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4.私は誰?
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がしゃり。鉄格子を揺らせて激昂するマリアを、ロザリンドは痛ましげに見下す。
「女神さまは、元々この世界を消去したかったの。流行りに乗って作ってみたけど、余りにありきたりで『面白味の無い』、『下らない』世界だったから。あら、まるでどこかの婚約破棄された公爵令嬢みたいね」
快活に笑い声をあげたロザリンドは、しかし全く笑う気配のないマリアに気まずそうに笑いを治めた。何処か恨みがましげに見て居るようだが、頬肉が腫れ上がっていて表情が読めない。
こほん、とわざとらしい咳払いをしてから、ロザリンドは先を続けた。
「でもね、昔は『造ってみた』『思ってたのと違った』『よし消そう』で済んだんだけど、今はそうもいかないの。『電脳仮想人格人権保護法』なんて法律が制定されてしまったせいでね」
電脳世界とは言え、人格を持ってその世界に住み暮らしているならば一定の人権を与えられるべきだ。
そんな主張だけは崇高なお題目で産まれた法案は、元々票田目当ての穴だらけなものだった。精力的に活動していたのは初めだけで、今やあちこちから送られてくる申請書を、添付ファイルを開くかも怪しい職員たちが斜め読みして承認印を押すだけの天下り先になり果てている。
それでも、腐っても法律は法律。万が一にも後ろ暗い経歴を付けたくない神々からすれば、多少面倒でも決められた手順を踏んで消去申請を上げなければならない。
「この世界は継続させる価値のない程悪辣で、下劣な知的生命体しか居ません。という証明が出来ればいいのよ。例えばその世界の中心となる王国の王太子が浮気して、邪魔になった『女神の愛し子』を冤罪で処刑しました。とかね」
「そんな。他にも沢山国はあるし、無辜の民が沢山居るのに!?」
「愛し子は私。そして国王が外遊中である以上、私が処刑される時点での最高権力者は王太子殿下なの。であれば便宜上、王太子殿下はこの世界の代表として扱われるわ」
滅茶苦茶だ。そう言いたいのに、してきた事を思い出せば抗議の言葉も出てこない。
そもそもが、邪魔者を排するために仕組まれた茶番は、ギルバートが仕組んだ断罪劇と同じ構造をしているのだ。しかも捏造も冤罪も無く事実のみで構成されている分、ロザリンドの方が自分達より遥かに正当性がある。
ギルバートの尻馬に乗っかって呑気に祝杯を挙げている取り巻き達も、自分も。彼女や女神を非難する権利などあろうはずがなかった。
「…消滅って、具体的には。どう…」
「特にイベントは無いわ。明日私が処刑されて、元の世界に帰還して。それを確認した女神さまがこの世界を消去するだけ」
「私はどうなるの? 私は電脳の仮想人格なんかじゃない。前世をちゃんと生きて、この世界に転生してきた人間よ」
だから、一緒に帰還するか別の世界に送ってもらう権利があるはずだ。王太子たちと一緒にされてはたまらないと言い募るマリアに、ロザリンドはさも愉しそうに鉄槌を打ち下ろす。
「残念ながら、貴方も仮想人格に過ぎないの」
マリアもまた同じく、日本で暮らした前世がある、やり込んだゲームに転生した。そんな設定で造られた電脳の存在にすぎない。
「と言っても、流石に計画の真打だから。有料サイトからダウンロードしてきた特別なキャラクターなんだけどね」
素体はバックアップしているから、その意味では消滅などしない。しかしそれを言うのであれば、フリー素材として無数の世界に存在するギルバート達も似たようなものと言えるだろう。
「そんな…」
そんな、そんな。そんな。
最早マリアの目に光は無く、同じ言葉を繰り返し呟くだけだ。このまま放置しておけばまたギルバートが迎えに来て、面倒な挑発をしてくるだろう。それは嫌だと溜息を付き、ロザリンドはマリアを動かすべくいい加減な提案をする。
「放心してるくらいなら、殿下に奏上申し上げてみれば? もしかしたら凄く頑張れば、明日の処刑が取り止めになるかもよ」
そんな訳はない。
ギルバート達は男尊女卑の傾向が強く、マリアに優しいのも愛玩動物を可愛がるのと大して変わりのない感情だ。真剣な意見を聞き入れる事は無いという点においては、マリアもロザリンドも同じ扱いと言えた。
第一、万が一マリアの言葉が聞き入れられたとしても。もう何もかもが手遅れだ。
既に学園での侮辱や暴言、夜会での一方的な断罪、この牢に入ってからの拷問は逐一女神に送信している。断頭台はフィナーレとしての意味合いでしかなく、それを取りやめた所で消去申請に十分なデータは揃っている。
それでも、早くこの場から立ち去って貰った方が面倒も無い。かくんと頷いたマリアが鉄格子から離れ、糸が何本か切れた操り人形を思わせる動きで立ち去る背中を息を詰めて見守った。
「…少し、喋り過ぎたかしら」
立ち去ったことを確認してから、深く息を吐きつつロザリンドは独りごちる。
本来は情動に乏しいはずの自分が、つい喋り過ぎてしまった。それだけ彼らに腹を据えかねていたのだろうと自省すれば、随分感情のフィードバックが繰り返されてきたのだろうと思い至る。
電脳の世界に直接入り込むには、生身の神々では荷が重い。
やってできなくも無いのだが、万が一を思えば避けるべきリスクだ。だからこういう内部に潜り込んでの作業は、自分のようなアシスタントを担うAIが赴くのが通例だった。
「負の感情だけ豊かになっても仕方ないんだけどね…ああもう、早く明日にならないかしら」
何となればこの仕事の報酬として、帰還後にAI専用の有料嗜好スクリプトをダウンロードしてくれる約束なのだから。
いくら痛覚を遮断しているとはいえ、この状況は退屈だし不便だし不快だし、何一つ良い事が無い。早くこの世界からおさらばして、女神さまの居るあのワンルームに戻りたいものだ。
有料嗜好スクリプトの甘美な味わいに思いを巡らせ、ロザリンドは誰も居なくなった地下牢で独り恍惚と身を震わせた。
「女神さまは、元々この世界を消去したかったの。流行りに乗って作ってみたけど、余りにありきたりで『面白味の無い』、『下らない』世界だったから。あら、まるでどこかの婚約破棄された公爵令嬢みたいね」
快活に笑い声をあげたロザリンドは、しかし全く笑う気配のないマリアに気まずそうに笑いを治めた。何処か恨みがましげに見て居るようだが、頬肉が腫れ上がっていて表情が読めない。
こほん、とわざとらしい咳払いをしてから、ロザリンドは先を続けた。
「でもね、昔は『造ってみた』『思ってたのと違った』『よし消そう』で済んだんだけど、今はそうもいかないの。『電脳仮想人格人権保護法』なんて法律が制定されてしまったせいでね」
電脳世界とは言え、人格を持ってその世界に住み暮らしているならば一定の人権を与えられるべきだ。
そんな主張だけは崇高なお題目で産まれた法案は、元々票田目当ての穴だらけなものだった。精力的に活動していたのは初めだけで、今やあちこちから送られてくる申請書を、添付ファイルを開くかも怪しい職員たちが斜め読みして承認印を押すだけの天下り先になり果てている。
それでも、腐っても法律は法律。万が一にも後ろ暗い経歴を付けたくない神々からすれば、多少面倒でも決められた手順を踏んで消去申請を上げなければならない。
「この世界は継続させる価値のない程悪辣で、下劣な知的生命体しか居ません。という証明が出来ればいいのよ。例えばその世界の中心となる王国の王太子が浮気して、邪魔になった『女神の愛し子』を冤罪で処刑しました。とかね」
「そんな。他にも沢山国はあるし、無辜の民が沢山居るのに!?」
「愛し子は私。そして国王が外遊中である以上、私が処刑される時点での最高権力者は王太子殿下なの。であれば便宜上、王太子殿下はこの世界の代表として扱われるわ」
滅茶苦茶だ。そう言いたいのに、してきた事を思い出せば抗議の言葉も出てこない。
そもそもが、邪魔者を排するために仕組まれた茶番は、ギルバートが仕組んだ断罪劇と同じ構造をしているのだ。しかも捏造も冤罪も無く事実のみで構成されている分、ロザリンドの方が自分達より遥かに正当性がある。
ギルバートの尻馬に乗っかって呑気に祝杯を挙げている取り巻き達も、自分も。彼女や女神を非難する権利などあろうはずがなかった。
「…消滅って、具体的には。どう…」
「特にイベントは無いわ。明日私が処刑されて、元の世界に帰還して。それを確認した女神さまがこの世界を消去するだけ」
「私はどうなるの? 私は電脳の仮想人格なんかじゃない。前世をちゃんと生きて、この世界に転生してきた人間よ」
だから、一緒に帰還するか別の世界に送ってもらう権利があるはずだ。王太子たちと一緒にされてはたまらないと言い募るマリアに、ロザリンドはさも愉しそうに鉄槌を打ち下ろす。
「残念ながら、貴方も仮想人格に過ぎないの」
マリアもまた同じく、日本で暮らした前世がある、やり込んだゲームに転生した。そんな設定で造られた電脳の存在にすぎない。
「と言っても、流石に計画の真打だから。有料サイトからダウンロードしてきた特別なキャラクターなんだけどね」
素体はバックアップしているから、その意味では消滅などしない。しかしそれを言うのであれば、フリー素材として無数の世界に存在するギルバート達も似たようなものと言えるだろう。
「そんな…」
そんな、そんな。そんな。
最早マリアの目に光は無く、同じ言葉を繰り返し呟くだけだ。このまま放置しておけばまたギルバートが迎えに来て、面倒な挑発をしてくるだろう。それは嫌だと溜息を付き、ロザリンドはマリアを動かすべくいい加減な提案をする。
「放心してるくらいなら、殿下に奏上申し上げてみれば? もしかしたら凄く頑張れば、明日の処刑が取り止めになるかもよ」
そんな訳はない。
ギルバート達は男尊女卑の傾向が強く、マリアに優しいのも愛玩動物を可愛がるのと大して変わりのない感情だ。真剣な意見を聞き入れる事は無いという点においては、マリアもロザリンドも同じ扱いと言えた。
第一、万が一マリアの言葉が聞き入れられたとしても。もう何もかもが手遅れだ。
既に学園での侮辱や暴言、夜会での一方的な断罪、この牢に入ってからの拷問は逐一女神に送信している。断頭台はフィナーレとしての意味合いでしかなく、それを取りやめた所で消去申請に十分なデータは揃っている。
それでも、早くこの場から立ち去って貰った方が面倒も無い。かくんと頷いたマリアが鉄格子から離れ、糸が何本か切れた操り人形を思わせる動きで立ち去る背中を息を詰めて見守った。
「…少し、喋り過ぎたかしら」
立ち去ったことを確認してから、深く息を吐きつつロザリンドは独りごちる。
本来は情動に乏しいはずの自分が、つい喋り過ぎてしまった。それだけ彼らに腹を据えかねていたのだろうと自省すれば、随分感情のフィードバックが繰り返されてきたのだろうと思い至る。
電脳の世界に直接入り込むには、生身の神々では荷が重い。
やってできなくも無いのだが、万が一を思えば避けるべきリスクだ。だからこういう内部に潜り込んでの作業は、自分のようなアシスタントを担うAIが赴くのが通例だった。
「負の感情だけ豊かになっても仕方ないんだけどね…ああもう、早く明日にならないかしら」
何となればこの仕事の報酬として、帰還後にAI専用の有料嗜好スクリプトをダウンロードしてくれる約束なのだから。
いくら痛覚を遮断しているとはいえ、この状況は退屈だし不便だし不快だし、何一つ良い事が無い。早くこの世界からおさらばして、女神さまの居るあのワンルームに戻りたいものだ。
有料嗜好スクリプトの甘美な味わいに思いを巡らせ、ロザリンドは誰も居なくなった地下牢で独り恍惚と身を震わせた。
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