Focus

高遠 加奈

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そうだん

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カシャ カシャ カシャ

カメラのシャッターの連続で切られて、ゆらゆらと服を揺らしたモデルの一瞬が切り取られる。



「雉奈ちゃん、目線こっち~

いいよ、カワイイ」



軽くて脳天気な撮影風景。それが礼治さんの持ち味だってわかってるのに、苛立ちが治まらない。

撮影中は裏方に徹するけれど、ひどい苦痛にしか感じられなくて眉間にしわが寄る。



「ん~~

じゃあ休憩はいろっか」


礼治さんの声に、ほっとして手で顔をおおう。一人でいらいらして酷い顔をしてるのがわかった。


礼治さんのことは、尊敬しているし、撮る写真も凄いと思う。

それなのに、今まで感じたことのないストレスで過敏になっている自分には、礼治さんの軽さが受け入れられない。



ため息をこぼして礼治さんのコーヒーを用意する。気難しいモデルのいる今日は、少し甘めに調整した。

「礼治さんお疲れさまです」


カップを差し出すと、カメラの調整をしていた礼治さんはにやりと笑った。


「結輝もなんだかお疲れなんじゃない? 撮影中、ここにシワ寄ってた」


とんとんと軽く自分の眉間を指す。


「もしかして女? だったらさ、経験豊富な俺が相談に乗ってもいいよ? 」



冗談めかして言うのは、断られてもいいって予防線であることは知っている。

軽く流せるくらいの悩みなら、心配ないから深入りはしてこない。

だから誰にも言えずにいるなら、話くらい聞く。

そんな礼治さんのスタンスに、やっぱり大人になりきれない自分を感じる。


「仕事が終わったら、メシ食いに行きませんか」

これが自分の精一杯だ。


「了解

予定どおり、きっちり終わらそ」

見ようによっては意地悪そうにも、優しそうにも取れる笑顔を浮かべている。

満足そうにコーヒーに口をつける姿を見て、余裕がない自分はまだまだだとそっとため息をこぼした。







「お疲れさまでした」

モデルやメイクさんに挨拶をして片付けると、礼治さんがそばに来た。

「行こっか」

「たかむらに予約入れておきました」


「ん。いいね
今日はサシでゆっくり飲みたいからね」


機材を手分けして車に積み込み、一旦事務所に車と荷物を預けてから徒歩で店に向かう。


この小さな店は味も良くて酒の種類も豊富なため、礼治さんのお気に入りだ。


暖簾をくぐるとカウンターに席の用意があって、店長と目があった。


「いらっしゃい」

威勢のいい声に背筋がしゃんとしてしまう。

「こんばんは。

結輝が予約してくれたんだけど、今日はいいのある?」


くいっと杯を傾ける仕草をして、礼治さんがお酒を選び始める。

いろいろ取り揃えてあるなかから、グラスで試せることから気軽に楽しめる。


「ん~~

じゃあ俺これにするわ。結輝どうする?」

話を振られて、とっさについていけず、無難に同じ物を頼む。


「まあ、結構強いけどいっか」


こちらの状態を察したらしく礼治さんは笑みをはく。

「そんないっぱいいっぱいで、どんなイイ女なわけ」


イイ女と言われて沙那さんのボディラインが浮かんだ。女性らしい曲線、出る所は出てくびれもある、男からしたら、堪らなく魅力的な人。

小柄なミオと比べても、女性としての成熟度が格段に違う。ミオはふっくらとして柔らかそうで、ミオの作るお菓子みたいだ。


「……すっごい綺麗な人なんです」


「ふ~~~ん。年上、なんだ」


言い当てられて顔が熱くなる。


「恋愛ってさ、無防備だよね。どんなに隠したくても隠せなくて、ちょっとした隙に滲み出るんだよね。

にやけたり、落ち込んだり自分じゃどうにもできなくなる」



カウンターに置かれた日本酒を前にして、礼治さんは優しい顔になる。

普段は、自ら進んで軽い人間を演じているかのように見える程、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していて、ついぽろりと言葉がこぼれ落ちた。

「俺は、自分が情けなくなるばかりです。彼女と釣り合うくらいの男になりたいのに、実際は子供すぎてヘタレすぎて頼ってもらうこともできない。焦っていらついて、礼治さんにも回りにも迷惑かけてばかりです」


「結輝はさ、年の割にしっかりしてるよ。アシスタントとの息があってるかで、カメラマンの仕事は大分楽になる。

モデルや回りにも気を使えるかで、仕事がスムーズに行くだろ。

仕事であれだけ段取りしてて、彼女にはダメな訳? 」

自分の前に置かれた日本酒をまじまじと見る。透明な水のような液体でありながら、体を焦がす熱さがある。


「やっぱり、勝手が違うというか……ぶっちゃけわからないことも多いんです」


ははっと軽い笑いがして見ると、礼治さんがカウンターに片肘をついて体をもたせ掛け笑っていた。



「そりゃ当たり前だって。だってさ、赤の他人なんだよ? 生まれた場所や育った環境、受けてきた教育、社会に出てからとか、みんな違う訳。

だからほんの僅かな共通点だって愛おしいと思えるだろ? 」


彼女と行ったバラ園で、飽きもせず付き合ったことが懐かしい。

あの時、沙那さんとの距離はとても近いものだった。


「好きになると、途端に怖くなることがあるだろ?」


優しい顔をした礼治さんは、体をこちらに向けたまま話す。

目を見つめたまま、頷くと唇の端がちょっと上がる。

「嫌われたくないとか、うざいと思われないかとか、ちょっとしたことで不安になったり悩んだりするだろ」

俯くと、なみなみと注がれた酒に眉尻の下がった情けない顔が浮かんでいた。


「こんな俺でいいのかって……どうしたら釣り合うのか悩んでばかりです」


「子供っぽいとか、釣り合うかとか、どうでもいいんだって。

自分の気持ちが大切」


とんとんと胸を叩いて見せる。


「好きだって気持ちを持っていたら、大丈夫なことって結構ある。

それがわかんなくなるとダメになる」



くいっと酒を煽る礼治さんは、そんな経験があったのか眉を寄せて強い酒を味わっていた。


「俺はね、好きだったし、大事にしてたと思っていたのに、その人の気持ちが見えなくなってた。

本当はすげー無理してたのを気づいてやれなかった。結局、心を壊すまで追い込んですっごく後悔した。

彼女が好きだと言ってくれたことに甘えてた。仕事が忙しくなって、彼女のために頑張って仕事をしてるつもりだった。ちゃんと話していたら彼女の変化がわかるはずだったんだ。

だから、きちんと好きでいて、そばにいて話をしないとダメなんだよ」


「彼女を好きだという気持ちなら、誰にも負けません」


ライバルが、たとえ年上のイケメンシェフだとしても。

自分を選んでくれた沙那さんを信じよう。


「彼女と話してみます。聞きづらいことも、話しづらいことも、みんな話してみます」


こくこくと礼治さんが頷いて、またちびりと酒を飲みこんだ。


「もうさ、結輝なんか若さと勢いしかないじゃない。おぢさんなんか、ついていけない」


いつもの軽い調子で笑って、呆れたように話題を替えていく。


ありがたい、と思った。不機嫌な態度を隠すことなく仕事をこなした自分を心配して、相談する場所を設けてくれたり自分の辛い思い出まで話してくれた。


俺は上司に恵まれてる。

うるっときた目をごまかすために、コップの酒を煽った。


「~~~効きますね」

強い酒が喉を焼いて滑り落ちていく。

「だろ? なんか食べときな」


笑いながら礼治さんが刺身をすすめてきた。それからは和やかに酒宴が続いた。

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