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2.疑問
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最後に、二人だけで話がしたい。
たったそれだけの訴えが聞き入れられ、先に牢を立ち去って貰うまでどれだけ時間を浪費しただろう。やや速足で振り向きもせず遠ざかっていく背中は、見る限り幾らか機嫌を損ねているようだ。
勿体ぶって(恐らく本人としては満を持して)告げた処刑の宣告に、ロザリンドが望んだ反応を見せなかったことが原因だろう。苦痛に気を回す余裕が無いならともかく、彼女は見た目の悲惨さからは意外なほど平静にそれを受け入れて見せた。
口ぎたなく挑発してもただひたすらに、「殿下の御心のままに」としか言わなかったのだ。泣き叫び、許しを請い、縋り付くものと決め込んでいたギルバートは、それに甚く機嫌を損ねて牢の鉄格子を一度ならず蹴り付けていた。
全く。最後まで面白味の無い、下らない女だ。
そう言い捨てて背を向けた恋人が、酷く無様に見えたのは多分気のせいではないだろう。
今は、それを気にしても仕方がない。背中が見えなくなった所で気を取り直し、マリアは一つ深呼吸をしてから牢に向き直った。
「…」
乏しい灯りの下に晒された、ロザリンドの姿は悲惨と言うよりほかない。
あの夜会からここに直行させられたのだろう、あの時と同じドレスはあちこちが鞭打ちに破れて血を滲ませ。更に足元は火で炙らせたのか燃え落ちて、剥き出された脚は蒼黒く変色して倍ほどにも腫れ上がっていた。
貌も同じだ。かつての美貌は見る影も無く、変形した輪郭の中は痣で埋め尽くされ、腫れあがった頬肉に阻まれた眼は果たして見えているのかどうか。
「ごきげんよう、マリア様」
それでもロザリンドは、いつもと変わらぬかのような声でマリアに挨拶をした。
これだけの暴力を受けて、明日には処刑されると言われて尚。何故彼女はこうも毅然としていられるのか。怯みそうになる己を叱咤し、マリアは背筋を伸ばして礼を返す。
「ごきげんよう、ロザリンド様。今日はお聞きしたい事がありまして」
「あら。何かしら?」
「ロザリンド様。貴方は、転生者なのでしょうか」
自分でもはっきり解るほど、声が震えている。
処刑される前に、それだけはどうしても確認しておきたかった。そして転生者であれば何故、予定と違うはずのこの結末に納得し切った顔を見せているのかが知りたかったのだ。
マリア・ホーリーウッド男爵令嬢は転生者である。前世は大学生で、不遇な交通事故によって命を落とした。
そして次に気が付いた時、自分がかつて夢中で攻略した乙女ゲームの世界に転生していたのだ。走馬燈代わりに都合の良い夢を見ているのかと思いはしたが、いつまでも覚めない日常にいつしか現実を受け入れるようになった。
ゲームの通りであれば自分はヒロインである。積極的にシナリオをなぞって恋愛遊戯を愉しみ、どうせならと全員攻略ルートに挑戦したのは当然の帰結だろう。
気楽にそう嘯く事が出来たのは、ひとえに元となるゲームのシナリオに対する信頼ゆえだった。全年齢対象の乙女ゲームだけあって全ての結末は優しく、バッドエンドであっても一人寂しく生まれ故郷に帰るだけ。
悪役令嬢のロザリンド・フォークロア公爵令嬢も同じで、殆どが婚約破棄のみか謹慎。最も重い断罪でも修道院送りで済んでいたはずだった。
決して今のような、地下牢に入れられて断頭台送りなどと言う結末では無かったはずなのだ。断罪劇の時に幾ら彼女を庇い刑罰が重すぎると訴えても、マリアに侍る男達は誰一人として耳を貸そうとしなかった。
マリアは優しい、天使だ、聖女だと褒めそやし、しかし解っていると頷くだけで力尽くで腰を抱いて押さえ込み。ロザリンドが引き摺られて行くのを止める事が出来なかった。
その時になって初めて、マリアは恐怖を抱いた。
自作自演などしていない。自分は確かに苛められていたし、制服も破かれて階段からも落とされた。だから冤罪や逆ざまあを心配せずに、断罪の夜会に挑んだはずだったのに。
「いいえ。私は転生者ではないわ」
幾らかの沈黙の後、ロザリンドから明確な否定が返る。しかし、ならばなぜ転生者と言う言葉を知っているのか。訝しげに眉を寄せたマリアの表情に、苦笑した令嬢は更に補足を紡いだ。
「転生者の定義が『異世界で生きた記憶を持つ、この世に生まれ変わった人間』であるのなら、私はそれに該当いたしませんわ」
たったそれだけの訴えが聞き入れられ、先に牢を立ち去って貰うまでどれだけ時間を浪費しただろう。やや速足で振り向きもせず遠ざかっていく背中は、見る限り幾らか機嫌を損ねているようだ。
勿体ぶって(恐らく本人としては満を持して)告げた処刑の宣告に、ロザリンドが望んだ反応を見せなかったことが原因だろう。苦痛に気を回す余裕が無いならともかく、彼女は見た目の悲惨さからは意外なほど平静にそれを受け入れて見せた。
口ぎたなく挑発してもただひたすらに、「殿下の御心のままに」としか言わなかったのだ。泣き叫び、許しを請い、縋り付くものと決め込んでいたギルバートは、それに甚く機嫌を損ねて牢の鉄格子を一度ならず蹴り付けていた。
全く。最後まで面白味の無い、下らない女だ。
そう言い捨てて背を向けた恋人が、酷く無様に見えたのは多分気のせいではないだろう。
今は、それを気にしても仕方がない。背中が見えなくなった所で気を取り直し、マリアは一つ深呼吸をしてから牢に向き直った。
「…」
乏しい灯りの下に晒された、ロザリンドの姿は悲惨と言うよりほかない。
あの夜会からここに直行させられたのだろう、あの時と同じドレスはあちこちが鞭打ちに破れて血を滲ませ。更に足元は火で炙らせたのか燃え落ちて、剥き出された脚は蒼黒く変色して倍ほどにも腫れ上がっていた。
貌も同じだ。かつての美貌は見る影も無く、変形した輪郭の中は痣で埋め尽くされ、腫れあがった頬肉に阻まれた眼は果たして見えているのかどうか。
「ごきげんよう、マリア様」
それでもロザリンドは、いつもと変わらぬかのような声でマリアに挨拶をした。
これだけの暴力を受けて、明日には処刑されると言われて尚。何故彼女はこうも毅然としていられるのか。怯みそうになる己を叱咤し、マリアは背筋を伸ばして礼を返す。
「ごきげんよう、ロザリンド様。今日はお聞きしたい事がありまして」
「あら。何かしら?」
「ロザリンド様。貴方は、転生者なのでしょうか」
自分でもはっきり解るほど、声が震えている。
処刑される前に、それだけはどうしても確認しておきたかった。そして転生者であれば何故、予定と違うはずのこの結末に納得し切った顔を見せているのかが知りたかったのだ。
マリア・ホーリーウッド男爵令嬢は転生者である。前世は大学生で、不遇な交通事故によって命を落とした。
そして次に気が付いた時、自分がかつて夢中で攻略した乙女ゲームの世界に転生していたのだ。走馬燈代わりに都合の良い夢を見ているのかと思いはしたが、いつまでも覚めない日常にいつしか現実を受け入れるようになった。
ゲームの通りであれば自分はヒロインである。積極的にシナリオをなぞって恋愛遊戯を愉しみ、どうせならと全員攻略ルートに挑戦したのは当然の帰結だろう。
気楽にそう嘯く事が出来たのは、ひとえに元となるゲームのシナリオに対する信頼ゆえだった。全年齢対象の乙女ゲームだけあって全ての結末は優しく、バッドエンドであっても一人寂しく生まれ故郷に帰るだけ。
悪役令嬢のロザリンド・フォークロア公爵令嬢も同じで、殆どが婚約破棄のみか謹慎。最も重い断罪でも修道院送りで済んでいたはずだった。
決して今のような、地下牢に入れられて断頭台送りなどと言う結末では無かったはずなのだ。断罪劇の時に幾ら彼女を庇い刑罰が重すぎると訴えても、マリアに侍る男達は誰一人として耳を貸そうとしなかった。
マリアは優しい、天使だ、聖女だと褒めそやし、しかし解っていると頷くだけで力尽くで腰を抱いて押さえ込み。ロザリンドが引き摺られて行くのを止める事が出来なかった。
その時になって初めて、マリアは恐怖を抱いた。
自作自演などしていない。自分は確かに苛められていたし、制服も破かれて階段からも落とされた。だから冤罪や逆ざまあを心配せずに、断罪の夜会に挑んだはずだったのに。
「いいえ。私は転生者ではないわ」
幾らかの沈黙の後、ロザリンドから明確な否定が返る。しかし、ならばなぜ転生者と言う言葉を知っているのか。訝しげに眉を寄せたマリアの表情に、苦笑した令嬢は更に補足を紡いだ。
「転生者の定義が『異世界で生きた記憶を持つ、この世に生まれ変わった人間』であるのなら、私はそれに該当いたしませんわ」
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