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領主
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宿から出てから走り続けてきた荷馬車が止まった。
どんなに荒れた道だろうとけっして倒れることなくずっと走ってきたのに止まったということは「目的地」についたのだろうか。またガタガタと音がして光が差し込む。戸は開き御者はアレンシカに手を差し出し荷馬車から降ろした。
少し離れたところには山脈も見える。山は四方八方にそびえ立っているのでここは山々に囲まれた土地らしい。王都より標高が高いのだろうか、少し肌寒い。
荷馬車の目の前には一軒の落ち着いた雰囲気の茶色い屋根の屋敷があった。木々に囲まれた屋敷は年月を感じながらも落ち着いて洗練された雰囲気があり、よく手入れされていることが分かる。
「……ここは……。」
「どうぞアレンシカ様。どうぞ中へお入りください。荷物はこちらでお任せくださいませ。」
そう言って御者は堂々と正面の扉から入っていく。これだけでもやはり御者はただの使用人ではないだろう。
そのまま真っ直ぐ御者の後ろを歩いていくとある部屋の前で立ち止まりそのままドアを開けた。
「暫くこちらでお待ちくださいませ。今何か温かいものをお持ちしましょう。」
そのままアレンシカを部屋の中へ案内して自分は出ていった。何もわからないまま、ただ御者はおそらく悪い人間ではないだろうということだけが分かっている状態でどうしようもなくなったアレンシカは、部屋の真ん中に鎮座しているアンティークのよく手入れされたソファに座ることにした。少しだけ部屋を見渡していると御者ではない使用人が温かいお茶と柔らかいブランケットを持ってきてくれた。そしてお茶を飲みながらまたのんびり待っていると、コンコンとノックをして御者がやっと入ってきた。
しかし先程とは違い御者の服でも使用人の服でもなく、適度に装飾が施された明らかに貴族の服を着ている人だった。御者の服装も不思議と馴染んでいたがそれ以上に落ち着いた年嵩のこの男性には一番しっくり来る服装だ。
「御者の方は貴族でいらっしゃったのですね。」
「私に敬語は不要です。私は貴方様より身分は下ですので。」
「僕はただ公爵家の息子なだけで爵位自体はありませんから。その様子では爵位を持っている貴族なのでしょう?」
「ですが今は継いでいますが遡れば私も伯爵家の息子なだけです。その時点でも貴方様は上ですので、礼儀は通させていただきます。」
「僕も極端には敬語は抜けないので。では少しだけカジュアルにいたしましょう。……それで貴方は?」
アレンシカは少しだけ畏まった姿勢を崩した。反対に何故か相手は逆に少し畏まった。
「申し遅れました。私はライトン・シークスと申します。今はこの地の領主をしています。とはいえ代行ではあるのですが。」
「ライトン・シークス伯爵。……ということはここはシーラ侯爵家の飛び地領ですね。」
「さすが国土卿のご子息。それだけでここの場所が分かるのですね。」
「シークス家はシーラ侯爵家の家門ですから。……それに僕は公爵家としての勉強で頭に入っているだけで……。」
「いいえ、いつも飛び地領にいるので存在を忘れている人もそれなりにいるんですよ。」
そう言ってライトン伯爵は苦笑した。
「でもそれが今回は役に立っているようです。」
「……僕をここに連れてきたことですね。シーラ侯爵は僕の侍従でミラー子爵家の子息、プリム・ミラーと懇意にしていましたが、その繋がりで頼まれたのでしょうか。」
「概ねはそうです。プリム君がシーラ侯爵家当主のメディカ・シーラ様を通じて私とリリーベル公爵様とで話が通されたという訳です。」
「そうでしたか……。」
プリムが思ったよりも暗躍していたようでアレンシカは少し驚いた。プリムの交友関係を知っていても、まさかいつもどこかのんびりしているプリムがここまで何か大掛かりに何かしているとまでは思わなかったからだ。少なくとも自分の侍従だから父に頼まれて何かしているのだと思っていたが、思っていたよりも自分の知らないところで色々していたようだった。
「とはいえリリーベル公爵様にも丁寧に頼まれまして。この飛び地領は山々に囲まれているが故に交通の便もあまり良くはなく、土砂崩れ等の災害もままあります。国土卿の公爵様にはとてもお世話になっており感謝しても足りません。その恩を返せるのなら喜んでさせていただくまでです。」
「ですが父はあくまで仕事をしているのです。感謝される為にしている訳では。」
「それはそうでしょう。ですが国土卿がこの土地の為に動いてくれていることもまた事実ですから。」
ライトン伯爵はそこで一口茶を飲んだ。そこでアレンシカは切り込む。
「ライトン伯爵は具体的には何を頼まれたのでしょう。何かこの領や伯爵に不利益や危険は生じますか?」
「いえ、大丈夫でしょう。公爵様の目測でもありますが、その他の要因を考えても何も。この地に不利益を生じさせることは出来ないと思います。」
ライトン伯爵はしっかりとアレンシカを見て断言した。強気でも楽観的でもなくそれが普段通りであるかのような柔らかい表情でありながら確かな実感があるようだった。
それでもアレンシカには必ず言っておかなければならないことがある。
「分かりました。ですが何か領地と伯爵に危険が迫りそうになれば、すぐに僕を叩き出してください。この地と引き換えにしてはいけません。」
「……公爵様がそう言うだろうと話されていました。そしてその場合は致し方ないから外に出すようにと。ですが、そうなる前にきちんと策は講じたいと思います。」
もしもの時は追い出してほしいという要望を飲むように思わせつつもやんわりと明言はしなかったライトン伯爵に飛び地の領主とは思えない慣れを感じた。おそらく飛び地領主である為に様々な人や土地とやり取りをしてきたであろう雰囲気を思わせる。
「そうそう、私がリリーベル公爵様に頼まれたことでしたね。」
「はい。」
「私が頼まれたことはひとつ。アレンシカ様、貴方をこの土地に匿い留めおくことです。」
どんなに荒れた道だろうとけっして倒れることなくずっと走ってきたのに止まったということは「目的地」についたのだろうか。またガタガタと音がして光が差し込む。戸は開き御者はアレンシカに手を差し出し荷馬車から降ろした。
少し離れたところには山脈も見える。山は四方八方にそびえ立っているのでここは山々に囲まれた土地らしい。王都より標高が高いのだろうか、少し肌寒い。
荷馬車の目の前には一軒の落ち着いた雰囲気の茶色い屋根の屋敷があった。木々に囲まれた屋敷は年月を感じながらも落ち着いて洗練された雰囲気があり、よく手入れされていることが分かる。
「……ここは……。」
「どうぞアレンシカ様。どうぞ中へお入りください。荷物はこちらでお任せくださいませ。」
そう言って御者は堂々と正面の扉から入っていく。これだけでもやはり御者はただの使用人ではないだろう。
そのまま真っ直ぐ御者の後ろを歩いていくとある部屋の前で立ち止まりそのままドアを開けた。
「暫くこちらでお待ちくださいませ。今何か温かいものをお持ちしましょう。」
そのままアレンシカを部屋の中へ案内して自分は出ていった。何もわからないまま、ただ御者はおそらく悪い人間ではないだろうということだけが分かっている状態でどうしようもなくなったアレンシカは、部屋の真ん中に鎮座しているアンティークのよく手入れされたソファに座ることにした。少しだけ部屋を見渡していると御者ではない使用人が温かいお茶と柔らかいブランケットを持ってきてくれた。そしてお茶を飲みながらまたのんびり待っていると、コンコンとノックをして御者がやっと入ってきた。
しかし先程とは違い御者の服でも使用人の服でもなく、適度に装飾が施された明らかに貴族の服を着ている人だった。御者の服装も不思議と馴染んでいたがそれ以上に落ち着いた年嵩のこの男性には一番しっくり来る服装だ。
「御者の方は貴族でいらっしゃったのですね。」
「私に敬語は不要です。私は貴方様より身分は下ですので。」
「僕はただ公爵家の息子なだけで爵位自体はありませんから。その様子では爵位を持っている貴族なのでしょう?」
「ですが今は継いでいますが遡れば私も伯爵家の息子なだけです。その時点でも貴方様は上ですので、礼儀は通させていただきます。」
「僕も極端には敬語は抜けないので。では少しだけカジュアルにいたしましょう。……それで貴方は?」
アレンシカは少しだけ畏まった姿勢を崩した。反対に何故か相手は逆に少し畏まった。
「申し遅れました。私はライトン・シークスと申します。今はこの地の領主をしています。とはいえ代行ではあるのですが。」
「ライトン・シークス伯爵。……ということはここはシーラ侯爵家の飛び地領ですね。」
「さすが国土卿のご子息。それだけでここの場所が分かるのですね。」
「シークス家はシーラ侯爵家の家門ですから。……それに僕は公爵家としての勉強で頭に入っているだけで……。」
「いいえ、いつも飛び地領にいるので存在を忘れている人もそれなりにいるんですよ。」
そう言ってライトン伯爵は苦笑した。
「でもそれが今回は役に立っているようです。」
「……僕をここに連れてきたことですね。シーラ侯爵は僕の侍従でミラー子爵家の子息、プリム・ミラーと懇意にしていましたが、その繋がりで頼まれたのでしょうか。」
「概ねはそうです。プリム君がシーラ侯爵家当主のメディカ・シーラ様を通じて私とリリーベル公爵様とで話が通されたという訳です。」
「そうでしたか……。」
プリムが思ったよりも暗躍していたようでアレンシカは少し驚いた。プリムの交友関係を知っていても、まさかいつもどこかのんびりしているプリムがここまで何か大掛かりに何かしているとまでは思わなかったからだ。少なくとも自分の侍従だから父に頼まれて何かしているのだと思っていたが、思っていたよりも自分の知らないところで色々していたようだった。
「とはいえリリーベル公爵様にも丁寧に頼まれまして。この飛び地領は山々に囲まれているが故に交通の便もあまり良くはなく、土砂崩れ等の災害もままあります。国土卿の公爵様にはとてもお世話になっており感謝しても足りません。その恩を返せるのなら喜んでさせていただくまでです。」
「ですが父はあくまで仕事をしているのです。感謝される為にしている訳では。」
「それはそうでしょう。ですが国土卿がこの土地の為に動いてくれていることもまた事実ですから。」
ライトン伯爵はそこで一口茶を飲んだ。そこでアレンシカは切り込む。
「ライトン伯爵は具体的には何を頼まれたのでしょう。何かこの領や伯爵に不利益や危険は生じますか?」
「いえ、大丈夫でしょう。公爵様の目測でもありますが、その他の要因を考えても何も。この地に不利益を生じさせることは出来ないと思います。」
ライトン伯爵はしっかりとアレンシカを見て断言した。強気でも楽観的でもなくそれが普段通りであるかのような柔らかい表情でありながら確かな実感があるようだった。
それでもアレンシカには必ず言っておかなければならないことがある。
「分かりました。ですが何か領地と伯爵に危険が迫りそうになれば、すぐに僕を叩き出してください。この地と引き換えにしてはいけません。」
「……公爵様がそう言うだろうと話されていました。そしてその場合は致し方ないから外に出すようにと。ですが、そうなる前にきちんと策は講じたいと思います。」
もしもの時は追い出してほしいという要望を飲むように思わせつつもやんわりと明言はしなかったライトン伯爵に飛び地の領主とは思えない慣れを感じた。おそらく飛び地領主である為に様々な人や土地とやり取りをしてきたであろう雰囲気を思わせる。
「そうそう、私がリリーベル公爵様に頼まれたことでしたね。」
「はい。」
「私が頼まれたことはひとつ。アレンシカ様、貴方をこの土地に匿い留めおくことです。」
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