彼女が死ねば、俺は死ねない。

神部 大

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7話 変わる自分

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 放課後の教室。

 夕陽が差し込み、僅かに開いた窓から吹き込む風に汚れたカーテンが靡かれる。


「ゴールデンクロス……ファンダメンタルズか。確かにこの時の上昇は総裁の発言もあるけど、多分そっちじゃないな……欧米投資家の大量買い入れか? でも米国の国債は」

「おぉい日直、まだ帰らんのか? って、お前か花田」


 扉の開いた教室にスパンスパンとサンダルの音を鳴らし、暑苦しい声を掛ける教師。


 担任の棚田である。

 今日の日直は確か、と友作は今や見慣れた黒板の隅に目を配る。


【三隅祐幸】【三河さゆり】


 出席番号順に男子と女子の二人一組。

 教室の窓や電気、黒板消しの掃除等々。
 そんな社会に出た後の雑務の練習のつもりだろうか、それが日直の仕事である。


 だが今の友作には全てがどうでもいい事に思えていた。


「んん? んんんん!? お、お前、新聞よんでんのか!?」

「え、ああ、はい、まあ」

「ど、どうしたんだ! 頭でも打ったのか? 大丈夫か?」


 担任の棚田は戯けた様子で友作を弄り倒した。と言ってもそれは当然の反応だろう。


 小学1年の頃から問題児のいるクラスに入り、今やこの学校の中でも問題児派閥のトップ。
 そして友作はそんなグループのリーダー的な存在になっていたのだから。


 噂では既に中学にその情報は伝えられ、全員を別のクラスに分けるような処置がされるという。


「先生、それ、パワハラになりますよ。ああまあ、僕は生徒だから別にいいけど。問題にならない程度に……っと、そんな事より先生は株とか、やります?」

「え、ぁ、なん? 株? 株ってお前……あの株か? 株をやるっていうのは、お前。どういう」

「ああ、いやなんでも。んじゃあ帰ります。窓閉めとくんで、どうぞお気になさらず」


 鳩がその場で焼き鳥にされたかのような表情の担任を他所に、友作はパタパタとカーテンを靡かせていた原因を閉じる。

 担任はまあ気をつけて帰れよと、どこか毒気の抜かれた態度で教室を後にした。


 友作も図書室から持ち出した日本経済新聞を閉じると、続きは邪魔の入らない外でやろうと片付けを始める。


 友作は既に小学生である自分を捨てるつもりでいた。

 あの日気づいた可能性。

 ここは死後の世界ではなく、やり直しの世界。

 だとしたらこのまま過ごす訳には行かない。


 あのクソみたいな人生にたどり着かず、自分の資産をいかに早く作り出し、自由に生きる。
 その為の準備が今から出来るならと。

 小、中程度の勉強ならもうする必要はない。
 高校からは少しレベルが上がるだろうし、今回の人生では大学へ進学する必要もある。


 ならば時間があるのは今だけ。

 そう考えた。

 ふと教室に一人の男子と女子がそれぞれゴミ箱やらなにやらを持って戻ってくる所だった。


「あ、友君ー! なにしてんのぉ? まだ帰ってなかったんだ、あ、もしかして私を待ってたとか?」


 いつものように軽口を叩く三河。
 そこにはもうあの頃の嘘くさい笑みは無かった。


「はは、それもありだったかな。日直お疲れ、じゃあな」


「え! もう帰っちゃうの? ちょっと待ってよー、私も帰るから!」


 
 友作の適当な返しに焦った三河は、ゴミ箱を片付けもう一人の男子に後をよろしく等と言って慌てて赤いランドセルを背負う。


 友作はなんとも言えない気持ちになったが、今更小学生相手に何ら感傷的になる必要などないのだ。

 大人になれば関係の無くなる存在。

 一時の腰掛け。

 それが学校だ。

 大学位までいけば、そこでの関係は何かしらの利益に直結してくるだろうがここでの関係は将来に何の利益も産みはしないのだ。

 それが逆に、唯一友人と呼べる生涯の存在を作る場所だとしても。



「おい友作っ!」
「へいへぃー!」

「んだよ、暑苦しい。こんな時間まで何してんだ、子供は早く帰ってゲームでもしてろ」


 宏と大地。
 相変わらずのテンションで絡んでくる親友達は、友作が急に変わった事など知りはしない。

 6年になり、クラスが別々になっても尚悪ガキ三人集は周りからすれば健在なのだ。


「なぁ、友作知ってるかよあの噂」

 宏は地元ネタを披露する近所の年寄りさながらに友作へ耳打ちする。

 それを邪魔くさいと払いながらも三人で廊下を歩いた。

「待ってよ、友君! あ、宏、大地」

「おぉ、三河。もう帰んの?」

「うん、日直終わった! あ、後は三隅君に」

「三隅ぃ? 誰だそれ」


 大地のどこか人を小馬鹿にした問に情報通の宏が答える。


「6年になってから転校してきたやつだよ、三隅祐幸。この時期に転校だしな、なんか前の学校で結構やらかしてたって話だぜ?」


 どこか記憶に残るその名前。
 黒板の文字を見て僅かに過ぎった記憶。

 だが今の友作には関係のない事だと思っていた。


「んだよ、男子かよ! 女子来いよな、女子。可愛くてさ、ボインの! あ、1組の百花なんていいよな」

「何よ、私だって結構可愛いと思うけどな。胸は……そのうち大きくなるし! ね、友君は小さいほうが好き?」

「ああうるさい、どうでもいいから子供は帰る時間だ」


「なんだよそれ、お前も子供だろ」と無駄に茶化されながらも友作は本気だった。

 校庭を四人で歩く道すがら、再び宏が例の噂話を掘り返し皆を沸かせる。


「でさ、そのキャベツ女っての、俺達が遊んでやってたんだけどさ。中学上がる前位かな、俺ら5年だったし。あいつの姿見ねぇなぁと思ってたらさ、なんと!」

「なになに!?」


「あそこの春田山あるだろ? あそこでどっかの黒人に誘拐されて、行方不明なんだってよ」

「え、こわい!」

「おいマジかよ! 誘拐って、てかなんでそんなとこに行ってんだよ」

「いやそれがさ、なんか援助交際的な? わかんねぇけど、それで遊んで連れてかれて山で捨てられたんじゃねぇ? って話もあるんだけどさ」



 キャベツ女。
 少し障害のある身なりの汚い少女。

 同学年の友達もおらず、友作達にからかわれていた少女。

 あの外見で援助交際はないだろう。


 そんな事を過去にも思ったような気がすると、宏の下らない噂話を聞き流しながら校門を出る。


 最早こんな子供達とつるんでいる時間が無駄だ。
今の友作にはやることが山積みなのだから。

 高校受験の準備に、投資家への準備、フリーランスとなって日本円で稼ぎ、物価の安い海外に移る準備。

 出来ればまだこの時代に未発達なIT分野へその先進として進んでおきたいと言う希望もあった。


 世界でどれだけの人間が、今の記憶を持って過去に戻れたらと熱望するだろう。


 そんな映画もあったかもしれない。

 出来れば宝クジの番号も覚えておけば良かったと、友作の頭の中は金勘定一色になっていると言ってよかった。


「てか、友作クラス変わってからノリ悪くねぇ?」

「寂しくなっていじけたんだろ?」


 下らない話題と茶化しが鬱陶しかった。
 所詮こんな友達ごっこ等、大人になればなんの意味も持たない。

 未来に作られるプラットフォーム、YouTubeをダラダラ見る並に無駄な時間の浪費だ。

「ゆーくんには、さゆりがいるよぉ!?」


 突然後ろから抱きついてくる三河。


「っな、やめろっての! 鬱陶しい!」


 下らない子供の会話と、そこへ所詮は小学生の精神状態が入り混じり、友作は気恥ずかしさと苛立ちからふざけて抱きつく三河を振りほどいた。


「痛っ!」 

「お、おい大丈夫かよ三河!? おい、友作! お前おかしいだろ! いくら何でもよ、相手は女子だぞ、お前そんな奴だったかよ!?」

「だ、大丈夫だよ宏、私が悪――」

「皆危ねえっっ!!」



 突然県道から校門に突っ込んでくる中型トラック。
 それは校門前の黄色いポールによってなんとか押しとどまったようだが、辺りには赤黒い液体が広がっていた。

 衝撃音に耳鳴りがする。

 段々とその耳鳴りも小さくなった頃、辺りの声がまるで他人事のように響きわたっていた。



「う、ぅわぁあああああ!!」
「ま、み、みか、みかわ」


 フロントの潰れたトラックには、ひび割れたガラスに突っ伏す運転手がつけたであろう血が糊のようにこべりついている。

 だがそうじゃない。

 自分の足元に広がる水溜まりは、そうじゃない。


 赤いランドセルから散らばった教科書とノート。


 違う、そうじゃない。


 可愛くてヒラヒラとした真っ赤のスカート。

 それは本当に赤かっただろうか?


 そこから伸びる細くて綺麗な捻じ曲がった脚。


 その上は?

 上は。


 赤黒く、カラスでも潰したかのように、それは熟れて落ちた果物でも無く、細く、小さな首の上は。


 既に原型はまるでなかった。


 ポールの外に出ている三河の体。

 何故そこに三河が。


 それは友作が、自分が。




「ぁ、ぁ、あ、あ、ああ、ああああああああああああ!!!」


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