天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

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愚かな知らせ

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「うん、所作はもう問題ございませんわ。」

いつものようにティールームでリディス夫人はティーカップを手に持ちながら言った。

「ですが、まだまだ不安です。僕には実践の機会が少ないので……。」

「元々貴族のご子息として問題ございませんでしたわ。学園も社交場のひとつ、パーティーでなくても機会は自覚している者ほど積み上げられますわ。」

「そうでしょうか……。」

「ええ。あとはその自信のないお言葉がもう少し直れせられればより完璧に近づけますわ。どんなに所作が良くても、言葉に自信がなければ人の目にはみっともなく見えてしまいますから。自信を持つだけでも説得力は格段に増すのです。」

名家出身のリディスといえども最初から自信があった訳にではないという。特に宰相夫人になってからは未熟さ故に失敗してしまうこともあった。もちろん英才教育により大きなミスをしたことはなく、部屋の隅の埃を掻き出す程のレベルの小さなものだった。それでもその埃は大貴族にとって命取りだ。もし自信のある態度でいなければ途端に責め立てられてしまう。
自分を守り地位を築くには自信は何よりの武器になる。その大切さをリディスは知っている。

「アレンシカ様はきちんと知識もあり所作も出来ています。誰かの言葉に惑わされず、自信を持って。」

リディス夫人はいまやアレンシカにとって目指すべき目標だった。
ただでさえややこしい事情で迷惑をかけているのに丁寧に教えてくれているリディス夫人やシルロライラ公爵家の為にも立派な人間にならなければと思う。

「はい。頑張ります。」

「肩肘張らなくてもきっと自然と自信は持てていきますわ。」

事情を知っているリディス夫人は柔らかく微笑みアレンシカを姉のように見守っている。不思議とアレンシカも肩の力が抜けていた。

「アレンシカ様をお預かりしている身としてご報告はいただいてはおりますが、アレンシカ様は学園でも意欲的に学ばれているようですしリリーベル公爵様もご安心なさりますわ。」

「せっかくいただいた機会ですので、思い切り勉強に専念しようと思うのです。」

「将来ご当主になられる身ですから、ハンリビス学園での繋がりはいい学びになると思いますわ。」

「はい。良い経験ばかりです。」

ハンリビスに来てから明るく学園に通っている様子を見られてリディス夫人も嬉しかった。リリーベル家への報告が出来ないことは悔やまれるが、せっかく預かっているのだから心身共に健やかになったアレンシカをお返ししたいとリディスは思っている。

「それでは、あまりアレンシカ様のせっかくの時間を取り上げる訳にはまいりませんわね。」

リディスはティーカップを静かに置く。新しいお茶は注がれなかった。リディス夫人との作法の勉強は今日はもうお終いらしい。
アレンシカのもその合図に静かに礼をした。

「ありがとうございます、リディス夫人。今日も充実した時間でした。」

「こちらこそ。今日言ったことをけして忘れずに。」

アレンシカは再び礼をした後静かにティールームから出ていった。公爵夫人は忙しい。それは公爵家の人間としてアレンシカも分かっているつもりだ。どんなに名残り惜しくとも無理に引き止めたりその場に留まり続けたりはしなかった。

リディスはアレンシカが部屋を去ってしばらくした頃静かに入ってきた人物に目を留めた。アレンシカの専属メイドのメイメイの手にはひとつの手紙があった。

「ソーン・オルト男爵様からのお手紙です。」

「貴方が渡してきたということはアレンシカ様に関連したことなのね。」

ソーンは商団経営を利用した中継ぎを頼み続けており、フィルニース王国や王家に動きがあればすぐに連絡をもらえるように頼んでいる。
手紙を受け取ったリディスが封蝋を割り開く。中身を素早く見ると険しい顔になった。

「不味いことになったわね。」

「アレンシカ様に何か。」

「ええ。……ウィンノル第二王子殿下がこちらを目指しているわ。」

「……なんてことでしょう。」

険しい顔のままリディス夫人は手紙を封筒に戻す。

「ウィンノル王子殿下は確実にアレンシカ様に接触することが目的ね。」

「すぐに警戒レベルを引き上げ、ジュスティにも通達して連携を取ります。」

「そうしてちょうだい。私もすぐにレリックに知らせなければ。」

「かしこまりました。」

「ただ、アレンシカ様には教えないでちょうだい。アレンシカ様はこのことを知れば、私達に迷惑をかけないように向こうに行くことを考えてしまうわ。」

「ですが危険があることはアレンシカ様にお知らせしたほうがよろしいのでは。」

「そうね……。」

顔に手をやりリディスは少しだけ考える。
アレンシカはとても気遣いすぎてしまう性格だ。それを形成した人物がこちらに来るとなれば、せっかく良くなっていったのに再び戻ってしまいかねない。ましてシルロライラ家に負い目も少し感じていることは分かっていた。
それでももうアレンシカも変わって来ている。帰ることが何の為にもならないと。

「いいえ。それではアレンシカ様の為にならないわ。警戒レベルだけは上げて。」

「はい。それではすぐにジュスティに知らせに参ります。」

メイメイは丁寧に礼をして急ぎながらも静かに出ていった。

リディスは頭の中でアレンシカを守る算段をつけていく。
生家であるモンド家の長年の誇りにかけてアレンシカを守らなければならない。けれど今はそれだけではない。
アレンシカが来て実際に接してから、かつての恩だけではなくアレンシカは大切な縁だ。傷つけられることはけして許さない。

「一体どんな文言でアレンシカ様を取り返そうとするのか、見ものだわ。」

リディスは手紙を一瞥してからパサリとテーブルに置いた。
相手は隣国の王子であり気をつけなければ外交問題になってしまう。リディスもこの緊張感は緩んでいない。
それでも数々の報告でウィンノルがどんな人物であるかは分かっている。宰相夫人てあるリディスに入る情報は膨大だった。
たとえ相手が隣国王子であろうともそう安易にやられる立場ではない。

「まさかお一人でこちらに来ようとするなんてどれ程愚かなのかしら。」

きっと本人の目につかない場所に大勢の護衛が控えているのは分かっている。それでも王子として軽率な行動に愚かだと再度評価するしかない。あまりの愚かさに涙が出そうだった。

「今の王子には簡単に抑えつけられませんわよ。今のアレンシカ様は。」

きっとウィンノルは肩を落としながら帰ることになるだろう。
こうしている間にもリディス夫人か知らせるまでもなくすでに夫の耳には入っている。
リディスがするのは少しの手助けだけになりそうだ。

「さあ、王子殿下を返す準備をいたしましょう。」
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みんなの感想(77件)

リコ
2025.12.22 リコ
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リコ
2025.12.19 リコ
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通りすがりの通り雨
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