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第5章
午前中、ルートグーヴァはフィンと行動を共にする。午後になるとルートグーヴァはフィンから離れ、自分の研究をする名目で研究所を歩く。所内は白い廊下に同じドアが並んでいるので、気を抜くとどこにいるかわからなくなりそうだ。毎日使う玄関、フィンの研究室、カフェテリア付近の構造は把握したが、未知の領域が多い。
研究員が退室して廊下の角を曲がるのを見届け、ルートグーヴァは飼育室へ入った。室内は生暖かく、磯の匂いがした。
「誰? 人間じゃない?」
「なになに? なんなの?」
潮が満ちるように会話が始まる。鳴き声ではない。カリカリ、コンコン、と硬い音だ。スチールの棚に十数基並んだ水槽はすべて、シオマネキの棲み処だった。
「私はグルグラーケン族のルートグーヴァだ。王国の結界を成す宝玉が陸に持ち去られたので、調査をしている。この研究所のどこかに宝玉がある可能性が高いが、誰か知らないか」
ルートグーヴァが声をかけると、ざわめきが大きくなった。「クラーケンだって」「どうして人間の格好なの」とシオマネキたちはハサミを鳴らして囁き交わす。コツン、と響きの違う音がして室内が静かになった。一際大きなシオマネキが立派なハサミを振り上げている。
「なんだか強い力は感じたけど、それだけ。何も見てないし、聞いてない。みんなそうだろ」
彼の問いかけに、飼育室中から「知らない」「わからない」と声が上がる。
「では、何か知っていそうな者の心当たりは」
「ないよ。僕たちはここで生まれてずっとここにいる。たまに連れていかれる奴もいるけど、戻ってこない。外に何があるか、誰も知らない」
動物たちは基本的に飼育室からは出られないようだ。戻ってこないとすれば、生きてはいないだろう。
「人間が宝玉について話しているのを聞いていないか」
「ないよ」
「わかった。ありがとう」
ルートグーヴァは廊下に誰かいないか確かめ、素早く飼育室を出た。少なくともシオマネキの飼育室に宝玉はない。飼育室に入る人間は宝玉には関わっていないようだ。廊下で飼育されている生物がいれば目撃情報もあっただろうが、水槽どころかゴミも落ちていない。非効率だが飼育室を片っ端から回るしかなかった。次の飼育室を求め、ルートグーヴァは研究所の探索を続けた。
こうして代わり映えのしない日々が続いた。宝玉も手がかりも見つからない。片手で卵を割れるようになったのが、この数日で唯一の進展だった。
「僕はこれから水族館に行きます。ルートもいっしょに行きませんか。ミズダコが抱卵しているんです」
ランチタイムにフィンから誘いを受けた。水族館が何かは知っている。メダカからシャチまで多くの水生生物を閉じ込めている唾棄すべき場所だと、レヴィアタンが言っていた。研究所に残ればフィンが飼育している生物と話ができるだろう。行動を共にすれば、フィンと仲良くなるきっかけが見つかるかもしれない。どうすべきか。
「行きたい。連れていってくれ」
フィンとルートグーヴァはバスで水族館へ向かった。研究所のさらに北へ、バスは海沿いの道を走っていく。ルートグーヴァが運賃はいくらかと尋ね、フィンが答えただけで会話は途切れた。
バスは水族館という名の停留所で停まった。水色のアーチの向こうに、ニシンの腹のように光る銀色の建物が見えた。夏の日差しが頬を刺す。建物の反射も手伝い、四方から焼かれているようだ。フィンは正面玄関らしきガラス戸を素通りし、建物に沿って裏手に回った。
「フィン、いらっしゃい!」
ゴム長靴を履いた女性が大きなバケツを洗っていた。ホースの水を止めて歩いてくる。黒い髪を頭の高いところでひとまとめにしている。浅黒い肌に汗が浮いていた。彼女は手をぱっと開き、フィンの手をしっかり握った。
「そろそろ来ると思ってた。ミアも喜ぶよ。彼は?」
「ルートです。先生の助手で、頭足類の研究をしています」
「初めまして、ルート。私はアンナ。見ての通り、飼育員よ。よかったら大水槽のバラクーダも見ていって。かっこいいから」
アンナはフィンのときと同じように、力強くルートグーヴァの手を握った。
「初めまして、アンナ。ミアというのは?」
「フィンの恋人」
アンナはくすくすと笑った。フィンに恋人がいるという情報は得ていない。驚いて振り返ったが、フィンはルートグーヴァの横をすり抜けてアンナについていってしまった。
消毒槽で靴底を殺菌し、アンナを先頭に水族館に入る。重い水の匂いがした。湿度が高く、人間の肌ではややべたつく。様々な太さのパイプが壁を這い、通路の左側にはコンクリート製の水槽が並んでいた。どれも人間が入れるくらい大きい。脚立に乗って水槽をのぞいていた女性が手を振り、フィンが控えめに振り返した。額の広い男性と身体を横にしてすれ違う。
「やあ、フィン。久しぶりだな。こんなに恋人を放っておいたら愛想を尽かされるぞ」
やがてアンナは通路をはずれ、水槽の前に脚立を据えて登った。金網状の蓋から重石を下ろしている。
「これ、その辺に置いてくれる?」
ルートグーヴァが重石を水槽の脇に置いている間に、アンナとフィンは金網を開けた。
「ミア、彼氏が来たよ」
アンナは水槽に声をかけ、水面を叩いて脚立を下りた。今度はフィンが脚立に登る。どうやら、フィンの恋人というのは飼育員たちのジョークだったらしい。
「ルートもどうぞ。水鉄砲にはご用心」
アンナに促され、ルートグーヴァは脚立に足を登った。フィンと肩が触れる。上部のライトが水面で反射してまぶしい。水槽内の壁は均一に水色で塗られていた。作りものの岩が置かれ、底には砂が敷かれている。奥の壁だけがガラスになっているらしい。腕まくりをしたフィンが水の中に手を入れると、岩陰からあまりにも見慣れた赤褐色の腕が伸びてきた。
「抱卵しているミズダコというのは、彼女か?」
「はい。卵は擬岩の中に産みつけられています」
フィンは身を乗り出し、肘より上まで水に入れている。ミアの腕がゆっくりとフィンの腕を伝い登ってきた。
「なぜ恋人なんだ」
「フィンはミアのお気に入りなの」
フィンに代わってアンナが笑いながら答える。
「この子の水鉄砲を食らってないのはフィンだけ。ミアはフィンが大好きなんだから」
ミアは気位が高く、気に入らない相手には漏斗で水を噴きかけるらしい。ルートグーヴァは身構えたが、ミアはフィンに夢中のようだ。ミアの腕が二本に増え、やがて岩陰から頭部が見えた。金色の目がライトを受けて光る。
「ねえ、フィン。私はやっぱり卵を取り除くべきだと思う」
アンナは快活な笑みを消し、硬い声でそう言った。
「ロベルトはなんと言っていますか」
「たとえ孵化しなくても、母親から赤ん坊を引き離すのは残酷だって。じゃあ、その生まれてこない赤ん坊のために母親が死んでもいいってわけ? あ、ルート、ロベルトっていうのはこのエリアのリーダーね。なんていうか、ちょっとセンチメンタル」
ミアは単独飼育のため、卵はすべて無精卵だ。絶対に孵化しないが、ミアは他の母親と同じように懸命に世話をしているらしい。
「卵のケアに熱心すぎて餌を食べないの。見て、すごく痩せてるでしょ」
アンナを筆頭に、飼育員たちはミアが衰弱死するのではないかと心配している。同時に、急に卵を取り上げてはミアが混乱して余計に食事を拒否するかもしれないと案じている。
「ミアは、子どもが生まれるって信じてる。生まれないって教えられれば、諦めてくれるかもしれないんだけど」
アンナの言う通りミアは痩せていたが、腕の動きは正確で知性的だ。孵りもしない卵を本能のまま世話しているとは思えない。フィンは水底のミアに視線を注いでいた。時折、うなずくようにゆっくりと瞬きをする。まるでミアの声が聞こえているようだ。
ルートグーヴァは袖をまくった。水は身震いするほど冷たい。人間の姿になって、耐えられる温度の幅が格段に狭くなった。ミアの腕に触れると、吸盤に吸いつかれる。妙な感覚だ。吸いつくのには慣れているが、反対の立場は初めてだった。
「人間じゃないのね」
皮膚を通してかすかに振動があり、不鮮明な音が聞こえた。
「グルグラーケン族のルートグーヴァだ。王国の結界を成す宝玉が失われたので、探している。何か知らないか」
ルートグーヴァはフィンとアンナに聞こえないよう、あまり唇を動かさず答えた。ミアはフィンに触れていた腕を一本解いてルートグーヴァに絡めた。宝玉については知らないと言う。
「フィンが宝玉を持ち去ったようだが、こちらに運んできてはいないか」
「それはないわ。ここはそんな大事なものをしまっておくような場所じゃないの。フィンはお客さんだから、好き勝手にはできないはずだしね」
フィンはアンナに先導されて建物の中に入った。ミアの言うように、来訪者でしかないのだろう。宝玉がないとわかっただけでも、来た甲斐があった。
「ところで、君はフィンの恋人なのか」
「ここの人間はみんなそう言うわね。好きよ。人間の中では一番好き。フィンってクラゲみたいに透明だし、きれいでしょ」
フィンは特に透き通ってはいない。「きれい」とはどういう意味だろう。容姿が秀でていると言いたいのだろうか。クラーケンの美的感覚からすれば、人間はきれいとは言い難い。腕の数が少なすぎるし、短すぎる。一般的に、体が大きく腕が長いクラーケンは雌雄を問わず美しいとされる。クラーケンとタコは感覚が似ているはずだが、ミアは少し変わっているかもしれない。
「食事を摂らないそうだな。人間たちが心配しているぞ。どうして食べないんだ」
「んー、おなかがすかないから。卵があるだけでおなかがいっぱいなの」
「しかし、君の卵は」
「知ってるわ」
やはり、ミアは卵が孵らないと理解していた。
「でも、私の体から出てきたのよ。私の一部だったの。かわいくないわけないじゃない。見て。こんなにきれいなのよ」
「すまない、ここからでは見えない」
ミアが卵を産みつけたという擬岩は天井部分しか見えなかった。
「そうなの。あっち側からなら見えるから、後で見に来てよ。本当にきれいなんだから」
「あっち側?」
問うと、ミアは腕を一本伸ばして奥のガラスに触れた。
「わかった。人間たちは卵より君を案じているようだ。君は卵が孵化すると信じて必死で世話をしているから食事をしないのだと、彼らはそう考えている」
「ウソ、そんな話になってるの?」
「だから、食事はした方がいい。そうしないと、彼らは君を救おうとして卵を取り上げるかもしれない」
ミアは漏斗から大きく水を吐き出した。呆れた様子で、人間ってバカね、とつぶやく。
「教えてくれてありがと。ちゃんとご飯食べるわ」
ミアの腕が離れた。フィンに絡んでいた腕は、最後に一度労わるように手の甲を撫で、ゆっくりと水底に沈んでいく。ルートグーヴァは水槽から腕を上げた。手がかじかんでうまく動かない。腕全体がしびれ、爪が白くなっている。
「大ニュースね。ミアの恋人が増えた。フィンといい、ルートといい、研究所にはミアに水鉄砲を打たせない秘策でもあるの?」
アンナが金網を持ち上げたので、フィンと二人で脚立の上で受け取った。重石を置き、脚立を下りる。
「ミアは、食事をするつもりがある」
「どうしてそう言い切れるわけ」
アンナは疑わしそうだ。まさか、本人から聞いたとは言えない。
「私の腕をつかんだとき、ミアは少し体を持ち上げていた。口が見えるほどではなかったが、反射的な行動だと思う。かなり空腹なんだろう」
アンナは、もちろん知っているという表情でフィンに視線を送った。フィンはアンナの視線をろくに受け止めず、濡れた床に目を落としている。
「ミアは、新しい人間に興味を示しました。卵以外に意識を向ける余裕があると考えていいと思います」
「彼氏が言うならそうなのかもね。水も汚れるし刺激になるから餌は控えてるんだけど、そろそろ試してみるか」
これでミアは卵を取り上げられないだろう。フィンとルートグーヴァはアンナと別れ、通路を進んだ。飼育員たちがフィンを呼びとめ、ニュースを聞かせる。ネコザメの卵が孵化するまでの観察映像が資料室に入った。タイマイの人工授精に成功したが、孵化率が非常に低い。水槽の増設計画がある。フィンは彼らの話に聞き入り、稀に二言三言返事をした。
水族館最大の水槽は円筒形をしていた。水の音がすさまじい。近くにいた飼育員が水質と温度について大声で話すのを、フィンはじっと聞いていた。
「低層部分の……の、……では、」
「え? 何? 聞こえない! もう一回言って!」
飼水族館の飼育員は、研究所の職員とは違う。フィンを邪険にしない。フィンが会話の途中で考えこんでしまっても、同じ説明を求めても、決して嫌な顔をしない。心なしか、フィンも研究所にいるときよりリラックスしているようだ。
スタッフ専用のドアを抜けると、水や機械の音が瞬時に消えた。湿度が低い。通路は濡れておらず、パイプや配線もない。代わりに、人間がたくさんいた。小さな子どもが水槽にべったりと手をつけて魚を見ている。若い女が連れの男に魚の名前を聞いている。誰も長靴を履いていないし、バケツを持っていない。
「ミアの卵はどこに行けば見られるんだ」
「こちらです」
フィンは順路と書かれた表示と反対方向に歩いていく。すれ違う人間たちが、逆行するフィンとルートグーヴァを訝しそうに見やる。
ドアの向こう側とこちら側で、人間が変わった。ドアの向こう側の人間――飼育員たちはフィンに笑いかけ、話しかけた。彼らはフィンの仲間のようだった。
ドアのこちら側の人間は、何者かわからない。水槽をのぞき込む以外、行動に共通点が見つからない。皆笑っている。なぜ笑っているのだろう。笑顔の裏の思考が読めず、薄気味悪い。
「このまま道なりに行くと、左側にミアがいます」
フィンは用事を思い出したと言い、近くのスタッフ専用ドアを通って向こう側へ戻ってしまった。ルートグーヴァは一人、得体の知れない人間の群れに取り残された。手近な水槽をのぞいてみる。岩も海藻もサンゴも模造品だ。作りものの小さくて粗末な海。人間の勝手で作られた偽物の世界。嫌な場所だ。
大きな水槽の魚は、ルートグーヴァの存在を感じ取ってはいるが、姿はよく見えていないらしい。ガラスが厚いためか交信もできなかった。小さな水槽の魚とは不鮮明ながらなんとかやり取りができる。ルートグーヴァは魚たちに水族館について聞いてみた。理解を深めておけば、フィンと仲良くなるきっかけになるかもしれない。
「キライ」
白と赤のカエルアンコウは水族館が嫌いなようだ。理由を聞いても出たい出たいとくり返すばかりで会話にならなかった。コンゴウフグは窮屈さを理由に挙げた。
「広い水槽ならいいのか」
「そんな単純な話じゃねぇ。ここじゃ始終誰かに見張られてる。気が安まらねぇんだ」
コンゴウフグの水槽には砂だけで、身を隠せる場所はなかった。ルートグーヴァは小さなフグに心から同情した。こんなところに閉じ込められるなんて、想像だけでうんざりする。
「そりゃあ、ここは狭いけど」
イエローヘッドジョーフィッシュは巣穴に引っ込み、サンゴのかけらをくわえて出てきた。少し離れた場所にかけらを捨てる。
「ご飯もらえるし、怖いやついないし、家の掃除に集中できて快適だよ」
オトヒメエビとタツノオトシゴも水族館を気に入っているようだ。水族館が好きな生物は、そろって食事に困らず天敵に襲われないと主張した。同じ環境なのに、魚たちの意見はそれぞれに違う。何匹もの魚と会話をするうちに、ルートグーヴァは水族館という施設がわからなくなってきた。
水族館は、良いところなのだろうか。悪いところなのだろうか。
「タコの卵だって」
「へえ、あの白いの?」
人間たちが次の水槽に移り、ルートグーヴァはミアの水槽を見られるようになった。半透明の白い卵が何百と連なり、房となって擬岩の天井から垂れ下がっている。ミアは腕の先でゴミを払い、卵の間に漏斗で水を送っている。ミアが水を噴きつけるたび、小さな卵はゆらゆらと幻想的に揺れた。美しい。ミアが自慢するのもうなずける。
ガラスに触れて話しかけてみたが、ミアはルートグーヴァに気づかなかった。うっとりと卵を見上げている。卵が愛しくてたまらないらしい。たくさんの卵に囲まれた献身的な母親の光景は、完成されてはいたが幸福には見えなかった。
ふと振り返るとフィンがいた。フィンはほとんど足音をさせずにやってきて、人間の大人一人分の間を空けてルートグーヴァの隣に並んだ。
「産んだ直後は、もっとたくさんありました。少しずつ、減っています」
フィンはガラスに触れるほど水槽に近づいたが、実際には触れなかった。注意深く、ミアとの距離を測っているようだ。
「ありがとうございます」
「何がだ」
「食事をするよう、ミアを説得してくれたんでしょう」
どく、と心臓が収縮した。ミアとの会話を聞かれていたのか。正体は露見していないだろうか。
「説得などしていない。タコと会話ができるわけないだろう」
ルートグーヴァは内心の動揺を殺し、つとめて冷静にフィンの問いを否定した。
「知っています。でも、僕にはそう見えました」
ルートグーヴァは緊張を解かなかった。時折、フィンが自分の正体も目的もすべて知っているような錯覚に陥る。動悸が速くなり、意味もなく逃げ出したくなる。子どもの頃、サメに追われたときもそうだった。隠れているのが正解なのに、叫びながら全力で飛び出したい衝動に駆られた。岩の隙間で息を殺し、身体を丸めて衝動を抑えていた。
「ミアは初めから卵が孵らないと理解している。タコにはそれだけの知性がある」
「卵を愛する心も、です」
ミアはようやく二人に気づいたらしい。卵を気にかけつつもゆったりとこちらへやってきた。吸盤がひとつ、ひとつ、ガラスに吸いつく。
「ルート、ミアは幸せですか」
フィンは子どもが目についたものを片端から「あれは何か」と尋ねるように、ルートグーヴァに問いかけた。
「わからない」
ルートグーヴァは腕を組み、ミアの水槽から数歩下がった。フィンから離れたかった。ミアが出てきたので、擬岩の中の卵がいっそうよく見える。美しい。しかし、孵らない。
「ミアは、海にいれば孵る卵を産んだだろう」
「はい」
「ミアだけじゃない。ここにいる生き物は皆、海にいれば好きな場所へ泳いでいき、伴侶を見つけたはずだ」
「はい」
「代わりに、ここは安全だ。捕食者がいないし、飢えもない。望むと望まざるとに関わらず、皆、ここで生きていくしかない」
「はい」
「私には、それが幸せか不幸せかわからない」
魚たちの意見がどちらか一方に偏っていれば、受け止め方も一通りでよかった。皆が幸せだと言えば喜べばいい。皆が不幸だと言うなら悲しめばいい。水族館という場所は、幸福と不幸が折り重なって歪んでいる。息を吸っても吐いても何かが喉に引っかかる。
「ルートはやさしいんですね」
違う。判断できないだけだ。
「水族館は嫌いですか」
ルートグーヴァはまた数歩、ミアの水槽から後退した。見透かされている。逃げ出したい。
「嫌いとは言い切れないが……苦手だ」
フィンが気を悪くしないよう、ルートグーヴァは慎重に言葉を選んだ。
「どうしてですか」
「水族館はすべて人間の意思で造られている」
ドアを隔てて二種類の人間がいる。ドアの向こうの人間たちはフィンに近く、こちらの人間はフィンとは違う。共通しているのは、自分の意思で水族館へ来た点だ。フィンも、彼自身の意思でバスに乗って来た。人間以外の生物は、自分の意思とは無関係に連れてこられた。
「魚たちが何を考え何を望んでいるかは、考慮されない。そういうものだとわかってはいるんだが、どう言えばいいか」
腑に落ちない。納得できない。エゴイスティック。否定的な言葉ばかりが浮かぶ。
「そうだな、百パーセント人間の意思が反映されているのに、こちら側の通路にいる人々が何を思っているのかわからない。そういうところが、苦手だ。彼らは何をしに来ているんだ」
文脈が不自然だ。叫びながら逃げ出したい。
「楽しいからだと思います。たぶん」
ミアの水槽に映りこんだフィンはいつもと同じ表情だった。ルートグーヴァは周囲を見回した。薄暗い通路に、水槽が等間隔に並んでいる。水槽はどれも明るく、壁はすべて水色だ。この光景の何が楽しいのか、ルートグーヴァには理解できない。理解できない生き物がぞろぞろと同じ方向に歩いていく。等間隔に立ち止まり、一様に水色の水槽をのぞき込む。気味が悪い。
「具体的に何が楽しいんだ。いや、決してつまらないという意味ではないんだが、なんというか、私は水族館を楽しいと思ったことがなくて、だから、彼らが何を楽しんでいるのか」
教えてほしいと続けようとして、ルートグーヴァは口を閉じた。こちら側の人間の目的など知りたくない。知りたいのはフィンについてだ。なぜミアが幸せか尋ねたのか。なぜルートグーヴァをやさしいと言ったのか。「たぶん」にはどんな意図があるのか。フィンが何を考えているか知りたい。知って、仲良くなって、宝玉の在処をつきとめなければならない。
「フィンは、水族館のどういうところが好きなんだ」
フィンは答えず、水槽のガラスに触れた。ミアの腕が持ち上がる。ガラスを挟んで手と腕が重なる。まるで本当の恋人のようだ。
「僕も、水族館が苦手です」
フィンが下ろした手を追って、ミアの腕がゆっくりと沈んでいく。ルートグーヴァはフィンを凝視した。
「なぜ」
呼吸と共に疑問が口をつく。ドアの向こう側にいるフィンは安らいでいるようだった。水族館はフィンにとって居心地のいい場所ではないのか。居心地がいいから、わざわざバスに乗って来たのではないのか。
「ルートは、いつも僕が答えられない質問をします。先生みたいです」
「そうだろうか」
フィンはうなずいた。
「先生は、僕が感じていることや、思っていることを、質問します。僕はいつも答えられなくて、先生は、いつもがっかりした顔をします」
以前、フィンは自分が劣っていると言った。先生の質問に上手く答えられない、とも。そのときは先生の問いが学術的に難しいのだと思ったが、どうやら違うらしい。
「フィンが考えているがっかりと、先生が実際に感じているがっかりは、種類が違うと思うが」
書斎にあった写真の中で、少年の肩を抱いた先生は穏やかに微笑んでいた。先生は優秀な助手が問いに答えられなくてもがっかりしないだろう。写真を飾るくらい大事な青年の気持ちがわからなければ、きっとがっかりするだろう。ルートグーヴァの見解に、フィンは何も言わなかった。ガラス越しにミアを見つめている。
新たな人間がやってきては、ミアの水槽を見て去っていく。ルートグーヴァとフィンの間を通り、順路に従って流れていく。長い髪が海藻のように揺れる。甲高い声が駆け抜ける。車椅子が来たので、ルートグーヴァは後ろへ下がって道を開けた。
「こちら側には、わからないことがたくさんあります」
フィンの声は小さく、注意しないと聞き逃してしまいそうだ。
「僕は、魚たちが生きているのかどうか、わからないんです」
「生きているだろう」
どの魚もえら蓋が動いている。泳いでいる。ミアはフィンに気づいて擬岩から出てきたし、ガラス越しに手を重ねもした。
「客観的には生きていると理解しています。でも、なんだか、希薄なんです。バックヤードにいるときは、どの生き物も、生きているという実感があります。一番大きな水槽は、魚の姿が見えないけれど、水槽全体が生きていると感じます」
生命力は伝播する。海の中では顕著だ。見渡す限り魚影のない砂の平原にも、身をひそめる生物の密やかな呼吸や、プランクトンの鼓動のざわめきが皮膚を通して伝わる。
「前に、僕が、死んでいる生き物とどう接していいかわからないと言ったのを、覚えていますか」
「サバの解剖をしているときだったな」
「僕には、死んだサバとこちら側から見るミアが、同じに思えるんです」
「では、どうして私にミアが幸せかと聞いたんだ。生きているかと聞かなかった理由は?」
「僕に実感がないだけで、ミアは生きているのだと推測できます。幸せかどうかは、本当にわからなかったので聞きました」
フィンは、生命を少し違った視点で見ているようだ。呼吸して動いていることと、生きていることは、フィンには別の現象らしい。
「わからない状態は、不安になります。ドアのあちら側には、不安がありません」
「なぜだ」
「それは」
フィンはしばし沈黙した。ミアが答えを持っているかのように、ガラス越しに彼女を見つめている。
「飼育員のみんなが、何を考えているかわかるから、だと思います」
様々な機材や薬品を使い、温度を管理して、適切に給餌する。飼育されている生物が健康であるように。できるだけ、幸せであるように。
「こちら側は不安か」
「はい。こちらはわからないことばかりです。ミアが生きているのかわからない。幸せなのかもわからない。でも、みんな楽しそうに笑っています」
水族館には二種類の人間がいる。フィンが理解できる人間と、理解できない人間。たった一枚のドアで区別される。フィンはドアの向こう側の人間だ。魚が陸で生きられないように、こちら側では生きられない。
「笑えないのは、僕だけです」
似ている、と思った。フィンの不安はルートグーヴァの不快感だ。なぜ笑っているのかわからないから、怖くて気味が悪い。
不思議だ。人間に共感している。彼らは海中で言われているほど、傲慢なだけでも野蛮なだけでもないのかもしれない。ルートグーヴァは人間に対する認識をまた少し修正した。
フィンに対しては、認識のすべてを白紙に戻した。フィンは興味深い。初めて会ったときには偽の手紙を読むのが遅く、頭がよくないと思ったが誤りだった。思考は整然としているし、飛び抜けた記憶力を持っている。表情が変わらないので何も感じていないように見えるが、表に出ないだけで、フィンという貝の中にきちんと収められている。死んだ生物に対する戸惑い。ミアに対する愛情。同じ種族に対する不安。フィンは濃やかな感情を持っている。
「私も笑えない」
フィンが振り返る。二人の間を、人間が笑いながら通り過ぎていく。
「僕は、僕が思っていることを、うまく、説明できたでしょうか」
ルートグーヴァは水槽の前に戻り、人間の子ども一人分の間を空けてフィンと並んだ。
「フィンのことがわかってよかった」
「僕も、ルートのことが少しわかりました。僕たちは似ているみたいです」
似ている。
ルートグーヴァが口にしなかった言葉を、フィンははっきりと音にした。見透かされていると思ったが、逃げ出したい気持ちは起こらない。フィンは人間だが、ドアのこちら側にいる得体の知れない群れとは違う。
「水族館が苦手なところが?」
「いえ、それだけではなく、もっと……根底の部分です」
「どうしてそう思うんだ」
フィンは黙って首を振った。
「客観的な根拠はありません。ルートがミアに触っているときに、僕と同じだと思ったんです」
何が同じなのか、フィンには説明できないようだ。ルートグーヴァは踏み込まなかった。
「こんな話をしたのは、ルートが初めてです」
「先生には話さないのか」
「先生は、水族館が大好きですから」
「そうだな。それは言いづらい」
「ないしょにしてくださいね」
フィンが人差し指を唇に当てる。そんな仕草をするのか、と意外に思った。
長い銀色の棒がミアの水槽に差し入れられた。先端の鉤に小魚が取りつけられている。ミアは魚を取り、吸盤を使って腕の付け根へ運んでいく。食べた、とフィンがつぶやいた。ほのかな、やさしい笑みが口元に浮かぶ。
ミアは水面に注意を向けている。どう、私ちゃんと食べたわよ? だから卵を取り上げるなんて馬鹿なこと考えないでよね、とでも言っているようだ。ミアは食事を続けるだろう。卵がすべて腐って落ちてしまうまで、懸命に世話をするのだろう。
「ミアは、生きているんですね」
「ああ、彼女は生きている」
フィンと目が合う。
「ありがとうございます」
どうしてフィンが礼を言ったのか、ルートグーヴァにはわからなかった。白い頬に水槽から漏れる薄青い光が映っている。唇にはまだかすかに笑みが残っている。ざわざわと、気分が落ち着かない。こんなときどうすればいいか、レヴィアタンは教えてくれなかった。
研究員が退室して廊下の角を曲がるのを見届け、ルートグーヴァは飼育室へ入った。室内は生暖かく、磯の匂いがした。
「誰? 人間じゃない?」
「なになに? なんなの?」
潮が満ちるように会話が始まる。鳴き声ではない。カリカリ、コンコン、と硬い音だ。スチールの棚に十数基並んだ水槽はすべて、シオマネキの棲み処だった。
「私はグルグラーケン族のルートグーヴァだ。王国の結界を成す宝玉が陸に持ち去られたので、調査をしている。この研究所のどこかに宝玉がある可能性が高いが、誰か知らないか」
ルートグーヴァが声をかけると、ざわめきが大きくなった。「クラーケンだって」「どうして人間の格好なの」とシオマネキたちはハサミを鳴らして囁き交わす。コツン、と響きの違う音がして室内が静かになった。一際大きなシオマネキが立派なハサミを振り上げている。
「なんだか強い力は感じたけど、それだけ。何も見てないし、聞いてない。みんなそうだろ」
彼の問いかけに、飼育室中から「知らない」「わからない」と声が上がる。
「では、何か知っていそうな者の心当たりは」
「ないよ。僕たちはここで生まれてずっとここにいる。たまに連れていかれる奴もいるけど、戻ってこない。外に何があるか、誰も知らない」
動物たちは基本的に飼育室からは出られないようだ。戻ってこないとすれば、生きてはいないだろう。
「人間が宝玉について話しているのを聞いていないか」
「ないよ」
「わかった。ありがとう」
ルートグーヴァは廊下に誰かいないか確かめ、素早く飼育室を出た。少なくともシオマネキの飼育室に宝玉はない。飼育室に入る人間は宝玉には関わっていないようだ。廊下で飼育されている生物がいれば目撃情報もあっただろうが、水槽どころかゴミも落ちていない。非効率だが飼育室を片っ端から回るしかなかった。次の飼育室を求め、ルートグーヴァは研究所の探索を続けた。
こうして代わり映えのしない日々が続いた。宝玉も手がかりも見つからない。片手で卵を割れるようになったのが、この数日で唯一の進展だった。
「僕はこれから水族館に行きます。ルートもいっしょに行きませんか。ミズダコが抱卵しているんです」
ランチタイムにフィンから誘いを受けた。水族館が何かは知っている。メダカからシャチまで多くの水生生物を閉じ込めている唾棄すべき場所だと、レヴィアタンが言っていた。研究所に残ればフィンが飼育している生物と話ができるだろう。行動を共にすれば、フィンと仲良くなるきっかけが見つかるかもしれない。どうすべきか。
「行きたい。連れていってくれ」
フィンとルートグーヴァはバスで水族館へ向かった。研究所のさらに北へ、バスは海沿いの道を走っていく。ルートグーヴァが運賃はいくらかと尋ね、フィンが答えただけで会話は途切れた。
バスは水族館という名の停留所で停まった。水色のアーチの向こうに、ニシンの腹のように光る銀色の建物が見えた。夏の日差しが頬を刺す。建物の反射も手伝い、四方から焼かれているようだ。フィンは正面玄関らしきガラス戸を素通りし、建物に沿って裏手に回った。
「フィン、いらっしゃい!」
ゴム長靴を履いた女性が大きなバケツを洗っていた。ホースの水を止めて歩いてくる。黒い髪を頭の高いところでひとまとめにしている。浅黒い肌に汗が浮いていた。彼女は手をぱっと開き、フィンの手をしっかり握った。
「そろそろ来ると思ってた。ミアも喜ぶよ。彼は?」
「ルートです。先生の助手で、頭足類の研究をしています」
「初めまして、ルート。私はアンナ。見ての通り、飼育員よ。よかったら大水槽のバラクーダも見ていって。かっこいいから」
アンナはフィンのときと同じように、力強くルートグーヴァの手を握った。
「初めまして、アンナ。ミアというのは?」
「フィンの恋人」
アンナはくすくすと笑った。フィンに恋人がいるという情報は得ていない。驚いて振り返ったが、フィンはルートグーヴァの横をすり抜けてアンナについていってしまった。
消毒槽で靴底を殺菌し、アンナを先頭に水族館に入る。重い水の匂いがした。湿度が高く、人間の肌ではややべたつく。様々な太さのパイプが壁を這い、通路の左側にはコンクリート製の水槽が並んでいた。どれも人間が入れるくらい大きい。脚立に乗って水槽をのぞいていた女性が手を振り、フィンが控えめに振り返した。額の広い男性と身体を横にしてすれ違う。
「やあ、フィン。久しぶりだな。こんなに恋人を放っておいたら愛想を尽かされるぞ」
やがてアンナは通路をはずれ、水槽の前に脚立を据えて登った。金網状の蓋から重石を下ろしている。
「これ、その辺に置いてくれる?」
ルートグーヴァが重石を水槽の脇に置いている間に、アンナとフィンは金網を開けた。
「ミア、彼氏が来たよ」
アンナは水槽に声をかけ、水面を叩いて脚立を下りた。今度はフィンが脚立に登る。どうやら、フィンの恋人というのは飼育員たちのジョークだったらしい。
「ルートもどうぞ。水鉄砲にはご用心」
アンナに促され、ルートグーヴァは脚立に足を登った。フィンと肩が触れる。上部のライトが水面で反射してまぶしい。水槽内の壁は均一に水色で塗られていた。作りものの岩が置かれ、底には砂が敷かれている。奥の壁だけがガラスになっているらしい。腕まくりをしたフィンが水の中に手を入れると、岩陰からあまりにも見慣れた赤褐色の腕が伸びてきた。
「抱卵しているミズダコというのは、彼女か?」
「はい。卵は擬岩の中に産みつけられています」
フィンは身を乗り出し、肘より上まで水に入れている。ミアの腕がゆっくりとフィンの腕を伝い登ってきた。
「なぜ恋人なんだ」
「フィンはミアのお気に入りなの」
フィンに代わってアンナが笑いながら答える。
「この子の水鉄砲を食らってないのはフィンだけ。ミアはフィンが大好きなんだから」
ミアは気位が高く、気に入らない相手には漏斗で水を噴きかけるらしい。ルートグーヴァは身構えたが、ミアはフィンに夢中のようだ。ミアの腕が二本に増え、やがて岩陰から頭部が見えた。金色の目がライトを受けて光る。
「ねえ、フィン。私はやっぱり卵を取り除くべきだと思う」
アンナは快活な笑みを消し、硬い声でそう言った。
「ロベルトはなんと言っていますか」
「たとえ孵化しなくても、母親から赤ん坊を引き離すのは残酷だって。じゃあ、その生まれてこない赤ん坊のために母親が死んでもいいってわけ? あ、ルート、ロベルトっていうのはこのエリアのリーダーね。なんていうか、ちょっとセンチメンタル」
ミアは単独飼育のため、卵はすべて無精卵だ。絶対に孵化しないが、ミアは他の母親と同じように懸命に世話をしているらしい。
「卵のケアに熱心すぎて餌を食べないの。見て、すごく痩せてるでしょ」
アンナを筆頭に、飼育員たちはミアが衰弱死するのではないかと心配している。同時に、急に卵を取り上げてはミアが混乱して余計に食事を拒否するかもしれないと案じている。
「ミアは、子どもが生まれるって信じてる。生まれないって教えられれば、諦めてくれるかもしれないんだけど」
アンナの言う通りミアは痩せていたが、腕の動きは正確で知性的だ。孵りもしない卵を本能のまま世話しているとは思えない。フィンは水底のミアに視線を注いでいた。時折、うなずくようにゆっくりと瞬きをする。まるでミアの声が聞こえているようだ。
ルートグーヴァは袖をまくった。水は身震いするほど冷たい。人間の姿になって、耐えられる温度の幅が格段に狭くなった。ミアの腕に触れると、吸盤に吸いつかれる。妙な感覚だ。吸いつくのには慣れているが、反対の立場は初めてだった。
「人間じゃないのね」
皮膚を通してかすかに振動があり、不鮮明な音が聞こえた。
「グルグラーケン族のルートグーヴァだ。王国の結界を成す宝玉が失われたので、探している。何か知らないか」
ルートグーヴァはフィンとアンナに聞こえないよう、あまり唇を動かさず答えた。ミアはフィンに触れていた腕を一本解いてルートグーヴァに絡めた。宝玉については知らないと言う。
「フィンが宝玉を持ち去ったようだが、こちらに運んできてはいないか」
「それはないわ。ここはそんな大事なものをしまっておくような場所じゃないの。フィンはお客さんだから、好き勝手にはできないはずだしね」
フィンはアンナに先導されて建物の中に入った。ミアの言うように、来訪者でしかないのだろう。宝玉がないとわかっただけでも、来た甲斐があった。
「ところで、君はフィンの恋人なのか」
「ここの人間はみんなそう言うわね。好きよ。人間の中では一番好き。フィンってクラゲみたいに透明だし、きれいでしょ」
フィンは特に透き通ってはいない。「きれい」とはどういう意味だろう。容姿が秀でていると言いたいのだろうか。クラーケンの美的感覚からすれば、人間はきれいとは言い難い。腕の数が少なすぎるし、短すぎる。一般的に、体が大きく腕が長いクラーケンは雌雄を問わず美しいとされる。クラーケンとタコは感覚が似ているはずだが、ミアは少し変わっているかもしれない。
「食事を摂らないそうだな。人間たちが心配しているぞ。どうして食べないんだ」
「んー、おなかがすかないから。卵があるだけでおなかがいっぱいなの」
「しかし、君の卵は」
「知ってるわ」
やはり、ミアは卵が孵らないと理解していた。
「でも、私の体から出てきたのよ。私の一部だったの。かわいくないわけないじゃない。見て。こんなにきれいなのよ」
「すまない、ここからでは見えない」
ミアが卵を産みつけたという擬岩は天井部分しか見えなかった。
「そうなの。あっち側からなら見えるから、後で見に来てよ。本当にきれいなんだから」
「あっち側?」
問うと、ミアは腕を一本伸ばして奥のガラスに触れた。
「わかった。人間たちは卵より君を案じているようだ。君は卵が孵化すると信じて必死で世話をしているから食事をしないのだと、彼らはそう考えている」
「ウソ、そんな話になってるの?」
「だから、食事はした方がいい。そうしないと、彼らは君を救おうとして卵を取り上げるかもしれない」
ミアは漏斗から大きく水を吐き出した。呆れた様子で、人間ってバカね、とつぶやく。
「教えてくれてありがと。ちゃんとご飯食べるわ」
ミアの腕が離れた。フィンに絡んでいた腕は、最後に一度労わるように手の甲を撫で、ゆっくりと水底に沈んでいく。ルートグーヴァは水槽から腕を上げた。手がかじかんでうまく動かない。腕全体がしびれ、爪が白くなっている。
「大ニュースね。ミアの恋人が増えた。フィンといい、ルートといい、研究所にはミアに水鉄砲を打たせない秘策でもあるの?」
アンナが金網を持ち上げたので、フィンと二人で脚立の上で受け取った。重石を置き、脚立を下りる。
「ミアは、食事をするつもりがある」
「どうしてそう言い切れるわけ」
アンナは疑わしそうだ。まさか、本人から聞いたとは言えない。
「私の腕をつかんだとき、ミアは少し体を持ち上げていた。口が見えるほどではなかったが、反射的な行動だと思う。かなり空腹なんだろう」
アンナは、もちろん知っているという表情でフィンに視線を送った。フィンはアンナの視線をろくに受け止めず、濡れた床に目を落としている。
「ミアは、新しい人間に興味を示しました。卵以外に意識を向ける余裕があると考えていいと思います」
「彼氏が言うならそうなのかもね。水も汚れるし刺激になるから餌は控えてるんだけど、そろそろ試してみるか」
これでミアは卵を取り上げられないだろう。フィンとルートグーヴァはアンナと別れ、通路を進んだ。飼育員たちがフィンを呼びとめ、ニュースを聞かせる。ネコザメの卵が孵化するまでの観察映像が資料室に入った。タイマイの人工授精に成功したが、孵化率が非常に低い。水槽の増設計画がある。フィンは彼らの話に聞き入り、稀に二言三言返事をした。
水族館最大の水槽は円筒形をしていた。水の音がすさまじい。近くにいた飼育員が水質と温度について大声で話すのを、フィンはじっと聞いていた。
「低層部分の……の、……では、」
「え? 何? 聞こえない! もう一回言って!」
飼水族館の飼育員は、研究所の職員とは違う。フィンを邪険にしない。フィンが会話の途中で考えこんでしまっても、同じ説明を求めても、決して嫌な顔をしない。心なしか、フィンも研究所にいるときよりリラックスしているようだ。
スタッフ専用のドアを抜けると、水や機械の音が瞬時に消えた。湿度が低い。通路は濡れておらず、パイプや配線もない。代わりに、人間がたくさんいた。小さな子どもが水槽にべったりと手をつけて魚を見ている。若い女が連れの男に魚の名前を聞いている。誰も長靴を履いていないし、バケツを持っていない。
「ミアの卵はどこに行けば見られるんだ」
「こちらです」
フィンは順路と書かれた表示と反対方向に歩いていく。すれ違う人間たちが、逆行するフィンとルートグーヴァを訝しそうに見やる。
ドアの向こう側とこちら側で、人間が変わった。ドアの向こう側の人間――飼育員たちはフィンに笑いかけ、話しかけた。彼らはフィンの仲間のようだった。
ドアのこちら側の人間は、何者かわからない。水槽をのぞき込む以外、行動に共通点が見つからない。皆笑っている。なぜ笑っているのだろう。笑顔の裏の思考が読めず、薄気味悪い。
「このまま道なりに行くと、左側にミアがいます」
フィンは用事を思い出したと言い、近くのスタッフ専用ドアを通って向こう側へ戻ってしまった。ルートグーヴァは一人、得体の知れない人間の群れに取り残された。手近な水槽をのぞいてみる。岩も海藻もサンゴも模造品だ。作りものの小さくて粗末な海。人間の勝手で作られた偽物の世界。嫌な場所だ。
大きな水槽の魚は、ルートグーヴァの存在を感じ取ってはいるが、姿はよく見えていないらしい。ガラスが厚いためか交信もできなかった。小さな水槽の魚とは不鮮明ながらなんとかやり取りができる。ルートグーヴァは魚たちに水族館について聞いてみた。理解を深めておけば、フィンと仲良くなるきっかけになるかもしれない。
「キライ」
白と赤のカエルアンコウは水族館が嫌いなようだ。理由を聞いても出たい出たいとくり返すばかりで会話にならなかった。コンゴウフグは窮屈さを理由に挙げた。
「広い水槽ならいいのか」
「そんな単純な話じゃねぇ。ここじゃ始終誰かに見張られてる。気が安まらねぇんだ」
コンゴウフグの水槽には砂だけで、身を隠せる場所はなかった。ルートグーヴァは小さなフグに心から同情した。こんなところに閉じ込められるなんて、想像だけでうんざりする。
「そりゃあ、ここは狭いけど」
イエローヘッドジョーフィッシュは巣穴に引っ込み、サンゴのかけらをくわえて出てきた。少し離れた場所にかけらを捨てる。
「ご飯もらえるし、怖いやついないし、家の掃除に集中できて快適だよ」
オトヒメエビとタツノオトシゴも水族館を気に入っているようだ。水族館が好きな生物は、そろって食事に困らず天敵に襲われないと主張した。同じ環境なのに、魚たちの意見はそれぞれに違う。何匹もの魚と会話をするうちに、ルートグーヴァは水族館という施設がわからなくなってきた。
水族館は、良いところなのだろうか。悪いところなのだろうか。
「タコの卵だって」
「へえ、あの白いの?」
人間たちが次の水槽に移り、ルートグーヴァはミアの水槽を見られるようになった。半透明の白い卵が何百と連なり、房となって擬岩の天井から垂れ下がっている。ミアは腕の先でゴミを払い、卵の間に漏斗で水を送っている。ミアが水を噴きつけるたび、小さな卵はゆらゆらと幻想的に揺れた。美しい。ミアが自慢するのもうなずける。
ガラスに触れて話しかけてみたが、ミアはルートグーヴァに気づかなかった。うっとりと卵を見上げている。卵が愛しくてたまらないらしい。たくさんの卵に囲まれた献身的な母親の光景は、完成されてはいたが幸福には見えなかった。
ふと振り返るとフィンがいた。フィンはほとんど足音をさせずにやってきて、人間の大人一人分の間を空けてルートグーヴァの隣に並んだ。
「産んだ直後は、もっとたくさんありました。少しずつ、減っています」
フィンはガラスに触れるほど水槽に近づいたが、実際には触れなかった。注意深く、ミアとの距離を測っているようだ。
「ありがとうございます」
「何がだ」
「食事をするよう、ミアを説得してくれたんでしょう」
どく、と心臓が収縮した。ミアとの会話を聞かれていたのか。正体は露見していないだろうか。
「説得などしていない。タコと会話ができるわけないだろう」
ルートグーヴァは内心の動揺を殺し、つとめて冷静にフィンの問いを否定した。
「知っています。でも、僕にはそう見えました」
ルートグーヴァは緊張を解かなかった。時折、フィンが自分の正体も目的もすべて知っているような錯覚に陥る。動悸が速くなり、意味もなく逃げ出したくなる。子どもの頃、サメに追われたときもそうだった。隠れているのが正解なのに、叫びながら全力で飛び出したい衝動に駆られた。岩の隙間で息を殺し、身体を丸めて衝動を抑えていた。
「ミアは初めから卵が孵らないと理解している。タコにはそれだけの知性がある」
「卵を愛する心も、です」
ミアはようやく二人に気づいたらしい。卵を気にかけつつもゆったりとこちらへやってきた。吸盤がひとつ、ひとつ、ガラスに吸いつく。
「ルート、ミアは幸せですか」
フィンは子どもが目についたものを片端から「あれは何か」と尋ねるように、ルートグーヴァに問いかけた。
「わからない」
ルートグーヴァは腕を組み、ミアの水槽から数歩下がった。フィンから離れたかった。ミアが出てきたので、擬岩の中の卵がいっそうよく見える。美しい。しかし、孵らない。
「ミアは、海にいれば孵る卵を産んだだろう」
「はい」
「ミアだけじゃない。ここにいる生き物は皆、海にいれば好きな場所へ泳いでいき、伴侶を見つけたはずだ」
「はい」
「代わりに、ここは安全だ。捕食者がいないし、飢えもない。望むと望まざるとに関わらず、皆、ここで生きていくしかない」
「はい」
「私には、それが幸せか不幸せかわからない」
魚たちの意見がどちらか一方に偏っていれば、受け止め方も一通りでよかった。皆が幸せだと言えば喜べばいい。皆が不幸だと言うなら悲しめばいい。水族館という場所は、幸福と不幸が折り重なって歪んでいる。息を吸っても吐いても何かが喉に引っかかる。
「ルートはやさしいんですね」
違う。判断できないだけだ。
「水族館は嫌いですか」
ルートグーヴァはまた数歩、ミアの水槽から後退した。見透かされている。逃げ出したい。
「嫌いとは言い切れないが……苦手だ」
フィンが気を悪くしないよう、ルートグーヴァは慎重に言葉を選んだ。
「どうしてですか」
「水族館はすべて人間の意思で造られている」
ドアを隔てて二種類の人間がいる。ドアの向こうの人間たちはフィンに近く、こちらの人間はフィンとは違う。共通しているのは、自分の意思で水族館へ来た点だ。フィンも、彼自身の意思でバスに乗って来た。人間以外の生物は、自分の意思とは無関係に連れてこられた。
「魚たちが何を考え何を望んでいるかは、考慮されない。そういうものだとわかってはいるんだが、どう言えばいいか」
腑に落ちない。納得できない。エゴイスティック。否定的な言葉ばかりが浮かぶ。
「そうだな、百パーセント人間の意思が反映されているのに、こちら側の通路にいる人々が何を思っているのかわからない。そういうところが、苦手だ。彼らは何をしに来ているんだ」
文脈が不自然だ。叫びながら逃げ出したい。
「楽しいからだと思います。たぶん」
ミアの水槽に映りこんだフィンはいつもと同じ表情だった。ルートグーヴァは周囲を見回した。薄暗い通路に、水槽が等間隔に並んでいる。水槽はどれも明るく、壁はすべて水色だ。この光景の何が楽しいのか、ルートグーヴァには理解できない。理解できない生き物がぞろぞろと同じ方向に歩いていく。等間隔に立ち止まり、一様に水色の水槽をのぞき込む。気味が悪い。
「具体的に何が楽しいんだ。いや、決してつまらないという意味ではないんだが、なんというか、私は水族館を楽しいと思ったことがなくて、だから、彼らが何を楽しんでいるのか」
教えてほしいと続けようとして、ルートグーヴァは口を閉じた。こちら側の人間の目的など知りたくない。知りたいのはフィンについてだ。なぜミアが幸せか尋ねたのか。なぜルートグーヴァをやさしいと言ったのか。「たぶん」にはどんな意図があるのか。フィンが何を考えているか知りたい。知って、仲良くなって、宝玉の在処をつきとめなければならない。
「フィンは、水族館のどういうところが好きなんだ」
フィンは答えず、水槽のガラスに触れた。ミアの腕が持ち上がる。ガラスを挟んで手と腕が重なる。まるで本当の恋人のようだ。
「僕も、水族館が苦手です」
フィンが下ろした手を追って、ミアの腕がゆっくりと沈んでいく。ルートグーヴァはフィンを凝視した。
「なぜ」
呼吸と共に疑問が口をつく。ドアの向こう側にいるフィンは安らいでいるようだった。水族館はフィンにとって居心地のいい場所ではないのか。居心地がいいから、わざわざバスに乗って来たのではないのか。
「ルートは、いつも僕が答えられない質問をします。先生みたいです」
「そうだろうか」
フィンはうなずいた。
「先生は、僕が感じていることや、思っていることを、質問します。僕はいつも答えられなくて、先生は、いつもがっかりした顔をします」
以前、フィンは自分が劣っていると言った。先生の質問に上手く答えられない、とも。そのときは先生の問いが学術的に難しいのだと思ったが、どうやら違うらしい。
「フィンが考えているがっかりと、先生が実際に感じているがっかりは、種類が違うと思うが」
書斎にあった写真の中で、少年の肩を抱いた先生は穏やかに微笑んでいた。先生は優秀な助手が問いに答えられなくてもがっかりしないだろう。写真を飾るくらい大事な青年の気持ちがわからなければ、きっとがっかりするだろう。ルートグーヴァの見解に、フィンは何も言わなかった。ガラス越しにミアを見つめている。
新たな人間がやってきては、ミアの水槽を見て去っていく。ルートグーヴァとフィンの間を通り、順路に従って流れていく。長い髪が海藻のように揺れる。甲高い声が駆け抜ける。車椅子が来たので、ルートグーヴァは後ろへ下がって道を開けた。
「こちら側には、わからないことがたくさんあります」
フィンの声は小さく、注意しないと聞き逃してしまいそうだ。
「僕は、魚たちが生きているのかどうか、わからないんです」
「生きているだろう」
どの魚もえら蓋が動いている。泳いでいる。ミアはフィンに気づいて擬岩から出てきたし、ガラス越しに手を重ねもした。
「客観的には生きていると理解しています。でも、なんだか、希薄なんです。バックヤードにいるときは、どの生き物も、生きているという実感があります。一番大きな水槽は、魚の姿が見えないけれど、水槽全体が生きていると感じます」
生命力は伝播する。海の中では顕著だ。見渡す限り魚影のない砂の平原にも、身をひそめる生物の密やかな呼吸や、プランクトンの鼓動のざわめきが皮膚を通して伝わる。
「前に、僕が、死んでいる生き物とどう接していいかわからないと言ったのを、覚えていますか」
「サバの解剖をしているときだったな」
「僕には、死んだサバとこちら側から見るミアが、同じに思えるんです」
「では、どうして私にミアが幸せかと聞いたんだ。生きているかと聞かなかった理由は?」
「僕に実感がないだけで、ミアは生きているのだと推測できます。幸せかどうかは、本当にわからなかったので聞きました」
フィンは、生命を少し違った視点で見ているようだ。呼吸して動いていることと、生きていることは、フィンには別の現象らしい。
「わからない状態は、不安になります。ドアのあちら側には、不安がありません」
「なぜだ」
「それは」
フィンはしばし沈黙した。ミアが答えを持っているかのように、ガラス越しに彼女を見つめている。
「飼育員のみんなが、何を考えているかわかるから、だと思います」
様々な機材や薬品を使い、温度を管理して、適切に給餌する。飼育されている生物が健康であるように。できるだけ、幸せであるように。
「こちら側は不安か」
「はい。こちらはわからないことばかりです。ミアが生きているのかわからない。幸せなのかもわからない。でも、みんな楽しそうに笑っています」
水族館には二種類の人間がいる。フィンが理解できる人間と、理解できない人間。たった一枚のドアで区別される。フィンはドアの向こう側の人間だ。魚が陸で生きられないように、こちら側では生きられない。
「笑えないのは、僕だけです」
似ている、と思った。フィンの不安はルートグーヴァの不快感だ。なぜ笑っているのかわからないから、怖くて気味が悪い。
不思議だ。人間に共感している。彼らは海中で言われているほど、傲慢なだけでも野蛮なだけでもないのかもしれない。ルートグーヴァは人間に対する認識をまた少し修正した。
フィンに対しては、認識のすべてを白紙に戻した。フィンは興味深い。初めて会ったときには偽の手紙を読むのが遅く、頭がよくないと思ったが誤りだった。思考は整然としているし、飛び抜けた記憶力を持っている。表情が変わらないので何も感じていないように見えるが、表に出ないだけで、フィンという貝の中にきちんと収められている。死んだ生物に対する戸惑い。ミアに対する愛情。同じ種族に対する不安。フィンは濃やかな感情を持っている。
「私も笑えない」
フィンが振り返る。二人の間を、人間が笑いながら通り過ぎていく。
「僕は、僕が思っていることを、うまく、説明できたでしょうか」
ルートグーヴァは水槽の前に戻り、人間の子ども一人分の間を空けてフィンと並んだ。
「フィンのことがわかってよかった」
「僕も、ルートのことが少しわかりました。僕たちは似ているみたいです」
似ている。
ルートグーヴァが口にしなかった言葉を、フィンははっきりと音にした。見透かされていると思ったが、逃げ出したい気持ちは起こらない。フィンは人間だが、ドアのこちら側にいる得体の知れない群れとは違う。
「水族館が苦手なところが?」
「いえ、それだけではなく、もっと……根底の部分です」
「どうしてそう思うんだ」
フィンは黙って首を振った。
「客観的な根拠はありません。ルートがミアに触っているときに、僕と同じだと思ったんです」
何が同じなのか、フィンには説明できないようだ。ルートグーヴァは踏み込まなかった。
「こんな話をしたのは、ルートが初めてです」
「先生には話さないのか」
「先生は、水族館が大好きですから」
「そうだな。それは言いづらい」
「ないしょにしてくださいね」
フィンが人差し指を唇に当てる。そんな仕草をするのか、と意外に思った。
長い銀色の棒がミアの水槽に差し入れられた。先端の鉤に小魚が取りつけられている。ミアは魚を取り、吸盤を使って腕の付け根へ運んでいく。食べた、とフィンがつぶやいた。ほのかな、やさしい笑みが口元に浮かぶ。
ミアは水面に注意を向けている。どう、私ちゃんと食べたわよ? だから卵を取り上げるなんて馬鹿なこと考えないでよね、とでも言っているようだ。ミアは食事を続けるだろう。卵がすべて腐って落ちてしまうまで、懸命に世話をするのだろう。
「ミアは、生きているんですね」
「ああ、彼女は生きている」
フィンと目が合う。
「ありがとうございます」
どうしてフィンが礼を言ったのか、ルートグーヴァにはわからなかった。白い頬に水槽から漏れる薄青い光が映っている。唇にはまだかすかに笑みが残っている。ざわざわと、気分が落ち着かない。こんなときどうすればいいか、レヴィアタンは教えてくれなかった。
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