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第8章 草原の試練と絆の爆発
しおりを挟む草原の試練と絆の爆発
春の進級と野外授業
エテルニア大陸の春は、ルミナスの光の城塞に新たな息吹をもたらしていた。花々が咲き乱れ、シルヴァ川の水面が陽光にきらめく季節。第一皇女セレナ・フォン・エルドラドは、帝国学院初等科の3年次に進級し、もうすぐ9歳を迎えようとしていた。アレン・クロウが彼女の世話係になってから一年、セレナは驚くほど成長していた。人見知りで無口だった少女は、今では笑顔で「おはよう」や「ありがとう」を口にし、宮殿の人々との繋がりを深めていた。アレンの存在は、彼女の小さな世界を大きく広げていた。
3年次になると、帝国学院初等科では野外授業が始まる。これはクラス単位で行われる実戦形式の授業で、魔法や剣術を屋外で学ぶものだ。とはいえ、8~9歳の子供たち向けであるため、内容は簡単で安全が重視される。授業の場所は、ルミナス近郊の「エメラルド草原」と呼ばれる安全な地域。周辺にはスライムのような低級モンスターしか生息せず、ゴブリンなどの危険なモンスターは護衛の存在によりまず現れない。
この野外授業には、貴族のご子息や令嬢が多く参加するため、各家門から護衛が派遣されるのが恒例だった。帝国学院自体も十分な護衛を用意するが、貴族たちの誇りと安全への配慮から、従者や騎士が同行するのだ。セレナの護衛には、アレンとトマス・ヴァルディ、そして第一騎士団の精鋭数名が選ばれた。平民出身のアレンに対する偏見は一部の貴族に根強く残っていたが、彼の実力とセレナへの献身は、宮殿内では広く認められつつあった。
野外授業の朝
春の朝、ルミナスの宮殿から帝国学院初等科へ向かう馬車の中で、セレナは少し緊張した面持ちだった。彼女のカバンには、魔法の教科書と小さな木剣が収められている。アレンは彼女の様子を見ながら、いつものように優しく声をかけた。
「お嬢、今日はいよいよ野外授業ですね。楽しみですか?」
セレナは小さく頷き、青い瞳にほのかな期待を浮かべた。
「魔法と剣術……ちゃんとできるかな……」
アレンはにやりと笑い、彼女の手を軽く握った。
「お嬢なら大丈夫ですよ。火球だってバッチリ撃てるようになったじゃないですか。剣も、帝国式の足捌きがもう板についてますよ」
セレナは恥ずかしそうに微笑み、頷いた。トマスが横から明るく割り込んだ。
「セレナ様、めっちゃかっこいいとこ見せてくださいね! アニキと俺も、しっかり守りますから!」
「トマス、騒ぐな。護衛に集中しろ」
アレンが軽くトマスの頭を叩くと、セレナがくすっと笑った。馬車は帝国学院に到着し、セレナはクラスメイトたちと合流した。アレンとトマス、第一騎士団の護衛たちは、そのままエメラルド草原へと移動した。
エメラルド草原は、ルミナスから1時間ほどの距離にある広大な緑地だった。春の風に揺れる草花と、遠くに見えるシルヴァ川の流れが、穏やかな雰囲気を醸し出している。すでに他の家門の従者や護衛たちが集まり、貴族の子供たちを見守る準備をしていた。貴族の従者たちは、華やかな鎧や装飾品を身につけ、互いに挨拶を交わしていたが、アレンたち平民出身の護衛には冷ややかな視線を向ける者もいた。
午前の授業:魔法と剣の連携
セレナたちのクラス、約40人の子供たちは、学園の馬車でエメラルド草原に到着した。教師たちが準備した訓練場は、平坦な草地に魔法陣や的が設置され、簡単な実戦形式の授業が始まった。午前の授業は、魔法と剣術の連携を学ぶものだった。子供たちはペアを組み、魔法でスライムを弱らせ、剣(木剣)で仕留める練習を行った。とはいえ、スライムは弱いモンスターで、危険はほとんどない。教師たちは子供たちの安全を第一に、丁寧に指導していた。
セレナは、魔法と剣術の両方で目を見張る活躍を見せた。彼女はアレンに教わった火魔法を駆使し、小さな火球を正確にスライムに命中させた。さらに、木剣を手に帝国式の足捌きで動き、的確にスライムを叩いた。周りの子供たちや教師が驚きの声を上げる中、セレナは少し照れながらも、集中して訓練に励んだ。
昼食の時間になると、学園が用意した弁当が配られた。実戦を想定した簡素な食事だが、子供たちのために粗末なものではなく、穀倉地帯の小麦を使ったパンや、シルヴァ川の魚のフライ、セリンディア連邦の果物が詰められていた。セレナはアレンのそばで弁当を広げ、いつものように彼と会話を楽しみながら食べた。
「お嬢、今日の火球、めっちゃ正確でしたね。さすがだ!」
アレンの褒め言葉に、セレナは頬を赤らめ、小さく笑った。
「アレンが教えてくれたから……ありがとう」
トマスが隣で「アニキ、セレナ様、めっちゃかっこよかったっすよ!」と声を上げ、アレンに軽く睨まれた。
午後の授業と不穏な気配
午後の授業は、午前の反省を踏まえた個人訓練だった。子供たちはそれぞれ自分の課題に取り組み、魔法や剣術の技術を磨いた。貴族の従者たちは、自分の家の子息や令嬢を応援し、「頑張ってください、お嬢様!」「若様、素晴らしい!」と声をかけていた。アレンはセレナの近くで静かに見守り、トマスや第一騎士団の護衛たちと共に周囲を警戒していた。彼らの目は、草原の果てや遠くの森まで鋭く注がれていた。
その時、アレンの表情が一変した。彼の鋭い感覚が、草原の空気に混じる微かな魔力を捉えたのだ。それは、通常のモンスターのものとは異なる、異様な瘴気を帯びた魔力だった。アレンの顔が引き締まり、低く叫んだ。
「抜刀!」
その声に、トマスと第一騎士団の護衛たちが即座に剣を抜いた。彼らの動きは、戦場で鍛えられた一糸乱れぬものだった。だが、他の家門の従者たちは驚き、冷笑する者までいた。
「何だ、急に抜刀とは?」
「確か、あの男は平民出身の護衛だろ? 大袈裟だな」
貴族の従者たちの嘲笑が響く中、アレンは動じなかった。彼の目は、瘴気が濃くなる方向を鋭く見据えていた。次第に、草原の空気が重くなり、黒い霧のような瘴気が立ち込め始めた。教師たちの中には、異変に気づかず訓練を続けようとする者もいたが、アレンはすでに走り出していた。トマスと第一騎士団の護衛たちがその後に続き、猛スピードでセレナたちのいる訓練場に近づいた。
モンスターの襲撃とセレナの勇気
セレナもまた、瘴気の異常に気づいていた。彼女の魔力感知能力は、アレンの指導によって鋭くなっていた。彼女は周囲を見回し、黒い瘴気が訓練場の中心に集まるのを感じた。恐怖が胸を締め付けたが、彼女は小さく呟いた。
「これはいやなものだ……アレン、助けて……」
その瞬間、瘴気が目に見えるほど濃くなり、暗闇の中からモンスターが現れた。3メートルの巨体を持つ一つ目のサイクロプスと、2メートルほどのオーク10体。豚のような顔のオークたちは、棍棒や粗末な剣を手に、唸り声を上げていた。子供たちは悲鳴を上げ、教師たちも動揺を隠せなかった。学園の護衛が動き出すが、モンスターとの距離はすでに近く、セレナたちの近くに迫っていた。
セレナは一瞬怯えたが、すぐに大声で叫んだ。
「みんな、逃げて!」
その声は、彼女の今までで最も大きく、力強いものだった。クラスメイトたちは慌てて護衛や教師の元へ走り出したが、一人の女の子が草に足を取られて転んでしまった。セレナは迷わず駆け寄り、女の子を抱き起こした。
「大丈夫、立てて!」
だが、逃げ遅れたセレナに、オークの一体が棍棒を振り上げて迫った。その瞬間、アレンの魔法が炸裂した。火の矢がオークに命中し、動きを止めたが、モンスターの数は多い。セレナは女の子を庇いながら、目を閉じ、深く息を吸った。
「エクスプロージョン!」
彼女の小さな声が、草原に響き渡った。次の瞬間、巨大な火柱が巻き上がり、3体のオークが炎に包まれて絶命した。極地魔法「エクスプロージョン」――火属性の最上位魔法で、セレナがこれまで使ったことのない大魔法だった。周囲の子供たち、教師、従者たちが呆然とする中、アレンはセレナに駆け寄った。
「お嬢!」
トマスが素早くセレナと女の子を保護し、安全な場所へ連れて行った。アレンと第一騎士団の護衛たちは、残りのモンスターを迎撃した。オークたちはアレンの剣と魔法の前に一瞬で倒れ、サイクロプスもまた彼の敵ではなかった。アレンの剣が一閃し、サイクロプスの腕を切り落とし、首をはねた。A級モンスターの巨体が地面に倒れると、瘴気は急速に消え、草原に静寂が戻った。
戦いの終わりとセレナの成長
モンスターが一掃され、野外授業は即座に中止となった。子供たちは学園の馬車で自宅待機となり、教師や護衛たちは事態の報告に追われた。アレンはセレナを馬車に乗せ、彼女の無事を確認した。
「お嬢、大丈夫でしたか? あのエクスプロージョン、すごい魔法でしたね!」
セレナは少し疲れた様子で、恥ずかしそうに答えた。
「お友達を助けるのに夢中で……アレン、ごめんなさい。上級魔法、禁止だったのに……」
アレンは笑い、セレナの頭をそっと撫でた。
「怒りませんよ、お嬢。それより、極地魔法をいつから使えたんですか? 俺にも教えてくださいよ!」
セレナはくすっと笑い、目を閉じた。馬車の揺れに身を任せ、彼女は静かに眠りに落ちた。アレンはその寝顔を見守りながら、トマスに小声で呟いた。
「トマス、あの瘴気、ただのモンスターのものじゃなかったな。なんか嫌な予感がする」
トマスが頷き、真剣な顔で答えた。
「アニキ、俺もそう思います。サイクロプスがこんな場所に出るなんて、普通じゃないっすよね」
アレンは草原の果てを見つめ、剣の柄を握りしめた。戦場の鬼と宮殿の天使。二人の絆は、この試練を通じてさらに強くなったが、帝国の未来には不穏な影が忍び寄っていた。
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