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とろける
しおりを挟むいつ、電話したらいいんだろう?
仕事が終わり、家についてからも、食事をしてからもずっと考えていた。
本当は、ふと気を抜いた時にいつも、ずっと沙那さんのことを考えていた。
知っていることなんてあんまりなくて、何を知りたいのか、何がこんなに気になるのかがずっと心を占領していた。
胸を締め付ける苦しさから楽になりたくて、沙那さんの番号を呼び出した。
1……2……3……
思いきって電話をかけても、極度の緊張が襲ってきて携帯を持つ手が震えてしまう。気をまぎらわすのに、コール音を数えてしまう。
「もしもし、結輝くん?」
明るい沙那さんの声にほっとして顔がゆるむ。声を聞くのって、結構嬉しい。
あんなに悩んでいたのに、沙那さんの声でまわりが明るくなって、重かった気持ちも軽くなる。
「はい、結輝です。今話して大丈夫ですか?」
「ええ大丈夫よ。シャワー浴びてくつろいでるから」
電話の向こうとはいえ、シャワーの後だなんて聞いたこちらのほうが顔が熱くなる。想像してしまいそうな自分を戒めて、携帯を握り直した。
「今日の話なんですけど」
「ああ、いつがいい?あたし水曜休みなのよ」
手帳を確認すると仕事は午前中の撮影だけで、午後は自由になる時間が取れそうだった。
「じゃあ水曜日、午前中仕事なので午後から時間をもらって出てきます」
「あら、いいの」
「午後からはデスクワークを入れていたので、予定をずらしておきます」
デスクワークでは、実際に撮影したものを、画面で確認したり、依頼主へのデータを作ったりしている。
「じゃあ駅で待ち合わせしてランチをとってから、少し付き合って。行きたい所があるのよ」
「沙那さんの行きたい場所だなんて興味ありますね」
「ふふ。ただのバラ園よ満開のバラはいいわよ」
バラ園にいる沙那さん。
それは想像しただけでカメラを構えたくなる。どんなふうに撮ったら、いちばん綺麗に撮れるんだろう。沙那さんの顔の角度、バラの色合い、光の加減から香りまで写し撮れる作品を撮りたい。
「考えこんでどうしたの」
「バラ園で沙那さんを撮ってもいいですか。撮影プランを考えだしたらきりがなくて、電話中なのにすみません」
あははと明るい声が耳をくすぐる。
「いいわよ。じゃあメイクも気合い入れてかないとね」
「いつもと同じでいいですよ。ナチュラルメイクで」
「ああもうっナチュラルに見える薄化粧じゃなくて、きちんとナチュラルメイクして行くんだから」
「俺じゃ違いがわかりませんよ?」
「ダメよ撮影するなら、記録が残るんだから!きちんとしないと」
「ははっ。じゃあ沙那さんの好きなように」
「そうよ。そこは譲れないんだから」
お互いの笑い声が携帯から響く。
「会えるの、すごく楽しみになってきました」
「あたしもよ。普通、花が見たいなんていい顔されないんだから」
「じゃあ合格ですか」
「ん~まだ及第点てとこかな。でもいい線いってるかな」
自然と顔がにやける。結構いい感じに話せてる。
駅で待ち合わせた沙那さんと向かったのは、敷居の高いレストランのランチだった。
「ここ、夜にはコースで二万からするのよ。ランチで二千五百円なら安くない?」
「こういった所には来たことがなくて、味もメニューもよくわからないですよ」
実際、メニューにある名前はどういった調理方法で、どんな調味料で味付けされているのかわからない。
わずかに食材の仔牛とかオマール海老、舌平目とかいったものは見たり聞いたりしたことがある。
テレビでだけど。
「なにかオススメがありますか?」
「そうねぇ。若いんだからお肉をガッツリいっちゃったら」
メニューを指している指が白くて綺麗だ。メニューを覗き込むようにして少しだけ近づいた距離にドキリとする。
「若いって沙那さんだって若いでしょ」
「やあね。もう28なのよ。十分、いい歳なんだって」
「あ……でも、綺麗ですよ」
まだ子供じみた25の自分からしたら、女性のほうがずっと大人でしっかりしている。まして沙那さんは3つ年上なんだから。
沙那さんからは、大人の女性の余裕を感じる。十分に成熟した女らしさがあって、本人も自覚して磨きあげられた美しさがある。
「お世辞でも嬉しいわ」
かなり言うのに勇気がいったのに、さらりと流してくる。
「本当です。お世辞なんかじゃなく」
たった一言言うのでさえ、心臓はバクバクいってるし、もしかしたら顔が赤いのに、沙那さんからしたらなんてことないんだ。
「ふふ。赤くなってかわいい」
「あんまり見ないでくださいよ。すっごく勇気を出して言ったんですから。それにカワイイなんてナシですよ。男なのにそんなこと言われても困ります」
「そういう所もかわいいのに。自分じゃ、わかんないわよね。あ、オーダーお願いします」
近くを通った店員に注文をはじめた。本当なら、スマートに女性をリードして注文だって男の俺がしたほうがいいだろうけど、沙那さんはそんなこと気にせずに自然にこなしてくれる。
本当、大人だ。
自分も、もうちょっと頑張らないと釣り合わない。
いつかこんな店で、夜のディナーをお洒落した沙那さんと食べる日が来るんだろうか。
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