天使が私に落ちてくる

高遠 加奈

文字の大きさ
6 / 8

天使が私に落ちてくる

しおりを挟む


「結香ちゃん」


気がつけば、そこに天使がいた。

体育祭の後から天使とあたしは付き合っていることになっている。

やっぱり『好きな人』と『キス』の札を引いたことか大きいのかもしれない。


「一緒に帰ろう」


そこに居るだけで目立つのだから、一緒にいたら女子の標的になることは間違いない。ハイエナどもにみすみすエサをくれてやることはない。


「七海と約束しているの」

「彼女がここにいるって教えてくれたんだよ」


あいつめ人の情報を売ったな!

ここは図書室だ。天使から隠れていたのに場所を教えやがって!

体育祭からこっち天使がまつわりついて困る。こっちとしては女子の標的になりたくないので、なるべく関わりたくないのだけれど、向こうからやってくる。


「色々協力してくれたし、いい友達だね」



「……色々? 」

「結香ちゃんが借り物競争に出るって聞いて、僕も立候補したんだよ。やっぱり出場してよかった」


そして何か思い出したのか、頬を染めて色気ダダ漏れの笑顔を作った。

もしかして『エサ』とは天使を釣るためのものだったとか。

学年でも群を抜いて人気のある天使を仮装させるためのエサになったのか!


ああ確かに似合っていましたとも。


誰よりも執事のコスチュームが。




でも、なんで?


どうしてあたしが仮装をして借り物競争をすることで、天使が釣れるの?


情けない幼なじみが、借り物競争で苦労するのを助けてくれるためだったのかも。


だからノーカウントなのか。


『初めてじゃないキス』というのも世の中には存在するようだし。知らなかった事実も世の中にはあるのだよ。



前から歩いてきた女子を避けるために、天使があたしを左側によせる。肩に軽く触れていた手がすべるように腕を伝い、手のひらを握る。


そっと天使の顔をうかがえば、はにかんだ笑顔を浮かべていてとろけてしまいそうだった。


何か嬉しいことでもあったのか?


それでも天使が笑っているとドキドキする。急に喉がかわいたので、天使の手を離してポケットから飴を出して食べる。


ちょつと落ち着いた。


その時、右側から視線を感じた。


眉毛を下げてきゅーんと鳴きそうなわんこがいた。


「あ、ごめん飴食べたかった? 」

「ううん…」


ごそごそポケットを漁るとリンゴとぶどうとみかん味ののど飴が出てきたので、選べるように目の前に差し出す。


「結香ちゃんと手をつないでいたかった」



「なんで? 」

「好きだから」

「手をつなぐのが? 」


天使の顔が曇る。


「結香ちゃんが好きだからに決まってるでしょ。こんなにわかってもらえてないなんて……」


天使頭を抱える。


「借り物競争の時はお芝居だよね?」

「違うよ。好きだからキスしたんだよ。好きでもない人とキスするわけないでしょ。第一、僕が引いた札は、『好きな人』で結香ちゃんが引いたのが『キス』だよ? あんな人前で結香ちゃんが僕にキスできるわけがないから、代わったんだよ」

「だって初めてじゃないって言った! 」


だから、ノーカウントだって思ってたのに。


「初めてじゃないよ。ファーストキスは保育園でしたじゃない。2回目だよ。そう言えば落ち着くかなって思ってたのに」

「したっけ? 」

「したよ! 藤棚の陰でした! 」



そう言えば、お友達にほっぺにちゅーされて泣いて嫌がった天使が庭に逃亡したことがあったっけ。

なぜかあたしも巻き込んでね。

あの時、唇がしょっぱかったのは、天使の唇が涙で濡れていたからでほっぺにちゅーの上書きでほっぺたをくっつけた訳ではなかったかということかい?


ショックだ……


今まで知らなかった……


「じゃあもう……あたしのファーストキスはないということ? 」


こくりと力強く天使がうなずく。


「2回目もしたよね」


ショックだ。知らない間にファーストキスがなくなっていただけでなく、この前のキスもカウントに入っていたなんて。


「素敵な人と恋愛して、するものだと思ってたのになかったなんて……」

「結香ちゃんは僕が嫌いなの? 」

「嫌いじゃないよ」



「ただ天使が……海堂くんがそういうことするとか考えたことなくて……」


あたしの中では、天使はずうっとキラキラしててそういう俗世間の恋愛とかとは無縁の生き物だった。

ずうっと純粋で綺麗なままで、大人にならずに妖精にでもなってしまいそうな。


「僕はずっと結香ちゃんが好きだった。みんなが遠巻きにして見てるのに、結香ちゃんだけは遊ぼうって声をかけてくれたから……それから今でもずうっと好きだよ」


気が付けば天使が迫ってきていた。後ずさると背中が壁に当たる。

とん、と天使が壁に手をつく。さらには肘を曲げて囲いこまれてさらに密着する。


「それじゃあ僕を好きになって」


天使が色気ダダ漏れでドキドキしすぎる。心臓がバクバクしすぎて倒れてしまいそうになる。


「近い、近すぎるってば」

「わざとだよ。結香ちゃん顔真っ赤でカワイイ。もっと僕を意識して」



おでこがくっつくくらい近い。と思ったらおでこをくっつけてきた。


「これでもまだ遠いよ。ゼロにしたい」


そう言った天使はおでこにちゅーした。とっさに目を閉じると、ちゅつちゅつと顔じゅうにキスされた。最後に唇が重なって、柔らかい唇を味わう。

というか味わわれる。


「たまらない。もっとしたくなる」


色気ダダ漏れの天使の言葉は心臓に悪い。腰が砕けて立っていられないくらい足がぶるぶるする。


「好き。大好き」


ぎゅうぎゅう抱きしめられて、耳元で言っていたかと思ったら、耳を舐められた。


「ひゃあっ……やだ、そこやだ」


はむはむと甘噛みしながら、天使が笑っていた。


「ほんとカワイイ」


かすれた声も耳元だと破壊力バツグンですね。



天使がこんなに甘えん坊だとは思わなかった。小さい頃は、ママなしでは生きていけないくらい引っ込み思案だったけど、いつの間にか強くなってた。


あの学校帰りの1日が天使を変えた。


守ると決めていたのはあたしのほうで、彼は守られるために存在する清らかな天使だった。


「ずっと結香ちゃんを守るために強くなりたかった。結香ちゃんの陰で守られている自分じゃダメだってわかってた」


距離を置いて見つめる瞳は真剣でキラキラしていた。


「僕が強くなったのは結香ちゃんのため。結香ちゃんを守れるほど強くなるまで、そばに行くことを我慢していたんだ。近づいたら、離せないってわかってたから……」


すりすりと髪に頬ずりしてくる。


「そんな自分に北条さんは気づいたみたいで、彼女から声をかけてくれたんだ」

「……北条七海? 」

「結香は奥手だから、手を貸しましょうかって」



「なんでっ……七海には何にも言ってないのにっ」

「移動教室や朝礼でいつも捜していたからすぐわかったって」


正面から見ることはできなくて、いつもいつも背中を追っていたし、気づかれずに横顔を拝めたらラッキーだって言ってた。


だって天使とは住む世界が違うから。


どうして今まで並んでいられたのか不思議なくらい天使はキラキラしていて、まぶしくて近寄るのが怖かった。


「結香ちゃんが僕を捜してるって知ってたから、図書室裏で日向ぼっこをしていてのに、それも偶然だと思ってた? 」


バレていたのかと、恥ずかしくてこくこくと頷く。


「結香ちゃんが僕を見てくれるなら、僕を好きだって信じられた」


ぎゅっと抱きしめられる。


「結香ちゃんに逃げられないように、学校中に知れ渡るようにしたのにまだ逃げるの? 」



抱きしめているので、一番近い髪にキスを落とす。ああ、止めて恥ずかしいから。


「もう逃がさない」


その声は鋭く甘く心臓を突き刺した。



天使が私に落ちてくる。その声だけで心臓を射抜かれてしまうほど、あたしは天使を好きだ。



ずっとずっと好きだった。



天使が私に落ちてくる。


それをあたしは両手を広げて受け取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...