Focus

高遠 加奈

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ふれあう

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いつかそんな未来が来るのかもしれない。



そういえば魚が食べてみたかったな。肉も好きだけどフレンチみたいなソースのかかったのじゃなくて、もろ肉、っていう焼肉のほうが好きだ。

舌平目、どんな味だったんだろ。



「お腹をいっぱいにしたら、バラ園に行くんだからね」


注文を終わった沙那さんが、満面の笑みで言う。


こんなことで喜んでくれるのが、自分も嬉しくなる。

「撮らせてくれるって約束忘れないでくださいよ」


鞄にしのばせてきたファイルも出すひまがないほど食事は楽しく、またバラ園に行くという予定があるため食後のコーヒーもそこそこに席を立つ。


二人分の支払いはちょっと痛い、そう思いながらレジに立つと、横からすっとお金が差し出された。

「いいですよ、沙那さん」

「いいのよ。あたしがお店を選んだから値が張るでしょ。割り勘にしましょう」


さりげなく気づかいもしてくれる。

確かに経費で航空券が落とせるとはいえ沖縄でスキューバダイビングをしてきたので、財布の中身が寂しかった。


「最初の食事だしいいのよ」

「それじゃお言葉に甘えて」

そう言ってもらえて、素直に差し出されたお金で支払いを済ませた。


また電車に乗り、そこからバスでバラ園まで向かった。

沙那さんは明るくて楽しくて、気づかいもスマートで後から気づくようなこともあった。




バラ園には自分と同じようにカメラを構えた人や、家族連れ、恋人どうしなど思い思いに花を楽しんでいた。

沙那さんも花を見て、それから香りを嗅いで、名前のラベルを確認する、そういった動作を繰り返していて、まるで一緒にいる自分のことも忘れたかのようにうっとりとバラに酔いしれていた。


「バラはやっぱり女王だわ。どのバラも気品がある」


香りを嗅ぐ沙那さんを一枚切り取る。

淡いクリーム色のバラに寄せる横顔が神聖なもののように綺麗で思わずシャッターを押していた。

事前に許可をもらっているとはいえ、予告なしで撮影してしまった。

わずかな動揺をすぐに見抜いて沙那さんは笑いかけてくれる。

「いいわよ気にしてないから」


カシャ、カシャ

その笑顔も記録に残される。言葉を返すかわりに、シャッター音で応えている。


花を傾けた沙那さんが、仕草だけで嗅ぐように促すので構えていたカメラを下げて香りを吸い込んだ。

バラの香りなんてどれも同じだと思っていたのに、花びらが開きはじめたバラは優しく爽やかな芳香を放っていた。

「このバラは香水の原料にもなっているの。純芳と言って国産種なんだけど、最初に香水を知って花を想像していたから、見れて嬉しかったわ。ただ、想像していた色とは違った」

まだ花を傾けていた沙那さんは、ちょっと悲しそうに瞳が陰る。

「真っ白なバラを想像していたけれど、実際のバラは赤いのね。思っていたことと違うことって、けっこうあるものなのね」


「バラっていうのは、青い色素を持たない花なの。だから赤いバラっていうのは純粋なバラで芳香も強いのかもしれないわね」

沙那さんは自分を納得させるようにつぶやくと、また次のバラへと移っていった。

バラの知識のない自分がもどかしく、どう沙那さんに声をかけたらいいのかわからなかった。

思っていたことと違うなんて、たくさんあるそう言いたかったのに、沙那さんが思い描いていた年月を思うと軽々しく口にできなかった。

気になるなら、すぐにネットで調べればいい。それで想像と違っていてもそれは仕方ない。それをしないで、いざ出会ってショックを受ける。よくあることなのかもしれない。


でも、思いこみは恐ろしい。



頭を振って考えを振りはらい沙那さんの後を追った。


それから俺と沙那さんの二人は、またバラと写真に溺れていった。

果てることのないように感じていたバラもつき、カメラのメモリーもこれ以上の撮影を拒んでいた。

予備のメモリーも、電源も使い果たしてしまった。

そのあまりの量に自分でも驚くほどだ。




バラを見ることに疲れ、沙那さんを撮影することに疲れ二人でベンチに座りこんだ。

「疲れたわね~」

喋り疲れて掠れた声で沙那さんが言った。

「でも、すごく楽しかったです」


「じゃあ誘って良かったわ」

お互いに顔を見合わせて、どちらともなく笑った。


笑ってそれから、自然に見つめ合ってキスをした。目を閉じてやわらかな沙那さんの唇を味わうと、渇ききった心が満たされる気がした。

とろけるような幸せ。

何度もついばむようなキスを落として、最後に下唇をはさんでチュッとリップ音をたてて離れた。



沙那さんは頬を赤く染めて睨むように俺を見た。

「なにこれ反則」

「沙那さんが、かわいすぎるからいけないんです」

もうっと肩を叩くけれど、ちっとも痛くない。ただ子猫がじゃれているみたいだ。

「やっぱりそこは男としてきちんとしないと」

「どうきちんとするつもりよ」


ぷくりと膨れた沙那さんもかわいいけれど、それは心にしまっておく。






「俺と付き合ってください」



じっと見つめて言うと、沙那さんは驚いたように目を見開いた。


「えっ…いきなり…決めるの早くない?」


「勢いがなかったら言えないから…誰か好きな人がいるんですか?」


あたふたと慌てる沙那さんを、ただ見つめる。ほんのり赤くなった頬が、かわいらしくて、それでいて綺麗だ。





自分の心のなかで沙那さんの存在が大きくなっていた。

沙那さんも、そう思ってくれたらいい。



「急にすみません。でも、きちんと知って欲しかった。返事はまだ出来ないかもしれませんが、待っていいですか」


沙那さんが、きゅっと手を握りしめるのが見えた。

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