6 / 15
最後の記念写真
しおりを挟む
写真館のドアを開けると、微かに古いフィルムと現像液の匂いがした。
アオイは、亡き祖母が昔から利用していたという、この小さな写真館に来た。
彼女の目的は、祖母の遺品整理で見つけた、小さな木箱の中に入っていた一枚の白黒写真の再撮影だった。写真には、若い頃の祖母と、祖父らしき男性が写っていたが、祖父の顔だけが、強く光を当てられたように真っ白に飛んでいた。
店の奥から、白髪の店主が出てきた。
「いらっしゃい。この写真の焼き増しを?」
「いえ、そうではなくて……この写真を、もう一度、撮り直していただきたいんです」
アオイは、写真館にある、古い大判カメラを指差した。
店主は不思議そうな顔をした。
「しかし、これは写っている方々がもう揃わないと、同じ写真は撮れませんよ」
アオイは、少し微笑んで答えた。
「祖母はつい先日亡くなりました。この写真の男性、祖父は、祖母が十六歳の時にもういません。でも、祖母が言っていました。『この写真だけは、私が撮ってもらった、最後の記念写真だ』と」
店主は、顔が飛んだ男性の部分を指でなぞった。
「なぜ、この方の顔だけ、こんなに光で飛んでしまったんでしょうね。現像の失敗でしょうか」
「失敗ではないんです」アオイは静かに言った。「祖母は、この写真が撮られた瞬間に、祖父がもうすぐいなくなることを知っていた。だから、その事実を知っているのは自分だけでいいと願った。祖父の顔を忘れたくなくて、でも、誰にもその喪失を知られたくなくて、祖母は無意識に、祖父の顔に、強すぎる『別れの光』を当ててしまったんだ、と」
アオイは、持参した自分のカメラを出し、祖母の写真を見せた。その中には、祖母のメモが残されていた。
『アオイ、私の代わりに、今度は、私が写っていない写真にしておくれ。』
アオイは、店主に依頼した。
「同じカメラ、同じ場所で、今度は、誰も写らない、空っぽの写真を撮ってください」
店主は、何も言わずに頷いた。彼はアオイを写真に写っていたのと同じ場所に立たせ、カメラをセットした。
「では、撮りますよ」
シャッターが切られる。
後日、アオイは写真館から送られてきた一枚の写真を静かに見た。
写っていたのは、ただの空っぽの背景だった。しかし、アオイには、その写真の背景の、祖母が立っていた場所の光が、他の場所よりも、ほんの少しだけ明るく見えた。
それは、祖母が最後の瞬間に放った、「もう誰も失わない」という静かな願いの光なのかもしれない。
アオイは、亡き祖母が昔から利用していたという、この小さな写真館に来た。
彼女の目的は、祖母の遺品整理で見つけた、小さな木箱の中に入っていた一枚の白黒写真の再撮影だった。写真には、若い頃の祖母と、祖父らしき男性が写っていたが、祖父の顔だけが、強く光を当てられたように真っ白に飛んでいた。
店の奥から、白髪の店主が出てきた。
「いらっしゃい。この写真の焼き増しを?」
「いえ、そうではなくて……この写真を、もう一度、撮り直していただきたいんです」
アオイは、写真館にある、古い大判カメラを指差した。
店主は不思議そうな顔をした。
「しかし、これは写っている方々がもう揃わないと、同じ写真は撮れませんよ」
アオイは、少し微笑んで答えた。
「祖母はつい先日亡くなりました。この写真の男性、祖父は、祖母が十六歳の時にもういません。でも、祖母が言っていました。『この写真だけは、私が撮ってもらった、最後の記念写真だ』と」
店主は、顔が飛んだ男性の部分を指でなぞった。
「なぜ、この方の顔だけ、こんなに光で飛んでしまったんでしょうね。現像の失敗でしょうか」
「失敗ではないんです」アオイは静かに言った。「祖母は、この写真が撮られた瞬間に、祖父がもうすぐいなくなることを知っていた。だから、その事実を知っているのは自分だけでいいと願った。祖父の顔を忘れたくなくて、でも、誰にもその喪失を知られたくなくて、祖母は無意識に、祖父の顔に、強すぎる『別れの光』を当ててしまったんだ、と」
アオイは、持参した自分のカメラを出し、祖母の写真を見せた。その中には、祖母のメモが残されていた。
『アオイ、私の代わりに、今度は、私が写っていない写真にしておくれ。』
アオイは、店主に依頼した。
「同じカメラ、同じ場所で、今度は、誰も写らない、空っぽの写真を撮ってください」
店主は、何も言わずに頷いた。彼はアオイを写真に写っていたのと同じ場所に立たせ、カメラをセットした。
「では、撮りますよ」
シャッターが切られる。
後日、アオイは写真館から送られてきた一枚の写真を静かに見た。
写っていたのは、ただの空っぽの背景だった。しかし、アオイには、その写真の背景の、祖母が立っていた場所の光が、他の場所よりも、ほんの少しだけ明るく見えた。
それは、祖母が最後の瞬間に放った、「もう誰も失わない」という静かな願いの光なのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる