海異恋愛譚

タウタ

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第12章

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 昨日と同じ日がずっと続いていくように思えた。月だけが形を変え、現実を照らす。研究所からの帰り道、ルートグーヴァはフィンと並んで歩きながら、均一に塗りこめたような満月が昇る様を眺めていた。家路をたどる人々が行き交う。潮騒。生ぬるい海風。どこからかただよう料理の匂い。最後の夜とは思えないほどありふれた風景だ。
 道すがら、フィンはぽつぽつとチョウザメの話をした。なかなかいいデータが集まっているらしい。先生に報告すべき成果がまた一つ増えたと言う。ルートグーヴァは黙ってうなずいた。
「遅ーい! いつまで待たせるの!」
 食事を終えて自室に戻ると、泡沫の精霊たちが窓を叩いたり揺すったりしていた。
「お肌が乾燥しちゃうじゃない!」
「レディを待たせていいと思ってるわけ?」
「悪かった。怒らないでくれ」
 窓を開けてやると、十数人の精霊が飛び込んできた。ルートグーヴァの衣類や見取り図などを手分けして運び出していく。
「他に回収するものがあったら机の上にまとめておいてちょうだい」
「窓を完全に閉めちゃダメよ。私たち入れなくなっちゃう」
「わかった。もう一つ頼みたい。先生からの手紙を隠しているだろう。明日になったらポストに入れてくれ」
「はぁい。カモメのお嬢さんに伝えるわ」
 処分してもただの郵便事故として片付けられるだろうが、フィンは先生の手紙を心待ちにしている。少しは慰めになるかもしれない。
「ねえ、他に何かないの。お世話になりましたとか、ありがとうとか、髪が素敵だとか」
「世話になった。ありがとう。髪が素敵だ」
「ああ、もう、最低。でも許しちゃうわ」
 精霊の一人がルートグーヴァの頬にキスをした。雨粒が当たったような感触だ。我も我もとキスをされ、最後には頬が湿っていた。月が暗い海面に光の帯を作っている。ゆっくりと、正確に昇っていく。ルートグーヴァの時間を削り取る。もう少しだけ、いっしょにいたかった。
 ノックがあって、フィンが顔をのぞかせた。
「シャワーが空きました」
 砂色の髪の先から雫が落ちて、パジャマの肩を濡らしている。冷たくないのだろうか。ルートグーヴァはフィンからバスタオルを受け取り、濡れた肩にかけた。フィンはルートグーヴァの行動の意味がわかっていないようだ。不思議そうにタオルを見やる。
「フィン」
「はい」
 ルートグーヴァは息を吸って、止めた。
「今夜、いっしょにいてもいいか」
 ルートグーヴァから問うのは初めてだ。フィンはかすかに笑ってうなずいた。
 シャワーを浴びるのも、歯を磨くのも、先生の書斎に入るのも今日が最後だ。ルートグーヴァは真ん中の本棚の上から三段目の左から十七冊目に、持ち出していた本を戻した。ルートグーヴァがいなくなっても、フィンはここで青いランプを灯すのだろう。ひとりで、静かに、クラゲのように。
 昨日と同じようにフィンの部屋を訪れる。フィンが収斂進化に関する本を読んでいたのも昨日と同じだ。ルートグーヴァはフィンが書棚に本を戻し、窓辺に眼鏡を置くのを待った。昨日と同じようにフィンを抱きしめる。骨っぽい体だ。フィンの髪はまだ湿っている。石鹸の匂いがした。ルートグーヴァは息を深く吸い、吐いた。
 離れたくない。明日も、今日と同じ日をフィンと過ごしたい。叶わないと知りながら、願わずにはいられなかった。触れても何もわからない。伝わらない。それでもよかった。ただ、いっしょにいたかった。
 徐々に部屋の輪郭がはっきり見えるようになった。色鮮やかなハナゴイもスズメダイもいない。海藻も育たない、深く冷たい海の底だ。フィンは命を終えたクジラのように、じっとルートグーヴァの腕の中にいる。何百年も前からこうして抱き合っているような気がした。
 ルートグーヴァはフィンのパジャマの裾をめくり、素肌に触れた。脊椎を一つずつ首の方へ辿っていく。フィンはひくりと肩を震わせたが、ルートグーヴァから離れようとはしなかった。
「抱きたい」
 ルートグーヴァはフィンの背に回した腕に力を込めた。フィンが小さくうなずく。カーテンの隙間から差し込むわずかな月明かりが、青い瞳の中にさざ波を作っている。ルートグーヴァはフィンに口づけた。レモンの味はしないが、不思議と甘く感じられた。口づけは次第に深くなる。フィンが鼻にかかった声をもらした。シャツの袖を握られる。
「……嫌か?」
 フィンは首を振った。とろりとした表情でルートグーヴァを見上げている。
「フィン、痛かったり苦しかったり、そうでなくとも嫌だと思ったらすぐに言ってくれ」
 本を読んで一通りはわかったが、うまくできるかは別の話だ。
「嫌じゃないです」
「今じゃない。この後の話だ」
「はい。嫌じゃないです」
 フィンは同じトーンでくり返す。海のようだ。敵わない。離れられない。
「フィン、誰かとセックスをした経験は?」
「ないです。ルートは、あるんですか」
「私もない」
 ルートグーヴァはフィンのまぶたに唇を落とし、パジャマのボタンをひとつずつ外していった。鎖骨が浮いている。胸も腹も薄くて心もとない。首筋に唇を寄せ、脈をたどるように肌をなぞる。唇に触れる体温とやわらかさが心地いい。ふいに、フィンが身をよじった。
「どうした」
「くすぐったいです」
 フィンは困った顔をしている。どこに触れても、どこを舐めてもフィンは身を震わせた。親指の腹で乳首をこねると、フィンは一層困った顔をした。刺激を与えているうちに、ぷくんと膨らんでくる。
「ここもくすぐったいか」
 フィンは目を伏せて首を振った。口元にこぶしを当て、声を殺している。ルートグーヴァはフィンの手首を引いた。指を絡めてシーツに縫い止める。フィンは束の間視線をさまよわせたが、抵抗しなかった。
「んっ……ぁ……」
 舌先で乳首を転がすと、舌の上にこりこりとした触感が残った。乳輪ごと吸い上げ、唇で食んで軽く引っぱる。腕の中で細い体が跳ね、つないだ手をぎゅっと握られた。薄い胸に手を置くと、肋骨の硬さといっしょに鼓動が伝わる。
「ひゃんっ」
 へそを舐めたらフィンの声が裏返った。よほどくすぐったかったらしい。手でへそを隠してしまう。
「わかった。もうしない」
 パジャマのズボンを抜き取ると、フィンの股間は少し膨らんでいた。フィンの体はいつもひんやりとしているが、性器だけは布越しにも熱かった。人間のオスは性器に刺激を受けると快感を得るらしい。てのひらで何度か撫で、軽く力を入れてみる。手首をつかまれ、ルートグーヴァは手を止めた。
「痛かったか」
 フィンは首を振り、手を離した。ルートグーヴァはフィンの下着を脱がせ、性器に直接触れた。力加減がわからない。握り込み、上下に擦ってみる。先端がふにふにとやわらかい。指の腹で撫でてみる。フィンは道に迷ったような表情をしていた。視線が定まらず、シーツを握ったり離したりしている。
「フィン、教えてくれ。どうしたら気持ちいい」
「わ、わか、な……っ、ごめんなさい」
 わからないと言われると困ってしまう。ルートグーヴァはフィン以上に人間の体がわからない。しばし考え、ルートグーヴァはシャツを脱いだ。ズボンと下着も脱ぐ。
「ルート?」
 フィンが不安そうな声を出す。行き場をなくした手は寄る辺を求めてシーツを撫でている。ルートグーヴァはフィンの隣に横になった。抱き寄せ、頬にキスをする。
「少し待ってくれ」
 ルートグーヴァは自身の性器に触れた。妙な心地だ。クラーケンの場合、性器は腕の一本なので、自慰はしないし基本的に触らない。力を入れすぎると痛いし、入れなさすぎても物足りない。初めは戸惑ったが、加減がわかると早かった。手の中のものが形を変える。下腹部がぞくぞくする。これが性的快感なのだろう。体は快楽を認識しているが、初めての感覚に思考が遅れがちになる。
 自分がよかったのと同じ強さでフィンのものをしごく。フィンはルートグーヴァの肩口に額を当て、くぐもった声をもらした。
「気持ちいいか」
 フィンは小刻みに何度もうなずいた。吐息が肌をくすぐる。ルートグーヴァは次第に丸まっていくフィンの背を撫でた。薄っすらと汗ばんだ肌がてのひらに吸いつく。
「……っあ、あ」
 フィンはルートグーヴァの胸に顔を伏せ、されるがままに愛撫を受け入れていた。質量を増した性器から蜜がこぼれ、ルートグーヴァの手を濡らす。フィンはルートグーヴァの腕をつかみ、爪を立てた。膝を曲げて震えている。しゃくり上げるように息をするから、苦しいのではないかと心配になる。
「んっ、ん……!」
 びくん、とフィンの体が跳ね、生温かいものが手にかかった。これが人間の精か。嗅いだことのない匂いがする。舐めてみたら驚くほどまずくて、ルートグーヴァは眉根を寄せた。フィンが信じられないという顔をしているので、普通は口に入れないのだろう。
 濡れた手を奥へ這わせる。小さなすぼまりを指の腹で撫でると、フィンは体を強張らせた。額にキスをする。まぶたにも、頬にも。触れても何もわからないのに、触れていないと不安だった。
「あ……ッ!」
 後孔に指先を潜り込ませると、フィンは息を詰めた。抵抗感はあるが、精液のぬめりで奥まで入っていく。熱くて、狭い。指一本でこんな状態なのに、性器が入るとは思えない。
 乱れた呼吸を落ち着かせようと、ルートグーヴァはフィンの背を撫で続けた。指を抜き、もう一度差し込む。内壁に沿うように同じ動きをくり返している内に、フィンの反応が違う箇所に気がついた。円を描くようにその辺りを撫でてみる。軽く押しながら揺すってやると、フィンがすがりついてきた。
「痛かったか」
 フィンは首を振った。髪が肌に当たってくすぐったい。
「嫌か」
 また、首を振る。ルートグーヴァはフィンを驚かせないよう、ゆっくりと指を動かした。フィンは甘い声を途切れ途切れにこぼし、ルートグーヴァの指をきゅうきゅう締めつけた。
「気持ちいいか」
 フィンは首を縦にも横にも振らなかったが、イイときの反応はもうわかる。耳朶を食み、耳殻に沿って舌を這わせる。名前を呼んで、逃げようとする腰を抱き寄せる。ルートグーヴァは指を二本に増やし、中を押し広げた。指を軽く開いてぐるりと掻き回す。潤んだ秘肉が絡みついてくる。指を引き抜くと、惜しむように吸いつかれた。
「ああ……ぁッ、ルート……っ」
 行為自体に意味はない。同性では次の世代は残せない。仮にフィンが異性であったとしても、ルートグーヴァの肉体は仮初かりそめのものだ。生殖の観点からは、やはり無意味だろう。
 フィンは夜を吸って透明な目でルートグーヴァを見つめている。
 記憶が欲しかった。
 ひとつでも多く、褪せない瞬間が欲しい。
 ルートグーヴァはフィンの膝を抱えて腰を引き寄せた。後孔に先端を当てると、フィンの体が強張る。怖くないと教えるように内股を撫で、徐々に腰を沈めていく。フィンが喉を反らして息を呑む。きつい。そこは思った以上に狭く、ルートグーヴァを拒んだ。張った部分が入らない。苦しそうなフィンを見たくなくて、目をつむる。
「すまない」
 ルートグーヴァはフィンの腰をつかみ、半ば強引に先端を埋め込んだ。内壁を割り開き、昂ぶりを突き入れる。刺さるような快感が背筋を抜けた。
「ひっ、ぃ、ァ……ッ!」
 フィンが引き攣れた声を上げた。ルートグーヴァは奥歯を噛み、衝動を抑えた。フィンの荒い呼吸が聞こえる。痙攣するように震えている。今この瞬間だけは、触れても何もわからないのが救いだった。なんとかすべてを収めて目を開けると、フィンは泣いていた。瞬きもせず、見開いた目から涙がこぼれ落ちる。薄い胸が忙しなく上下している。
 ぞく、と脊椎の終わりが疼いた。食べたいと思った。くちばしで肉を引き裂いて、骨ごと飲みこんでしまいたい。凶暴な感情に引きずられるように、性器が大きくなる。フィンの目から新しい雫が流れた。
「フィン」
 次の言葉が出ない。飢餓感はひどくなるばかりだ。つらいか、とは聞けなかった。つらいに決まっている。痛いくらいに締めつけられ、ルートグーヴァも苦しかった。性器は萎えず、快楽に苛まれる。人間の体は厄介だ。
「ルート」
 細い声。焦点の合わない目がルートグーヴァを探している。
「……やめないで」
 舌ですくい取った涙は希釈した海の味がした。
 ルートグーヴァは性器を半ばまで抜き、再び埋め込んだ。フィンの呼吸は浅いままだ。性器も萎えてしまっている。じっくりと、なじませるように同じ動作をくり返す。ふいにきつく絞られ、ルートグーヴァは呻いた。フィンは戸惑いの表情で視線をさまよわせている。指で刺激したのと同じところだとわかっていないのだろう。意識して当てると、フィンは腰を跳ねさせた。中がうねる。ひくひくと、ルートグーヴァの性器に絡みつく。
「あぁっ、あ……あんっ」
 吐く息が熱い。痺れるような感覚が背骨の終わりにわだかまっている。何か別の、ただ凶暴なだけの生物になり果てたような気分だった。濡れた音がする。フィンは揺さぶられるまま甘い声を上げた。時折、中がきゅうっと締まる。引き込まれそうだ。
 屈むと結合が深くなり、フィンが甘い声を上げた。反らされた無防備な喉にキスをする。食い破ってしまいたいという衝動に目を伏せる。まなじりにもこめかみにも唇を落とす。薄く開いた唇をふさぎ、吐息さえ奪うように口づけた。舌を絡ませ合う間も、腰が揺れてしまう。奥まで全部埋め込んで、これ以上ないほど深くつながっているのに、まだ足りない。自分はこんなに強欲だっただろうか。人間の体がそうさせるのだろうか。
 フィンの腰も揺れている。腹にフィンの性器が当たっていた。ぬるぬると、すべる。熱い。唇を離し、惜しくなってもう一度口づける。
「ルート」
「ん?」
「ルート」
 フィンの腕が背に回り、抱きしめられた。胸が密着し、フィンの鼓動が感じられる。フィンにもルートグーヴァの鼓動が伝わっているだろうか。きっと二人ともいつもより速いのだろう。
 抜こうとすると、粘膜が追いすがってくる。先端を絞られて気持ちいい。幾度となく触れるだけのキスを交わす。
「んっ、ん……はぁ……あっ」
 ルートグーヴァが突き上げるたび、フィンは声をこぼして身悶えた。体の中に快楽が積み重なっていく。波にもまれる鳥の羽のように翻弄される。秘部が締まる間隔が短くなっていた。ルートグーヴァはしがみついてくるフィンを抱きとめた。フィンは痙攣するように震えながら、ルートグーヴァの背に爪を立てた。
「ルート……!」
 ルートグーヴァに答える余裕はなかった。欲望に任せて最奥を穿つ。とろけた秘肉に吸いつかれ、頭の芯がぼうっとする。これまでになく長く締めつけられたと思ったら、フィンの体が跳ねた。腹に生温かい飛沫がかかる。せり上がる波のような衝動を感じたのも束の間、ルートグーヴァはフィンの中に精を放っていた。止まらない。腰が揺れる。本能的な興奮が引いても息が乱れていた。疲労感がのしかかって脱力しそうになったが、下にフィンがいる。上体を起こそうとすると、背に回った腕に抱き寄せられた。頬と頬が触れる。
「フィン」
 名前を呼ぶと、かすれた声で返事があった。何度口づけても濡れてしまう目元に、飽かず口づける。愛おしいと思った。それだけだ。
「愛してる」
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