1 / 25
はじまり
しおりを挟む照明が熱いくらいの室内で、シャッターが切られ、一瞬が焼き付けられていく。
シャッターごとにポーズを変える彼女達に光を送るのが、自分の役目。
媚びを売るような女らしさが溢れるかえる。
「いいよー沙知加ちゃん達、衣装直してもらって」
毎月発売されるファッション雑誌には何点もの写真が掲載される。雑誌編集者とスタイリスト、ヘアメイク、カメラマンのチームで片っ端から写真に挙げていく。俺はそのカメラマンの助手をしていた。流行り廃れはあっても食いっぱぐれないカメラマンとして。
「礼治さん、お疲れさまです」
タバコを探して胸ポケットに伸ばした手を止めて、オレの差し出したコーヒーを口にする。
上目遣いにオレを見てコーヒーを啜るこの人は、俺のボス。
癖のある黒髪が、外人のように掘りの深い顔を覆っている。
「ここ禁煙だっけ」
「今やどこも禁煙ですよ。止めるって言ってませんでしたか」
「気のせいじゃない。言ったっけ」
仕方ないと言うようにコーヒーを啜る。
「やだなぁ。コーヒー飲むと吸いたくなっちゃう」
とんとんと指は灰を落とす仕種をする。
「そんなこと言ったってダメです。すぐに衣装変えて次の撮影ですよ」
「はーそこんとこツライ。給料あげてくんなくちゃやってらんない」
「礼治さん、女の子の扱い得意でしょ」
「そんなことないさ。沙知加ちゃんも結月ちゃんもオレよか一回りも違うんだから。おぢさんは相手になんかされないだよ。圏外だから、いいんだって」
そう言って、また紙コップからコーヒーを啜る。
この軽いとも言えるそぶりが、モデルに警戒心を与えずに自由な撮影になる。モデルをその気にさせるトークだって、もちろんスキルのうちだ。
そこそこ忙しい礼治さんは思い出したかのように、オレに言った。
「ねぇ結輝バイトしない?」
「バイトですか」
この撮影もバイトみたいだな、と思いながら先を促す。
「実は友達が担当してたブライダル撮影なんだけど、そいつ山に行くって言い出してさ。帰ってくるまでに入れた仕事を代わりにこなして欲しいんだよね」
「ずいぶん唐突なんですね」
「もともとそいつは山岳写真撮ってたんだけど、それで飯喰えなくってさ。ブライダルは生活のためだったんだよね。ただ今回いい条件で参加できるパーティーがあって、後先考えずに行くことにしやがったのよ」
軽く笑いながらだけれども、オレが断るなんて考えてもみないそぶりだ。
「ブライダルはさ、基本土日祝日だから、こっちと被ることないし、結構こっちもいいんだぁ」
にやりと指でわっかを作る。
「結輝のスキルアップにもなると思うよ」
考える間をくれるように、またコーヒーに口をつける。いつも金欠でいるオレには有り難い申し出だか、多少不安要素もある。
「どうせブライダルなんて幸せな奴しかいないさ。自分がいい表情を引っ張り出す必要なんてない。シチュエーションだけ整えてほっときゃいい。受けてくれるか結輝?」
普段使わない有無を言わさない眼光がある。この時ばかりは、仕事のボスの顔をした。
「了解です。仕事に入る前にその人の作品を何点か拝見させて貰えないですか」
「あー。いーよ。そいつが仕事してんのはココ。ブライダルの資料として見本のアルバムがあるから、覗いてくるといいよ」
人差し指と中指に名刺を挟んでこちらに差し出す。
手を出して受け取りながら、そのお菓子みたいに甘い名前の印刷された名刺に、ちらりと不安がよぎる。
とりあえず、覗くだけでも行ってみようか。何と言っても報酬がいいと言うのは、たまらない魅力がある。
電話を入れてから向かった場所は、大使館の建ち並ぶ一角でもともとはどちらかの大使が使用していた邸宅を譲り受けて、ブライダルなどのパーティー用として使用している建物だった。
使っているタイルなども素材を厳選した跡が窺え、よい作りだと感心する。
来訪の意図を告げると、隅に用意されている応接セットへと案内された。すぐに飲み物の好みを尋ねられ、マホガニー色のテーブルへ届けられた。
丹念にデザインされ、嵌め込まれたガラスから庭を眺めていたら、スーツ姿の女性から声がかかった。
「相模様、お待たせしました。品川と申します、本日はよろしくお願いいたします」
髪をまとめて結い、きりっとした美人だった。正確に言うなら、顔立ちを補って余りあるくらい立ち居振る舞いの美しい人だった。
立ち上がり挨拶を交わし、お互いに席に落ちついてからは、品川さんから癒しオーラ感じた。
どんなことでも、笑って相談に乗ってくれそうだ。
「先程電話したとおり、こちらで契約している山並鉄也さんの代わりとしてブライダル写真を担当するのですが、参考までに山並さんの写真を見せてもらえないでしょうか」
品川さんは頷いて、二部のアルバムを差し出した。
「畑違いのブライダルとはいえ熱心にカメラを構えて撮影していらっしゃいます」
同じようなアルバムでありながら、開いた印象は全く違う。
明るく華やかな笑顔溢れる式と、しっとりと上質な時間を楽しむ落ち着いた式。
写真を撮った場所から、シュチュエーションまで全く違い、ブライダル写真の型などないのだと思い知らされる。それでもなんとか共通点はないのかと探すと、幾つかのパターンが見えてきた。
山男だと聞いていた割に、繊細なカットをものにしている。新郎新婦への、スタッフからの気遣いに溢れた仕草が収められた一枚には温かな気持ちが沸き起こった。
「写真を見ると、あなたがたスタッフと山並さんの信頼関係がよくわかります」
ちらりと品川さんも写りこんだ写真では、彼女もとてもいい笑顔を向けていた。
白い肌をわずかに染めて品川さんも頷いた。
「私共も山並さんの腕を信頼していますし、彼以上のカメラマンを探すことはできません。彼もそのことを心配していたのですが、お引き受けいただけますでしょうか」
期待をこめた視線を無下にすることはできない。
「いきなり山並さんのレベルは難しいのですが、時間が空いた時にあちこち見て回ってもいいでしょうか。それでいいならお受けします」
品川さんは笑って手を差し出した。
「それならいつでも。当日はご新郎、ご新婦を支えるスタッフとしてお互いに研鑽いたしましょう」
あたたかな小さな手を強く握りしめた。
「仲間としてよろしくお願いします」
品川さんも営業ではない笑いを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる