追放後に拾った猫が実は竜王で、溺愛プロポーズが止まらない

タマ マコト

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第19話「試練と、竜王の伴侶としての覚悟」

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 森のさらに奥──村人たちでもめったに足を踏み入れない、獣道の先。

 そこに、“世界の傷口”みたいなものが開いていた。

 木々が円を描くように倒れ、土はえぐれ、中心には黒い穴。
 穴と言っても、ただの空洞じゃない。
 濃すぎる瘴気が渦を巻き、空間そのものを削り取っているみたいな、底なしの闇。

「……うわ。写真とかで見たくないタイプのやつだ……」

 場違いな感想が口をついて出る。

 ここまで来る間も、空気はどんどん重くなっていた。
 森の匂いは薄れ、代わりに、金属を焼いたような焦げた匂いと、甘ったるい腐敗の匂いが混じり合う。

 立っているだけで、足首から冷たい何かが這い上がってくる。
 息をするたび、肺の内側がじりじりと痺れる。

「ここが……魔力の乱れの根源?」

『ああ』

 隣で、アゼルが短く答える。

 彼は人の姿のまま、渦をじっと見つめていた。
 蒼い瞳の奥で、竜の本能と理が測りをかけているのがわかる。

『王都の結界が崩れたときに開いた“穴”の一部だろうな。
 閉じ切れなかった裂け目から、余波がここまで滲み出ている』

「……このままだと?」

『じわじわと広がる。
 村どころか、周辺一帯が“瘴気優位の土地”に書き換わる』

 前回の魔物騒ぎは、その“前兆”にすぎないのだろう。
 ここが完全に飲まれたら、ああいう異形が“普通”になる。

 喉の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

(嫌だ)

 単純な言葉。
 でも、その一語に、自分の中のいろんな映像が芋づる式にくっついてくる。

 夕方の畑。
 子どもたちの笑い声。
 マリアの「まずい」とか言いながらおかわりする姿。

 その全部が、黒い渦の向こう側でぐちゃぐちゃに潰されるイメージ。

「……絶対に、ここで止める」

 小さく宣言する。

 その瞬間──空気がきしんだ。

 頭上から、別種の圧が降りてくる。

 アゼルのそれとも、瘴気のそれとも違う。
 古い山の重み。
 深い海の底の静けさ。
 そんなイメージが混ざり合った気配。

(……あ、これ)

 リラはすぐに察した。

「竜族の長老たち?」

『その通りだ』

 アゼルが少しだけ眉をひそめる。

『“遠隔で介入”してきたな。
 さっきの評議で、“要観察”と記録したばかりだからな。
 ここで我らが何をするか、見ておきたいのだろう』

 森の上空──木々の隙間から見える空が、わずかに歪んだ。

 光でも影でもない揺らぎ。
 そこに、巨大な竜たちの“輪郭”が、薄く重なる。

 姿は曖昧だが、視線だけははっきりと伝わってくる。
 冷静で、好奇心に満ちていて、少し意地悪。

「完全に“テストされてる”感じだ……」

『そうだな』

 グレイオルの声が、空から降ってきた。

「アゼル。
 今度は“辺境の小村のために世界を危うくする”真似はしないだろうな」

『皮肉が好きだなお前は』

「皮肉ではない」

 別の、銀髪の竜の声が重なる。

「ここでお前が、“世界の均衡とやら”をどう扱うか──
 見せてみろ」

 試しにきている。
 それはもう、隠す気もないくらい、あからさまだ。

(……ほんと、竜族の長老って性格悪い)

 そう思いながらも、リラは一歩前に出た。

「……ねえ、アゼル」

『なんだ』

「これってさ。
 “世界を守るために、この辺りの何かを捨てる”って選択肢、普通にあるんだよね」

『ある』

 アゼルは淡々と認める。

『この瘴気の渦を“強制的に破壊する”方法はいくつかある。
 だが、多くは周囲の魔力ごと削り取るやり方だ。
 森も、土も、そこに棲んでいる命も──まとめて“代償”になる』

「あと、“完全に封印して閉じる”ってやり方もある?」

『ああ。
 その場合、この辺りの魔力の流れは“死ぬ”。
 世界の傷口を縫い合わせる代わりに、その部分は“麻痺した皮膚”みたいになる』

 壊すか、閉じるか。

 どちらも、“世界全体”だけを見るなら正しいかもしれない。
 けれど、その場に生きている誰かにとっては──。

「……誰かを切り捨てる前提の選択なんて、したくない」

 リラは、ぽつりと呟いた。

 昔の自分なら、「そういうものなんだ」と飲み込んでいたと思う。

 神殿で。
 「儀式のため」「女神のため」「王都のため」と言われれば、
 自分の感情なんて二の次三の次にして、ただ頷いていた。

 でも、その先にあったのは──追放だった。

(あのとき、“それおかしくないですか?”って言えなかったの、ずっと後悔してる)

 だから今度は。
 世界とか、竜族とか、評価とか。
 そういうものの前で萎縮したくなかった。

 グレイオルの声が、上から降ってくる。

「人間の女」

「はい」

「お前は、竜王の伴侶としてここにいる。
 “世界の均衡”の一端に、意識的に触れる立場だ」

 言葉のひとつひとつが、骨に響く重さで飛んでくる。

「そのうえで、“誰も切り捨てない選択”など──
 おとぎ話だと思わぬか」

「思います」

 即答だった。

 長老たちの気配が、一瞬だけ揺れる。

(だって、現実だもん)

 どんなに頑張っても救えない人はいる。
 どんなに手を伸ばしても届かない場所はある。

「……でも、“切り捨てる前提”で考え始めるのは、もっと嫌です」

 リラは、黒い渦を睨んだ。

「“誰を代わりに差し出すか”って考えた瞬間、多分私、昔の神官たちと同じ顔になるから」

 あの冷たい測定器。
 「基準以下」と表示された数字。
 「儀式のために」と笑っていた口元。

「だから、まずは“誰も切り捨てない前提”で考えます。
 それで本当にどうしようもなかったら、そのときにまた悩みます」

 グレイオルは、何も言わなかった。

 代わりに、アゼルが小さく笑う。

『面倒な女だな』

「面倒な女ですけど?」

『そこが良い』

「そういうことさらっと言わないで、集中できなくなるから!」

 ツッコミながらも、頭の中では別の歯車が動いている。

 瘴気の渦。
 魔力の流れ。
 王都の結界。
 竜族の領域で見た、魔力の“海”。

(……待って)

 胸の奥で、何かがひっかかった。

 竜族の領域。
 あそこには、魔力が集まり、渦を巻き、循環していた。

 渦は怖い。
 でも、あれは“管理された渦”だった。
 竜たちが、世界と話し合いながら流れを調整していた。

(瘴気って、そもそも何なんだろう)

 “悪いもの”として教えられてきた。
 “浄化すべき汚れ”。
 でも、本当にそれだけ?

「アゼル、瘴気ってさ」

『なんだ急に』

「元は、魔力だよね?」

『ああ。
 世界の魔力が歪み、淀み、偏り、行き場を失って粘りついたものが瘴気だ』

「行き場を、失った」

 その言葉が、ひどく胸に刺さった。

(居場所、なくした魔力なんだ)

 行き場を失って、腐って、周りを巻き込んで、暴れ出す。
 それは──なんだか、救われなかった誰かの心みたいでもある。

「だったらさ」

 言葉が、ふいに形を取った。

「全部、“消す”んじゃなくて──
 “元の流れに戻してあげる”ことって、できない?」

 浄化は、“汚れを無かったことにする”魔法だ。
 封印は、“触れないように蓋をする”魔法。

 でも──“循環”させる魔法があったっていい。

『理屈のうえでは、可能だ』

 アゼルはすぐに否定しなかった。

『瘴気を構成する魔力の性質を一つずつほどき、
 元の世界の流れに合うように組み替えればよい』

「やり方は?」

『面倒だし、誰もやりたがらない』

「正直すぎない?」

『浄化で焼き払う方が楽なのだ。
 封印で閉じる方が早いのだ』

「……だよね」

 効率だけ見れば、その通りなのだろう。
 でも、楽だからって、そればかり選んできた結果が──今のこの渦だ。

(誰も、ちゃんと話聞いてもらえなかった魔力たちの、溜まり場)

 勝手な擬人化かもしれない。
 けど、そう思うと少しだけ、黒い渦への見え方が変わった。

(全部燃やして終わり、は、やっぱり嫌だ)

 深く息を吸う。

「アゼル」

『なんだ』

「背中、預けていい?」

 振り向くと、彼は少しだけ目を細めて頷いた。

『もちろんだ』

 世界の均衡の竜王が、自分の全てを預けるような顔で言う。

『お前が選んだ道に、我が力を貸す』

 その宣言は、ひどく静かで、それでいて雷みたいに胸を打った。

(選ぶのは、私)

 それを今度こそ、怖がりながらも受け取る。

「じゃあ──」

 リラは瘴気の渦の方へ向き直った。

 足元が少しふらついた。
 体は疲れている。それでも前に出る足を止めたくなかった。

 胸の奥の泉に意識を落とす。
 王都での浄化のときに感じた、竜の魔力との“接続”を思い出す。

 あのときは、とにかく広げて、癒すことに必死だった。
 今度は、もっと細かく、ひとつひとつほどいていく。

「……瘴気の渦の“流れ”って、視える?」

『見せてやろう』

 アゼルが、そっとリラの肩に手を置いた。

 次の瞬間、視界の端に、別のレイヤーが重なる。

 黒い渦の中に、線が走っていた。

 ぐちゃぐちゃに絡まった糸玉。
 いくつもの色の糸が、途中でねじれ、結ばれ、ちぎれ、再接続されている。

 どれがどこから来て、どこへ行きたがっていたのか。
 それが、竜王の視界越しに、うっすらと見える。

(うわぁ……)

 あまりの複雑さに、めまいがした。

「これ、ぜんぶ解くの?」

『全部は無理だ。
 だが、“出口を作る”ことはできる』

「出口」

『瘴気の渦に、新しい穴を開ける。
 そこから、ほどけた魔力を外へ流してやることができれば──
 渦そのものの密度は落ちる』

 ほどく。
 流す。
 戻す。

 イメージが、少しずつ頭の中で立体になっていく。

「……私の治癒ってさ」

『ああ』

「“元に戻れ”って言う魔法なんだよね」

 傷ついた皮膚に。
 砕けた骨に。
 熱で暴れる血に。

 「本来の形、覚えてるでしょ? そこに戻って」って、優しく促す。

「だったら、“世界の魔力”に向けてだって、同じこと言えるんじゃない?」

 “世界の魔力の、本来の流れ”。
 竜たちが、長い時間をかけて見てきた“理”。
 アゼルがいつも感じている流れ。

 そこに、私の“治ってほしい”気持ちを重ねる。

『理屈としては──できなくはない』

 アゼルは慎重に言葉を選んだ。

『世界そのものを治癒の対象にするつもりか。
 人間なら、“傲慢”と言われるやつだ』

「知ってる。
 でも、今さらでしょ。竜王の伴侶なんだし」

『自覚してきたな』

「させられたんだよ……」

 王都で“世界レベルの肩書き”を勝手に貼られたときの胃痛を思い出しながら、苦笑する。

 深く息を吸う。

 胸の奥の泉に、アゼルの蒼い光を引き込む。
 竜の理と相性の良い、自分の治癒の光を、そこに合わせていく。

 今までは“誰かの体”という器に流していたものを──
 今度は、“世界の傷口”に流し込む。

「……いくよ」

 両手を、黒い渦に向かって差し出した。

 瘴気の風が、皮膚を切るように吹きつけてくる。
 指先が痺れる。
 それでも下ろさない。

 頭の中で、たくさんの声が混ざり合う。

 “この村が好きだ”という自分の声。
 “ここを守りたい”という村人たちの気配。
 “世界の均衡を見たい”という竜たちの視線。

 全部ごちゃ混ぜのまま、ただ一つだけ、言葉にする。

「返って」

 小さく、でもはっきりと。

「壊すんじゃなくて、返って。
 本来の流れに戻って。
 本来の場所に、帰って」

 呪文でも、古い言葉でもない。
 ただの、自分の言葉。

 それに、竜の魔力が反応した。

 光が走る。

 蒼緑の光が、黒い渦の内側へ入り込んでいく。
 今までの浄化の光とは違う。
 “消す”のではなく、“ほどく”。

 絡まった糸の結び目に指をかけ、丁寧にほどいていくみたいに。
 無理やり引きちぎるのではなく、“元の一本一本”に戻していく。

 ほどかれた魔力の糸は、一瞬ふわりと宙に浮かんで──
 アゼルの導きで、“世界の大きな流れ”へと合流していく。

 まるで、長いこと迷子になっていた子どもたちが、
 ようやく家への道を思い出したみたいに。

 瘴気の渦が、少しずつ色を変えていった。

 真っ黒だった中心が、濃い紫に。
 それが、青黒くなり、やがて、薄い灰色へ。

 密度が下がる。
 圧力が弱まる。

 周囲を満たしていた重さが、ゆっくりとどこかへ流れていく。

「っ……」

 リラの膝が、がくんと折れた。

 アゼルがすぐに支える。

『無理はするなと言っただろう』

「これは……無理のうちに入らない」

『入る』

「入るのか……」

 頭がガンガンする。
 視界の端がちらちらと光っている。

 それでも、渦が変わっていく様子から目を離したくなかった。

 グレイオルの声が、上から響く。

「……魔力を、“浄化”ではなく、“循環”させた、か」

 驚きと、わずかな感嘆が混じった声。

「世界からは今まで、“壊す”か“閉じる”かしか選ばれてこなかった力の扱い方に、
 第三の道を示すとはな」

 銀髪の竜が、低く唸る。

「理屈としては理解できる。
 だが、それを現実にやってみせた竜も人間も、聞いたことがない」

「“面倒くさそうだからやられなかった”だけじゃないですか?」

 膝をつきながら、リラはぜえぜえ言いつつ返した。

「効率悪いし、時間かかるし、神官的には“数字に出ない”し」

「神官的、とはなんだ」

「こっちの話です」

 軽口を叩いていないと、意識が飛びそうだった。

 黒い渦は、今や、ただの“魔力の薄い霧”になりつつあった。
 本来の流れに戻ることができなかった分だけの残滓が、
 名残惜しそうに漂っている。

 アゼルが、人差し指でそれをなぞった。

『これくらいなら──』

 指先から、ささやかな光が広がる。
 霧は最後の抵抗をやめ、世界の底へ静かに沈んでいった。

 完璧な“消失”でも、“封印”でもない。
 ただ、“帰るべき場所への帰還”。

 森に、静寂が戻ってきた。

 さっきまで皮膚を刺していた冷たさが、ゆっくりと引いていく。
 木々のざわめきが、少しずつ音量を取り戻す。

 リラは、その場に座り込んだ。

「……やりきった……」

『よくやった』

 アゼルが、そっと頭を撫でる。

 上空からの圧が、少しだけ和らいだ。

 白髪の竜女の声が、どこか遠くから聞こえてくる。

「……黙らされた気分だな」

 銀髪の竜も、苦笑混じりに言う。

「“要観察”どころか、“要教本”かもしれん」

「勝手に教本にしないでください。印税ください」

「印税とは?」

「こっちの世界の話です」

 グレイオルが、最後にひとつだけ問いを投げた。

「人間の女、リラよ」

「はい」

「お前は今、“世界の均衡”に直接触れた。
 そのうえで──まだ、“守りたい場所”とやらを優先すると言えるか?」

 世界規模の話をしているのに、質問はひどく個人的だ。

 リラは、迷わなかった。

「言えます」

 息を整えながら、きっぱりと答えた。

「世界の均衡って、“どこかの誰かの犠牲の上に成り立つバランス”じゃなくて、
 “それぞれの小さな“守りたい”が噛み合った結果”であってほしいから」

 村。
 王都。
 竜族の領域。
 自分の胸の中。

 それぞれの“守りたい”が、ばらばらにある。

「だから私は、これからも、“ここを守りたい”って気持ちを無視しないで選びます。
 その選択が世界にどう波及するかは──アゼルと一緒に考えます」

 アゼルが、横で小さく頷く。

『それでこそ、竜王の伴侶だ』

 長老たちは、しばし沈黙した。

 やがて、グレイオルが短く告げる。

「……よかろう」

 その声には、さっきまでとは明らかに違う温度があった。

「我らは記録する。
 “竜王アゼルと、その伴侶リラは、世界から求められてきた“壊す”と“閉じる”の二択に、
 “循環させる”という第三の道を提示した”と」

 銀髪の竜が、ふっと笑う。

「“愚かで、しかし愛おしい選択”だ」

 白髪の竜女も続ける。

「その愚かさが、世界を少しだけ優しくすることも、あるのだろう」

 アゼルが、穏やかに笑った。

『その言い回し、嫌いではない』

 竜たちの気配が、少しずつ薄れていく。
 遠くの空へ、霧のように散っていく。

 最後にグレイオルの声だけが残った。

「人間の女よ」

「はい」

「“選び続ける覚悟”を持て」

「……はい」

「それができるなら──
 お前が竜王の隣にいることを、“世界の理”として認めよう」

 認定。
 テストの合格通知みたいな言葉。

 全然実感は湧かないけど、それでもどこかで、肩の荷が少しだけ軽くなった気がした。

 気配が完全に消えると、森には、ただ風の音だけが残った。



 村に戻る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。

「遅い!!」

 村の入口でマリアが腕を組んで待ち構えていた。

「死んでないならそれでいいけど、晩ごはん前に帰ってきなさいっていつも言ってるでしょ!」

「世界の循環直してました!」

「口答えの内容がスケールおかしいんだよ!!」

 頭を小突かれながらも、リラは笑っていた。

 体はぐったり。
 魔力の残量もギリギリ。
 でも、胸の奥は、不思議なくらい静かだ。

 怖かった。
 今でも、“あんな力に手を突っ込んで大丈夫だったのかな”って震えそうになる。

 でも、それ以上に。

(選んだのは、私だ)

 誰かに言われたからじゃなくて。
 誰かの期待に応えるためでもなくて。

 自分の頭で考えて、
 自分の心で悩んで、
 自分の口で決めた。

 その選択に、竜王が力を貸してくれた。
 竜族の長老たちが、世界が、それを“記録するに値する”と認めた。

 やっと、心の底から言える。

(“竜王の伴侶”って、
 ただの重たい肩書きじゃないや)

 “隣に立つ覚悟”の名前だ。

「アゼル」

『なんだ』

「これからも、多分めちゃくちゃ迷うし、ぐだぐだ悩むと思う」

『知っている』

「でも、“誰かを切り捨てる前提”の選択だけは、しないでいたい」

『それも知っている』

「だからさ──」

 夕焼けに照らされた村を見ながら、リラは小さく微笑んだ。

「めんどくさい伴侶だけど、よろしくね」

 アゼルは、珍しくすぐには返事をしなかった。

 少しだけ間を置いてから、静かに言う。

『こちらこそ。
 世界ごと巻き込む“めんどくささ”であれば、歓迎だ』

「世界ごと巻き込んでる自覚、あるんだ……」

『今さらだろう』

 二人の笑い声が、村のいつものざわめきに溶けていった。

 “試練”と呼ばれた一件のあと。

 リラの中には、新しく芽生えたものが確かにあった。

 それは、竜王の伴侶としての──
 そして、“この小さな村のリラ”としての──
 覚悟だった。
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