Focus

高遠 加奈

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はじまり

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照明が熱いくらいの室内で、シャッターが切られ、一瞬が焼き付けられていく。



シャッターごとにポーズを変える彼女達に光を送るのが、自分の役目。

媚びを売るような女らしさが溢れるかえる。



「いいよー沙知加ちゃん達、衣装直してもらって」

毎月発売されるファッション雑誌には何点もの写真が掲載される。雑誌編集者とスタイリスト、ヘアメイク、カメラマンのチームで片っ端から写真に挙げていく。俺はそのカメラマンの助手をしていた。流行り廃れはあっても食いっぱぐれないカメラマンとして。



「礼治さん、お疲れさまです」


タバコを探して胸ポケットに伸ばした手を止めて、オレの差し出したコーヒーを口にする。

上目遣いにオレを見てコーヒーを啜るこの人は、俺のボス。

癖のある黒髪が、外人のように掘りの深い顔を覆っている。



「ここ禁煙だっけ」

「今やどこも禁煙ですよ。止めるって言ってませんでしたか」

「気のせいじゃない。言ったっけ」

仕方ないと言うようにコーヒーを啜る。

「やだなぁ。コーヒー飲むと吸いたくなっちゃう」



とんとんと指は灰を落とす仕種をする。



「そんなこと言ったってダメです。すぐに衣装変えて次の撮影ですよ」


「はーそこんとこツライ。給料あげてくんなくちゃやってらんない」

「礼治さん、女の子の扱い得意でしょ」

「そんなことないさ。沙知加ちゃんも結月ちゃんもオレよか一回りも違うんだから。おぢさんは相手になんかされないだよ。圏外だから、いいんだって」



そう言って、また紙コップからコーヒーを啜る。
この軽いとも言えるそぶりが、モデルに警戒心を与えずに自由な撮影になる。モデルをその気にさせるトークだって、もちろんスキルのうちだ。

そこそこ忙しい礼治さんは思い出したかのように、オレに言った。



「ねぇ結輝バイトしない?」


「バイトですか」

この撮影もバイトみたいだな、と思いながら先を促す。



「実は友達が担当してたブライダル撮影なんだけど、そいつ山に行くって言い出してさ。帰ってくるまでに入れた仕事を代わりにこなして欲しいんだよね」

「ずいぶん唐突なんですね」

「もともとそいつは山岳写真撮ってたんだけど、それで飯喰えなくってさ。ブライダルは生活のためだったんだよね。ただ今回いい条件で参加できるパーティーがあって、後先考えずに行くことにしやがったのよ」

軽く笑いながらだけれども、オレが断るなんて考えてもみないそぶりだ。


「ブライダルはさ、基本土日祝日だから、こっちと被ることないし、結構こっちもいいんだぁ」



にやりと指でわっかを作る。



「結輝のスキルアップにもなると思うよ」



考える間をくれるように、またコーヒーに口をつける。いつも金欠でいるオレには有り難い申し出だか、多少不安要素もある。



「どうせブライダルなんて幸せな奴しかいないさ。自分がいい表情を引っ張り出す必要なんてない。シチュエーションだけ整えてほっときゃいい。受けてくれるか結輝?」



普段使わない有無を言わさない眼光がある。この時ばかりは、仕事のボスの顔をした。



「了解です。仕事に入る前にその人の作品を何点か拝見させて貰えないですか」

「あー。いーよ。そいつが仕事してんのはココ。ブライダルの資料として見本のアルバムがあるから、覗いてくるといいよ」



人差し指と中指に名刺を挟んでこちらに差し出す。

手を出して受け取りながら、そのお菓子みたいに甘い名前の印刷された名刺に、ちらりと不安がよぎる。

とりあえず、覗くだけでも行ってみようか。何と言っても報酬がいいと言うのは、たまらない魅力がある。


電話を入れてから向かった場所は、大使館の建ち並ぶ一角でもともとはどちらかの大使が使用していた邸宅を譲り受けて、ブライダルなどのパーティー用として使用している建物だった。

使っているタイルなども素材を厳選した跡が窺え、よい作りだと感心する。

来訪の意図を告げると、隅に用意されている応接セットへと案内された。すぐに飲み物の好みを尋ねられ、マホガニー色のテーブルへ届けられた。

丹念にデザインされ、嵌め込まれたガラスから庭を眺めていたら、スーツ姿の女性から声がかかった。



「相模様、お待たせしました。品川と申します、本日はよろしくお願いいたします」

髪をまとめて結い、きりっとした美人だった。正確に言うなら、顔立ちを補って余りあるくらい立ち居振る舞いの美しい人だった。

立ち上がり挨拶を交わし、お互いに席に落ちついてからは、品川さんから癒しオーラ感じた。

どんなことでも、笑って相談に乗ってくれそうだ。

「先程電話したとおり、こちらで契約している山並鉄也さんの代わりとしてブライダル写真を担当するのですが、参考までに山並さんの写真を見せてもらえないでしょうか」


品川さんは頷いて、二部のアルバムを差し出した。

「畑違いのブライダルとはいえ熱心にカメラを構えて撮影していらっしゃいます」



同じようなアルバムでありながら、開いた印象は全く違う。

明るく華やかな笑顔溢れる式と、しっとりと上質な時間を楽しむ落ち着いた式。
写真を撮った場所から、シュチュエーションまで全く違い、ブライダル写真の型などないのだと思い知らされる。それでもなんとか共通点はないのかと探すと、幾つかのパターンが見えてきた。



山男だと聞いていた割に、繊細なカットをものにしている。新郎新婦への、スタッフからの気遣いに溢れた仕草が収められた一枚には温かな気持ちが沸き起こった。



「写真を見ると、あなたがたスタッフと山並さんの信頼関係がよくわかります」



ちらりと品川さんも写りこんだ写真では、彼女もとてもいい笑顔を向けていた。
白い肌をわずかに染めて品川さんも頷いた。



「私共も山並さんの腕を信頼していますし、彼以上のカメラマンを探すことはできません。彼もそのことを心配していたのですが、お引き受けいただけますでしょうか」



期待をこめた視線を無下にすることはできない。


「いきなり山並さんのレベルは難しいのですが、時間が空いた時にあちこち見て回ってもいいでしょうか。それでいいならお受けします」


品川さんは笑って手を差し出した。



「それならいつでも。当日はご新郎、ご新婦を支えるスタッフとしてお互いに研鑽いたしましょう」

あたたかな小さな手を強く握りしめた。

「仲間としてよろしくお願いします」



品川さんも営業ではない笑いを浮かべた。

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