識を沈める。
アゼルの魔力と触れ合う感覚を、意識して引き寄せる。
「アゼル!」
『ああ』
背後から、竜王の気配がさらに濃くなる。
巨大な竜が、広場の端に身を横たえた。
その頭を、リラの少し後ろ、まるで“護衛”の位置に下げる。
『我が核を、少し開く』
アゼルの声が、低く響く。
『お前の治癒の流れと、世界の魔力の流れを、一度だけ重ねる。
負担は大きい。だが、お前なら耐えられる』
「……信じてるよ」
リラは、両手を胸の前に組んだ。
指先が、微かに震える。
それでも目を閉じて、深く息を吸う。
胸の奥の泉が、熱さを増していく。
そこに、アゼルからの蒼い光が注ぎ込まれる。
泉は溢れ、川になる。
川は広がり、海になる。
“流れ”が変わる。
自分の中の治癒魔力が、世界の底に流れる竜の理とつながっていく。
人間としての限界を超えた深さに、足を踏み入れる感覚。
(怖い)
正直、怖い。
でも──。
(これは、私が選んだこと)
歯を食いしばる。
「……行くよ」
小さく呟き、目を開けた。
両手を前に伸ばす。
竜王の頭の上に、その片方をそっと乗せる。
鱗の下から、核の鼓動が伝わってきた。
もう片方の手を、王都へ向かって差し伸べる。
「届いて──」
願いを込める。
「全部、届いて!」
次の瞬間。
世界が、光に包まれた。
◇
それは、眩しさというより“温度”だった。
広場の上に、柔らかな蒼緑の光が、ゆっくりと広がっていく。
竜の魔力と、リラの治癒が混ざり合って生まれた光。
それはまるで、冷え切った世界に一気に春を流し込むような、優しくて、でも揺るぎない波だった。
負傷者の傷口に触れた光が、ゆっくりと染み込んでいく。
破れた皮膚が再び繋がり、砕けた骨が元の形に組み上がる。
焼けただれた肌が、少しずつ滑らかさを取り戻す。
「え……」
「痛く……ない……?」
人々の口から、驚きの声が漏れる。
ただの治癒ではない。
肉体だけではなく、瘴気に蝕まれかけていた“内側”まで、光がすくい取っていく。
黒い靄が触れた場所の冷たさが、じんわりと消えていく。
肺の奥に残っていた重さが、ふっと軽くなる。
魔物たちの近くでは、光は別の形をとっていた。
瘴気そのものを、内側から溶かす光。
黒いもやが、煙のようにふわりと浮かび上がり、風に吹かれて消えていく。
瘴気を失った魔物の体は、ゆっくりと崩れた。
もともとこの世界に居場所のなかった“異物”たちが、静かに還っていく。
街の上を覆っていた黒い雲にも、光は届いていた。
ひび割れた結界の残骸に、光が染み込む。
歪んだ魔力の流れを、少しずつ正しい場所へと誘導していく。
ガラスに入ったひびを、内側から“なかったこと”にしていくような作業。
すべてを元どおりにすることはできなくても、これ以上割れないように補修することはできる。
広場だけでなく、街中の至るところで、小さな奇跡が起きていた。
崩れかけた家の中で、挟まれていた子どもが、瓦礫の隙間から引き出される。
路地裏でうずくまっていた老人が、ゆっくりと体を起こす。
神殿の階段で倒れていた兵士が、震える手で立ち上がる。
誰かが泣いた。
誰かが笑った。
誰かが、ただ呆然と空を見上げた。
そこには──竜の影と、両手を広げたひとりの少女の姿。
神殿の高窓から、その光景を見下ろしている者たちがいた。
◇
崩れかけた神殿の礼拝堂。
壁の一部は落ち、ステンドグラスは割れ、女神像の腕には大きなひびが入っている。
そこに、高位神官たちが集まっていた。
「この光……」
「まさか……」
窓から差し込む蒼緑の光が、老神官の皺だらけの顔を照らす。
その光に触れた瞬間、痛みで曲がっていた腰がほんの少しだけ伸びた。
「竜の……魔力?」
「いや、人の……治癒……?」
相反するはずの二つの要素が、ひとつの波になって押し寄せてくる。
誰かが、呟いた。
「リラ……」
その名が、礼拝堂の中に落ちる。
追放記録に、ひどく軽く書き記された名前。
「基準以下」「補欠」「辺境に解放」。
その存在が今、王都全体に広がる光の中心にいる。
老神官は、ゆっくりと膝をついた。
おそらく、生涯で初めて、自分の意思で“誰かに跪いた”のかもしれない。
「……我々は」
震える声が漏れる。
「何を、してきたのだ……」
女神像のひび割れた腕に、光が触れる。
まるで“そんなこと、最初から知られていた”かのように、ひびの一部が静かに塞がっていく。
それは、女神からの赦しではない。
リラ自身の、“世界への手当て”だ。
赦すかどうかを決めるのは、女神でも神殿でもない。
彼女自身の、選択。
◇
広場の中央。
光がゆっくりと弱まり、やがて完全に消えたとき、リラはその場に膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……」
呼吸が荒い。
全身が、骨の芯まで重たい。
魔力を使いすぎたとき特有の、頭の奥がジンジンとしびれる感覚。
でも──。
見上げた先には、さっきまでの地獄ではない光景が広がっていた。
倒れていた人々が、互いに手を取り合って立ち上がっている。
泣きながら抱き合う親子。
安堵のあまりその場に座り込む兵士。
呆然とした顔で自分の体を撫でる人々。
「……間に合った、のかな」
自分に問いかけるように呟く。
『十分以上だ』
アゼルの巨体が、ゆっくりと人の姿へと縮んでいった。
光が収まると、そこにはいつもの青年が立っている。
少し息を切らしながらも、彼は穏やかに笑った。
『よく耐えたな』
「……疲れた……」
『知っている』
アゼルはリラの肩に手を置き、その魔力で少しだけ体力を補う。
完全には回復しないが、立ち上がる分には十分だ。
リラはゆっくりと立ち上がり、広場の向こう──神殿の階段へと視線を向けた。
階段の中腹に、レイナが立っていた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、リラを見下ろしている。
その後ろには、高位神官たち。
先ほどまで絶望と恐怖で固まっていた人々と同じように、彼らもまた、今、“どうすればいいかわからない顔”をしていた。
リラは、ゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩。
階段の下まで辿り着いたところで立ち止まり、顔を上げる。
「……リラ」
先に口を開いたのは、レイナだった。
声は震えている。
それでも、その瞳はまっすぐにリラを捉えていた。
「ありがとう……」
それは、神殿のための「礼」ではなかった。
救われた人々のための、ただの“ひとりの人間”としての感謝の言葉。
「あなたがいなかったら……本当に、終わってた」
「うん」
リラは短く頷いた。
謙遜しなかった。
「そんなことない」も言わなかった。
自分がやったことを、自分で否定する気はもうなかった。
レイナは、震える手を胸の前で握りしめた。
「……お願いが、あるの」
その言葉に、高位神官たちの視線が集中する。
誰も声を挟めない。
「戻ってきて」
レイナの声が、広場に落ちた。
静寂。
「この神殿に。
わたしと一緒に……もう一度、ここを立て直してほしい」
その願いは、あまりにも素直すぎた。
「わたし一人では、もう無理なの。
女神の名前を出しても、誰も素直には信じてくれない。
神殿は、“人を救う場所”ではなく、“間違いと欲の象徴”になりかけてる」
レイナは、涙を拭いもせず続ける。
「だから、あなたの力と、あなたの優しさが、どうしても必要で。
あなたの、“ここには戻りたくない”って気持ちを無視してるってわかってても……
それでも、“一緒にやり直してほしい”って、言いたいの」
その言葉は、きれいごとじゃない。
自分の浅ましさも、弱さも、全部さらけ出した上での願いだ。
だからこそ──。
「ごめんなさい」
リラは、はっきりと言った。
広場の空気が、わずかに揺れる。
「戻らない」
レイナの目が、大きく見開かれる。
「……そっか」
すぐに、理解したように、彼女は小さく笑った。
そこに怒りも恨みもない。
ただ、受け入れようとする痛みの色だけ。
リラは、胸の奥から湧き上がる言葉を、ひとつひとつ丁寧に並べていく。
「ここは、私を“いらない”って切り捨てた場所だから」
さっきまでの大浄化の余韻とはまったく違う種類の静けさが、広場を包んだ。
「“基準以下”って言われて、“補欠として置いてやってる”って笑われて。
最後は、“真の大聖女は一人でいい”って、都合よく切り捨てられて」
階段の上の高位神官たちが、小さく身じろぎする。
誰も反論しない。できない。
「そうやって追い出した場所に、今さら“戻ってこい”って言われても──」
リラは、一度だけ目を閉じて、すぐに開いた。
「戻らない」
今度は、少し強く。
「私、自分で居場所を見つけたの。
私を“役に立つから置いてやる”んじゃなくて、“一緒にいてくれてありがとう”って言ってくれる人たちのところに」
マリアの顔。
村の子どもたちの笑顔。
「アンタの人生なんだから」と言ってくれた声。
「私の魔法を、“数字”じゃなくて、“あったかいね”って言ってくれる人たち」
リラは、胸に手を当てた。
「そこが、私の帰る場所だから。
私はそこに、帰る」
レイナは、唇を噛んだ。
悔しさでも、怒りでもない。
ただ、自分が過去に選んだ行動の結果を、真正面から突きつけられた痛み。
「……うん」
しばらくして、レイナは小さく笑った。
「そう、だよね」
その笑顔は泣き笑いで、ひどく不器用で、でもどこかで救われたような表情だった。
「“戻ってきてくれないかもしれない”って、わかってて言ったんだ。
それでも、“言わなかったら後悔する”って思ったから」
「それは、たぶん正解です」
リラは、素直にそう返した。
「レイナ様が、自分の気持ちをちゃんと言ったの、きっと初めてだから」
「ずるいなあ……」
レイナは自嘲気味に笑い、両手で顔を覆った。
「やっぱり、あなたには敵わないや」
「敵わないのは私も同じです」
ひとつ、笑い合う。
高位神官たちは、もう完全に言葉を失っていた。
自分たちが口を挟む余地は、微塵もない。
沈黙を破ったのは、アゼルだった。
「ひとつ、勘違いを正しておく」
低く、しかしよく通る声で言う。
蒼い瞳が、高位神官たちを冷ややかに見据える。
「“恩を受けていた”のは──お前たちの方だ」
その一言で、空気の温度が下がった気がした。
「リラは、お前たちに救われていたわけではない。
お前たちの方が、一方的に彼女の優しさと力に寄りかかっていただけだ」
老神官の喉が、ごくりと鳴る。
「“居場所を与えてやっていた”つもりかもしれないが、
実際には、彼女の力で維持されていたものが、いくつもある」
アゼルは、神殿の建物を一瞥した。
「結界の補強。
日々の小さな治癒。
儀式のたびに、お前たちが見落としていた歪み」
「……な、にを……」
「竜王の目は、人間の愚かさに鈍くはない」
静かな怒りが、言葉の奥に潜んでいる。
「それを、“基準以下”と切り捨て、“いらない”と言い放ったのは──お前たちだ」
高位神官たちは、誰一人顔を上げられなかった。
その姿は、威厳ある“神殿の頂点”ではない。
ただ、自分の愚かさと向き合わされている、一人の人間の群れだ。
「今、リラがお前たちの街を救ったのは、
“神殿のため”でも、“王家のため”でも、“自分を追放した者のため”でもない」
アゼルは、リラの横に立ち、その肩を軽く抱いた。
「“ここにも、救いたい誰かがいると知っていたからだ”」
人々の中から、小さな嗚咽が聞こえた。
広場にいた避難民たちの中には、リラがかつて治した人々もいる。
その顔を見て、リラは静かに微笑んだ。
「リラは、お前たちにはもう恩義はない。
あるのは、“この街の人たちへの情”だけだ」
アゼルの声が、最後に冷たく締める。
「その情に甘え続けるか、
それとも自分たちで立ち上がるのか。
選ぶのは、お前たちだ」
誰も、言い返せなかった。
◇
やがて、王都の空の黒い靄は、かなり薄くなっていた。
全部が元どおりになったわけじゃない。
傷も、ひびも、確かに残っている。
死んだ人は帰らないし、失ったものも戻らない。
それでも──。
街は、“終わり”ではなく、“続き”に立っていた。
「……じゃあ、帰ります」
広場の真ん中で、リラはそう宣言した。
レイナは、涙で潤んだ目で頷き、深く頭を下げる。
「本当に……ありがとう」
「こちらこそ、“ちゃんと謝ってくれてありがとう”です」
それ以上、余計な言葉は交わさない。
リラは踵を返し、アゼルと並んで歩き始めた。
「村に戻るのか」
アゼルが問う。
「うん。みんなお腹空かせて待ってる気がする」
「マリアが“晩飯冷めるよ”と怒るかもしれんな」
「それはちょっと怖いから急いで帰ろう」
二人の会話は、ひどく日常だった。
竜王は再びその姿を変え、大きな翼を広げる。
リラはその背に乗り、もう一度だけ王都を見下ろした。
黒い靄はほとんど消え、代わりにまだ頼りないけれど確かな灯りが、あちこちでちらちらと揺れている。
(さよなら)
心の中で、小さく言った。
(“私をいらなかった神殿”)
(“私を見てくれなかった王都”)
そして、もう一つ。
(ありがとう)
かつて自分が傷ついた場所に、いま小さな感謝を向ける。
(ここで傷ついたから、私はちゃんと“自分の居場所”を選べた)
竜の大きな翼が、空を打つ。
王都が遠ざかり、村の方向へと風が流れ始める。
リラは振り返らなかった。
彼女の目は、もう、“帰るべき場所”しか見ていなかった。
3
あなたにおすすめの小説
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
『婚約破棄された瞬間、前世の記憶が戻ってここが「推し」のいる世界だと気づきました。恋愛はもう結構ですので、推しに全力で貢ぎます。
放浪人
恋愛
「エリザベート、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーで突きつけられた婚約破棄。その瞬間、公爵令嬢エリザベートは前世の記憶を取り戻した。 ここは前世で廃課金するほど愛したソシャゲの世界。 そして、会場の隅で誰にも相手にされず佇む第三王子レオンハルトは、不遇な設定のせいで装備が買えず、序盤で死亡確定の「最愛の推し」だった!?
「恋愛? 復縁? そんなものはどうでもいいですわ。私がしたいのは、推しの生存ルートを確保するための『推し活(物理)』だけ!」
エリザベートは元婚約者から慰謝料を容赦なく毟り取り、現代知識でコスメ事業を立ち上げ、莫大な富を築く。 全ては、薄幸の推しに国宝級の最強装備を貢ぐため!
「殿下、新しい聖剣です。使い捨ててください」 「待て、これは国家予算レベルだぞ!?」
自称・ATMの悪役令嬢×不遇の隠れ最強王子。 圧倒的な「財力」と「愛」で死亡フラグをねじ伏せ、無能な元婚約者たちをざまぁしながら国を救う、爽快異世界マネー・ラブファンタジー!
「貴方の命も人生も、私が全て買い取らせていただきます!」
役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く
腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」
――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。
癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。
居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。
しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。
小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる