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天使が私に落ちてくる
しおりを挟む「結香ちゃん」
気がつけば、そこに天使がいた。
体育祭の後から天使とあたしは付き合っていることになっている。
やっぱり『好きな人』と『キス』の札を引いたことか大きいのかもしれない。
「一緒に帰ろう」
そこに居るだけで目立つのだから、一緒にいたら女子の標的になることは間違いない。ハイエナどもにみすみすエサをくれてやることはない。
「七海と約束しているの」
「彼女がここにいるって教えてくれたんだよ」
あいつめ人の情報を売ったな!
ここは図書室だ。天使から隠れていたのに場所を教えやがって!
体育祭からこっち天使がまつわりついて困る。こっちとしては女子の標的になりたくないので、なるべく関わりたくないのだけれど、向こうからやってくる。
「色々協力してくれたし、いい友達だね」
「……色々? 」
「結香ちゃんが借り物競争に出るって聞いて、僕も立候補したんだよ。やっぱり出場してよかった」
そして何か思い出したのか、頬を染めて色気ダダ漏れの笑顔を作った。
もしかして『エサ』とは天使を釣るためのものだったとか。
学年でも群を抜いて人気のある天使を仮装させるためのエサになったのか!
ああ確かに似合っていましたとも。
誰よりも執事のコスチュームが。
でも、なんで?
どうしてあたしが仮装をして借り物競争をすることで、天使が釣れるの?
情けない幼なじみが、借り物競争で苦労するのを助けてくれるためだったのかも。
だからノーカウントなのか。
『初めてじゃないキス』というのも世の中には存在するようだし。知らなかった事実も世の中にはあるのだよ。
前から歩いてきた女子を避けるために、天使があたしを左側によせる。肩に軽く触れていた手がすべるように腕を伝い、手のひらを握る。
そっと天使の顔をうかがえば、はにかんだ笑顔を浮かべていてとろけてしまいそうだった。
何か嬉しいことでもあったのか?
それでも天使が笑っているとドキドキする。急に喉がかわいたので、天使の手を離してポケットから飴を出して食べる。
ちょつと落ち着いた。
その時、右側から視線を感じた。
眉毛を下げてきゅーんと鳴きそうなわんこがいた。
「あ、ごめん飴食べたかった? 」
「ううん…」
ごそごそポケットを漁るとリンゴとぶどうとみかん味ののど飴が出てきたので、選べるように目の前に差し出す。
「結香ちゃんと手をつないでいたかった」
「なんで? 」
「好きだから」
「手をつなぐのが? 」
天使の顔が曇る。
「結香ちゃんが好きだからに決まってるでしょ。こんなにわかってもらえてないなんて……」
天使頭を抱える。
「借り物競争の時はお芝居だよね?」
「違うよ。好きだからキスしたんだよ。好きでもない人とキスするわけないでしょ。第一、僕が引いた札は、『好きな人』で結香ちゃんが引いたのが『キス』だよ? あんな人前で結香ちゃんが僕にキスできるわけがないから、代わったんだよ」
「だって初めてじゃないって言った! 」
だから、ノーカウントだって思ってたのに。
「初めてじゃないよ。ファーストキスは保育園でしたじゃない。2回目だよ。そう言えば落ち着くかなって思ってたのに」
「したっけ? 」
「したよ! 藤棚の陰でした! 」
そう言えば、お友達にほっぺにちゅーされて泣いて嫌がった天使が庭に逃亡したことがあったっけ。
なぜかあたしも巻き込んでね。
あの時、唇がしょっぱかったのは、天使の唇が涙で濡れていたからでほっぺにちゅーの上書きでほっぺたをくっつけた訳ではなかったかということかい?
ショックだ……
今まで知らなかった……
「じゃあもう……あたしのファーストキスはないということ? 」
こくりと力強く天使がうなずく。
「2回目もしたよね」
ショックだ。知らない間にファーストキスがなくなっていただけでなく、この前のキスもカウントに入っていたなんて。
「素敵な人と恋愛して、するものだと思ってたのになかったなんて……」
「結香ちゃんは僕が嫌いなの? 」
「嫌いじゃないよ」
「ただ天使が……海堂くんがそういうことするとか考えたことなくて……」
あたしの中では、天使はずうっとキラキラしててそういう俗世間の恋愛とかとは無縁の生き物だった。
ずうっと純粋で綺麗なままで、大人にならずに妖精にでもなってしまいそうな。
「僕はずっと結香ちゃんが好きだった。みんなが遠巻きにして見てるのに、結香ちゃんだけは遊ぼうって声をかけてくれたから……それから今でもずうっと好きだよ」
気が付けば天使が迫ってきていた。後ずさると背中が壁に当たる。
とん、と天使が壁に手をつく。さらには肘を曲げて囲いこまれてさらに密着する。
「それじゃあ僕を好きになって」
天使が色気ダダ漏れでドキドキしすぎる。心臓がバクバクしすぎて倒れてしまいそうになる。
「近い、近すぎるってば」
「わざとだよ。結香ちゃん顔真っ赤でカワイイ。もっと僕を意識して」
おでこがくっつくくらい近い。と思ったらおでこをくっつけてきた。
「これでもまだ遠いよ。ゼロにしたい」
そう言った天使はおでこにちゅーした。とっさに目を閉じると、ちゅつちゅつと顔じゅうにキスされた。最後に唇が重なって、柔らかい唇を味わう。
というか味わわれる。
「たまらない。もっとしたくなる」
色気ダダ漏れの天使の言葉は心臓に悪い。腰が砕けて立っていられないくらい足がぶるぶるする。
「好き。大好き」
ぎゅうぎゅう抱きしめられて、耳元で言っていたかと思ったら、耳を舐められた。
「ひゃあっ……やだ、そこやだ」
はむはむと甘噛みしながら、天使が笑っていた。
「ほんとカワイイ」
かすれた声も耳元だと破壊力バツグンですね。
天使がこんなに甘えん坊だとは思わなかった。小さい頃は、ママなしでは生きていけないくらい引っ込み思案だったけど、いつの間にか強くなってた。
あの学校帰りの1日が天使を変えた。
守ると決めていたのはあたしのほうで、彼は守られるために存在する清らかな天使だった。
「ずっと結香ちゃんを守るために強くなりたかった。結香ちゃんの陰で守られている自分じゃダメだってわかってた」
距離を置いて見つめる瞳は真剣でキラキラしていた。
「僕が強くなったのは結香ちゃんのため。結香ちゃんを守れるほど強くなるまで、そばに行くことを我慢していたんだ。近づいたら、離せないってわかってたから……」
すりすりと髪に頬ずりしてくる。
「そんな自分に北条さんは気づいたみたいで、彼女から声をかけてくれたんだ」
「……北条七海? 」
「結香は奥手だから、手を貸しましょうかって」
「なんでっ……七海には何にも言ってないのにっ」
「移動教室や朝礼でいつも捜していたからすぐわかったって」
正面から見ることはできなくて、いつもいつも背中を追っていたし、気づかれずに横顔を拝めたらラッキーだって言ってた。
だって天使とは住む世界が違うから。
どうして今まで並んでいられたのか不思議なくらい天使はキラキラしていて、まぶしくて近寄るのが怖かった。
「結香ちゃんが僕を捜してるって知ってたから、図書室裏で日向ぼっこをしていてのに、それも偶然だと思ってた? 」
バレていたのかと、恥ずかしくてこくこくと頷く。
「結香ちゃんが僕を見てくれるなら、僕を好きだって信じられた」
ぎゅっと抱きしめられる。
「結香ちゃんに逃げられないように、学校中に知れ渡るようにしたのにまだ逃げるの? 」
抱きしめているので、一番近い髪にキスを落とす。ああ、止めて恥ずかしいから。
「もう逃がさない」
その声は鋭く甘く心臓を突き刺した。
天使が私に落ちてくる。その声だけで心臓を射抜かれてしまうほど、あたしは天使を好きだ。
ずっとずっと好きだった。
天使が私に落ちてくる。
それをあたしは両手を広げて受け取った。
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