悪役令嬢に転生したと思ったら、乙女ゲームをモチーフにしたフリーホラーゲームの世界でした。

夏角しおん

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2.フリーホラーゲーム「粛清迷宮」

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ここで、「粛清迷宮」について軽く説明しておこう。
自慢ではないが、そこそこの難易度を誇る死にゲーである本作を、私はコメントで称賛されるほどやり込んでいた。全てのEDを網羅しているし、隠し部屋などで明らかになるエピソードや裏設定も把握している。
まずここは「粛清の迷宮」と呼ばれる異空間である。全部で五階層あり、魔法陣によって次の階層に進める。魔法陣のある部屋には鍵がかかっており、仕掛けられた謎を解くことで入手できる。謎解きのヒントを集めるためには、当然ながら死の罠が跋扈する廃城内を探索しなければならない。
そして探索時には、ロザリンドを貶めるために作られた冤罪の証拠も入手できる。またイベントやアイテム入手によって、背後から付いてくる四人の生死が決定するのだ。
男爵令嬢を除いて、一階層につき一人の死にイベントがある。それを全て回避すれば全員生還も可能だが、私がそれを目指す義務はない。と言うよりも、全員生還すれば私はEDで断頭台送りになる。王太子の権力で冤罪の証拠を握りつぶされ、命がけで助けた連中が笑いながら見物する中で処刑されるのだ。
目指して堪るか、そんなED。
そもそもだ。この粛清迷宮に飛ばされる魔法陣が発現したのは、王太子のせいである。王族には何代にも渡って引き継がれてきた呪いがあり、それが「看過できぬ横暴を働いた王族は、粛清の迷宮にて裁かれる」と言うものだ。
つまり卒業パーティで魔法陣が起動したのは、王太子が不貞を働いて男爵令嬢と通じた挙句に、邪魔になった婚約者を冤罪に陥れようとしたからで。要するに私はいいとばっちりだったわけだ。
騎士団長令息さえいなければ、死力を尽くして魔法陣の稼働範囲から逃げ出しただろう。そうすれば悪党一味だけをこの迷宮に送れただろうにと、考えるにつけ忸怩たる思いがする。
尤もこれは、王太子のみを連れ帰った際に明らかにされる設定なので、背後にいる彼らは生涯知る由もないだろうが。
「ここ、何処なのかしら…」
「大丈夫、マリア。僕たちが君を守るよ」
ちなみに今、彼らは私を炭鉱のカナリアに見立てている。危険があれば私だけが犠牲になるように、三歩先を歩かせて後からついて来ているわけだ。男爵令嬢はと言えば、前後を腰巾着達に守られて王太子と一緒に歩いている。
「おい、立ち止まるな。歩け!」
剣山エリアに入ったので、一旦足を止める。背後からは王太子のひっくり返った声が聞こえるが、私は声が出せないから答えようがない。
私が話せない事もその原因も、この男は良く知っているはずなのだが…どうも呑気に、全てを忘却しているような気がしてならない。まさかとは思うのだが。
「おい!」
ああもう、うるさいな。数が数えにくくて仕方がない。私を付き飛ばそうとでも思ったのか、すぐ隣に立った王太子の声が、空を切り裂く金属的な風に怯えて飲み込まれた。
エリアに足を踏み入れてからぴったり三秒。目の前の壁に凄まじい速さで突き出た剣山が、ゆっくりと戻っていく。
あのまま進んでいたら、間違いなく串刺しだっただろう。流石にそれが判らないほどの馬鹿でもなかったようで、王太子は後退って男爵令嬢の隣に引き返した。
1、2、3。
剣山がゆっくり戻ってから、もう一度。今度は手を叩いて数える。
また剣山が付き出され、ゆっくり戻っていく。タイミングは後ろにも伝わっただろうと判断し、私は剣山が戻り切らない内から通路を足早に駆けた。
「に、逃げるのかぁあ!!」
背後の声は無視だ。いち、にと胸中で数え、さんに達するより僅かに早く、視認した安全地帯に身を滑り込ませる。顔を出して安全な範囲で後ろを見ると、取り残された四人が呆然とこちらを見ていた。
早く来い、と言う代わりに手招きをする。我に返った奴等が蒼白になって首を振るが、このまま置いて行かれれば困るのはそっちではないか。
もしも、ゲームの強制力があったとして。私が生きている限りは、彼らは決して道中の罠では死なないはずだ。彼らの死はあくまでイベントであり、普通の罠で彼らだけが死んだりする事はない。
もし強制力が無かったとしても、することは同じだ。私が彼らを抱えて安全に移動する事など出来ないのだから、食らい付いてでも自力で付いて来てもらわなければならない。
それで誰かが死んでも、知った事ではない。私が一人で生還するまでだ。
だから、付いてきたいのなら早く来い。譲れない思いを込めて再度手招きすると、彼らは顔を見合わせて誰が先に行くかで揉め始めていた。
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