Focus

高遠 加奈

文字の大きさ
7 / 25

たゆたう

しおりを挟む

沖縄から帰って来た週末に、もうひとつのバイト先である大使館跡に向かう。

甘ったるい名前のそれを口にするより、仕事場として向かうには大使館跡というのが自分にはしっくりときていた。



まだ早い時間だったが、打ち合わせには何人かが席について当日のプランを確認していた。

自分も沖縄の魚を撮ったファイルと、お土産のちんすこうを手に席につく。

「これ皆さんで召し上がってください」


言葉と共に箱を差し出すと、柔らかな笑顔をした品川さんが箱を受け取ってお礼を言ってくれる。

「ご馳走さま。沖縄で写真集の撮影だったなんて素敵よね。天気も良かったでしょう」

「幸いにも雨には降られませんでしたね」

風景撮影ではないから、最悪女の子の水着が撮れるなら、天気なんてどうでも良かった。ただその場合、ほんのわずかな布しか身に着けてないモデルにしたら寒くて大変だっただろう。

ビキニからこぼれそうな程成長していた玲奈ちゃんの胸を思い出して、慌てて打ち消した。


「これは沖縄で撮ってきた魚の写真です」

ファイルを押しやると、品川さんは手に取ってじっくりと見てくれた。

「本当、綺麗。世界中のダイバーが潜りに行くのがよくわかるわ。この写真は相模くんの気持ちが良く出てる」

それは磯巾着と魚が共存している写真だった。磯巾着に隠れるようにしている魚が、のんびりと寛いでいるように見えるようで、自分でも気に入っているものだった。


「やっぱり撮った人がいいと思うことが、写真越しに伝わってくるのね。なんとも言えない魚の表情がかわいいわ」

「これは自分でも気に入っているので、そう言ってもらえると嬉しいです」


ほのぼのと品川さんと和んでいると、ミオが写真を覗きこんできた。


「フアッション撮影のアシスタントだから、そっち方面ばかりかと思ってたけど違うのね」

すっと写真の表面を撫でたミオの繊細な動きに、真剣にケーキに向き合う指先を思い出して息を飲む。

白い指先と鮮やかな魚、それを際立たせるマホガニーの木目が、くっきりと鮮やかなコントラストで目に焼き付く。

こんな日常でも時折、はっとするような光景に目を奪われる。それは自分がカメラを構えて一瞬を待ち構えているからなのかはわからない。

ファインダーを通して切り取られる、その一瞬を決めるのは今まで培ってきた自分の感性でしかない。

それが揺らされることがあるのは、そこに篭る思いや感情なんだ。



降って湧いたようなその思いに、心の扉がわずかに開くのを感じた。開かれたそこからは、新しい風のように爽やかな温かなものが溢れてくる。

ちらりと品川さんの隣に座る沙那さんを見る。窓から射す光で白いシャツがまぶしいくらいに輝いて、光に縁取られた髪がつやつやとした光沢を見せている。

伏し目がちにカップを手に取り、唇をつけていた。飲み物のカップの中味は紅茶だ。どうやらコーヒーは苦手らしく飲んでいるのを見たことがない。

そんなふうに沙那さんを見るこの行為を何と言うのだろう。

盗み見る、観察する、覗く。


そのどれもがよい言葉にとれなくて気持ちが凹む。

でも、このままでいいと思えなくなっている自分がいた。焦っているとも言える。胸の奥をちりちりと焼く焦燥が、重い口をなんとか開かせる。

「沙那さんも見てください」

ミオの前で開かれていたファイルを取ると沙那さんに渡した。


「見てもいいの?」

少しだけ首を傾げる。今まで、こんなにはっきりと沙那さんからの視線を感じたこはなかった。

片付けられずに引かれたままの椅子みたいに、ただ一緒の部屋にある家具や壁の一部くらいでしかなかったんだろう。

彼女の瞳に写り、気を引くことのできる小物やインテリアですらなかった。

それくらい接点がなかった。一緒に働くスタッフだとしても、働く場所や時間帯もズレてしまうため、まともな会話でさえ初めてだった。

白くて長い指。少し荒れているのは、植物や水を扱うからだろう。長い指が丁寧にページをめくり、時折じっと見入ることがある。

その視線が写真を通して自分の心まで見透かしてしまうようで、今更ながらドキドキと鼓動が早くなる。

早く見終わって欲しい、でも感想を聞くのも照れ臭い。沙那さんなら、なんて言ってくれるんだろうか。


「綺麗ね…もっと他の写真も見たくなる」



沙那さんの瞳に見つめられるだけで、ドキドキと鼓動が早くなる。でも嫌じゃない緊張感。



「良かったら、他のも見てください。……ランチでもしながら」

「そうね。それもいいわね」


にっこり笑うのを見て、なんで今まで話しかけなかったのかと、胸を撫で下ろした。

沙那さんだって普通の人なんだから、もっと早く話しかけて笑顔を見ればよかった。


「携帯はある?」

「あ、はい」

「じゃあ登録しておいてね」

慌てて携帯を出すと、沙那さんは数字をすらすらと読みあげた。

こんなに簡単に携帯番号を知ることが出来るとは思っていなかったので、嬉しいのと緊張がごちゃまぜになる。

あんまりにやけすぎないように、気持ちを落ち着けて番号を読みあげる。

「そう。連絡ちょうだいね」

ひらひらと手を振って沙那さんは席を立った。

ちょうどお客様が見えたので、沙那さんは後について部屋を出ていく。

「後で、必ず」

急に、この小さな携帯が、とても大切な物なものに見えてきて、大事に両手で包み込む。


「鼻の下が、伸びてるわよ」

目の前まで来て顔を覗きこんだミオにそう言われる。

「なんだよ、いいだろ別に」

ファイルで顔の半分を隠していても、ミオの興味津々な目は隠しきれていない。

「いいじゃない。減るもんじゃなし。いい感じよね、沙那さんと。連絡するんでしょう?」

興味本意に聞かれても、素直に答える義理はない。


「ミオの餌食になるつもりはない」


ふうん、と言ったミオはトントンとファイルを叩いて考えていたが、

「じゃあ、プチフールのあまりは品川さんにあげることにする」

そう言って背中を向けた。


なんでここでプチフールが出るかな。

忙しくしている品川さんやスタッフは、あちこち動き回っているけれど、ミオは厨房にいるから愚痴を言ったり味見としてお菓子をつまんだりしていた。


「プチフールとかで釣るのズルくない」

「じゃあムースもソルベもガトーショコラもドラジェもダメよ」

「それヤメて。貴重な食料だから」


一人暮らしの生活で、普段食べられない甘いものは貴重だ。ミオの機嫌しだいでそれもお預けになってしまう。

「なにが聞きたいの」

ため息とともにつぶやいた。


「やっぱりいい」

ぴたりと立ち止まったミオが言う。さっきまで人の恋愛事情に首を突っ込んできたくせに、突然な変わりようだ。

「なに、やっぱり野次馬はやめることにした?人の恋路を邪魔する奴はって言うもんな」


追いかけて顔を覗き込むと、ミオは唇を尖らせてふて腐れていた。


「やっぱ結輝ごときにノロケられてもムカつく」

「ごときで悪かったなぁ。俺はミオとはいい仲間でいたいと思ってるんだから。ミオんとこ行けなくなったら辛いだろ」

「べつに、いい、だからつまみ食いに来なくても。プチフール多めに作らなくて済むんだから」


いーっと顔をしかめてミオは行ってしまう。


「試作の味見してやっただろ。また試作に付き合ってやるから機嫌なおせよ」



それでもミオは振り返ることなく歩いて行ってしまった。

追いかけなかったのは、自分の仕事も入っているからか、それとも追いかけて行ってまで言うほどの言葉が自分にはないからかわからなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...