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あこがれ
しおりを挟むブライダル会場に行ってから数日が経ち、そろそろ次の段取りを付ける必要を感じた。
礼治さんの所から、会場へと足を運ぶ。
何度か足を運び、甘いお菓子のような名前にも慣れ、一人でこの場所に来るのにも慣れた。
入り口から受付のフロアを覗くと、今日もきっちりとした品川さんが、若い男女を前にカタログを広げて談笑していた。
視界の隅にオレを認めると、にこっと笑顔を送ってくれる。
注意を払うべき時間や場所を実際に歩いて回ることにした。
簡単な見取り図から、当日の移動場所、式の次第を頭に入れる。
何度か訪れる、写真タイムとも言うべき決めポーズも参列者を上手くやり過ごし撮らねばならない。
屋内だけでなく、オープンエアでの催しもあり光の加減を調整したり、些細な事柄であるけれど注意を払う必要がある。
いくら修正できるとしても、少ないに越したことはない。
教会として使われている一室に入るなり、花の香りが辺りを埋めた。
ステンドグラスからの光りを浴びて、一人の女性が花を生けていた。
まとめられた髪は無造作で、白いシャツに黒いカフェエプロンをしている。
背の高いガラスの花瓶に、白い花ばかり生けていた。白い花ばかりとはいえ、それぞれ色合いに変化があり柔らかな優しい雰囲気だった。
気がつけば、シャッターを切っていた。
わずかな音で彼女が気づくのではないかという不安も、作業の手を止めない姿から杞憂だったとわかる。
あまりにも集中しているので、声をかけることすら憚られる。
しばらく見つめてから、そっと部屋を後にした。
廊下を厨房に向けて急ぐと、こちらからは甘い香りが漂ってきた。
「ミオ」
呼ばれた彼女は、焼き上げたスポンジケーキから丁寧に紙を剥がしている所だった。作業を中断して、顔を上げてこちらを見た。
「教会に人がいたんだけど…」
「ああ。沙那さんだわ、それ。花を生けてたんでしょ」
うっすらとソバカスの散る頬を緩める。
その顔は一流の師について、修行してきたという経歴はうかがえないほど、やわらかい笑みだった。
「なんかさ、すっごい真剣で写真撮ったのに気がつかなかった」
「え、写真撮ったの?」
「あ、うん…」
言ってから、かあっと頬に血が上る。普段ならこんなことありはしない。
隠れて写真を撮る、なんてストーカー的な行為だ。写真には肖像権というものがあり、許可なく撮ったものを使用することはできない。
へええっとミオの目が三日月になる。
「なに、惚れた?」
「違うって…あんまり真剣だったから、つい…」
「つい?」
「うん…撮った」
そう、綺麗だと思った。この一瞬を切り取ってカメラに収めたいと思うほど…それはきっと欲望だ。
「意外よね、ファッション雑誌の撮影なんてしてたらモデルさんと知り合う機会だって、いっくらでもあるでしょうに」
「それは仕事だから。それにモデルの子だってバカじゃないでしょ。自分だって他にいくらでも芸能人と知り合えるんだから、一介のカメラマンなんて見向きもしないよ」
「そう?結輝は見た目だって悪くないし、いいと思うけど」
「オレお金ないからダメ。モデルなんて…そういうのダメだよ」
ふーんと頷きながら、ミオは作業を再開する。これからクリームでデコレートするなら、多少乱暴に紙を剥がしてもいいはずなのに、ミオはゆっくりと丁寧だ。
「もっとちゃっちゃとやってもいいんじゃない?」
初めて会った時にそう聞いたら、「見えないと思って手を抜くなんてできない。クリームの乗りが悪くなるから」そう言いきった。
ミオもプロなんだ。
ブライダルにしろパーティーにしろ、記念日を祝う大切なケーキを任されている自負があるのだろう。その指先は繊細だ。
ミオもまたプロの視線でケーキを見つめたのを機に、退散することにした。
彼女には…思わず、シャッターを切っていた。
そして彼女のことを知りたくて、厨房まで押しかけて名前を聞き出すなんて。
……物凄く意識してるんじゃないだろうか。
ミオに聞くにしても、もっといい理由だってあったはずなのに思いつくこともなかった。
彼女が誰なのかその事が、心を占めていて他のことなんてどうでも良かった。
「沙那さん……かぁ」
名前を口にしただけで、花を生けている姿が浮かび、きゅうっと胸を締め付ける。
やばい、意識し過ぎかも…
ジューンブライドが気持ちのいい季節だなんて、それは梅雨のない外国だと思う。
今にも泣き出しそうな雨雲を頭上に、ブライダルパーティーは始まった。
今回、カメラマンが任されているのは花嫁の支度からで、メイクの終わった花嫁と新郎が顔を合わせるシーンもカメラに収めることになっている。
ウエディングドレスをまとい、きちんと髪をつくり、メイクをした花嫁の姿を、嬉しそうに照れくさそうに見つめる新郎もいい表情をしていて、作り物ではない幸せがここにあった。
ふわふわと逆毛をたてた髪に、真っ白なユリをあしらった花嫁は可愛らしさのなかに、清楚な印象を与える。
ブーケもユリをメインにして、葉もののグリーンをアクセントにして作られていた。
花嫁がブーケを手にする前に、新郎の胸を飾る花が沙那さんから手渡される。
「こちらの花は、新婦様から新郎様の胸ポケットへ飾ってあげてください」
沙那さんが用意した花は、花嫁のブーケと同じユリをあしらったもので、生花を飾る新郎も華やかな雰囲気になる。
はにかみながら花をつける仕草をカメラに収める。
これから挙式前に庭での撮影をすることになっているのですぐに移動することになる。
沙那さんは色ドレスに合わせたブーケも用意していて、そのブーケの水やりについて花嫁に二言三言話しかけ、部屋から出て行った
彼女の仕事は、ブーケ、教会や会食のテーブルのアレンジフラワーなので式当日は仕事がない。
つまり今日はもう会えない。
名残惜しく背中を見送って仕事だから、と気持ちを切り替える。山並さんの代わりとはいえ、任された仕事をきちんとこなせないようでは紹介してくれた礼治さんの顔を潰すことになる。
場所を変えて何枚か取り終えると、挙式の時間になったので、教会まで移動する。
応接室を利用したというその場所は、十分な広さがあり、壁面に作られたステンドグラスの前に祭壇が設えてあった。
祭壇脇にある花と、椅子に渡されたリボンに飾られた花は沙奈さんの生けたものだ。花嫁の支度に合わせて、真っ白なユリが香りを放っていた。
沙那さんの生けた花は、どこかしっかりと地面に繋がっている気がした。
まるで見えない茎を伸ばして、地面に繋がっているようで、切り取られた花なのに、溢れるような生命力があった。
全てのユリからおしべは摘み取られていて、花粉の心配をすることもない。
これもまたプロの仕事だ。
式はなごやかに進んでいく。写真を撮りながらも、無意識に沙那さんの生けた花に目がいく。
無意識に花も新婦も綺麗に撮れるように、動いてしまう。
たかが、花と言い切ってしまうには沙那さんの花は存在感がありすぎた。まだ土に植えられて、生きているように感じられる。
挙式の後は集合写真を撮り、会食になる。
隣の厨房から運ばれる料理は、温かいものは温かく、冷たいものは冷たくサーブされて、変化をつけている。
サラダに盛られたドレッシングのジュレがきらきらとして目も楽しませてくれる。
小さなヒレステーキにはクレソンの緑が映え、味のアクセントにもなっていた。
会食が進み、デザートになると、場所をオープンエアに移すことになる。
そしてこの場はミオが仕切ることになる。新郎新婦の隣に付き添い、指示を出していく。
白いクロスをかけたテーブルに、フルーツを乗せたケーキが置かれ、最初の共同作業としてケーキに包丁を入れる。
フラッシュをたかれる二人を見守りながら、ミオは皿やフォークを用意し、盛り付ける。
新郎新婦が切り出した一切れを食べさせあう脇で、ミオは列席する人に残りのケーキを切り分け盛り付けていく。
一生に一度の大切な時間が、淀みなく流れるように進行していく。
「ミオはどうしてブライダルのパティシエをしてるの」
「きらっきらのお店に並ぶケーキもいいけど、ブライダルは幸せのお手伝いって感じがするでしょ。
やっぱりケーキは幸せな気持ちで食べて欲しいし、それを見ることが出来るってのは、やり甲斐があるよね」
おまけ、そう言ってミオの写真も撮ってやる。
「美人天才パティシエの紹介の時に使わせてもらうわ」
にこっとミオが笑うと三日月の目がなくなった。
「美人とか天才って自分から言うなんて有り得ないだろ」
「隠しきれなてないからいいのよ」
「マジありえねー」
ミオと二人顔を見合わせて笑った。
最後はブーケトスになっていて、背中を向けた新婦がブーケを投げ上げることになっていた。
意識せずに、カメラを構えた視線の端に、黒いカフェエプロンが映る。
どきりとして注意を向けた一瞬に、ブーケは投げられてしまい、シャッターを切るタイミングを逃してしまった。
慌ててシャッターを切っても、ブーケはすでに人の手に渡っていて、手にした女性のまわりには人だかりが出来ていた。
はしゃぐ女性をカメラに収めてから、もう一度カフェエプロンの人物を確認するとその人は沙那さんだった。
ただ一人ではなく、この会場のシェフ御山さんと一緒だった。
二人で話している姿があまりにも自然で、近寄りがたく……声をかけられなかった。
「今度はなに?」
再び、厨房に現れたオレを見て、ミオが声をかけてくる。
アイスクリームメーカーに、ソルベ用の果汁を注いでいたミオは手を止めることなく、動かしていた。
「なにって…オレが聞きたい。沙那さん、御山さんと付き合ってるの?」
「……さぁ聞いたことないわ」
「一緒にいたよ、さっき」
つい言葉にふて腐れたような音色が混ざる。
「聞けばいいじゃない」
「なんて?」
「付き合って下さい、とか」
「いきなりすぎじゃない…つか…なんでそういうコト言うわけ」
ばん、ミオが調理台を叩く。
「好きなんでしょ、いつかは言うんでしょ」
「だから何でそれを言うかなミオが」
「じれったいのよ、見てて」
ミオはまた、こっちに背中を向けてアイスクリームメーカーを覗きこんでいる。
ため息をついて、髪をかきあげる。
「……まだね、話したこともないんだよ?いきなり告白とかないよ」
「…じゃあ話せばいいじゃない」
「……うん……」
彼女とは接点がない。もし昨日、教会に行かなかったら、彼女を見る機会もなかったかもしれない。
彼女のことを、どう位置づけていいのかぐるぐる考えているままだ。
気になる、興味がある
その先にはLikeがあるのかそれともLoveがあるのかわからない。
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