天使が私に落ちてくる

高遠 加奈

文字の大きさ
3 / 8

お姫様はお城にいるとは限らない

しおりを挟む

それからというもの天使はあたしにまつわりついてくるようになった。


もじもじするのは変わらなくても、あたしの後をついてオママゴトに混ざるようになった。


ただでさえ人気のある天使が、オママゴトに混ざるというだけで、みんながみんなママをやりたがり、天使はパパ役を押し付けられる。


次に人気があるのが、お姉ちゃん役や赤ちゃん役でこれも奪い合いになる。


みんななんとかして天使の奥さんや子供になって、家族になりたくてギラギラしている。


そこであたしは子供のお友達だとか、ペットの猫だとか微妙な役になる。


積極的に関わっていかなければ、オママゴトに参加しているのかも微妙な役なので、つまらないときもある。


そこで今日は猫だったので、家の壁として使っている大きな積み木に座って、オママゴトを眺めていた。


家の中には、木で出来たオママゴトセットがあって、木の野菜を包丁でザクザク切ったり、お鍋でスープ、フライパンでハンバーグを作ったり楽しそうだ。



その日のママ役は、佳奈ちゃんでパパ役はやっぱり天使だった。朝ご飯を食べて、会社に行く天使は佳奈ちゃんにお世話されてネクタイを結んだり、ワイシャツの襟を直してもらったりしていた。


にゃんこ役のあたしから見ても、佳奈ちゃんは天使のことが大好きで少しでも構いたくてしかたないようだった。


一方、天使は内気なので積極的にオママゴトに参加している風には見えなかった。


「パパ行ってらっしやい」

「……行ってきます」


笑ったら可愛いのに、むすりとした天使は表情を変えることなく会社に行くことにしたらしい。


ママ役の佳奈ちゃんや子供役の子達に手を振って、天使はあたしの方へやって来た。


「みーちゃん、行ってきます」


そう言って、座っていたあたしの頭を撫でてきた。佳奈ちゃんやほかのお友達には背中を向けていて見えないだろうけれど、天使は目を細めてにっこり笑顔だった。


保育園では激レアな笑顔に、胸がドキドキした。



人の多い所が苦手な天使は、保育園ではあまり表情を変えない。ママ同士が仲良しで、お互いの家を行き来するようになってからの天使は、あたしには懐いたようで笑ってくれるようになっていたけれど、それもまだ少ない。


あたし、ホントの猫だって思われているのかも。天使も猫になら、あんな笑顔になるのかも。


その時、佳奈ちゃんが天使の腕を引いて自分の方に向かせた。


「パパ忘れ物。行ってらっしゃい」


そう言ってほっぺたにキスをした。はにかむように離れる佳奈ちゃんとは対照的に、驚きで目を見開いた天使は、すぐさまほっぺたを服の袖で拭った。


「……キスしないで」


たちまち天使の涙は決壊しそうなまでに盛り上がる。慌てた佳奈ちゃんが謝るのも聞かないで、あたしの手を取ってぐいぐい引っ張っていく。


部屋を飛び出して、靴をはいて藤棚の陰にまで逃げ込む。


そこで初めて天使の顔を覗き込むと、ぼろぼろ泣いていた。



「そんなに嫌だったの? 」


そう言ったら、こくんと頷いたので大きな涙の粒がぼたぼた落ちた。


そろそろとうさちゃんハンカチを取り出して、涙を拭ってあげる。感情が激しく揺れているので、いつ手をはたき落とされるかと心配していたけれど、あたしが拭うにまかせてふかせてくれる。


「……ゆいかちゃん」


大きな目を涙でいっぱいにした天使はそれでも可愛いらしかった。


………涙が武器になるなんてズルいよなぁ


「……お願い、目閉じて……」


ここで機嫌を損ねてはいけないので、素直に目を閉じる。


すぐに柔らかなものが唇について、すぐに離れた。唇の端からしょっぱい物が口の中に入ってきて、びっくりして目を開けるとあたしを見ている天使と目が合う。




ぽうっとした顔をして、あたしと目が合うと真っ赤になつた。


「……かなちゃんがあんなことするから……初めてはゆいかちゃんがいい」


ドキンとした。ママのお友達のお姉さんみたいだった……なんだろう大人っぽくて……色気がある……?


ドキドキして思わず唇を舐めたら、しょっぱくて涙の味がした。


………あれ?しょっぱい?


もしかして、天使の涙を舐めた?


なんであたしに涙を舐めさせるんだろ。


もしかして佳奈ちゃんがした、ほっぺたのチュウが嫌でそこにあたしの唇をつけたら、キスしたことがなくなりはしないでも、まだマシになるとか……?


ということは、佳奈ちゃんと間接キスなのかな。


…………うーん


なんだか微妙だ。パパやママにはほっぺたにキスしたりしているけれど、家族以外では佳奈ちゃんが初めてだとか。





考えこむあたしの手をつかんで天使は極上の笑みを浮かべる。


「超特急マンは、ハンバーグが大好きなんだって。僕といっしょなんだよ。僕もハンバーグをいっぱい食べたら超特急マンみたいになれるかな? 」

「……そうだね」

「ゆいかちゃんは何が好き? 」

「お菓子。アイスクリームも大好き」


うちのママの料理は美味しいけれど、お菓子はあんまり作ってくれない。手間がかかって大変なんだって。


「また僕のうちに来たら、たくさん食べさせてあげるね。ママはお菓子を作るのが好きなんだよ。でも甘いものばっかりだから僕もパパもすぐあきちゃうんだ」


天使は自分の小指を出すと、あたしの小指にかってにからめてきて約束、といった。


「超特急マン遊びしようよ」

「やだ。お姫さまごっこがいい」

「じゃあね、お姫さまを超特急マンが助けるのがいいよ! 」


これで解決とばかりに天使が微笑む。


お姫さまがお城にいるとは限らない。だけど怪獣や日曜の特撮ヒーローといるとも限らない。

でもまあ……天使のご機嫌がなおって笑ってくれたから、それはそれでいいとしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...