彼女が死ねば、俺は死ねない。

神部 大

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6話 ヒステリックな母親

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 気付けば友作はついに小学生と言う肩書の中で最も上位の存在となっていた。

 小学6年。

 まだ何も知らぬ下位の存在の面倒を見て、未知の学校と言う不安を取り除き、楽しくその学校生活を過ごしてもらう為の補助。

 そんな存在になるはずも無く、悪ガキ三人集はその存在感を教師達に知らしめ続ける。


「やったぁ! 楽しみぃ、友君の家!」
「私も!」
「いぇーい、男子の家ぇ!」

「ったく、ついてくんなっての」


 友作の帰り道には女子の行列が出来ていた。
 皆それはただの好奇心か、多少なりとも気になるクラスの男子と言う恋心とは言えない程の無邪気な女子心か。


 友作は内心嬉しい気持ちもありながら、小学生男子と言う精神に侵食されているのか、全く反対の態度を取りながら後ろを楽しげに付いてくる女子陣を鬱陶しげに追い払おうとする。


 結果的に家まで付いてきてしまった女子陣をそのまま放って置くわけにも行かず、家へと招き入れようとバタバタと全員で玄関への階段を上がった。

 ふと自宅の玄関の扉が乱暴に開け放たれ、中から鬼の形相で友作の母親が声を荒げた。


「うるせぇんだよ! 大勢でバタバタバタバタと! 少しは迷惑考えろょ!」

「っ!?」


 そこにいた全員がそんな母親の乱暴な言葉に身体を強張らせていた。
 その剣幕には女子陣だけでなく、息子であるはずの友作ですら二の句が継げない。


「とっとと帰れ!!」

「あ、は、はい、ごめんなさい」


 そう言い、誰よりも早く意識を取り戻した女子、三河さゆりは他の女子を連れてそそくさとその場を去る。

 友作はバタンと閉められる玄関越しから女子陣に「ごめん」と一言告げるので精一杯だった。


「こっちこそごめんね、友君。またね!」


 三河さゆりはいつもの嘘くさい笑顔で友作にそう言い残し、他の女子陣と騒ぎながら仲良く帰路についていた。


 三河さゆりの家に行ったあの日から、友作達はよくつるむようになった。

 そのおかげか、ある種の悪影響か、今や三河をイジメたり茶化したりするクラスメイトはいなくなり、多くの友達すら持つようになった。


 最早友作達三人と遊ぶ必要も無いほどに、その元々の外見も相まって三河さゆりと言う存在はクラス女子陣でもヒエラルキーはトップクラスに位置している。



 それはそうと問題は友作の家にあった。


 昔から母親と友作は折が合わなかった。

 それはいつから始まったのか、今思えば定かではない。


 母親はヒステリックな女性だった。
 365日、怒らない日は無かったのではないかと思うほどにいつも怒りに支配されていた。

 一個下の妹も当然その怒りの対象とされる事も少なくない。


 一日待てば怒りは収まる。だから我慢。
 それが友作が妹へ教えてやれる唯一の対策で、口癖だった。



 記憶の断片を拾い集めれば、その中には友人を誕生日に呼ぶからと言う友作の言葉に張り切り、苦手な料理をたくさん振る舞っていた時期もあった筈だ。


 そんな母の料理を僅かに貶され、怒りを覚えて友人を追い出した事もある程友作は母想いだった。

 辛い時、馬鹿にされた時、いつも勇気をくれたのも母だった筈だ。


 だが未来の自分と母の仲は、最悪のまま歴史を紡ぐ。

 ただ恨みと怒りだけの感情しかなく、このまま縁を切りたいと頼んだ。


 最終的に仲違いしたまま、母は祖母と同じ癌で亡くなった。



 そんな未来の記憶を思い起こしながら、今友人を邪険にされたと言う怒りの感情が未来の自分の母嫌いと混じり合う。


 そのまま家に入るのも躊躇われた友作は、気付けば茫然自失のまま近くの丘上にある公園まで足を運んでいた。


 夕陽が公園を眩しく、鬱陶しいほど暑く照らす。

 建て替えられたばかりの綺麗なベンチにランドセルを投げ捨て、母親のように鬱陶しい夕陽が沈むのをただただぼうっと待った。


「俺は、いつまでこの茶番に付き合えばいいんだ?」


 誰に問うべきこの問いは、恐らく天高くにいるかもしれない神か仏か。


 嫌がらせのように公園の更に上には何かを祀った小さな神社。
 その周りには近所で死んだ者の骨を入れた石碑が建ち並び友作を見下しているように思えた。


 友作は一度死んだ。

 明るい未来が見えず、不幸が自分の味方に付いたかのような人生。

 何もかもが嫌になり、無断欠勤で漫画喫茶に入り、薬と酒に頼った。


 気が付いた時には小学生のやり直し。

 これは本当に死後の世界なのだろうか。

 そんな疑問が友作の頭で遂に鎌首をもたげていた。


 もしそうならば嫌に長くないだろうか。
 このまま進めば同じ人生を歩み、また同じ年になってしまうのでは?

 そうなればそれは最早死後の世界でもなんでもない。

 ただの人生のやり直しだ。


「まさか……うそだろ」


 何故そんな事に気付かなかったのか。
 友作の頭は急激に温度が下がったかのように冴え渡った。

 先程まで背後で見下していた神が、今はまるで味方についたかのように、それは友作を見守り、答えをくれているかのようにさえ思えた。


 日付は確かに過去のものだ。
 そして歴史は確実に進んでいる。

 だがしかし過去とは絶対的に違う事がある。


 それは記憶だ。

 友作には未来の自分の記憶がまだある。

 もしからしたらいつか消えてしまうかもしれない。


 もしこれが死後の世界の、意識が消える前の最終サービス等ではなく、本当にやり直しのチャンスならば友作にはいくらでも未来を変える事が出来るのだ。


 そう思った今の友作には、目の前の景色が今までとは全く違うものに見えるようだった。


 記憶が消えてしまう前に、未来を変える準備をしよう。

 そして未来をあんなものではなく、もっといいものに。

 できる事はある筈だ。


 友作の人生が初めて、否、あの頃、否、本当の意味での今の頃のように輝きを取り戻した気がした。
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