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エイリーク
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「……こんなものがオレの未来なんて認めない。」
虹色に輝く神の心たる水晶で見たものは、自分にとっておぞましい光景。そして綺麗な人だった。
エイリークは地元では完全に皆を舐めていた。顔だって可愛い系ではあるけどそのおかげで要領良く生きていた自分を大人達は皆息子のように可愛がってくれた。子どもたちからは羨ましがられたし、優秀な頭脳のおかげで誰もが褒めてくれた。領には小さいながらも子どもたちの為の学校があったし、そこではいつも一番。ある程度の年になれば同じ年頃の子どもなんて下に見ていたし、まるで自分は大人なんだと振る舞って過ごしていた。
十四の年になる頃国の決まりで領にある教会で天啓を見ることになる。すべての十四歳の国民が水晶に手をかざし自分の未来を見るのだ。それは「天啓」と呼ばれ、良いと将来を見られればそれに向かって邁進し、悪い将来を見ればそうならないように改める。学校でそう教わってはいたもののエイリークは自分の将来が輝かしく素晴らしいものだと見てもいないのに思い込んでいた。だから自信を持って水晶に手を伸ばした。
その瞬間頭の中におびただしいほどの映像が流れ込んでくる。
もしかすると平民からすればこの天啓は大それたもので輝かしい未来の確定だという者もいるかもしれない。しかしこれを素晴らしい天啓だと思うにはあまりにもおかしいとしか言いようがなかった。
それはこのフィルニース王国で一番立派な学園に入る未来だった。始めはそんな分かりきった未来を?と思った。自分の頭の良さなら簡単に入学出来るはずだから、半年後で迫った試験は楽にクリアすると確信している。最初はそんなつまらないものを見せるなとすら思った。
だが天啓はそれでも続く。
「おかしい……。」
天啓は長くともほんの数分と聞いていた。エイリークの前にも何人も教会に入っていたが皆すぐに出てきた。だというのにエイリークの映像はそれよりもずっと長くまだ終わりそうにない。映像はどんどん続く。
そのうち映像の中の自分はある人に近づいていく。その相手はもちろんこの国にいる者なら顔くらいは絶対に知らない人はいないフィルニース第二王子その人。恐れ多くも近づいていく自分は最初はただの生徒同士のやりとりのような感じだったのにだんだんベタベタとしていった。それがもっとロマンチックなものなら目を輝かせて喜んだのかもしれない。しかしそれにしては陰湿で汚いものを感じた。幸いにもいかがわしいものが映らないだけが救いだった。
「気持ち悪い……。」
ふいに出たのはそんな言葉だった。
確かに皆を見下していた。誰よりも凄い人間だと思っていた。絶対に自分にはいい未来があって、天啓は後押ししてくれるのだとそればかり思っていたのに。なんだこれは。
陰湿さを感じたのは無理もない。よく見ればエイリークがベタベタしているところから少し離れたところに白銀の髪が見え隠れしていた。必ず王子とくっついているところに現れている人は、もしかすると王子の婚約者なのかもしれない。高い貴族にはほぼ婚約者がいると聞いたことがあるのだから王子にいない訳がない。
だったらこの映像の数々は、まさかこの王子に粘着してくっついているのはあの人への嫌がらせでもしているというのか。そう考えると反吐が出る。
見たくないと思っても天啓はまだ続く。舞台はよく分からないがとてもきらびやかでピカピカ光るものが沢山ある、パーティー会場だろうか今までで一番派手な場所だった。
人も沢山いる中、王子はエイリークと並び立っている。そもそも王子のような人間は全くタイプではないのに何故王子に近づいていったのか、天啓の中の自分がわからない。だからこそあの人への嫌がらせじゃないかと思う。戸惑っているうちに天啓の二人はあの人を呼びだした。
「アレンシカ・リリーベル!お前とは婚約破棄をする!」
「はあ⁉」
思わず大声を出しても天啓には影響がない。アレンシカと呼ばれたその人はただ立ち尽くしている。何も反応せずただ二人の様子を見ている。何か言うだろうか。王子を責めるだろうか、エイリークを責めるだろうか。丁度真ん中でアレンシカを見ていると。
「……あっ……、」
アレンシカはその陽の光を浴びた若葉のような瞳から静かに静かに涙を流している。それなのに美しく笑っていて。
「……今までありがとうございました。」
ただそれだけを言うと次の瞬間自分の目の前には古びた教会の空間が広がっていた。
アレンシカは王子もエイリークも恨まなかった。もしかすると心の中では恨んでいたかもしれない。悩んで悩んで悩み尽くしたのかもしれない。でもその素振りは何も出さず、笑って王子から離れたのだ。
その反対になんて自分は醜く汚らわしいのだろう。貴族の関係を壊して、アレンシカの想いも踏みにじって、あの天啓の自分は何をしたかったんだ。そこまで驕り高ぶる人間になるというのか、たかが平民風情のくせに。
エイリークは自分で自分が許せなかった。たとえもしかしたらの将来であってもあんな醜い自分を殴りつけたいほどに憎かった。
それからエイリークは変わった。できる限り謙虚に、真面目に、丁寧に。あの綺麗な翡翠の目を曇らせたくなかった。始めは贖罪のような気持ちだったのにエイリークの努力はいつの間にか、アレンシカの隣りにいても相応しい人物になれるようになりたいという気持ちに変わっていった。
「あの。あの人なんて名前かわかりますか?」
「ん?ああ、あの人はアレンシカ・リリーベル様だよ。リリーベル公爵家のご嫡男様だ。第二王子の婚約者でもあるからあまり粗相しないほうがいいよ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
(やっぱり……。)
入学式で隣りに並んでいたどこかのご子息に不躾にもそう聞くと、やはり天啓で聞いた名前と全く同じ名前が返ってきた。
近い将来自分が傷つける人。愚かな自分がぐちゃぐちゃに壊してしまう人。
(絶対、そうなりたくない……。)
式で挨拶している奴なんて知らない。あの人も自分と同じぐらい汚らわしい。それよりも泣いていないアレンシカを見ていたくて式の間中ずっとアレンシカを見ていた。
入学式が終わってからは意をけっして話しかけようと思った。学園は身分不問と謳われている。実際にはもちろん身分が上の者にはへりくだらないといけないし、平民のように対応してはいけないことは知っている。あくまで学園内の身分不問とは将来の為にお互いの文化や立場を知り思いやれる関係になれるように、低い身分の者は忠実さを守り高い身分の者はその忠実さに驕らないように学ぶ為のものでしかない。だが今はそれを利用した。
目ぼしいところにはどこにもおらず最後に庭園を探していたらいた。振り返ったアレンシカは綺麗で、いざ会ったら何を話そうどうやって話しかけようと考えてたことは頭から抜けてしまった。
青い花に囲まれていたアレンシカは花から生まれた妖精のようだった。だが。
(青い花……。)
それはまるであの王子を象徴するような青色だった。自分と同じくアレンシカを傷つけて貶めて泣かせる、あの王子そのもの。
花に囲まれたアレンシカは綺麗だけど。
(あの色に囲まれてるアレンシカ様はなんか見たくない……。)
それはエイリークの初めての感情だった。
それからはしどろもどろで正直エイリークにも何を話したのかよく覚えていない。変なことを言っていなければいいがアレンシカも戸惑っていた気がする。気がついたらアレンシカは足早に立ち去っていったから。
虹色に輝く神の心たる水晶で見たものは、自分にとっておぞましい光景。そして綺麗な人だった。
エイリークは地元では完全に皆を舐めていた。顔だって可愛い系ではあるけどそのおかげで要領良く生きていた自分を大人達は皆息子のように可愛がってくれた。子どもたちからは羨ましがられたし、優秀な頭脳のおかげで誰もが褒めてくれた。領には小さいながらも子どもたちの為の学校があったし、そこではいつも一番。ある程度の年になれば同じ年頃の子どもなんて下に見ていたし、まるで自分は大人なんだと振る舞って過ごしていた。
十四の年になる頃国の決まりで領にある教会で天啓を見ることになる。すべての十四歳の国民が水晶に手をかざし自分の未来を見るのだ。それは「天啓」と呼ばれ、良いと将来を見られればそれに向かって邁進し、悪い将来を見ればそうならないように改める。学校でそう教わってはいたもののエイリークは自分の将来が輝かしく素晴らしいものだと見てもいないのに思い込んでいた。だから自信を持って水晶に手を伸ばした。
その瞬間頭の中におびただしいほどの映像が流れ込んでくる。
もしかすると平民からすればこの天啓は大それたもので輝かしい未来の確定だという者もいるかもしれない。しかしこれを素晴らしい天啓だと思うにはあまりにもおかしいとしか言いようがなかった。
それはこのフィルニース王国で一番立派な学園に入る未来だった。始めはそんな分かりきった未来を?と思った。自分の頭の良さなら簡単に入学出来るはずだから、半年後で迫った試験は楽にクリアすると確信している。最初はそんなつまらないものを見せるなとすら思った。
だが天啓はそれでも続く。
「おかしい……。」
天啓は長くともほんの数分と聞いていた。エイリークの前にも何人も教会に入っていたが皆すぐに出てきた。だというのにエイリークの映像はそれよりもずっと長くまだ終わりそうにない。映像はどんどん続く。
そのうち映像の中の自分はある人に近づいていく。その相手はもちろんこの国にいる者なら顔くらいは絶対に知らない人はいないフィルニース第二王子その人。恐れ多くも近づいていく自分は最初はただの生徒同士のやりとりのような感じだったのにだんだんベタベタとしていった。それがもっとロマンチックなものなら目を輝かせて喜んだのかもしれない。しかしそれにしては陰湿で汚いものを感じた。幸いにもいかがわしいものが映らないだけが救いだった。
「気持ち悪い……。」
ふいに出たのはそんな言葉だった。
確かに皆を見下していた。誰よりも凄い人間だと思っていた。絶対に自分にはいい未来があって、天啓は後押ししてくれるのだとそればかり思っていたのに。なんだこれは。
陰湿さを感じたのは無理もない。よく見ればエイリークがベタベタしているところから少し離れたところに白銀の髪が見え隠れしていた。必ず王子とくっついているところに現れている人は、もしかすると王子の婚約者なのかもしれない。高い貴族にはほぼ婚約者がいると聞いたことがあるのだから王子にいない訳がない。
だったらこの映像の数々は、まさかこの王子に粘着してくっついているのはあの人への嫌がらせでもしているというのか。そう考えると反吐が出る。
見たくないと思っても天啓はまだ続く。舞台はよく分からないがとてもきらびやかでピカピカ光るものが沢山ある、パーティー会場だろうか今までで一番派手な場所だった。
人も沢山いる中、王子はエイリークと並び立っている。そもそも王子のような人間は全くタイプではないのに何故王子に近づいていったのか、天啓の中の自分がわからない。だからこそあの人への嫌がらせじゃないかと思う。戸惑っているうちに天啓の二人はあの人を呼びだした。
「アレンシカ・リリーベル!お前とは婚約破棄をする!」
「はあ⁉」
思わず大声を出しても天啓には影響がない。アレンシカと呼ばれたその人はただ立ち尽くしている。何も反応せずただ二人の様子を見ている。何か言うだろうか。王子を責めるだろうか、エイリークを責めるだろうか。丁度真ん中でアレンシカを見ていると。
「……あっ……、」
アレンシカはその陽の光を浴びた若葉のような瞳から静かに静かに涙を流している。それなのに美しく笑っていて。
「……今までありがとうございました。」
ただそれだけを言うと次の瞬間自分の目の前には古びた教会の空間が広がっていた。
アレンシカは王子もエイリークも恨まなかった。もしかすると心の中では恨んでいたかもしれない。悩んで悩んで悩み尽くしたのかもしれない。でもその素振りは何も出さず、笑って王子から離れたのだ。
その反対になんて自分は醜く汚らわしいのだろう。貴族の関係を壊して、アレンシカの想いも踏みにじって、あの天啓の自分は何をしたかったんだ。そこまで驕り高ぶる人間になるというのか、たかが平民風情のくせに。
エイリークは自分で自分が許せなかった。たとえもしかしたらの将来であってもあんな醜い自分を殴りつけたいほどに憎かった。
それからエイリークは変わった。できる限り謙虚に、真面目に、丁寧に。あの綺麗な翡翠の目を曇らせたくなかった。始めは贖罪のような気持ちだったのにエイリークの努力はいつの間にか、アレンシカの隣りにいても相応しい人物になれるようになりたいという気持ちに変わっていった。
「あの。あの人なんて名前かわかりますか?」
「ん?ああ、あの人はアレンシカ・リリーベル様だよ。リリーベル公爵家のご嫡男様だ。第二王子の婚約者でもあるからあまり粗相しないほうがいいよ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
(やっぱり……。)
入学式で隣りに並んでいたどこかのご子息に不躾にもそう聞くと、やはり天啓で聞いた名前と全く同じ名前が返ってきた。
近い将来自分が傷つける人。愚かな自分がぐちゃぐちゃに壊してしまう人。
(絶対、そうなりたくない……。)
式で挨拶している奴なんて知らない。あの人も自分と同じぐらい汚らわしい。それよりも泣いていないアレンシカを見ていたくて式の間中ずっとアレンシカを見ていた。
入学式が終わってからは意をけっして話しかけようと思った。学園は身分不問と謳われている。実際にはもちろん身分が上の者にはへりくだらないといけないし、平民のように対応してはいけないことは知っている。あくまで学園内の身分不問とは将来の為にお互いの文化や立場を知り思いやれる関係になれるように、低い身分の者は忠実さを守り高い身分の者はその忠実さに驕らないように学ぶ為のものでしかない。だが今はそれを利用した。
目ぼしいところにはどこにもおらず最後に庭園を探していたらいた。振り返ったアレンシカは綺麗で、いざ会ったら何を話そうどうやって話しかけようと考えてたことは頭から抜けてしまった。
青い花に囲まれていたアレンシカは花から生まれた妖精のようだった。だが。
(青い花……。)
それはまるであの王子を象徴するような青色だった。自分と同じくアレンシカを傷つけて貶めて泣かせる、あの王子そのもの。
花に囲まれたアレンシカは綺麗だけど。
(あの色に囲まれてるアレンシカ様はなんか見たくない……。)
それはエイリークの初めての感情だった。
それからはしどろもどろで正直エイリークにも何を話したのかよく覚えていない。変なことを言っていなければいいがアレンシカも戸惑っていた気がする。気がついたらアレンシカは足早に立ち去っていったから。
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